ホームシェア 第二話
女性から受け取ったチラシを凝視しながら光は思う。
家賃的には問題無い。しかし、ホームシェアとはなんぞや? シェアって共有だったか。
つまり目の前の女性と家の共有。あれ、同棲ってやつじゃね?
と、結論を出せば、落ち着いてきたはずの呼吸は次第に荒れはじめ、心臓もはち切れんばかりに「ドクン! ドクン!」鼓動を早める。
「お加減が優れないように見えますが、どうかしましたか?」
先走った事を考えている光るに、女性はトートバッグの手提げ紐を両手で持ちながら、小首を傾げて上目遣いで見つめてくる。
光よりも頭一つ分身長が低い女性の、その仕草が幼気な少年を苦しめていることに気が付いてはいない。
「だひっ! ……大丈夫です!」
「本当ですか?」
顔を真っ赤にしている光の言っている事が本当か確かめるために、女性は爪先を伸ばして見上げてくる。
頬の汗を拭ってくた距離、光と女性の間は30センチほどしか離れていない。
そんな至近距離にもかかわらず、女性が背伸びをしたため目と目の間合いが狭まる。
ローズブラウン色の明るい髪にけっして負けない、唐紅の瞳に光の顔が映る。
女性――それも少し幼さを残す可憐な女性とまじまじと見つめ合ったことのない光が先に視線を逸らした。
「ふふ、やっぱり何かありますね」
光が視線を逸らしたことに女性は背伸びを止めて、「してやったり」と言わんばかりの表情で彼の肩に手を置いて呟く。
「ヒール」
「…………うん?」
女性の手が少し光を発するが、光は気付かない。
「どうですか、お加減の方は?」
「…………はい大丈夫です」
「それはよかったです!」と、嬉しそうに言う女性を見て、光の鼓動などは確かに落ち着いていた。
いきなり人の肩に手を置いて、ゲームや漫画などによくあるヒールという魔法を呟く。
(もしかしてこの人は――中二病って奴ではないか?)と光は結論を出すのも無理もない。
外国人で美しすぎる人だと思っていたが、実は中二病。そう思えば緊張も和らぎ、自然体で口を開けた。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね、俺は光と言います。洞 光です」
「ご丁寧に有り難うございます。わたくしは、セリア。セリア・フィル・アルモニー・ル・ブラン・セインと申します」
「あ、はい」
長ったらしい名前をいきなり言われても、覚えることのできない光は困惑した顔で頭を下げた。
その様子がおかしいのか、セリアは口元に手を当てて柔和な笑みを浮かべて言う。
「長ったらしい名前ですよね。お気軽にセリアとお呼び下さい」
「いえいえ、そんな事は……」
「ない」と、ハッキリと言えない光はどうしたものかと考えて、自分が手に持っているチラシのことを思い出して話しを切り替える。
「そういえば、ホームシェアって男の俺でも一緒に住めるのですか?」
両手でチラシを持ってセリアに向けると、彼女は表情を崩さずに言う。
「はい、大丈夫ですよ。一部屋余っていましたので、この際誰かに貸し出してみようと思いまして」
「そうなんですかー」と、相づちを打ちながら光はチラシを見る。
ホームシェアの入居者募集中。月4万円。連絡先○○○ー××××と書かれているだけで、間取りはない。
「あの、間取りって言うか、部屋の広さとかは……」
「ここから近いので、実際に見に行きませんか?」
自分の目で確かめられるのは有り難い。有り難いのだがここは林道だ。駅どころか、住宅街からも離れている。
それなのにセリアは住宅街を背に歩き出す。
「この先にあるんですか。森しか見えませんが……」
「はい。自然に囲まれた素敵な屋敷ですよ」
不安になりながらも後を付いていく光。よくよく考えれば、森の中に家があるとは言え、自宅から電車で一時間の距離に比べればマシであろう。
それに、一人で暮らすのではなく、セリアという美少女と同棲と考えれば不安よりも期待感が膨れ上がる。
夕食に彼女の手作りのご飯を食べ、一緒に居間で寛ぎながらテレビを見る。
お風呂上がりの彼女が薄着で髪を拭きながら、台所の冷蔵庫から取り出した冷たい水を飲む。
その際に無防備な脇の隙間から――。
もしかしたら、怖い夢を見たと言って半泣きで枕を抱きしめながら部屋にやって来るかも――。
などと、不埒な妄想をしているとセリアが急に振り返って言う。
「何か……邪な気を感じますが」
半目でじとりと、光のことを見ているセリア。
彼女の一言は正しくもって図星であり、光は背中に冷や汗をかきながら目を逸らす。
「そ、そんなことないです、よ! それよりもこんな所に一人で暮らしていると、寂しくないんですか?」
必死に話題をそらそうとセリアの横に並んであるく。
「え? 一人で住んでませんよ?」
小首を傾げながらセリアは言う。
確かに彼女は一人暮らしとは言っていない。光が勝手に期待して妄想してたに過ぎない。
少しガッカリしたような、しかし、二人っきりじゃないことに安心したような複雑な表情で光は口を開く。
「セリアさんの他に誰が住んで知るんですか?」
「そうですね……わたし以外に女性が――」
セリアはそう言いながら、右手の親指をおり、人差し指、中指、薬指、と順番に折り曲げ、最後に小指を有り曲げては、元に戻し首を傾げる。
「4人……5人と言っていいのでしょうか?」
「じょ、女性が5人ですか!」
「セリアの両親と一緒は嫌だなぁ~」と光は思っていたが、彼女から帰ってきた言葉、セリア以外に5人の女性が居るというのだ。
折角、平常を取り戻していた光の心は、これからの事を想像して乱れ出す。