ホームシェア プロローグ
静かな寝息をたてて俯せで寝る少年がいる。
ふんわりと頭を優しく包み込んでくれる、弾力性のある枕に少年は安心感を覚えるが少々寝苦しそうにしていた。
さらにLED照明の容赦ない光源が少年をいやがおうなく意識を覚醒へと導く。
「……う、うん?」
微睡みの中、少年は体を起そうとするが動かない。
とりあえず瞼を開いてみるが、彼の霞んだ瞳には何故かイチゴの山が映る。
「…………?」
よくよく見ると白い布にイチゴの絵が描かれている。その下には肌色の物体。
さらにその下には丸めの赤い物体から薄い黄緑色の長い線が錯乱している。
よく分からないこの状況に少年は混乱する。
再度、体を起そうとするがやはり動かない。正確には背中と足に何かが絡まりついているようだ。
未だ夢の中なのか、少年は少し深呼吸をして心を落ち着かせることにした。
「すぅぅ……!!」
鼻から勢い良く空気を取り込むと、花束にでも顔を埋めたような香りが鼻腔をくすぐると同時に、少しだけ嗅いだことのある不快な匂いもする。
「酒臭い……?」
未成年の少年には嗅ぎなれてない匂いに、眉を顰めてポツリと呟いた。
「あらあら、起きましたか?」
優しく語りかけてくる女性の声。この声を聞いていると万人に安らぎと、癒やしを与えてくれるような音色だ。
だが急に、それも聞き慣れない声で話しかけられたので、少年は驚いたネコのように体をビクつかせるが、やはり金縛りに遭ったかのように動かない。
なので恐る恐る目線だけを声のする方へと向ける。
「まだ寝ぼけているみたいですね」
「あ……の?」
少年の視線の先には柔和な笑みを浮かべる女性が、スマートフォン片手にこちらを見下ろしていた。
(この状況は一体何だ?)と思いながら少年は何度も瞬きしながら考える。
彼を見下ろす女性の肌は雪のように白く透き通っており、少し赤みがかったローズブラウン色の腰まで伸びた髪が印象的だ。
(あれ……どこかで会ったような?)
明らかに日本人ではない容姿なのだが、既視感を覚える少年。
そんな彼の表情が面白いのか、女性はクスクスと小さく笑いながらスマートフォンのカメラアプリを起動させて連写モードで少年を撮影する。
「えっ!? ちょ……何なんですか!?」
訳も解らず写真を撮られれば、抗議の声を上げるのは至極真っ当であろう。
だが女性はそんな事などお構いなしに、今し方撮影した写真をにこやかな表情で見ながら口を開く。
「この写真なんか、よく撮れていると思いませんか?」
「いや、何言って……ッ!」
女性の言っている事の意味や、今の状況が分からずに少年の声に少し苛立ちの色がうかがえるが、彼女がスマートフォンの画像を見せると凍り付いた。
それもその筈、彼女が見せた画像には少年と黒髪の女性が写っている。
正確に言うと、ソファーの上で黒髪の女性の胸を枕にして眠っている自分の姿である。
「ウェェェィッ!?」
画像を見た少年はワンテンポ遅れて、奇声を上げながら上体を海老反りで起した。
彼の目にはやはりスマートフォンの画像同様に,静かな寝息をたてる黒髪の女性が映る。
「ふふふ。こんなに仲良くしている写真をお母様が見たら、さぞお喜びになるでしょう……ね♡」
少年は首を横に動かす。その様子はまるで、錆び付いたブリキのおもちゃのように、『ギギギ』と擬音語が付くかの如く非常に重たい動作だ。
「他にもいっぱい仲よさげな写真がありますよ♡」
怪しげな笑みを浮かべる女性は、中腰でソファーの背もたれに上半身を預けて、少年が見やすいようにスマートフォンの画像をスライドさせていく。
その1
焦げ茶色のツインテールの小学――○学生らしき幼女が、ビールジョッキとカイゼル髭片手に、眩しいほどの笑顔で少年に抱きついている画像。
その2
真っ赤なジャージを身に纏い、薄い黄緑色の髪を三つ編みのおさげにしている、耳の長い瓶底眼鏡の女性が恥ずかしそうに少年に寄りかかり、ピースサインをしている画像。
その3
光沢のある黒――濡れ羽色の黒髪と羊の角が印象的な女性が、白いブラウスと黒のタイトスカート姿という、半端なコスプレ姿で少年に泣きながら抱きついている画像。
その4
自身の体よりも大きめのTシャツに黒のスパッツ姿というラフな格好とは裏腹に、目も眩みそうなほど美しく輝くプラチナブロンドの女性が、お酒をチビチビと飲んでいる。
ただ、その髪とは対照的に死んだ魚のような目が印象的な画像。
他にも黒いマントを羽織る金髪のイケメン。美少女フィギュアに熱い視線を向ける男性。痴女まがいな格好の女性。虚ろな瞳の老人に、二足歩行の豚など色々な画像を見せられ困惑する少年は、ハッキリとした意識で再度、辺りを見渡して「ゴクリ」と喉を鳴らしながら生唾を飲み込む。
それもそうだろう、白い布地に描かれているイチゴの正体はパンツだった。小学生らしき幼女は半開きの口から涎を垂らしながら俯せでお尻を高々と上げている。そのせいでスカートは捲り上がり、イチゴ柄のショーツが惜しみなく少年の瞳に映る。
その下の赤い物体はジャージである。ジャージの下はその変に投げ捨てられており、上半身部分に両膝を入れているのでまん丸くなっている。
無論、上半身部分に体の全は入らず、白いショーツをピッチピチに引き延ばしているお尻が素敵すぎる。
「ぉぉおお」
「……ご熱心ですね?」
またとない機会と思い、彼は感嘆の声を洩らしながら全力で脳内ハードディスクドライブに可愛らしいお尻や、むちむちのお尻を保存していると、ローズブラウン色の女性から冷やかな視線と言葉を投げつけられた。
「ちょっ! あの……ちが、違いますよ!」
「ふ~~ん。……まぁ、男の子だから、しょうが無いのかな?」
女性達のあられもない様をまじまじと見てしまったことの罪悪感から逃れるように、少年は必死に首を振って言い訳を考える。
ローズブラウン色の女性は彼の行動に理解を示しそうな――されど認めたくない。と言う複雑そうな表情をしていた。
「…………なに、これ?」
そんな二人がなんだかんだと声のトーンを上げながら一悶着を起せば、周りにいる人に迷惑を掛けるだろう。
現に、少年のベッド代わりになっていた山羊の角を付けた女性が目元を擦りながら二人を睨み付ける。
「…………」
「あら、おはようござます」
山羊の角を付けた女性の言葉を聞き、少年は口を酸欠の魚のようにパクパクと開いてる。今の彼は女性の上に跨がっている状態だ。
この状況を説明できずに表情を青ざめている少年とは裏腹に、ローズブラウン色の女性はしらっとした顔で挨拶を交わす。
「おは――」
ローズブラウン色の女性を見ずに、山羊の角を付けた女性はそっと両手を広げて少年に向ける。
その行為の意味することが理解できない彼は両目を瞑って身構えていると、腰辺りを両の腕で掴まえられ「――よう」と言うかけ声と供に、彼女の元へと引きずり込まれた。
急に、それもかなり力強く引っ張られ、山羊の角を付けた女性の体にぶつかるが痛みはない。彼女の大きな胸がクッションになってくれた。
どれほどの大きさかというと、少年の口と鼻を余裕で覆い尽くすほどだ。
「んが! フガ……グガ!」
「っん……くすぐったいです♡」
息のできない少年は必死に呼吸をしようと、熱い吐息を漏らし、僅かな肌と薄いシャツの隙間から息を吸い込む。
吸い込まれる空気が山羊の角を付けた女性の肌くすぐり、モゾモゾと動く彼の髪の毛に身動ぎながら、少年の頭を優しくなで回す。
「悪戯さんですね♡」
「こんなやんちゃな姿をお母様がみたら、なんと言われるのでしょうか?」
そう言いながら、ローズブラウン色の女性はスマートフォンで再度、写真撮影を再開し、山羊の角を付けた女性は目を細めて甘い声を漏らす。
息も満足にできない状態はまさに地獄だろう。しかし、女性の――それも綺麗なお姉さんの胸に顔を埋めるの天国ではないか。
天国か地獄か。幸か不幸か。喜か哀か。はたまた――。
少年は薄れゆく意識の中、どうしてこうなったのか今日の出来事を思い出していく。