解決編 根拠と証拠
回転椅子を軋ませて後藤は立ち上がった。
清水は考えるようにして目を閉じている。
推理を披露した後のこの空気は何度経験しても慣れない。それを誤魔化すためにコーヒーの元に歩いて行った。その途中で清水の前を通ることになるが、彼女は全く反応を示さない。
インスタントコーヒーをカップに入れる。
「玲子、コーヒー飲むか?」
目を開け、視線を後藤に向けてから口を開いた。
「ああ、ありがと」
先ほどより顔色は良くなり、体調もだいぶ良くなっていた。後藤の推理も理解できている。
「いくつか質問いい?」
「どうぞ」
湯気の上がるカップを長テーブルに置いて、その反対側で壁に寄り掛かった。
「現場の映像流したときに言ってた不自然な点って何だったの?」
「被害者の部屋が部分的に整頓されてただろ? コタツの上とかベッドの上の布団、台所の缶とか瓶とか。最初は彼女がやったのかと思ったが部屋に来てなかったみたいだからな」
なるほど、と頷いてからコーヒーに口を付けた。清水の顔が歪む。
「このコーヒーおいしくない」
「悪かったな。あ、それからコタツのコードも不自然だった」
「どこら辺が?」
「コタツ用の掛け布団もないのにコードだけ付けておく奴なんていないだろ。それに、脚と天板の色合いの違いも少し気になった」
清水はカップを置き、背もたれに体を預ける。
「言われてみればそうね。それで、なんで樋口が犯人だと思ったの?」
「それは嘘をついているのが彼だけだったからだよ」
「嘘?」
素直に聞き返してくるので得意げにコーヒーを飲み、十分に勿体をつけてから口を開いた。
「ヘッドフォンしてゲームしてたから怪しい音は聞こえなかったって言ってたのに宅配便には気づいてただろ?」
その態度が余程腹に立ったようで清水の目付きが鋭くなる。
「で、証拠は?」
「コタツだ。一〇一号室の家具とか家電とか同じメーカーのものが多かっただろ? あれは今年の四月に引っ越してきたときに買い揃えたやつだ。何点セットでいくらとかの。」
「家電量販店の新生活応援キャンペーンみたいな?」
そうそう、と頷いた。
「それのどこが証拠なの?」
「最初現場に来たとき、階段に傷が何個かあっただろ? その中に真新しいのが一個あった。たぶんコタツの脚をぶつけたんだ。その時付いた塗料とか錆びとかが一〇一号室のほうの脚についてるはずだ」
「もっと決定的なのない?」
そんな無茶振りにはリアクションせず、そのまま続ける。
「それに、スマホに指紋が残っていないのもおかしいだろ? 持ち主の指紋もないのは犯人が使って拭き取った証拠だよ」
「それも証拠にならないわ」
それくらいは分かっている、と後藤は顔を顰めたが清水にばれないようにカップで隠した。
「まあ、コタツの脚で十分だろ。犯人の性格からして、これだけ証拠をぶつければ自白するさ」
「希望的観測ね」
後藤はフンと鼻を鳴らし、回転椅子に向かう。
「いや、実際、樋口は自首すると思うぞ」
回転椅子に腰を下ろした。
「その証拠は?」
清水の嫌味に肩を竦めて応える。
「どちらにしても俺に出来るのはここまでだ」
「そうよね、これ以上あんたが出来ることはないか」
トゲのある言い回しに腹が立つが、事実なので反論も出来ない。
「ああ、これで終わりだ」
「それじゃ、お金は振り込んでおくから」
清水は立ち上がり、バッグを肩にかける。ドアに向かって歩く背中は自信に満ち溢れていて、実際より大きく見えた。
「またのご利用を」
定型的な挨拶を棒読みで行うと、振り返りもせず左手をあげて清水は事務所を出て行った。
口ではあんなことを言っていたが、犯人を捕まえる絶対の自信があるのだろう。
果報は寝て待て。
結果はニュースを見ていれば分かるはずだ。
次の日の昼、いつもと同じようにインスタントコーヒーを溶かしていると突然、事務所のドアが開いた。あまりの勢いに蹴破られたのかと思ったが、蝶番に支えられ、ドアストッパーにぶつかって静止した。
「宗一郎、金返せ」
まぎれもなく玲子の声だった。
「いつから取り立て屋に転職したんだ? たしか昨日は警察だと思ったが――」
後藤の返事も聞かず、ぐいぐいと近寄ってくる。その表情は宛ら般若のようだった。
「今朝、樋口が自首してきた」
一晩で果報が届いた。しかもテレビのニュースではなく清水の口から。
「よかったじゃないか。事件の早期解決は――」
「あんたに依頼した意味ないじゃない」
会話のキャッチボールが出来ていなかった。一方的な、千本ノック状態に後藤はどう反応すればいいか分からない。
「お金返しなさい」
「嫌だ」
しばしの静寂。般若から天女のような表情に変わる。
「じゃあ、次はもっと安くしてね」
「嫌だ」
清水の本性を見ている後藤に作り笑いは通じない。それを知っていてわざと表情をコロコロと変えているようだった。
「御得意様なんだからサービスしなさいよ」
「考えとく」
「ポイントとかないの?」
「そんな探偵事務所聞いたことないだろ」
深いため息をひとつこぼしてから踵を返す。
「それじゃ、用はこれだけだから」
「またのご利用を」
事務所を後にする清水にかける言葉が思いつかず、言い慣れた言葉を口にしていた。彼女も右手を上げるだけで返事もしない。
また依頼に来てくれるのか少し不安になったが、今更何を言えばいいのかも分からない。
バタンとドアが閉じた。が、すぐにまた開かれる。
ビクッと体が反応し、コーヒーが服についてしまった。
「言い忘れてた。次来たときはもっとまともなコーヒー出しなさいよ」
ドアから顔だけのぞかせる清水に口元がほころんだのが分かる。
「それも考えとくよ」
「よろしくね」
にこっと笑顔を残し、ドアを閉じた。
後藤は服に付いたコーヒーに手を当てる。
清水のわがままに付き合うのも存外楽しいものだった。
せっかく割のいい仕事をくれる依頼人のため、今日はコーヒーメーカーを買いに行こう。
今日の予定も決まり、財布や携帯を持って事務所を出た。
「……あ」
ガチャと鍵を閉めたところで思い出す。
コーヒーの汚れ。
このまま出かけるわけにも行かない。
「やっぱり明日にしよう」
閉めたばかりの鍵を開け、着替えを探す。
現在十三時二十四分。
今日は依頼人が来るだろうか。




