護衛実習訓練 往路
「おぅ。準備万端って感じかい?」
寮の僕達の部屋で、
姿見の前でポーズを取る私に、
ケイくんが声を掛ける。
「どう?この格好。完璧でしょ?」
スリット入りマイクロスカートの戦闘服に、
背中右手側には巨大な直剣を斜め掛け。
腰、というかお尻の真上には
左手用の短剣を真横になるように取り付ける。
これが今の、私の格好である。
「まあ確かに見た目は完璧だけど、
本当にその格好で行くんだ。重くない?」
「大丈夫。私、見た目より力があるんだよ。」
「いや、そうじゃなくって、
馬が『重い』って悲鳴を上げるんじゃないの?」
「ちょっと、
レディに『重い』は失礼なんじゃない?」
「誰がレディだ、心は男の、僕の癖に。」
苦笑いしながらつっこむケイくん。
「まあ冗談はさておいて、
魔道馬の重量制限は余裕でクリアしている筈だよ。
大体、ケイくんだってかなりの重装備じゃない?」
実際ケイくんは要所に簡単な鎧を付けて、左腕には盾、
腰の左側には聖剣・ローレンスを差している。
「まあ確かに、冷静に考えたらその通りかも知れないけど。
でもやっぱ、その剣の重さはインパクトがあるから、
つい、ね。」
そう言ってはにかむケイくん。
ソウ王立第二学院は、
兵士・戦士を育成するための学校である。
その実践的なカリキュラムとして、
兵士の仕事を実際に体験してもらう
実習訓練が設けられている。
私とケイくん、会長、ニーナ、ミリアの5人は
貿易商の護衛をする実習訓練を、
同じグループで受けることになった。
今日はソウ王国からコウ王国に行く貿易商の護衛を、
明日はコウ王国からソウ王国に行く貿易商の護衛を、
実習訓練として行うとのこと。
一日家を空けることになるからだろうか。
会長の妹さんが見送りに来ていた。
「お姉ちゃん、気を付けてね。
特に廃墟の魔物とか、じゅうぶん注意してね。」
「ベガちゃん、ありがとうね。
大丈夫、ベテランの兵士さんたちも一緒だし、
聖剣の勇者、ケイ:ローレンスさんも一緒なのよ。
ベガちゃんこそ、お留守番よろしくね。」
「うん、任せて。おうちのことは心配しないで、
無事にやり遂げてね。」
そう言って抱きしめあう姉妹。
やがて出発時間が迫り、魔道馬にまたがる私たち
実習生5人と兵士さん10人ほど。
「よし、ブリーフィングの内容は覚えているな。
陣形も配置も打ち合わせどおりに、
練習したとおりにな。」
全身鎧を着た兵士のリーダーが確認を促す。
そして貿易商たち馬車集団の準備も整った模様。
「出発!」
リーダーの合図を受けて、集団が一斉に動き出す。
手を振って見送る妹さん。
答えるように手を振り返す会長。
妹さんの姿はだんだん小さく見えるようになり、
ソウ王国の西門を通る頃には、
妹さんの姿は見えなくなっていた。
「会長って、妹さんのこと
随分大事にされてらっしゃいますよね。
『ちゃん』付けで呼んでますし。」
「そうね。私にとっては唯一の肉親だからね。
それに母の遺言もあってね。
母が幼い頃、母の姉が失踪しているのよ。
その時と同じ思いをさせてはいけませんよ、
あの子を大事にしなさい、ってね。」
私の問いかけに、遠い目をして答える会長。
近年は廃墟の魔物の討伐がかなり進んだおかげか
貿易商や旅人が襲われることは相当減ったらしい。
のだが、今回は運悪く、そう上手くは行かなかった。
廃墟を大きく迂回する旅程の半分を過ぎた頃。
前方遠くに何か気配が発生し、消えた。
ケイくんも何かを感じ取ったようだ。
「リーダー、ちょっと失礼します。」
そう言って人の背丈ほどの大玉を生成する私。
大玉に強風を当てて、ごろごろ転がすケイくん。
大玉は私たちの前方に転がっていき・・・、
突然、轟音を立てて滑落する。
「落とし穴か!」
そこに開いた落とし穴は巨大で、
かなり迂回する必要がありそうだ。
魔道馬、馬車の歩みを止める私たち。
その周辺に続々と生じる、人の気配。
まだかなり遠いが、囲まれているようだ。
「くそっ、山賊か。
山賊なんて俺が学生だった頃の授業でしか
聞いたことが無い。」
とリーダー。
相手は魔物じゃない、人間みたいだ。
そういう類の緊張感が一気に襲い掛かってくる。
「どこかから襲ってくるかもしれん。
周囲を警戒しろ。」
だがリーダーはまだ気配に気が付いていない模様。
私とケイくんは魔道馬を降り、
ケイくんは進行方向の右側で、私は左側で構える。
ケイくんは聖剣を右手で構え、私は右手に大剣を、
左手には刀身を真っ黒に塗った短剣を構える。
そして目一杯の暴風をそれぞれの前方に叩きつける。
ブワッと巻き上がる砂埃と、人影と魔道馬の影。
上空の人影は吹き飛ばされつつも、
何とか体勢を立て直そうと、風をコントロールする。
「全員、構え!
奴らを排除しろ!」
ワンテンポ遅かったが、
囲まれたことに気が付いたリーダー。
号令をかけて、魔道馬上で剣を構える。
会長と数名の兵士も、魔道馬上で剣や槍を構える。
ニーナと数名の兵士は、魔道馬を降りて剣を構える。
ミリアと残りの兵士は魔道馬上で、
先端に大きなオーブを装着した杖を構える。
一方、山賊たちは必死で暴風を相殺しながら、
魔道馬に乗って私たちに向かって突っ込んでくる。
私の前方から来たのは10名ほどだろうか。
後方、ケイくんの方からも同数ほど来ている模様だ。
撤退させるだけなら
魔道馬を破壊すれば良いのだろうか。
私は大剣の切っ先を、私に最も近づいた山賊に向ける。
大剣の鍔と切っ先に仕込んだオーブに意識を集中させ、
切っ先一点に集中させた高威力の風を、解き放つ!
風の弾丸は魔道馬の核に突き刺さり、
崩れ落ちるように倒れる魔道馬、振り落とされる山賊。
同じように私に向かってきた魔道馬を3体、
次々と壊していく。
「あんなに硬い装甲を、何て奴だ。だが、」
最初に落とした山賊が、
長剣の切っ先を真っ直ぐ私に向けて突っ込んでくる。
だが遅い。スローモーションで突っ込んでくる
山賊の長剣を左手の短剣で叩き壊す!
バランスを崩して倒れ込む山賊を、
追撃で蹴り上げる私。
次に向かってくる山賊を確認するため周囲を見る。
私の左側では、馬上の会長が馬上の山賊と、
熱風の押し合い合戦を行っている模様。
私の右側では、馬上の兵士が槍を振るって、
魔道馬から振り落とされた山賊たちと
立ち回っている。
と、その後方から山賊が弓を引き、
兵士に向かって矢を放つ!
兵士は近場の山賊に気を取られ、
気が付いていないみたいだ。
私はとっさに右手の大剣に意識を向け、
鉄の円盤を作って矢に向かって、
と、さっき蹴り飛ばした山賊が
タックルを仕掛けてきた。
私は円盤を放つと、慌てて左手を振り下ろす。
あっ、しまった。
ゴッ
鈍い音がする。
山賊の、人間として一番壊してはいけない部分が
真っ二つに割れる。
真っ赤な鮮血が吹き出る。思わず後方に飛び退く私。
そのまま風を体に纏わせ、軽く浮き上がる。
さっきの弓の山賊が、
次の矢をつがえようとしているのが見えた。
私は右手の大剣から、今度は風を刃の形にして放ち、
山賊の右手を切り飛ばす。
同時に左手側の戦況を確認する。
熱風勝負はいつの間にか3人対5人になってて、
会長側が押されている。
風の刃や弾丸だと熱風の影響でうまく当たらないかも?
ならば普通に加勢して押し返すか。
さらに上空に体を浮かせ、会長の後方から熱風を放つ。
魔道馬に乗った5人の山賊は一気に体勢を崩し、
1人落馬する。
その隙を見て兵士が山賊に向かい、胸に剣を突き立てる。
私はさらに右側、
馬車集団の後方から右側の方面を確認する。
右側後方では4人の兵士と3人の山賊が
剣や槍を打ち合っていた。
右側前方ではケイくんとニーナが山賊2人と打ち合い、
その後ろからミリアがサポートしている模様。
ケイくんたちの前方では、
4~5人の山賊が痙攣していた。
どうやらケイくんお得意の広範囲電撃を放ったみたいだ。
一回転して左側前方を見ると、さっきの槍の兵士に
リーダー含む兵士3人が加勢していた。
対する山賊は1人が倒れ、
右手を無くした山賊含む3人が牽制しながら
後ずさりつつあった。
左側後方では熱風合戦が終了し、会長たち3人と
山賊4人が牽制し合っていた。
今ならばいけるな。
私は会長の前方にいる山賊に大剣の切っ先を向け、
風の刃を放つ!
1人の山賊の右手を、その手に持った剣ごと切り飛ばす。
さらにもう1人に狙いを定め、風の刃を放つ!
「ちいっ、引くぞ!
こんなの聞いてねぇ・・・。」
大声を上げたのは山賊団のリーダーだったのだろうか?
これを合図に、
山賊たちが散り散りになって逃げていった。
「深追いはするな!
被害状況を報告しろ!」
「ケイ、被害ありません!」
「ハミルトン、同じく被害ありません。」
リーダーの合図を発端として、各自状況報告が続く。
どうやら大きな被害は無さそうだった。
一方私は、地面に転がった山賊たちの遺体が
気になっていた。
特に私が頭を真っ二つにした山賊が。
物は試しと山賊たちの遺体に回復を施してみる。
傷は塞がったが、心臓は動かない。
彼らが再び動き出すことも無かった。
「マイさん、どうやっても無駄よ。
私も母の亡骸に色々試したこと
あったんですけどね・・・。」
会長が私に声を掛けてきた。
「彼らのこの結末は、
襲い掛かってきた彼らの責任ということで、
ましてや貴女の責任ではないということで、
納得してもらえませんかしら?」
「うん・・・、了解。」
私たちの様子に気が付いたリーダーが
声を掛けてきた。
「倒した魔物の遺体は邪魔にならないよう、
道の脇に除けておくと
ブリーフィングで説明したな。
相手が人間であっても同じだ。」
「埋めたり、埋葬したりしないんですか?」
「それは交易路整備隊の仕事だ。
我々は道を急ぐ義務がある。
分かったら全員で取り掛かれ。」
リーダーの号令に従って、
全員で遺体を道の端に並べる。
犠牲者は5人か・・・。
槍の兵士が話しかけてきた。
「君、マイくんって言ったかな?
俺のこと助けてくれたよな。ありがとう。
君が矢を落としてくれなかったら
俺は危なかったよ。
自信を持っていいんだぜ。」
そう言って彼は、私が落とした手首を
並んだ遺体の隣に並べた。
「そうね。マイさんは私たちも助けてくれたし、
気にし過ぎては駄目よ。」
会長もそう言うと、
剣を持ったままの手首をその隣に並べた。
さらに他の兵士も手首を持ってきて、
計3個の手首が遺体の脇に並んだ。
「よし、陣形を立て直したら、
前方の穴を迂回して進む。
準備に取り掛かれ。」
それからの道程は
何事も起こらなかったかのように順調で、
私たちはコウ王国に、
日がまだかなり高いうちに到着することが出来た。




