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14.祐司の武器

 キリュウは爪に押しつぶされて血の海に沈み、苦悶の声も上げられないまま絶命した。はずだった。


「無理だな。そいつぁ不可能だ」


 不敵に笑う声がある。


「俺を殺したいんならちゃんと殺せるだけの威力を出せよ」


 祐司は我が目を疑った。

 爪に全身を貫かれながら彼が平気で言葉を発していたからだ。


「な、んで……!?」

「死んでねえからだ。他に何があるよ」


 呆れたように言われて多少の冷静さが頭に戻った。

 よく見ると敵の爪の先はどれもキリュウの体に少し押し込まれたあたりで止まっている。つまりは一つも刺さっていない。何かがそれを防いでいる。


「異能武装種別、極細盾」


 キリュウの声が静かに響く。


「俺は鉄皮って呼んでる。まあ要するにミクロの盾の集合体だ。使いこなすのは難しい。が、一度手懐けちまえばこれ以上ない最高のツールになるんだなこれが」


 彼の体の表面から灰色の靄が広がっていく。それはキリュウを取り巻く爪を彼ごとまとめて包みこんで、一気に岩のように硬化した

 爪の数本は逃れようとのたうったが固められて動けないらしかった。

 キリュウが哄笑する。


「野暮なことすんない。お前もまだまだ楽しみ足りねえだろ? 最期まで付き合えや」


 決着をつけるつもりなのか。声にはその響きがあった。

 とはいえ。


「ど、どうやって仕留めるの?」


 キリュウとて動けないことには変わりはない。能力を解けばすぐさま爪を臓腑に押し込まれることは目に見えているからだ。


「俺に聞くなよ」

「へ?」


 間抜けな声を上げる祐司に、彼はあからさまに顔をしかめた。


「俺が動けるように見えんのか? 考えりゃ分かんだろ。やってやれねえこともねーがタルさはマックスだろ?」

「じゃ、じゃあ?」

「だからなんで俺に聞くんだよ。お前の問題だろうが」


 意味を理解しそこねた。


「……僕?」


 彼は頷く。


「俺は動けない。あの化けババアも動けない。お前は動ける。だからお前が仕留める」


 な、単純だろ、と鼻を鳴らした。


「……」


 確かに単純だ。後ろで動けないマキも含めてこの状況の行く末を決することができるは祐司ただ一人だ。敵を確実に仕留めることができる。


 そして、もちろんマキを連れて逃げることだってできる。


 敵の力はまだまだ未知数だ。まだ何か手を残しているかもしれない。おまけに祐司には武器がない。さらに不測の事態が起きたときに対応するための手段を持っていない。もしかしたら上手く仕留められない可能性も多分に……


 その声はそんなことが頭をよぎったその時に聞こえた。


「別にいいぜ」

「……え?」


 顔を上げるとキリュウのなんてことのない横顔があった。


「逃げろよ。そうしたいんだろ?」

「……」


 臆病風が吹いたのは確かだ。しかし。


「……逃げないよ。逃げないってば」

「そうか? 絶対逃げると思ったんだがな」

「仕留めろって言ったのはキリュウじゃないか」


 よくわからない人だな、と少しおかしくなった。

 祐司は慎重に足を踏み出した。爪はすべて抑えられたとはいえ、万が一ということもあり得るし今は武器もない。

 素手で壊す? 論外だ。自分はキリュウとは違う。もちろんマキとも違う。


(僕……僕、か)


 大きな力があればそれに越したことはない。精妙な技を身につけていればそれに勝るものはない。

 だがどちらもないのだ。そういう時はどうすればいいのか。答えを見つけられなければ三人とも死んでしまう。

 答えはどこだ。切り抜ける都合のいい手段がない今、どこに突破口がある?


「……」


 祐司はゆっくりとかがんでそれを拾った。


「どこに行ったかと思ってたよ。やっと見つけた」


 久方ぶりに手に取った傘はあちこち破けて酷くみすぼらしくなっていた。それを腰だめに握って構える。

 都合のいい答えはない。手っ取り早い道はない。そういう時は今自分の中にあるもので何とかするしかないのだ。


「行くぞ!」


 傘の切っ先が鋭く光った。祐司は雄叫びを上げて床を蹴り離した。

 ゆっ――くりと。ゆっくりと敵の姿が近づいてくる。

 冷たく虚ろなその視線。どこか怯えたような目だ。

 その時キリュウの拘束から逃れた爪の一本が、こちらへと飛んできた。

 狙われているのは脳か心臓か、それとも脾臓か。

 何にしろ祐司には関係なかった。そんなもの何の障害にもならないことを知っていたからだ。信じていたからだ。


 目にもとまらぬ何かが視界を突っ切った。爪を弾いて虚空に消える。

 視認すらできなかったがマキの剣だということは最初から分かっていた。彼女は死んでも祐司を守ると言っていたから。

 目の前。敵。祐司は最大の気合いと共に傘の先端をその眉間にねじ込んだ。

 びくんっ、と爪の群れが脈打つ。そしてわずかに悶えるような動きを見せた後――敵は力を失い沈黙した。


 その様子を見届け、祐司は床に崩れ落ちた。

 そんなに走ったわけでもないのに息が苦しい。目の前が少しずつ暗くなっていく。頭もなんだかぐるぐるする上、胃のあたりから何かがこみあげてきている気がする。

 だが、それでも気分は悪くない。


「やっ……た……!」


 やってやった。助かった。助けた。生き延びた。

 大きく息をついていると足音がした。


「はぁあ。ったくよ、にやにやしやがって」


 ぼやける視界に苦々しげな顔が映る。

 祐司はそれでも笑うのをやめずに口を開いた。


「キリュウ」

「んだよ」

「吐きそう」

「そうか」

「うん」

「けど我慢しろ。ゲロまみれを運ぶのはごめんだからな」


 しかも二人とかふざけやがって。毒づくその声をまぶたの裏で聞きながら、祐司は思った。

 頑張ろう。

 頑張って元の世界に帰ろう。

 多分僕にはその力があるのだから。

 今はまだその方法が分からなくても。

 諦めなければ道は開ける。

 目を開いた。


「これからもよろしく」


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