7章 難儀なことだ
【概要】存在の根源と有の開始点の問題につき三人が検討する。
…………………………………………
「色の話はよく分かりし気はするけれど」セァラが言いつ。「でも、論理性が根源の有であることの説明としては、不十分よ」
「まあ、そうだけど」青葉が言いつ。「だから、ベルクソン先生の発見のあとには、すぐに、なぜ論理性なのか? という問いが、湧いてくるのよ。論理には、従うべきか、無視するか? 難儀なことだよ。やれんのよ。でも、はっきり言うて、この問題はとても面白いのよ。是非とも解明すべきなのよ。世界はただ有であるばかりである以前に、論理性を先験的に認めなければいけないか? 論理性がまさに有なのか? 論理性は、どげな形態をとり、どこに存在するか? そして、どげな風にして天地創造をもたらすか?」
「で、なぜ論理性なわけ? 他のものだて候補になりうるんじゃないの?」
「あたしには分かんないよ。存在基礎命題が論理だから、ということくらいなのではないの? あとさ、さっきも言いつけど、非論理性とかの論理性以外のものて、結局、論理性に吸収されてしまう可能性もあるし」
「まあ、そうかもね。分かんないけどね。当面、保留にするしかないかもね」
「じゃあ、どこに存在するの?」絵理が言いつ。
「潜在しているかもね、ユービクウィタスリに」青葉が言いつ。「なぜって論理は物質ではないのだから」
「じゃあ、その場所て」セァラが言いつ。「論理性空間とでも考えればいいんじゃない? こうするほうが整理しやすいよ」
「論理性空間!」絵理が呆れしように叫びつ。「そげなもの、どこに存在するの?」
「それが論理性空間なのよ。論理は、物質ではないのだから、時間や空間のようなものには拘束されず、巨視的な特定の居場所は必要ないけれど、ユービクウィタスリに潜在している、という点で、取りあえず、分類するための場所だけは用意してあげるわけ。だから、存在基礎命題と論理学て、ユービクウィタスな論理性空間に存在していることに、なるかもね」
「なるほど。ユービクウィタスで仮想的な論理性空間ね。じゃあさ、他にもさ、こういう設問もありうるんじゃないの?」
「どんな?」
「論理性は一つだけなのか? ほかの論理性空間はないのかよ? この宇宙の論理システムの他に論理システムはないのかよ? というような設問」
「おっと……。なかなか鋭いじゃん、絵理。でも、そうかもね。この論理性だけには限らない、ほかの論理システムの可能性ね。どこかにあるのかな? 検討してみる価値は、あるかもね」
「そうだよ」青葉が言いつ。「その設問も面白いよ。是非とも答えを出すべきよ。べつの論理学も存在しうるのか? べつの物理学と物理システムがありうるか? よその宇宙は別の論理システムで構築されているのであるか?」
「そうね。出せるものならね」
「たぶん無理だろうけどね。こういう、基盤そのものについての問題は、論理的思考だけでは解けない気がするよ」
「そうかもね。観測できないし。論理学て、微視的なのよ」
「ゲーデル先生の不完全性定理もあるし」絵理が言いつ。「すこし戻るけど、他にもまだあるよ。循環の問題はさっきは誤魔化されてしまいつけれど、今度のは断じて蔑ろにしていいことではないのよ」
「どげなこと?」青葉が言いつ。
「もしもよ、もしも、ただ有であるばかりの何かが論理性だとすると、それでもう有の必要性は満たされてしまうので、この宇宙は決して発生しないのではないの?」
「おっと」
「その通り」セァラが言いつ。「どうするの、青葉?」
「これはちょいと徹夜して考えてみないといけないよ。ベルクソン先生の存在基礎命題が必要性の面での答えになりているのは、間違いないことだけど」
「じゃあ、論理性は有から除外してしまえばいいんじゃないの? 先生の命題て、存在そのものにつき規定しているゆえに、むしろ有に含めてはいけないのよ。先生の命題と、そして論理学て、存在システムの設立趣意書か準備委員会のようなものなのよ」
「じゃあ、そこにこそ、ゲーデル先生の不完全性定理を適用すればいいんじゃないの?」絵理が言いつ。「ここはまさしく存在の大前提の部分なので、先生の言うとおりになるしかないかも知んないよ。もう正当性は証明できないのよ。いやでも不問にするしかないのよ」
「でもさ」青葉が言いつ。「そげな風にして、論理性を有から除外をするにせよ、それでもこの宇宙はまだ発生させられないよ。なぜって、物理世界を発生させる必要性が論理性に内在しているとは、とても思えないからね」
「あら、そう?」セァラが言いつ。「論理性は除外するのだから、物理世界とは限らず、有はまだ満たされてはいないてことに、なるんじゃないの? 必要性はあるんじゃないの?」
「そうかな?」
「そうだよ。だから、まず、先生の存在基礎命題が、観念空間とでも言うようなものを新たに生みだすのよ。論理性を応用できる場所、つまり、観念を展開できる場所もなく、論理学だけがありても、話になんないでしょう? それにさ、観念であれば、発生させやすそうだしね」
「へーえ。観念空間は有には当たらないの?」
「さあね。観念空間は、論理性空間の延長とか作業領域とも言えるので、まだ除外扱いなのではないの? そして、その結果、なんらかの有を生みだせる論理と仕組みを考えだそうとして、観念空間におき論理がせっせと回転するのよ」
「ふーん」
「あるいは」絵理が言いつ。「かりに観念空間が有に当たるにしても、そこには観念生物のようなものが発生する可能性だて、あるんじゃないの? 生物なのなら、人間と同様、愚かで、軽率なので、ろくに考えもせずに、苦しみの物理世界を発生させてしまう可能性があるよ」
「なるほど。そうだよ。ひどい話だよ。余計なことをしやがり、ていう感じ。勘弁して欲しい。それで、可能性は色いろあるけれど、今はまだ決定しがたいのよ」