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ホームシェア 第一話

 麗らかな日差しが降り注ぐ昼下がり。少し年季の入った二階建てのアパートの前で少年は呆然と立ち尽くす。

 彼の目の前には二十代半ばだろうか、ブラウス姿の女性が両手をお腹の前で組んで深々と頭を下げる。


「本当に申し訳ありません!!」


 暖かな春一番が吹き付けて彼女の前髪をかき乱す。

 もし、目の前の女性が黒のタイトスカートじゃなくて、ふんわりとしたスカートなら凄いことになっていたのかな? などと現実逃避した事を考えながら少年は言う。


「あの――」

「本当に申し訳ありません!!」


 彼が口を開くと同時に謝罪の言葉を被せる女性。

 そんな彼女の対応に、本当に申し訳なさそうだな。と思う少年は再度口を開く。


「あの――」

「本当に、本当に……申し訳ありません!!」

「……謝罪は受け取りましたから、もう一度、状況説明をお願いします!」


 このままでは永遠と謝り続けそうな女性に釘を刺す少年。

 彼の言葉を聞くと女性はハッとした表情になり、「申し訳――」と、出掛かった言葉を飲み込む。

 そして、少しの間を置き口に拳を当てて咳払いそして現状の説明をする。


「本日(ほら)様が入居する予定だった、このニコニコ荘201号室ですが、わたしどもの不手際で別の方が先に入居予定だったのを――。その、書類の不備で二重契約になっておりまして……」

「俺はここに住めないって事ですか?」


 イマイチ実感がわかない少年――(ほら) (ひかる)は首を傾げて聞く。

 そんな彼を見ると女性は苦虫を噛み潰したように顔を歪めて頭を下げる。


「俺はどうすれば良いのですか? 引っ越し屋さんもそろそろ来る時間ですが……」

「そこはわたしが話しを付けておきますので大丈夫です!」


 安心させるように女性は胸を叩いて肯く。

 その姿は、あまりにも胸を強調しすぎており、この春から高校生になる光には刺激が強すぎる。

 思春期特有の気恥ずかしさを感じ、女性から視線を逸らすが、山のように膨らむお胸様には勝てない。


「あの洞様? どうかなされましたか?」


 ほんのり頬を赤く染める女性の言葉を聞くと、光は肩をビクつかせて慌てて言う。


「違います! あの山……じゃなくて。そうです! 俺が住む場所はどこですか!」


 バレてない。バレてない。と自分に言い聞かせる光。彼の視線がバレていたのかは置いといて、女性は大きく息を吸い込んで口を開く。


「わたしどもが扱う物件に、ここと同額の家賃が有りませんので、他の不動産屋を虱潰しに探しております」

「取敢えず、親に連絡して良いですか?」


 光の言葉を聞き、女性は目を見開いて肯く。まだ未成年の彼より、親御さんに連絡を入れるのを忘れていたのだ。

 オロオロと慌てふためく女性を見ながら、ポケットからスマートフォンを取り出す光。


「――もしもし、母さん? ちょっと問題があって……」


 母親に電話をしたのは良いけれど、何と説明をすれば良いのか適切な言葉が出ない。

 眉間に皺を寄せて首を傾げていると、光の目に女性が映る。


「今から不動産の人とかわるね」

「ッ! ハイ!?」


 急に自分の事を呼ばれて、更に慌てる女性。

 光は彼女にスマートフォンを手渡す。有無を言わさずに。女性は恐る恐る受け取り、深呼吸をして口を開く。


「お電話かわりました。○○不動産のマオ・イリスと申します」


 スマートフォンを両手で持つ女性こと、マオは何度も頭を下げながら説明をする。

 そんな彼女を不思議そうに首を傾げる光。


(マオ……イリス? 日本人じゃないのか?)


 聞き慣れなれない名前を反芻しながら、マオをマジマジと見つめる。

 身長は光と同じ170センチほどあり女性にしては背が高い。そんなスラリとした姿に白のブラウスに黒のタイトスカート。彼女が頭を下げると黒い髪を銀色のバレッタを使いアップヘアで纏めているのが見える。

 そして、頭を上げると立派なお胸様が――。


(山が美しいのは動かぬからだって聞いたけど……動くお山様も……)

「――さま。洞様?」

「ひゃい!」

「お母様から、かわって欲しいと」

 

 絶景に見とれていると、何時のまにか説明は終わっていたらしく、マオは両手で握っているスマートフォンを光に向けて差し出している。

 彼女の両腕で胸が押し潰されて、さらに大変な事になっており、光は生唾を飲み込んで受け取った。


『大変な事になっているみたいね?』

「すんごく、大変な事になってます。すごいです!」

『……ハァ』


 少し――かなりテンションがおかしくなっている光。受話器ごしから聞こえる息子の声に、母親はため息をついて言う。


『あんた、また女性の胸ばっか見ているんでしょ?』

「み、見てねーし! 見たとしても、視界に入るんだから不可抗力だし!」


 エスパーのように光の状況を言い当てる母親は『随分と余裕そうね。もう、一人で何とかできそう?』と言う。


「いえ無理です! 助けてください。具体的には家賃をどうにかして欲しいにゃん――」

『却下』


 ねこなで声で甘えてくる息子を一蹴する母親。光は抗議の声を出そうとするが、それを飲み込む。

 彼が一人暮らしをする理由は、地元を離れて進学するからだ。


 そもそも地元の学校に行けば良いものを、光は何となく親元を離れたくて、必死に進学したい学校の魅力を出鱈目に語り説得したのだ。

 そのような負い目があり、これ以上負担をかけることができない。

 口をパクパクと開け閉めしていると光の耳に死の宣告が告げられる。


『同じ家賃の物件を探しなさい。それが無理なら、家から自転車で通いなさい』

「家からどんだけ距離があると思っているの! 電車で一時間は掛るんですけど!?」

『でも、どうしても学校に行きたいんでしょ? いまさら他の学校に行けないし、家からだと毎日の電車賃もね。だから自転車通学しなさい。あの時の情熱を見せてね!』


 胸なんて見ている場合じゃない。やっと自分が窮地に立たせられていることを知る光。

 彼は通話中の電話を切り、ポケットに押し込んでイリスに言う。


「ちょっと、部屋探しに行ってきます! それじゃ!」


 頭を下げクルリと身を翻した光は、両足に力を込めてその場を駆け出す。


「待って下さい!」


 走りだした光をマオが叫んで止めた。

 彼女は小走りで近寄り、ポケットからスマートホンを取り出して言う。


「何かあれば、わたしに電話して下さい。こちらも物件が見つかれば直ぐにご連絡しますので」

「あ、ありがとうございます」

 

 初めて異性と電話番号を交換した光。

 少し頬がにやけるが、今はそれどころじゃないと気を引き締めて、その場から走り去る。




 土地勘のない街をひたすら走り回る。

 コンビニや書店で賃貸情報雑誌を買えばいいものを、テンパっており気付かない彼は、自分の足と目を頼りにひたすら不動産か、『貸』の文字が書かれた看板を探す。


「ハァ、ハァ、ハァ~……どこだここ?」


 体力の限界に近づき、ようやく足を止めた光。両膝に手を置いて中腰で辺りを見渡す。

 闇雲に走り回ったせいで住宅街と林道の境まで来ていた。


 さすがにこの先には目当ての物件はないだろうと光は踵を返す。急いで戻りたいと気持ちは逸るが、体が言うことをきかない。

 光は渋々歩いていると、電柱の前に一人の女性が佇んでいた。


「……うんしょ。これで、いいかな?」


 肩から下げているトートバッグから紙を取り出した女性は、それを電柱に貼り付けると二、三歩ほど後ろに下がって張り紙を確認する。

 そんな彼女をマジマジと見つめる光は、端から見れば通報されても文句は言えないだろう。

 しかし、女性の腰まで伸びたローズブラウン色の髪は人目を引きつける。


「ハァ、ハァ、綺麗な髪……だな。ハァ、ハァ」


 思わず口から言葉が漏れた。

 その声を聞いて女性が振り返る。


 「ハァ、ハァ」と、いまだに息を切らしている光と、ローズブラウン色の髪の女性は無言で見つめ合う。


 しばしの静寂のあと、最初に口を開いたのは光だった。


「け、けっして、その犯罪者じゃないですよ! ハァ、ハァ」


 いきなり後ろから息も絶え絶えに、綺麗な髪なんて声をかければ、どうなるだろうか?

 自分ならまず警察に電話するな。と結論に至った光は必死に両手と頭を左右に振りながら言い訳をする。


「ほ、ホントに、本当に怪しい者では、ハァ、ハァ、ありません!」


 弁明する光に向って、女性は一歩、一歩近づいてくる。

 コツン、コツン。と鳴り響く足音が死刑宣告に聞こえ、思わず目を瞑る光。

 次第に近づいてくるが、ふと、足音が止まる。

 光は恐る恐る目を開けると、手が届く距離に女性が立っていた。


「あ、あの?」


 光が口を開くが、女性は無言で見つめてくる。

 ピンクのセーターに花柄のスカート。ウェーブのかかった髪に、思わず吸い込まそうになる綺麗な碧眼。


 どう見ても日本人には見えない。だから自分の言葉が通じないのか。と、光は一人で納得して口を開こうとするが、目の前の女性は白くて細い手を伸ばしてきた。


「酷い汗ですね。どうかしたのですか?」


 顔に向って手が伸びてきたので、ビンタをされるかと歯を食いしばる光。そんな彼の思惑とは裏腹に、女性はそっと頬に手を添えて心配そうに聞いてきた。

 その状況が意味することが分からずに光が呆然と立ち尽くしていると、女性はトートバッグからハンカチを取り出して汗を拭ってくる。


「サンキューソーマッチ」

「ふふ、お水もありますが飲みますか?」

「ノーセンキューって日本語!?」


 外国人だと思って必死に英語を喋ろうとする光だが、彼女は普通に日本語で話しかけてくる。

 まさかの展開に動揺する光が可笑しいのか、女性はクスクスと笑う。

 気恥ずかしさを覚えた光は彼女から視線を逸らすと、電柱に貼られた紙が目に入る。


「ホーム……シェアの募集?」

「もしかして、興味がありますか?」


 電柱を凝視する光に、女性はトートバックから一枚のチラシを取り出して手渡す。

 光は自然とそれを受け取り、思わず喉を鳴らして唾を飲み込む。


「家賃……安いですね」


 彼が最初に入居予定だったニコニコ荘と家賃は同額。光はチラシと女性の顔を交互に見つめるのであった。

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