11.脆い人
パラパラと何かが体に降り注いだ。祐司はその感触に目を覚ました。
「う……」
顔を上げると周りがぼやけて白い。目が見えなくなったのかと混乱するが、どうやらそうではなく粉塵が舞い上がって視界を遮っているだけのようだ。
ここはどこだろうとまず思った。意識を失う直前の記憶がない。ただ耳の奥に凄まじい轟音の響きだけが残っている。
起き上がろうと壁についた手が何かに触れた。見ると鋭く深い傷がそこかしこに刻まれていた。
どれだけ強い力が荒れ狂えばこうなるのか。背筋に冷たいものが流れるのと同時、近くで小さなうめき声が上がった。
「マキ……!」
うずくまる少女に駆け寄る。体中ズタボロになった彼女の呼吸は、ひどく苦しそうなものだった。
「マキ、大丈夫……!?」
ためらいがちに彼女の背中に触れる。小さな震えが伝わってくる。
その頃にはもう全てを思い出していた。
「守ってくれたんだね……」
あの嵐のような激しい攻撃の中、彼女が身を挺してかばってくれたのだ。死の危険もかえりみず、その華奢な体一つで。
血塗れで倒れる別の少女の姿が重なった。まただ、と思った。また僕は人に守らせてしまった。強いけれど、もしかしたら僕よりも脆いかもしれない人に。
にじんだ涙をぬぐって祐司は口を開いた。
「……ここを出よう」
少しの間を置いて、マキが小さくうなずいた。
肩を貸して彼女を立たせる。マキの体は力を失ってぐったりと重い。その肩口から胸元にかけて大きな傷が口を開いているのが見えた。このままでは危険なことは明白だった。早く処置をしなくてはならない。
だが帰り道が分からない。視界が相変わらず悪い上にそうでなくとも来た道を思い出せなかった。
途方に暮れて左右に目をやる。どちらを見ても白く煙いばかりの迷路が続くだけだ。その時祐司の耳がかすかな物音を捉えた。
振り向きながら急速に口の中が乾いていくのが分かった。そこにいるのが何者なのか、すでに知っている気がしたのだ。
不自然なほどに白い女の顔が目に入る。どこか遠くへと投げかける眼差し。頼りないようで美しい立ち姿。それからだらりと垂らされた腕と床に流れる長い爪。強くもないが明確な殺意の形。
膝が震えた。叫びたいほど怖いのに叫べない。速く逃げろと全細胞が祐司自身に訴えている。
だが逃げられない。足がすくんで動かない。しかしそれとは別に足を押さえつける思いがある。
逃げていいのか?
その正体は肩にかかっている重みだ。今自分だけが逃げようとすれば、当然ながらマキは助からない。見捨てることになる。
一瞬時間が止まった。空気の凍結。もちろん単なる脳の錯覚のはずだった。それが終わる頃にはあの女の無慈悲な一撃が、祐司とマキの命を絶っているだろう。
迷う暇などなかった。
「っ――!」
祐司は無音の叫びと共に足を踏み出した。
力の解放を体に命じる。出現した刃を振り上げ敵に向かって真っ直ぐに――
「!?」
だが二歩と踏み出さないうちに横から突き飛ばされて祐司は無様に転倒した。
その顔のすぐそばを目にもとまらぬ何かが音を立てて通り過ぎていった。転んでいなければこめかみを貫いていた軌道だ。背筋がぞっと冷えた。
誰が祐司を押し飛ばしたのかは考えるまでもない。
「あああああああああっ!」
額から血を流しながらマキが絶叫していた。
敵の攻撃をしがみつくように受け止めて、両足を踏んばりながら。
音を立てて爪が引き戻される。つかんでいたその手のひらが裂けて血を撒く。
「ぐぅっ!」
彼女はよろめいて、だが倒れない。いつの間にかその血塗れの手に灰色の長剣。敵を睨みつける目は激情をたたえていて、祐司は一瞬その光の強さに目を奪われた。
「立って! 逃げて!」
はっと我に返る。敵が手をゆっくりと持ち上げるところだった。
空気を切り裂いて攻撃が飛来する。祐司は慌ててもがいたが間に合うはずもない。敵の爪はすぐにこちらへと到達した。
ギィン! と音を立てて攻撃が逸れた。
「急いで!」
マキが祐司と敵との間に立って剣を相手に構えていた。肩で息をしていて、余裕など少しもなさそうだ。
「で、でも……僕も」
急いで立ち上がりながら祐司は先を続けようとした。
だが彼女の鋭い声がそれを遮った。
「駄目! いいから逃げて!」
「マキは……?」
「わたしは――」
彼女はこちらを一瞬だけ振り向いた。揺れる瞳がこちらを見た。
「わたしは大丈夫。大丈夫だから」
そう言ってマキは再び敵に向き直る。
「スバルの奴を探して。あいつに外に出してもらって」
それを最後に少女は飛び出していった。
祐司は少しのためらいの後。
「助けを……助けを呼んでくるから!」
踵を返して全力で走りだした。




