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事件編 容疑者二号

 事件から四日が経ちアパートの前から野次馬はいなくなった。

 依然として一〇三号室には見張りと黄色い関係者以外立ち入り禁止のテープが張られている。清水は岡部を従えて、見張りをしている職員に会釈してから一〇一号室のチャイムを鳴らした。

「はい、警察の方ですか?」

 扉を開けると誰かも確認せずに樋口は聞いてきた。もう昼近いというのにグレーのスウェットを着ている彼は寝起きのようだった。とても不機嫌らしい。

「おはようございます。清水玲子といいます」

 警察手帳を見せ、最高の笑顔で容疑者二号を迎える。

「こちらは岡部……は既にご存知でしたね」

 後ろで岡部が頭を下げた。

 無駄に笑顔を振りまいたおかげで樋口の頬が少し緩んだのが分かる。

「また事件のことですか?」

「たびたび申し訳ありません。もう一度お話して頂けませんか」

 樋口は軽くため息をついてから中にふたりを招き入れた。

 一〇一号室と一〇三号室は同じつくりの部屋であった。同じアパートなので不思議なことは無いが、こちらの台所は隅々まで掃除が行き届き、少し広く感じるほどだった。大学進学に伴って一人暮らしを始めたそうで家具も新しく、電化製品は同じメーカーで統一されていた。増田と比べると真逆のインテリアだ。

「それで、今日は何を聞きに来たんですか?」

 奥の部屋にはパソコン専用のデスクとそのイスが窓の左側に置かれ、反対側の壁には衣装ケースが重なっていた。その手前には布団が畳まれている。中央にはコタツがあり、CMで見たことあるような青いコタツ布団が掛けられていた。その左側には、窓を隠すようにテレビが置いてある。部屋の割に家具が多かったが、きれいに並べられていたため狭く感じなかった。全体的に背の低い家具が多いことも関係しているかもしれない。

 清水と岡部はコタツの手前に座り、樋口はパソコンの前のイスに座った。

「繰り返しになると思いますが、当時の状況をもう一度確認させて頂けませんか?」

 そこからは定型的な質問だった。岡部の方も手帳とペンを持っているが、メモ内容との相違を確認するだけで新たに書き加える様子はなかった。

 事件当日の樋口の行動はとてもシンプルだった。夕方の四時半に大学の講義を終えてそのまま帰宅。五時頃最寄り駅に着き、五時半には家に着いたそうだ。家についてからは事件発覚までパソコンでオンラインゲームをしていた。駅の監視カメラやログイン状況からそれらは事実であることが確認されている。

「亡くなられた増田さんはどういった方でしたか?」

 清水の質問に樋口は顔をしかめ、左手で頭をかいてから口を開いた。

「前にも言いましたが、ほとんど口を利いたことないんですよ」

 だからもう聞かないでくれ、と言いたげな顔に少し苛立ったが、それを顔に出したりはしない。

「では、変わったことはありませんでしたか?」

「あの日は朝から大学だったのでわかりません」

 協力する気がない態度を取る人は少なくない。実際、事件当日から警察やマスコミ、野次馬によってストレスの溜まる生活だったのだろう。

 樋口はふたりの手前のほうに目をやって、少し考えるようにしてから口を開いた。

「そういえば九時過ぎくらいに宅配便の人が来てましたよ。その人に聞いたらなにか分かるんじゃないですか?」

 清水が答えるよりも早く岡部が口を開いた。

「はい、不在伝票があったのでそちらに関しては確認済みです」

 そうですか、と肩を落とす。足をぶらぶらさせ、落ち着きなく視線を巡らせていた。去年まで高校生だったのだからしょうがない。

「あ、あとたまにですけど、女の子が来てましたよ」

 清水は初めて聞いた情報だったが、岡部が手帳に書き込む様子はない。既に知っているようだった。報告漏れということで後で叱ろう。

「知っているのはそれくらいです」

 もう帰ってくれとは言えなかったようだ。容疑者の一人であるが大学一年生ではまだまだ子供と変わらない。清水達は大人として、大人しくその場を後にした。

 樋口は見送ることもせず、イスにすわったままパソコンの電源を入れていた。


 署に帰る車中では岡部の手帳を奪った清水が容疑者二号についての情報を文字として整理していた。この手帳は走り書きの後にそれらをまとめたページがあるのでとても分かりやすい。ただ、そのページには岡部の考えや疑問までも書いてある。しかも赤色のアンダーラインで強調されているのでどうしても目についた。他にも、確認が取れているものには青色で(済)のマーク、時刻は緑色などの独自のルールがある。

 容疑者二号こと樋口信彦に関しての走り書きの次のページには被害者の足取りが時系列でまとめられていた。

十七時       被害者・大石早苗 大石宅前で会う(済)。その後、居酒屋屋へ(済)

十九時       被害者・大石早苗 二件目の居酒屋へ(済)

二十時       被害者・大石早苗 別れてそれぞれ帰宅(大石済)

二十時半      大石早苗     帰宅

二十一時三十四分  不在伝票     

十時四分      被害者      大西に連絡(済)

二十三時      被害者      大西が発見

 以上。

「大石早苗って誰?」

 清水は視線を手帳に向けたまま不機嫌そうに尋ねた。安全に車を運転するだけなら不必要なほどに視線を泳がせてから、岡部は口を開く。

「先ほど樋口が言っていた、被害者と仲の良かった女の人です。清水さんが言うところの容疑者三号ですね」

 始めは上擦っていた声も落ち着き、すぐに饒舌に戻った。

「大石早苗、二十六歳。会社員です。被害者とは一か月ほど前から付き合っていたそうです」

「今が一番楽しい時期なのにかわいそうね」

 深く考えず率直な感想を述べただけであったが、岡部は相槌を打つわけでもなく真面目な顔で話を続けた。

「それが既に被害者は他の女性とも関係を持っていたようで、別れようとしていたそうです」

 好青年を絵に描いたような岡部にとっては男として許せない部分があったのだろう。清水も二股男は気に入らない。

 彼はそのままの表情で更に続ける。

「亡くなった人間を悪く言うのもなんですが、調べれば調べるほどほこりが出るような男でしたよ」

「麻薬の密売とか?」

「いや、そこまでヤバいことはしてなかったみたいですけど……」

 出鼻を挫くような清水の返答に苦笑いを浮かべた。

「ただの不良ですよ」

「二十九歳で不良じゃ笑えないわね」

 世も末だ、といった表情で清水は流れる景色に目をやる。

「そのせいで周りは動機のある人ばかりですよ」

 ため息をひとつ。

「いま言った容疑者三号、大石早苗は二股され、その上相当な額を貢いでいたようです。さきほどの容疑者二号、樋口信彦はいわゆる近隣トラブルというやつで管理会社に再三連絡を入れていました。といっても最初の三ヶ月だけで、最近は特に無かったようです。あと容疑者一号兼第一発見者、大西友春は被害者の不良仲間で、毎週のように遊び歩いていたようですが、被害者が彼の彼女に手を出したのをきっかけに最近はあまり仲が良くなかったようです」

「三股してたの?」

 清水は思わず岡部の方に振り向いた。

「いえ、二股の相手がその彼女です」

「それはまた面倒くさい人間関係だこと」

「今回の被害者は容疑者に事欠かないみたいです」

 車が信号に捕まり、目の前を様々な職種の人間が横切っていく。

「岡部、行き先変更」

 突然の指示に岡部の体はビクリと反応した。

「容疑者第一号に会いに行こう」

「大西のところですか? いまならバイト先にいると思いますが……」

 人の流れが途絶え、もうじき信号が変わろうとしている。

「ちょうどよかった。ついでに人間関係も探ろう」

 分かりました、と岡部はウインカーを上げた。

 次の目的地まではあと二十分程だろう。

 清水はゆっくりと目を閉じた。


 後藤が目を開けた。

「仕事中に居眠りとは言い御身分だな」

 開口一番の皮肉に清水は口を尖らせて答える。

「自宅警備はお昼寝しないの?」

「俺は引きこもりのニートではないぞ」

 即答したが、否定したのは職業の方だった。

「それはそうとして、犯人分かった?」

 後藤は鼻を鳴らしてから一言。

「情報不足」

 そりゃそうだ、と清水は笑って見せた。

 そして再び右手を翳す。


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