ウソツキの日記
クリスは砂糖をたっぷり入れた紅茶を飲みながら、本を読んでいた。ワタシはとってもムズカシーお勉強をしていた。本当はやりたくないんだよ。でもお母さんがやれっていうからさ、頑張ってるんだよ。
ワタシは鉛筆をくるくる回しながら考える。どうしよう、ぜんぜんわかんない。
今やっているのはちょっとした算数の問題。たいして難しくないってクリスが言ってたけど、まったく、わかんない。だってさ、センセーは何言ってるかわかんないし、クリスだって本読んでるばっかで何も教えてくれないんだもん。
どうしよう。ワタシもクリスみたいに甘い紅茶飲みながら、本読んでみようかなぁ。
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今日は学校でちょっとした事件が起こった。
クリスが読んでた本を、クラスの男子が悪ふざけでびりびりに破いちゃった。ワタシは怒って、そいつらのほっぺを手の平で思いっきり叩いてやった。それでけんかになっちゃって、センセーが教室に来た時には、もう大騒ぎで。結局ワタシが悪いってことになっちゃって、すっごい怒られた。なんだか悪者になった気分。クリスは何も言わなかったけど、やっぱりちょっと悲しそうだった。
ワタシは、クリスのために、何かしてあげられたのかな。
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ワタシは、ちょっと苦い紅茶を飲みながら本を読むようになった。
おかげで、だいぶ字が読めるようになったし、成績もちょっぴり上がった。それに、本がこんなにも魅力的で面白いものなんだと、気づかされた。
クリスが、ずっと本を読んでいたいと言っていたのが、今では理解することができる気がする。
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クリスは言った。
「ルーシーってさ、なんか、変わったよね」
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母さんが死んでしまった。父さんも。交通事故に巻き込まれたらしい。
クリスはますます無口になっていった。
学校で、「情景は登場人物の心情を表す」とかって習ったけど、そんなことはないらしい。雲一つない青空の下で、ワタシは、母さんの遺影を抱えていた。
どうせ、本も何も作り話なんだ。そんなものに魅かれていた自分が馬鹿らしい。
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ボクは、今日も嘘を吐いている。
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ボクたちは、孤児を集めているという施設に入れられた。施設の小母さんも、子どもたちも、みんなよくしてくれる。ただ、一人の女の子がずっと部屋に入ってて、出てこないらしい。小母さんの娘のアリスは、「きっと、面白いことをしているに決まってるわ。アリアって、そういう子なのよ」といって、廊下をスキップしていった。
〇
クリスは言った。
「ルーシーってさ、なんか、変わったよね。あんまり無理しないほうがいいと思うんだよね」
「ねえ、見たの?それ」
後ろから声がした。振り返らなくても分かる。ウソツキだ。冷たい汗が背中をつたう。
「アリアってさ、昔からちょっと変だったよね」
ウソツキの声は震えていた。私は振り返って反論する。
「昔からって、どういうこと?私がウソツキと初めて会ったのは、ついさっきでしょ?」
「ウソツキ、ウソツキって、うるさいなぁ。ホントの嘘つきは、アリアでしょ?」
私は息をのんだ。彼女の言葉ではなく、彼女の姿に。少し日焼けした肌は剥がれ落ち、だんだん黒ずんでいく。黒く澄んだ目は赤く染まり、光を失って焦点が合わなくなった。ウソツキは膝から崩れ落ち、頭を抱え込んだ。「嫌だ、嫌だ」と呟いているのが聞こえる。
そんな姿を見ても、なんとも思わない自分がいた。ただただ、驚いただけだ。そんな自分を、ひどいとも思わない。
「貴女は、本当に酷い奴だぜ。我が麗しゅう主様よ」
私の隣に、猫目の黒い少年が現れた。