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9.不穏

「あれが街の外にいるわたしたちにとっての大敵よ」


 騒ぎの名残も消えかかったグラウンドでミヤコは言った。


「隙あらば外壁を破って侵入し、こちらを襲おうとうかがっている。今回は不手際で防げなかったけれど、何にしろ怪我がなくてよかったわ」

「……」


 祐司は口を引き結んで彼女の顔を見つめたが、ミヤコは気づかないふりをしたようだった。

 今はミヤコと二人きりだ。

 マキとキリュウは塔内に戻り、化け物の残骸や怪我をした少女もすでにどこかへと運ばれ終わっている。


「ところで、あの外敵を始末してくれたのはあなただって聞いてるの。そのことについていくつか確認してもいいかしら」

「……その前にこちらからも訊きたいことがあります」


 祐司は低い声で言った。


「何かしら」

「あの子は大丈夫ですか」


 ミヤコは一瞬虚をつかれた顔をした。


「あの子って……ああ、あの怪我をした? 無事だと思うけど」


 思うけどって。

 祐司は奥歯をかみしめた。

 まったく関心がないような口ぶりじゃないか。


「聞きたいのはそれだけ?」

「……いいえ、もう一つ。僕はもう帰ってもいいですよね」

「え?」

「迷宮に入らせて下さいって言ってるんです」


 ようやくこちらの怒気に気づいたのか、ミヤコは顔をさっとこわばらせた。


「何言ってるの、駄目に決まってるじゃない」

「なんでですか。僕はもう戦える」

「考え違いも甚だしいわ。だいたいあなたは――」

「手柄が欲しいんですか?」


 怒りのあまり口が滑った。

 ミヤコがぎょっと目を見開くが、祐司の口は止まらなかった。


「あなたは手柄が欲しいんですよね。だから僕を帰らせたくない」

「……誰から聞いたの?」

「誰でもいいです。でも当たってますよね?」

「……」


 祐司はすっ、と息を吸い込んだ。


「何にしろ僕は人一人を簡単に見捨てるような人たちと話なんてしたくないです」


 踵を返して塔へと向かった。

 肩のインコが面白そうにこちらを見ているのが分かった。


「帰らせないわよ!」


 後ろから声だけが追いかけてくる。


「あなたが一人で帰れるわけないわ! 思い上がるのはやめなさい!」


 祐司は無視して歩き続けた。






◆◇◆






 その様子を塔の陰から眺めていたスバルは、にやりと小さく微笑んだ。


「いいねえなんだか青春って感じだねえ」


 それからすっと笑みをひっこめる。

 雑念を消して、仕事用に自分をセットする。


「さて、下ごしらえは大体終わったか。ならそろそろ動くとしますかね」


 その呟きが風に吹き消された時には、そこにはもう誰の姿もなかった。






◆◇◆






 少し後悔していた。

 いや、だいぶ後悔していた。


 祐司は部屋で頭を抱える。

 怒りで高揚していたから威勢のいいことも言えたが、一人になって頭が冷えると急に怖くなってきた。


(あんなキツそうな人を敵に回したら何をされることやら……)


 考えるだに恐ろしい。

 先ほどから毛布をかぶってびくびくと怯えるだけの時間を過ごしていた。


 ノックの音がしたのはそれからしばらくもしないうちだ。

 祐司はびくっ、と体を跳ねさせてからおそるおそるドアへと向かった。


「はい……」

「邪魔する」


 マキがこちらを押しのけるようにして入ってきた。

 よろけるこちらに構うことなく奥へと進み、無地のカーテンを一気に開け放つ。


「空気がよどんでる。暗い。あとなんかジメジメする」


 彼女はそう言って隅にあった椅子に腰を下ろした。

 祐司は困惑してそれを見つめる。


「あなたはカタツムリ?」

「は?」

「カタツムリが住むのに絶好の場所だと思う」


 呆気にとられるがマキはいたって真面目な表情だ。


「いや……違う。と思うけど……」

「そう。ならよかった」

(……なにが?)


 沈黙が落ちた。

 見つめ合ったまま数秒が過ぎる。

 音を上げたのはもちろんというか、祐司の方だった。


「あの、何か?」


 マキは何かを考えるように虚空を見上げた。


「ミヤコと言い争ったと聞いた」

「……」


 祐司は奥歯をかみしめた。

 彼女はミヤコに言われてこちらを懲らしめに来たということか。

 体がこわばって喉が渇いた。


「悪かったと思う」


 だからその言葉は意外だった。


「……え?」

「別に見捨てるつもりはなかった。でも優先順位があった。気に入らなかったかもしれない。でも必要なこと」


 マキは少し目を伏せた。


「それでも申し訳なくは思ってる」


 祐司は言葉を失った。

 だが、言葉の意味が頭に染み渡るにつれて、体の緊張が次第にほぐれていくのが分かった。

 マキは祐司が何か言う前に顔を上げた。


「夕食に行く。一緒にどう?」


 食堂で向かい合っての食事はやはり無言で進んだ。

 だが不思議と前よりは居心地は悪くなかった。

 マキは先に食べ終わったが、祐司の終わりも待ってくれた。


 不思議な気持ちで部屋のドアを開けた。

 なんだかちょっと心安らいでいる自分がいる。

 悪くはないかな、と。


 その時、床に落ちているメモが目に入った。

 ドアの下から差し込まれたのだろうか。

 折りたたまれたそれを開いてみると、丁寧な字でこう書いてあった。


『深夜、迷宮前に来られたし。スバル』


 ざわり、と胸の中が波立った。

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