5.ミヤコ班配属
翌日、祐司は見知らぬ部屋で目を覚ました。
簡素なベッドの上で体を起こす。
寝ぼけまなこで見回すが、寝具以外には何もない殺風景な一室だった。
と、どこからか羽ばたきの音が聞こえて、祐司の肩に何かが飛び乗った。
インコが鳴く。
「……おはよう」
とりあえず挨拶はしておいた。
ぼんやりと考える。どうしてこんなところにいるのかと。
昨日、このよくわからない街に来てしまい、ミヤコという女性に街の支配者のところに案内され、ものすごく恐ろしい目に遭い……
(その後に気絶しちゃったのか)
ぶるりと体が震えた。
その時ノックの音がした。
間髪入れずにドアが開き、眠たげな目の少女が顔をのぞかせる。
「生きてる?」
「あ、はあ……」
曖昧に返事をすると、マキはうなずいて部屋に入ってきた。
手にはパンやサラダののったトレイを持っていて、それを祐司に手渡した。
「食べ終わったら部屋の外に出てきて。待ってる」
そう言うなりマキは返事も聞かずに出ていった。
祐司はトレイを見下ろした。あまり食欲はない。
だが食べないままで変な顔をされるのも気まずいので、祐司は仕方なく手を合わせて食事を始めた。
◆◇◆
部屋の外に出ると、廊下の壁に寄りかかってマキが待っていた。
祐司からトレイを受け取り歩き出す。
ついていくと、彼女は途中の食堂らしきホールでトレイを片付け、再び廊下を進んだ。
つきあたりに鉄扉があった。押し開けるとひんやりとした外気が頬に触れた。
外に出て振り返る。今までいたのは塔とその下にもこもことくっついた建物群だったらしい。
振り仰いだ塔の上部には大きな窓が見えた。あれが主の部屋だろうか。
建物のすぐ目の前は細かな砂利を敷き詰めた広場で、学校のグラウンドのようになっている。
踏み込んですぐのところには二人の人間が立っていた。
「おせーよやっと来たのかよ」
「おはよう、ユージ君」
キリュウとミヤコだ。
どうやらこちらを待っていたらしい。
警戒して立ちすくむ祐司に、ミヤコが一歩近づいた。
「さてじゃあ簡潔に言うわね。ユージ君、あなたはドールチルドレンの一人としてわたしたちミヤコ班に配属されることになったわ。これからよろしく。あなたたちもしっかり面倒見てあげるのよ?」
「分かりました」
「たっりぃなあ……」
祐司の思考がしばらく停止して、それから再起動した。
「…………え?」
「ったくよー、いくら主ドノの指示とはいえ、こんな奴を組み入れるなんて俺は嫌なのによー」
「文句言わない。言うなら改善される見込みがあるときだけにしなさい」
「それって改善の見込みがあれば文句を言っても許されるということですか?」
「それとこれとは別よ。分かってて言うのもやめなさい」
流れを呑み込めない祐司を置いてけぼりに三人の会話は先へと進む。
「じゃあ次は彼の訓練についてだけど」
「ちょ、ちょっと待ってください」
祐司は慌てて声を上げた。
三人分の視線がこちらに集まる。
「あ、あの、どういうことです、配属って」
「あなたがわたしたちの班に入るということ」
「それは分かるけど……」
無機質に告げるマキに口ごもり、それでも祐司は混乱する頭を必死に整理した。
「いや、そうじゃなくて、僕は元いたところに帰りたいだけなんです。なのになんで配属……?」
「それが必要だからよ」
ミヤコは一言で切り捨てた。
「あなたが現れたのは迷宮内よね。だとすれば元いた場所に帰還するには迷宮にもう一度入る必要が出てくる。でも迷宮の内部構造は少しずつ変動しているから安易に踏み入れば危険も伴う」
「ど、どういうことです?」
「あの迷路を舐めるなってことよ」
「……何とかならないんですか?」
「駄目。どうしても入りたいのなら、あなたが迷宮内で自分の面倒くらいは見れるようになる必要があるわ」
「自分の面倒を見る?」
ミヤコはうなずいて祐司の腕を示す。
「せめてあなたが自分の異能武装を使いこなせるようになるまでは迷宮入りは許可できない。そういうこと」
「……?」
怪訝な顔をする祐司の顔を見てミヤコは少し微笑んだ。
そしてすぐに表情を引き締めてさっと小さく手を上げる。
マキが一歩前に出た。
「マキ、見せてあげなさい」
マキのしなやかな手が虚空に差し出された。何かをつかむような形。一拍おいて、密度のある何かがその周りに集まっていく。
そこには力の流れがあった。
場に軽い衝撃が走る。地震というほどでもないが地面がかすかに揺れる。
バシッ、と何かが弾ける音がした。
閉じてしまっていた目を開くと、マキの手に灰色の剣がある。
驚いて目を見開く祐司に対し、ミヤコは静かに告げた。
「これがドールチルドレンの力、異能武装よ」