こうかんこ!
空気が美味しい。視線を上にやるとどこまでも青く透き通った空、そして目の前に広がるのは風を受けて揺らめく広大な草原。本当に現実離れした世界だ。こんなにも素晴らしい世界なら窮屈な日常から抜け出して一生ここで暮らすのも悪くない気がする…
おっといけない、何を考えているんだ俺は。ここに来たのも国からの命を受け任務を遂行する為だろ。心して生活しなければ。
時を遡る事二日前――
「総理、現在敵国より北九州に侵攻されています。日本の軍事力がいつまで保つか…国債は嵩むばかりですし、早急に計画を実行に移したい所ですが」
「安心して下さい、既に用意してあります。先程遂に例の装置が完成したと研究所から連絡を受けました。あとは誰に引き受けて頂くかなのですが…みなさん、どなたか優秀な方を推薦して頂けますか?」
「…」
「…誰もいらっしゃらない様なら私から一人。最近議員になった遠山健吾という男がいまして。彼は非常によく働き、国にも貢献して、物事を冷静に判断する事が出来ます。まだ若く体力もありますし今回の件では彼が適任かと。きっと彼なら引き受けてくれます」
「成る程、遠山君ですか。他に推薦者はいらっしゃいますか?」
「特にいないです」
「では後程遠山君に声を掛けてみます」
「総理、向こうからはしっかりとした人材がやってくる保証はあるのでしょうか?」
「大丈夫です。向こうでも国のトップで話し合い、日本の危機を救える様な優秀な人材を選出しているそうです。どうやら我々が見た事のない、不思議な能力を持っているとか」
「そうですか、それは非常に楽しみです。ではそれぞれの健闘を祈って」
「本日はこれにて終了としましょう」
「ちょっといいかい。君が遠山君かな?」
「はい、そうですが。何か御用ですか?」
総理が直接俺に?何かしでかしちゃったのかな…
「実は折り入って頼みがあるんだ。この資料を読んでくれ」
渡されたのは表紙に大きく極秘と書かれた見るからに怪しい資料。タイトルは…【転移装置を利用した特別交換留学計画について】?何だこれ。
二つの世界を行き来する事が出来る転移装置。必要最低限の人間だけが内容を把握した極秘開発で取り組んでほしい。全く文化の違った二つの世界で交流し、共により良い国にしていきたい。完成した暁にはそれぞれの世界から一人ずつ選出し、『特別交換留学』を行う予定だ。
成功を願っている、と。何とも不思議な話だが。
「こんな極秘プロジェクトを僕みたいな普通の議員に見せてしまっていいんですか?」
「これには訳があって…実はこの特別交換留学、是非君に引き受けてほしいんだ」
「僕がですか!?」
「先程の臨時閣議でこの交換留学生を誰にするか話し合っていてね。君の名前が上がったんだ。君はとても真面目でよく働く子だと聞いた。どうだい?無理にとは言わない、是非引き受けてくれないか?」
「は、はぁ…」
特別交換留学か、なんか面白そうだな。どうせ俺は親元を離れて一人暮らしだし、結婚もしてないしな。こんな機会をもらえたなら行くっきゃない!
「是非やらせて頂きます!」
「本当か!?よく引き受けてくれた。ありがとう」
「しかし話の内容がまだよく理解出来ないのでもう少し詳しく教えて頂けますか?」
「ああ。現在日本はかつてない危機に直面している。資料にも記してあるとおり本来この計画は『別世界』との異文化交流の為のものだったんだ」
「ア、アナザーワールド?」
「そうか、ではそこから話そう。我々が生活しているのは分かりやすく言えば人間界、つまり現実世界だ。
しかし実は世界は一つだけではない。少しオカルトっぽい話になるが国が運営している極秘研究所の研究の成果によって、もう一つの世界、いわゆる『別世界』なる物が存在する事が分かった。この事が判明したのが確か三十年程前か・・・」
「そんなに前から!?まだ僕生まれてもないですよ」
「全ては裏で進められていた事だからな。その後長い年月を経て、遂に別世界とコンタクトを取る事に成功した。日本語が通じた事で、お互いの世界の文化や歴史、状況など様々な情報をやり取りする事が出来た。
その後日本は危機を迎えた。別世界に助けを求めた所、今回の特別交換留学という形を取る事となり、今に至る。丁度向こうでも国民の反逆や財力の低下など色々と大変らしい。
つまり君は別世界の危機を救う、向こうからの交換留学生には日本の復興を手助けしてもらうという事だ。ここまで理解出来たか?」
「は、はい。随分と現実離れした話ですね…」
「これはお互いの世界で助け合う、いわば交流の第一歩とも言える。重大な任務だ。是非頑張ってくれたまえ。期待しているぞ」
「分かりました。精一杯やり遂げます」
「では出発は二日後だ。転移装置はまだ今日完成したばかりの初期型で一度使ったら再度使えるのにどれ程かかるか分からない。ただし命は保証する。安心してくれ、連絡はいつでも行える。君は恐らく長い間帰ってこれないから今日と明日、やりたい事があったら済ませておいてくれ」
「分かりました。しっかりと準備しておきます」
はぁ〜威勢良く引き受けたものの、大変そうな任務だなぁ。俺なんかがこんな重大な任務受けちゃっていいのかな。いや、こんな時こそポジティブに。楽しむつもりで行けばいい、そう自分に言い聞かせよう。
その後二日間は家族に別れを告げたくらいで特別な事はしなかった。これがこの世界にいられるのが最後だったらどうしよう…大きな期待と少しの不安を抱えながら総理の後ろについて行く。
「これが転移装置だ」
大きな椅子?の様な見た目だ。数多くのコードが繋がれており、後ろ側にはレーザーの様な物が沢山輝いている。
「では心の準備が出来たら椅子に座ってくれ。いつでもいいぞ」
これに座れば見当もつかない世界に転移させられるのか。俺も男だ、腹をくくろう。
俺は装置に座り覚悟を決めた。またいつかここに戻ってこられる事を願って…
「準備出来ました。お願いします」
「分かった。では向こうでも精一杯頑張ってくれ。国の期待を背負っているからな。
では起動をお願いします」
研究員の様な人が機械を起動させている。その時周りの風景がぐるぐると回り出し、轟音と共にだんだんと意識が遠のいていく。一体どんな世界が待っているのか…楽しみだ。俺が帰ってくる頃には日本は復興出来てるかな?
あっ!借りてたDVD返すの忘れてた!しまった、延滞料金がとんでもない事に――
ブツン。
「わあ〜!ここがもう一つの世界か!本当に来れたのかな?」
「君が今回の交換留学生かな?」
「あっ、すみません、申し遅れました。私は今回の特別交換留学でやってきました、シルフという者です。ここは確か、日本?を復興出来る様に精一杯頑張ります!以後お見知り置きを」
「頼もしそうな子だ。是非これからよろしく頼むぞ」
「はい!」