黒い少年
「お久しぶりでございます、我が麗しゅう主様よ。お元気そうで、何よりでございます」
黒い少年は言った。
「こいつは、“マガイモノ”になったんですよ。黒い皮膚に赤い目。そういう特徴を持っているやつのことを、皆そう呼んでいますよ」
私は黒い少年を見た。黒い。そして赤い目。
「君は、“マガイモノ”なの?」
と問うと、黒い少年は顔に微笑を浮かべた。
「失礼な。僕は普通のニンゲンですよ。僕にはまだ主様がいますからね」
なるほど。確かに、皮膚は黒くない。でも、目は、恐ろしいほど綺麗で、神秘的な赤色に染まっていた。そういえば、昔誰かに同じようなことを言われた気がする。誰だったっけな。
「さて、主様。“マガイモノ”になった“ウソツキルーシー”はどうなさいますか?」
「“ウソツキルーシー”?」
黒い少年は呆れたように肩をすくめた。
「貴女も見たでしょうに。ウソツキの日記を。彼女の名前はルーシー、ですよ」
そういえば、そんなことも書いてあった気がする。
黒い少年は問う。「“ウソツキルーシー”はどうなさいますか?」
私は考えてみる。私は“セカイ”のことを知らない。それに、他の部屋にも行きたいと、私の好奇心が言っている。なら、この黒い少年に任せるべきだろう。彼は、この“セカイ”のことをよく知っているようだ。
「貴方に任せるよ。貴方の好きなふうにしてもらって構わないから」
「そうでございますか。それでは、我が麗しゅう主様、御機嫌よう」
そう言って、黒い少年とウソツキだったモノは消えた。そして、名前を聞くのを忘れて、少し後悔した。
背後で扉の開く音がした。ナナシだ。
「彼女は、ウソツキは、どこに行ったんですか」
「黒い少年が、どこかへ連れて行ったみたい、です」
ナナシは少し表情を暗くした。そして、もごもごと「いや、あなたが悪いわけじゃ、ないんですよ」と言った。当たり前だ。私は悪いことをした覚えはない。日記を勝手に見たのは、ちょっとまずかったかな、とは思ったけど。
ウソツキが、私の腕をつついてきた。
「その、黒い少年というのは、フィル、じゃないですか?噂では、真っ黒い外套と髪をし、瞳は恐ろしいほど赤いと聞いたんですけれど」
フィル。記録管理の鍵を持っているという少年。もしあの黒い少年がフィルだとしたら、もう一度彼と接触することができれば、記録管理の鍵を手に入れることができるかもしれない。
私はナナシの言葉に応えずに踵を返し、2時の扉を開けた。