護衛実習訓練 復路 (後)
ケイくんに追いつくまで、それほど時間はかからなかった。
「どうして聖剣奪われちゃったの?」
「投げた。」
「へ?」
「ニーナが危ないと思ってつい投げ飛ばしたら、
飛びすぎちゃって、他の人に奪われた。
まあ追跡できるから、
見失うことは無いと思って高をくくってたら、
案外遠くまで持ってかれちゃった。」
「んー、まあ、僕らしいっちゃらしいけど・・・。
はぁ。で、追跡は問題無いんだよね?」
「まあ、聖剣とのリンクは抜かり無いはずだよ。
もうそろそろで到着するはずだから・・・、
ここら辺で魔道馬降りて、慎重に進もうか。」
僕たちは魔道馬を、手近な木の近くに隠すようにとめる。
「この先の方から聖剣の反応があるんだ。
反応はもう動いていないから、
アジトでもあるんじゃないかな?」
そう言って歩みを進めると、果たして
それほど大きくない粗末な一軒家が見えてきた。
家の中からは気配が少しだけ。
2人・・・程度だろうか?
身を隠しながら慎重に近づく僕たち。
「姉さん、ちょっと大剣の方、貸してくれる?」
「いいよ。」
ケイくんは大剣を受け取ると、
正面に構えて狙いを定め・・・、
パァン!
家全体を覆うように広範囲電撃が走る。
家の中からバタッと、何かが倒れる音が聞こえた。
「よし、じゃあ中に突入しよう。
多分もう、動ける人は居ないと思うけど、
念のため慎重にね。」
玄関から入ると、左側には古い台所があった。
食堂以外の台所なんて、この世界では初めて見た。
その台所は埃だらけで、
床にはしゃれこうべが転がっていた。
右側には机の周りに椅子が4つ。
そして人が1人、痺れて転がっていた。
あっ、こいつは・・・。
「聖剣の反応は二階なんだけど、
先に二階制圧する?
それとも、」
「まずはこいつを縛り上げてからにしたいな。
ついでに首を縛り上げちゃってもいいかな?」
「ん? あぁ、この人、例の貿易商か。
まあ勝手に処分しちゃだめでしょ。
一応リーダーのところに持って帰って、
判断を仰ごうよ。」
まあ所詮、僕同士の会話だから
止められるのは分かっていたけれど。
「ちぇっ。」
そう言いつつ鋼鉄も編みこんだ太縄を
服の繊維も参考にしつつ次々に生成し、
最初にちょび髭の両手を後ろ手に、次に両足を、
そして胴体をぐるぐる巻きに縛り上げていく。
「こんなもんでいいかな?
じゃあ二階行こうか。」
一応剣を構えながら、慎重に二階に昇る。
二階には山賊が1人、痺れて倒れていた。
その傍らにある聖剣を
必死で構えようとしているのだが、
思うように体が動かせない模様。
私はまた太縄を生成し、この山賊も縛り上げる。
「もう他に気配は無いよね。
姉さん、大剣、ありがとう。
この剣、本当に軽いよね。」
「その代わりちょっと燃えやすいから、
取り扱いには注意しないとね。」
私はケイくんから大剣を受け取って、背中に戻す。
ケイくんは聖剣を再び鞘にしまった。
「どうする? 一人ずつ持って帰る?」
「じゃあ私はちょび髭の、貿易商の方。」
そう言って僕たちは一人ずつ抱え、
魔道馬まで持っていって乗せる。
魔道馬にまたがって、車列への帰路を急ぐ。
「あの家、山賊団の本拠地みたいなものじゃ
無かったみたいだね。」
「あの様子だと、ただの休憩所かな。」
「この世界でも、
あんなところに一軒家なんかあるんだね。」
「自然死か山賊に襲われたかは知らないけど、
空き家を勝手に利用されちゃったのかな?」
などと話しているうちに車列が見えてくる。
が、様子がおかしい。
気持ち、魔道馬の速度を上げる。
車列の前方には、人の背丈の3倍はあろうか、
棍棒を振り下ろした巨大なオークが
ニーナたちと対峙している。
後方には同じくらい巨大な人型のゴーレムが、
あれはアイアンゴーレムか?
両腕を振り回しながら暴れている。
「ケイくん、オークお願い!
私、アイアンゴーレム!」
私はそう宣言すると魔道馬から上方に飛び上がり、
大剣を抜いて前方に構え、
アイアンゴーレムに突っ込む!
ガンッと響く、金属の割れる大きな音。
鋼鉄の胴体を貫く大剣。微かに光る粉が舞う。
大剣のコーティングが多少剥がれたみたいだ。
私はそのまま体当たりする形になる。
アイアンゴーレムは私と一緒に車列左側に倒れ込む。
両手両足をでたらめに暴れさせ、
私を叩き潰そうとするアイアンゴーレム。
私は間隙を縫って左手の短剣を抜き、
肩から回り込みながら、アイアンゴーレムの
左腕付け根を力いっぱい切り付ける。
バキッと音を立てて切れ飛ぶ左腕。
力いっぱい振り回された左腕は勢い余って
明後日の方に飛んで行き、動かなくなる。
この世界のゴーレムは、
体のどこかにある核によって動いている
魔法的な存在である。
つまりその核を破壊すれば動かなくなるのだが、
胴体を貫いている大剣では破壊されなかった。
左腕にも無かった。
こうやって核がどこにあるか、
切り分けて調べていくしかないのである。
一方のオークの方も気になって、ちらりと目をやる。
オークの棍棒を盾で必死に受け止めるニーナ。
その後ろで魔法で防御のサポートをしながら
ニーナの背中にすがり付いているミリアの目は
今にも涙があふれそうだ。
だが間に合ったみたいだ。
突如、風を纏った聖剣が飛んできて、
オークの左脇に突き刺さる!
オークは聖剣とともに倒れこんだ。
アイアンゴーレムの左腕を切り落とした私は、
左足のトリッキーな動きに狙われていた。
だが目的が私を叩き潰すことなのは明白であり、
私にとっては動きも緩慢に見えるので、
たいした問題ではなかった。
左足で攻撃する一方、右腕と右足で立ち上がり
体勢を立て直そうとするアイアンゴーレム。
左足が振り下ろされるタイミングに合わせ、
私は右足の付け根付近に回り込んで、
左手の短剣を、叩き付ける!
ピキッと折れる右足、
ドウと倒れるアイアンゴーレム。
今度は右腕と左足で体勢を立て直そうとするが、
攻撃が疎かになる。
そんな隙を私が見逃すはずも無く、
左足を左手の短剣でさっくり切り飛ばす。
ようやっと体勢の立て直しを諦めたのか、
右腕が元気に暴れだした。
残りは頭部、胴体、右腕か・・・。
そういえば何で頭部なんて付いているのだろう?
ふと気になって、首に相当する部分を
力いっぱい切り付ける。
ガキッと音を立てて頭部が落ち、
沈黙する右腕と胴体、揺れ続ける頭部。
左手の短剣で頭部を真っ二つに割る。
二つに割れた核があらわになり、頭部も沈黙する。
ふむふむ、改めて考えてみると、
何故かこのアイアンゴーレム、
人型という設定に縛られていたんだな・・・。
改めてオークの方を見ると、
リーダーをはじめとする兵士たちに
袋叩きにされているところだった。
その近くにはケイくんにすがり付いて
号泣しているニーナと、
へたり込んで呆然としているミリアの姿があった。
馬車の方に目を向ける。目を閉じた会長が
必死に呼吸を落ち着けようとしている。
その周囲には兵士さんが4人、倒れていた。
うち3人は苦しそうにもがいているのだが、
1人、槍の兵士さんはぴくりとも動かない。
杖を持った兵士が1人、槍の兵士のもとに駆け寄り、
仰向けにして呼吸を、心音を確認する。
だがどちらも確認できなかったのだろう。
術を掛ける体勢に入るが、苦しそうだ。
魔力が尽きかけているみたいだ。
「木の魔法は私がやります。」
「あなた、マイさん、でしたっけ?
大丈夫なんですか?」
「はい、先輩よりは魔力、残っていると思います。」
そう言うと私は左手を槍の兵士の心臓付近に当てて、
木の魔法を使って血流を無理矢理発生させる。
また右手を喉の付近に当てて、
肺と外気との間に空気の循環を発生させる。
心臓が動いていなくても、呼吸が無くても、
これでしばらくは持つはずである。
「ありがとう。あなた、強いのね。
私は怪我の状況を確認するから、
あなたは適当なタイミングで
心臓を刺激してみてくれるかしら。」
杖の兵士はそう言うと
杖のオーブを槍の兵士の背中に差し込み、
体中の触診検査を始める。
「うーん、頭、から、内臓、は、
大きな内出血は無いのかな・・・?
骨はかなりやられてる、みたいだけど。」
私は木の魔法を、心臓を軽く握るような形に
コントロールしてみる。
心臓を数回マッサージすると、
微弱な反発が伝わってきた。
一旦魔法を解いて、槍の兵士の状況を確認する。
「脈、呼吸、戻っ、た?」
他の兵士さんも、私たちの周りに集まってきた。
オークに完全に止めを刺したのだろうか。
「マイくん、ありがとう。
あとは我々で何とかするから
学友のもとにいってらっしゃい。」
「ありがとうございます。その前に、」
私はアイアンゴーレムの所に向かい、
胴体に刺さったままの大剣を抜こうとする、
が、抜けない。
結局魔法でアイアンゴーレムの胴体の一部を
消滅させながら、時間をかけて抜くしかなかった。
「被害状況を報告!」
リーダーの号令が響く。
まとめると、重症が計5人という
なかなかの大損害であった。
「急を要する負傷者が多い。急ぎ帰国する。
馬車は接収・・・利用させてもらう。
どんな罠が仕込まれているか分からんから
本来なら馬車ごと廃棄するべきだが、
負傷者を乗せるのに使わざるを得ん。
念のため馬車の積荷は廃棄しろ。」
「リーダー、捕縛した山賊たちは
いかがしましょう?」
聖剣を受け取り鞘に収めつつ、ケイくんが質問する。
「何? 山賊を捕らえたのか?」
「はい、そこに・・・あれ?
お前逃げるな!」
意識を取り戻したちょび髭が魔道馬から落下し、
芋虫のように逃げようとしていた。
私は慌てて襟をつかんで持ち上げる。
止められるのは分かってて、敢えて質問してみる。
「このまま処分してもよろしいでしょうか?」
「マイ、お前昨日と違って随分吹っ切れたな。
だが吹っ切れ過ぎだ。
本拠地や背後関係等を調べるため、
生け捕りに出来た賊はなるべく生かしたまま
国に連れ帰るべきだろう。」
「了解しました。」
苦しそうな表情のちょび髭を魔道馬の上に
投げ上げて、ぐるぐる巻きに括り付ける私。
「まあ道中また何かトラブル等あったら
賊より仲間の命を優先するから、
そのつもりで。」
言葉を付け加えるリーダー。
だがこの後の旅程は順調で、
些細なトラブルすらなく、
私たちはソウ王国に到着することが出来た。




