案内される二人
「ケイさんと、マイさん、ですね。こんにちは。
お待ちしておりました。」
街中を走ってきた馬車は、昼過ぎになって大きな門の前に停車する。
そこで降りた僕達二人に、長い金髪で透き通った肌の、
私と同じ制服を着た眼鏡の少女が声をかけてきた。
「私はこの学校、ソウ王立第二学院で生徒会長をしている
デネブ・ハミルトンと申します。
お二人を案内するよう、言い付かってまいりました。」
透き通った声でそう話す彼女に、思わず見とれてしまう。
「「あっ、はい・・・。」」
「まずは学長室に案内します。私についてきてください。」
そう言って先導するように歩き出す彼女。
「あっ、はい分か・・・、ちょっと姉さん、行くよ。」
あわてて付いていく僕達。
広いキャンパスの真ん中を歩き出す彼女と僕達。
囲むように建っているのは中世ヨーロッパ風というか、
レトロな建物の数々。
そこからはさまざまな声が聞こえてくる。
掛け声だろうか。歓声だろうか。
時間帯から考えて、きっとお昼休みなのだろう。
そしてもっとも高くて立派な建物にたどり着く。
中に入ると、これもレトロな風貌のエレベーターへ促される。
最上階にたどり着いた先には、立派な扉があった。
「学長先生、ハミルトンです。
お二人を連れてきました。」
「どうぞ、入りなさい。」
「「失礼します・・・。」」
扉が開くとそこには立派な机やソファーセットが並んでおり、
中央には一人の、白髪で白い髭、白い肌の男性が立っていた。
「よく来てくれたね、ケイ君、マイ君。
私は学長のピーター・アトキンスです。
まあどうぞ座りなさい。」
「「はい、よろしくお願いします。」」
促されてソファーに座る僕達と生徒会長、そして学長。
「まずはこの学院について君達はどの程度聞いているかね?」
「いえ、ほとんど何も・・・。」
「何も、ねぇ・・・。
ひょっとして今、わが国が置かれた現状についても聞いてないのかい?」
「現状、ですか?ごめんなさい、何も分かってないです・・・。」
「そうか・・・。」
深くため息をつく学長。
「ったくあのじじい、こっちに全部丸投げしやがって。
今度絶対おごらせてやる。」
学長のほうがよっぽど年寄りに見えるのだが・・・。
「まあいい。まずは王立学院についてだが、
この国では魔法戦士の育成を目的として、第一と第二、
二校の王立学院が設置されているんだ。」
「魔法戦士、ですか?」
「ああ。軍事や警察、魔物討伐を担う冒険者など、
さまざまな分野で魔法戦士は必要だからね。
近隣に不安な要素を多数抱える現状、
優秀な魔法戦士の育成は急務なのさ。」
なるほど、つまり戦える人になれ、ってことか。
「そこで主に前線に出て戦う人を育成する王立第一学院と、
後方支援する人を育成する王立第二学院があってね、
才能のある人はここで学んでもらうことになっているんだ。
ちなみに前線と後方という役割分担からか、第一は男子に、
第二は女子と貴族に人気があってね、我が校は女子が・・・、
何割ぐらいだっけ?」
「七~八割だったかと。」
「そう。女子が多いからケイ君はちょっと
肩身が狭いかも知れないけれど、
第一には空きが無かったらしいから、勘弁な。」
いや、ケイくんだけじゃなくって、僕は男子校出身だし、
僕達二人とも女子には慣れていないんだけどな・・・。
「ところで君達二人とも、魔法は全くの初心者なんだって?」
「「はい。」」
「普通はそんなのありえないから想定外なんだけどね、
今日からしばらくの間、魔法の特別実習を受けてもらいたい。
先生役はハミルトン会長なんだが、それでいいかね?」
「「はい、分かりました。」」
「ハミルトン君にも迷惑をかけるね。」
「いえ、私は日頃から、各方面にお世話になっておりますから。」
静かに首を振る生徒会長。
「さて。えーと、他に聞いておきたいことはあるかね?」
「近隣に不安が、っていうのは何ですか?」
さっき気になった点を指摘する私。
「ああ、それを説明していなかったか。
この国、ソウ王国は最近、周囲を不穏な空気に囲まれてしまってね。
南の漁場は魔物の数が増えてしまって、
護衛や討伐隊の結成が急務なのさ。
西はブ王国が内乱の末に、
魔物の侵攻を受けて滅ぼされたのが五十年ほど前。
かの国を人類の手に取り戻そうと何度も連合軍を送っているのだが、
なかなか成果が出なくてね。
さらに西のコウ王国と安全に交易をするためにも
突破口が欲しいんだがね・・・。
おまけに十年ほど前、魔王が北に居城を構えてしまってね。
異形の部下を従えて、侵略の機会を伺っているみたいなんだ。
噂では、呪術によってわが国の農産物の実りを
魔王城が奪っているから最近不作続きだと言うし。
こっちも出来るだけ早期に討伐したいのだが。
そんな事情で、魔法戦士になった暁には
これらに対処してもらいたいのさ。」
「そうすると、卒業したらそのような部署に配置されるんですか?」
「いや、必ずしもそうではないよ。本人の希望もあるからね。
例えばさっきまで君たちが居た警察局なんかは、
ほとんど我が校の卒業生じゃないかな。」
まあ、将来のことよりまずは現状を無難に過ごすのが先なんだろうな。
「さて、4号館13号室の修練場を
ハミルトン君を管理者として終日確保しておいたから。
よろしく頼むよ。
あ、あと二人とも魔力がかなり強いらしいから、
ちょっと気をつけてね。」
「はい。分かりました。」
「「ありがとうございました。」」
「何かあったらいつでもいらっしゃい。」
そして僕達と生徒会長は部屋を出る。
「学長先生はああ言っておられたけど、
実際にはものすごく忙しいお方だから。」
エレベーターを降りて建物の外に出る。
「こっちです。」
生徒会長の指し示す方向に向かって歩き出す。
周囲の建物からは相変わらず、様々な音が響いてくる。
ってあれ?ん?
ケイくんと目を合わせる。
感じる違和感みたいな、敵意みたいな何か。
僕達に向けられたものではなさそうだけど・・・。
「二人とも、どうされました?」
「あちらの方向って、何かありますか?」
「あの建物にも多数の修練場がありますが、
今から行くのはあちらではありませんよ。」
「いえ、建物の裏側というか・・・。
ちょっと寄り道して良いですか?」
「いいですよ。けど、何もありませんよ。」
方向を変えて歩き出す僕達。続く生徒会長。
建物の脇を通り抜けて、裏側を覗き込む。
「だからそんなの言いがかりじゃないですか!
ミリアは悪くないですよね!」
赤毛で褐色の肌の少女が声を上げる。
彼女にかばわれるように立つのは、肌が白く線も細い少女。
「ニーナちゃん、もういいよ・・・。
わたしが謝れば済む・・・。」
「そうね。貴女がおとなしくしていれば済む話よね。」
二人の少女の前で凄むのは、長い金髪を巻き毛にした少女。
そして彼女の後ろに控える、がっしりとした黒髪短髪の少年。
「姫様、こんなところで何をしていらっしゃるのですか。」
僕達の後ろから追いついた生徒会長が、
小競り合い中の四人に向かって声をかける。
「あら、貧乏貴族の会長さんじゃない。
わたくし今、下々にわざわざお説教してあげてる最中なの。
黙ってどっか行っててくれませんかしら?」
金髪巻き毛の姫とやらが見下すように言い放つ。
「でも姫様、ここは学舎内です。
争いごとはお控えいただきますよう、」
「あーもう、貴女いっつもマナーとか校則とか、
立場をわきまえていただきたいものですね。
ケン、ちょっとだけお仕置きしてあげなさい。」
筋肉な少年が見た目とは裏腹な素早い動きで
生徒会長に殴りかかり・・・、
庇わなきゃ。
そう思った刹那、唐突に少年の動きがスローモーションになる。
野球のバッターは調子が良いとき、
球がスローモーションに見えるって良く聞くけど、
運動神経に優れたこの身体は今、絶好調なのだろうか?
少年と生徒会長の間に割り込み、
振りかぶられた少年の右手を両手で押さえる。
足元を見るとケイくんは、少年の足をひっかけていた。
ドーンッ
盛大にひっくり返る筋肉少年。
「ちょっと、ケン、何やってるのよ。
ああ、もう、白けちゃったわ。帰る。
ほら、ケン、行くわよ。」
さっさとどこかへ行ってしまう姫。
起き上がるや否や、急いで付き従う筋肉少年。
線の細い少女が、か細い声で
「あ・・・ありがとうございます、会長さんと・・・えと、」
「私こそごめんなさい。余計に話をこじらせてしまって。
余計な声をかけて、ケイさんマイさんも巻き込んでしまって。」
「いや、首を突っ込んだのは俺たちがきっかけですから。」
謝る生徒会長に答えるケイくん。
赤毛の少女が尋ねる。
「会長、ところでそちらのお強いお二方はどなた?」
「そうね。明日、自己紹介してもらう予定だったんですけどね。
明日からモランさん達と一緒に学んでもらうことになった、
こっちがケイさん、こちらがマイさん。」
「ケイくんとマイさんね。はじめまして。
あたしはニーナ・モラン。
で、この子がミリア・シュナイダー。ありがとうね。」
「ありがとうございます・・・。はじめまして・・・。
よろしくお願いします・・・。」
赤毛の少女と線の細い少女に、私とケイくんが応じる。
「マイです。分からないことが色々あるので、
教えてくれたらありがたいです。」
「ケイです。お世話になります。」
「ところで何故、ここに来ようと思ったの?」
生徒会長が尋ねる。
「説明するのは大変難しいんだけれど・・・、」
「なんとなく違和感があったから、なんだよね・・・。」
二人して言いよどむが、実際説明できないから仕方がない。
「逆に聞きたいんだけど、あの人『姫』って呼ばれてたけど、
あんなことして大丈夫だったんですか?」
「うっ・・・。
まあ、転入前日に姫様に目を付けられてしまったのは
二人には非常に悪いことをしたな、
って思ってはいるんだけれど、同級生だし、
どうせ二人は目立つから目を付けられるだろうし。
あのお方は、この国の次期女王、マリア姫様です。」




