13章 生物の能動的な動き
(この章は書きなおす予定です)
【概要】生物の能動的な動きの根拠につき三人がお喋りをする。
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【小見出しの目次】
微生物や細胞の内部空間の広大さ
物理学的な厳密さ
思考アルゴリズムの形成についての詐欺めきし憶測
生物の動きは物理法則に違反しているか?
振動子のシステム
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微生物や細胞の内部空間の広大さ
「でーさ」青葉が言いつ。「話は、いきなり飛んじゃうけれど、ここで、ご参考までに、機械とか、物質の大きさというものにつき、すこし考えてみたいよ」
「なんで?」セァラが言いつ。
「うん、今後のことを思うと、この辺で、機械や物質についての感覚を拡張しておくといいかなと、思うのよ」
「ふーん」
「たとえばさ、人間社会には、メカニカルな可動部のある機械装置があふれているよ。たとえば、歯車とか、滑車とか、軸受けとか、ボール ベアリンとか、スウィヴェルとか、ジャイロスコウプとか。それに、アナログ時計、自転車、三輪車、各種の乗り物、各種の航空機、各種のエンジン、プロペラァ、スクルー、各種のマシーン、ブルドウザァ、キャタァピラァ、クレイン、各種の工作機械、各種の製造装置、コンヴェイヤァなど。これらて、無数の部品で構成されていて、それらが協調して動作することで、初めて、その期待される性能が発揮されるのよ。でも、どこかに不具合が生じると、ただちに、性能がガクンと落ちたり、使い物にならなくなりてしまいたり、するのよ」
「ほう、そげな話?」
「まあね。そして、これらの機械装置のほかに、各種の製造装置を組みあわせし、ほぼオートメイションの製造設備や製造工場もあるよ。あらゆる製品についての、あらゆる製造工場があるよ。そして、製造工場でも、無数の部品が協調的に厳密に動作しなくてはいけないという状況は、同じなわけなのよ。と申しますか、部品や装置の数が多く、より複雑であるゆえに、その要求にはモーア厳しいものがあるよ」
「なるほど」
「そして、機械工学と生産管理の分野におけるこういう基本的な状況を踏まえしうえで、改めて細胞というものを見直してみると、微生物や、単細胞生物や、細胞も、一個の複雑なマシーンであると同時に、超複雑な製造工場でもある、と言えるのよ」
「そげに複雑なわけ?」
「そりゃ、これらて、まともに眼には見えないくらいにちっぽけな大きさのものなので、複雑さて普通には決して感じられないけれどもね。でも、原子や分子の大きさのレヴェルにまで降りてゆき、そこから見あげると、一個の微生物や単細胞生物とは言うても、その内部には広大な空間が内蔵されていることが分かるのよ」
「ほう」
「例えばさ、ゾウリムシの長さて、大体0.1mm(ミリミータァ、10のマイナス3乗ミータァ)から0.2mmだそうなのよ。また、クマムシ(熊虫 緩歩動物 tardigrade ターディグレイドゥ)の身長は、大体50マイクロミタァ(10のマイナス6乗ミータァ、千分の一ミリミータァ)から2mmだそうなのよ。クマムシの大きさて、結構ばらつきがあるのよ」
「クマムシて、なに? 聞きしことがないよ」
「うん、クマムシて、そういう生物がいるそうなのよ。蜘蛛と同じに8本足だそうだよ。ゾウリムシが単細胞生物なのにたいし、クマムシて、多細胞生物で、口や消化器官や脳も具えているそうなのよ。そして、ここが凄いところだけど、もの凄い強力な耐久性を具えているそうなのよ。普通の生物でありゃ即死してしまうような物すごい乾燥・高温・極低温・真空・高圧・高線量の放射線などに曝されても、死ななく、しぶとく生き延びるそうなのよ」
「へーえ、そうなんだ?」
「うん、そうらしいのよ。見たことないけどね。
そして、他方、六〇個の炭素原子で構成されるサカァ ボール状の立体的な分子であるバクミンスタァフラリーンの直径て、およそ1nm(ナノミタァ、10のマイナス9乗ミータァ)だそうなのよ。また、水分子の大きさて、およそ3Å(アングストゥロム、10のマイナス10乗ミータァ)だそうなのよ。さらに、水素原子の直径に至りては、およそ50pm(ピコミタァ、10のマイナス12乗ミータァ)だそうなのよ。
だから、分子の世界て、だいたい10のマイナス11乗ミータァくらいから始まると、覚えておけばいいのよ。
ちなみに、1ミリミータァて、1ミータァの千分の一で、10のマイナス3乗だけど、身のまわりにある物品にたいして、千分の一の操作、10のマイナス3乗の操作をすると、人間の眼には、ほぼ見えなくなるか、かなり識別しづらくなるのよ。そして、分子の世界て、1ミータァの長さから始めて、この見えなくなる操作をおよそ4回くりかえせし所から、始まるわけなわけ。もの凄く小さな小さな世界なのよ」
「うむ」
「それで、また戻るけど、ここで、ゾウリムシとバキボールの長さを較べると、その違いは、およそ20万倍の違いになるよ。また、ゾウリムシと水分子の大きさを較べたら、今度は、およそ67万倍の違いになるよ。さらに、ゾウリムシと水素原子の直径を較べたら、なんと、400万倍もの違いになるよ。さらに、体積で較べれば、もっと大きな違いになるよ。長さの違いを、さらに3乗しないといけないからね。つまり、たかがゾウリムシと言うても、原子や分子の化学反応レヴェルの大きさで評価するなら、その内部には途轍もない大きさの空間が蔵されている、ということなのよ」
「ああ、そういう見方もできるんだ? そりゃ、なんか、凄いよね。信じらんないよ」
「うん」
「で、それで?」
「うん、それで、どげにちいぽけな微生物や細胞であろうとも、その内部で生起している化学反応レヴェルの物理事象て、まさにその事象の大きさのレヴェルで眺めるならば、あたしたちが巨視的な世界で普通にものを見ているのと同様、きわめて迫真的かつ複雑怪奇に見えてくるのでありて、それが起こるにしても、物理法則にしたがい厳密に起こらなければいけないだろうことが、納得されるのよ」
「ふーん」
「例えば、DNAなどの分子の精密な図とかを見かけることがあるけれど、細胞内部の事象についても、あたしたちは、ああいう精細さのレヴェルでもて物質を見て、物理的に真摯に究明する必要がある、ということなのよ」
「うむ」
「それで、こういう次第で、原初の生物であろうとも、さまざまな動きの仕組みは物理学的かつ生化学的かつ分子生物学的にきっちり組みあげられているだろうことが推測されるし、その前に、仕組みの全体がきっちり設計されているだろうことも憶測されるのよ。
そして、こういう風に見ると、設計だけでもないことも思量されるよ。全体の構想とか、動きの予想とかも、ありそうだよ」
「だれが構想したり設計したりをするわけ?」
「まあ、そこなのよ。それが分かれば苦労はしないのよ。答えが出つ、ということだから」
「設計されてはいそうだけど、でも誰も設計してなどいない、という可能性もあるよね?」
「その通り。そして、実は、だれも設計してなどいないのよ。なぜなら、そもそも、生物の新陳代謝が実現されるまえ、その仕組みを設計せし精神が存在していつなどてことは、有りえないからね。散逸構造の物理的秩序形成力が根本的な原動力なのよ」
物理学的な厳密さ
「誰が研究しているの、その辺り?」絵理が言いつ。
「あの辺りのことて」青葉が言いつ。「生化学や分子生物学あたりで研究されているのではないのかな、と思う」
「ああ、そう」
「そして、生化学や分子生物学では、テクノロジや研究技法の進歩によりて、どんどん詳しく究明されてきている筈なのよ。だけど、説明するには、かならず物理的に説明しないといけないわけなわけ。とにかく、物理学的な厳密さに立脚してないことには、自然科学の名には値しないからね」
「まあ、そうね。あげな複雑なDNAとか、あらゆる部品が、偶然に自動生成するとは、とても思えないからね」
「そうだよ。それらの大きさのレヴェルで見ると、どれもこれもが極めて精密なものなのよ。こういうものて、きわめて厳密に製造されたり動いたりしないといけな筈なのよ」
「うん」
「そして、さらに、生産管理の観点からも見てみると、細胞内外での何らかの外的な物理事象が契機となりて、細胞における何らかの動きが起動されるとして、たくさんの物質が協調的に動作する要請が、どのようにして関係する各部署に伝達されるのかとか、材料となるアイオンや基(radical, group 原子団。あたかも一個の原子のような反応をあらわす。水酸基・硫酸基など)や分子などが、それらが必要とされる現場まで如何にして輸送されるのか、というような問題もあるはずなのよ。原子や分子の大きさに較べ、細胞内部の空間が広大なだけに、そげなことがフォーチュイタスリに起きるなど、断じて許されることではないのだから。これて、要するに、哲学的ゾムビや生物における建設的な動きについての問題だけど、厳密に説明されないといけないことなのよ」
「ああ、そうなんだ? さすがに、そこまで細かく見ちゃうと、空間的な隔たりのある状況で、そういう複数の要素が関係する複雑な動きが自然に起きるとは、考えにくくなるよね?」
「そうなのよ。そこが悩ましいところなのよ」
「精神性が関与できる余地がなくなるのではないの?」セァラが言いつ。「まあ、自由意志は否定されてしまいつけれどもね」
「うん、そうなのよ。そこが、つらいとこなのよ。それで、あたしとしては、どう足掻いても説明できないことが一つくらいは残りてもいいのではないか、とは思うんだけど、多分、そうはなんないのよ」
「説明できなければ、どうなるわけなわけ?」
「そこに精神性が介入してこれる可能性があるかも知んないのよ」
「ああ、そういうこと。要するに、念力ね? 見込みはどうなわけ?」
「勝算はあまりないのよ。ただ、生化学や分子生物学でも可能なかぎり厳密に調べられてはいるはずだけど、研究の焦点以外のところで説明しきれていない部分はあるかも知んないね。でも、それでも、プロウブを細かくして、詳しく調べれば調べるほどに、より厳密に説明できるようになるばかり、と予想されるのよ」
「うむ」
「どないに細かく突っこみてゆこうとも、物理学的な厳密さは必ず満たされるに違いないのよ。そして、そげな風に、とことん物理的に説明されることが、やはり望ましいのよ」
思考アルゴリズムの形成についての詐欺めきし憶測
「ところでさ」セァラが言いつ。「また戻るけど、たとえばさ、単細胞生物の思考機能があっじゃん」
「うん、あっじ」青葉が言いつ。
「これて、細胞を構成する物質群の次期状態演算機能から形成されるんだよね?」
「まあ、そのはずだよね」
「そして、ほかにもさ、次期状態移行機能があっじゃん。こっちは、細胞全体の動作機能を形成するはずだけど、こっちは思考機能とは別物じゃないの。すると、動作機能なら、思考機能での結果をうけて、思考アルゴリズムを変更できるのではないの? つまり、複合機能であれば、可能なのではないの?」
「ああ、そういう話。うん、理論的には、そういう可能性も否定はできないよ。でも、その可能性はもう否定してしまいしような気がするな。そうでもないのかな? どうも、その辺の屁理屈て、けっこう嫌らしいからね。分かんないや」
「どうしてこれまで複合機能を除外していつの?」
「それは、まあ、まずは単一機能での可能性を徹底的に検討しつくしてしまうためなりきのよ。そして、不可能ということが判明しつのよ」
「じゃあ、できるのね、複合機能であれば? そして、物質基本機能て、複合機能だよ」
「うん、まあ、原理的には可能かも知んないよ。でもさ、さっきセァラが補強せしように、思考アルゴリズムの代替物をあらかじめ無限に用意しておくことが不可能なのよ。また、代替物をその場で考案もしくは製造することも、ほぼ不可能なのよ。そもそも、新しいものを無から新規に考案することが、恐らく不可能なのよ。新規性て、なかなか難しいシームだよ。恐らく、散逸構造の物理的秩序形成力と全体的な状況と幸運な偶然にほぼお任せするしかないものなのよ。そのうえ、さらに、思考機能や思考アルゴリズムを構築する方法などてもの、一切だれにも知られていない筈なのよ。思考機能や思考アルゴリズムて、先験的に与えられるものだから。なので、思考機能を、ほかの機能の手で変更しようとするにせよ、その他の機能が変更能力を有することが有りえないのよ」
「ああ、結局、じぶんの機能を変更するにせよ、他者の機能を変更するにせよ、機能のアルゴリズムを変更できる能力をゆうする機能て存在しない、ということに、落ちつくんだ?」
「まあ、そうかもね。そして、さらに、複合機能であれば、今度は、それらの複数の機能の具体的な実装状況も問題になるよ。そして、実際、物質基本機能には問題あるのよ。つまり、単一機能のばあいでも同じだけど、次期状態移行機能て、どうすれば次期状態演算機能を形成できるのか、はたまた、変更できるのか、まるきり知らないわけなのよ。そげな微妙な方法などは承知していないのよ。そもそも、現実的に見れば、次期状態演算機能て、次期状態移行機能により形成されるのではないからね。これらの機能て先験的に与えられるのよ」
「ああ、結局、そういうことになるんだ?」
「まあ、事実上では、そういうことになりている筈なのよ。
そして、また、細胞ではなく、ただの物質についても見れば、そもそも、物質の次期状態移行機能て、次期状態演算機能の動作アルゴリズムを変更するためのものでなく、量子全体の現在の状態をつぎの瞬間の状態に変更するためのものなのよ。温度を上下させたり、運動量を変化させたり、化学反応を起こさせたり、核分裂を起こさせたりね。
また、物質の次期状態演算機能だて、じぶんの演算アルゴリズムを変えようなどとは決して思わないのよ。そもそも、この機能の本分て、エナァジ状態検出機能での検出結果をうけて、量子全体の現在の状態をつぎの瞬間にはどのような状態にすればいいかを考えることだから。現在のままにしておくにせよ、はた、また、変更するにせよ」
「なるほど。素材の物質についての観点から見れば、演算機能が、その自由意志にもとづき自分の演算アルゴリズムを変化させるという事象は、根本的に起こりえないわけだ?」
「そうかもね。それでも、仮に、ゾウリムシに、たまには、生存の雑事から離れ、伸び伸びと泳いでいたい、というような願いが、次期状態演算機能によりて形成されるなら、それが、巨視的な生物にての自由意志の実現にむけての第一歩、とは言えるかも。でも、たぶん、原初の生物の段階では、まだ、そういう上等な願いは発生しないであろう、と思われるよ」
「ああ、じゃあ、自由意志て、思考機能と動作機能を合わせしものなのだ? 一個の複合機能と言うより、複数の機能から構成されるのだ? 感覚機能も参加しているだろうしね」
「まあ、そうかもね。あたしもここまでは考えてはいなかりきよ。いま心に浮かびつよ。そして、もう一つ、浮かびつよ。でも、さっきもう言うてしまいつかも知んないな」
「どんなこと?」
「うん、まず、セァラの言うように、細胞全体の思考機能て、構成要素の物質群の次期状態演算機能から形成される、と思われるよ。なので、どのような思考アルゴリズムが形成されるかも、物質群により決められてしまうのではないか、と強く推測されるのよ。これは、つまり、より詳しく言えば、細胞の思考アルゴリズムて、その時、その時の、細胞の全体的な状態、つまり、物質群の状況により、決定されるかも知んないことを、暗黙のうちに意味しているよ。物質群の現在の状況から物理的秩序を形成または維持する方向で」
「ああ、そうなんだ? 単に、思考機能が物質群の次期状態演算機能から形成されるだけでなく、そのアルゴリズムも、物質群により決められちゃうんだ? ああ、そういうことか。じゃあ、次期状態移行機能には手も足も出ないよね?」
「そうかもね」
「じゃあ、すると、細胞てつねに新陳代謝をしていて、物質群の状況もつねに変化しているゆえに、細胞全体の思考アルゴリズムと思考結果も、その変化にあわせ、つねに変化している、ということに、なるのではないの?」
「ああ、そうかも知んないね」
「へーえ、なんか、思いも寄らなかりきよ。でも、そうかもね。つねに新陳代謝が遂行されていて、物質群の状況も変動するから、思考アルゴリズムも激しく変動するわけだ? そして、各種の新陳代謝の回路も、無事、回転しつづけられるわけだ?」
「多分そうだよ」
「ということは、つまり」絵理が言いつ。「いまの話て、ゾウリムシの眼にみえる大きな動きが現われる前に、より細かな新陳代謝の段階で、各手順の逐次的な動きが、ゾウリムシにおける全体的な思考により逐一制御されている、ということなわけ? 微分的にか、積分的に」
「ああ、そうだよ、具体的に言えば、そういうことになるよ」セァラが言いつ。「だから、瞬間瞬間の思考が、新陳代謝の一つ一つの手順を、まさにリアルタイムに制御する内容になりているのよ。じゃあ、次は、このアイオンや基や分子をあそこまで移動させ、あっちでは電圧をかける、とかね。しかも、それが遂行されると同時に、その次の瞬間の次期状態演算も果たされるのよ。こういう微細な計画立案と制御と動きが微分的に果てしなく遂行されて、その結果として、積分的に、大きな動きが生じるのよ。それに違いないよ」
「いやいや、これは驚くよ。腰が抜けちゃうよ。いまの話て、まさに、細胞での新陳代謝が細胞の意識により制御される、という話だよ。細胞での次つぎに変化しつづける思考が、細胞の物質のすべてを動かす予定表になりているということだよ。まさか、新陳代謝の原動力が判明するなど、夢にも思わなかりきよ」
「ああ、新陳代謝の原動力にまで、話が進むわけだ? これはびっくり仰天じゃん。気がつかなかりきよ、あたし。ああ、でもさ、これはまだ一つの推測にすぎないのよ。確かさはかなり高いとは思うけれどもね」
「うん。青葉はどうなわけ?」
「うん、あたしも」青葉が言いつ。「すごい有望と思う。驚くよ。天地がひっくりかえるよ。ひょっとすると、細胞の新陳代謝の微細な動きが意識つまり細胞での思考により制御されるて考えて、初めてなのではないのかな? 分かんないけどね。
つまり、細胞の巨視的なレヴェルでは、細胞の意識の、エナァジ状態検出と、次期状態演算が、働くわけなのよ。これらが、いわゆる感覚と思考に該当するのよ。そして、つぎの瞬間にはどういう状態にするかという思考結果が構成要素の物質群に伝達されて、おのおのの物質におき次期状態移行機能によりて現在の状態がつぎの瞬間の状態に具体的に変更されるのよ。
ただ、ここに、精神の随意性は入りてはいないけれどもね。なにしろ、すべての動きて、意識において、内外の物理的な入力をうけ、ごく物理的なものとして生じるはずだから。自由思考と自由意志はないのだから」
「じゃあさ、すこし話はずれるけど」セァラが言いつ。「こういう問いも有りうるのではないの? つまり、細胞全体の思考機能と思考アルゴリズムて、ほんとに形成されるのか? それとも、そういうものは形成されなく、単に、その場の物質的な状況にしたがい、物理的秩序形成力により、物質的な新陳代謝が自然に進行するだけなのか? こういう疑問だよ。これまでの話をひっくりかえすようだけど」
「ああ、なるほど。根本的な問いなわけね?」青葉が言いつ。
「まあ、そうかもね」
「でも、その問いに答えを出すて、難しいかも知んないな」
「あたしたち、細胞全体の思考が形成される、という立場に、いるんだよね?」
「そうだよ。なにしろ、自由思考と自由意志のことを考えているのだから。そして、動物の脳においては、自由さの是非は兎も角、思考は間違いなく形成されるのだから。さもなくば、感覚クワリアはともかく、思考クワリアは決して感じられないよ。あたしたちが思考クワリアを感じられていることが、物理的な意識において思考機能が働いていることを、強く意味しているのよ。
それでも、ここに至りて、そもそも思考そのものが形成されないのではないか、という難しい疑問が提示されしわけよ、セァラによりて。
この問いは尤もなものだよ。あたしたちの感じる思考など、生体内部で自然におきる自動的な動きについての、ただのモニタァにすぎないかも知んないからね。思考クワリアについては、少しのあいだは眼をつぶり。
ただ、この疑問に答えるのはやはり難しいと思う。なにしろ、実証できないからね。推測するだけで」
「うむ」
「もしも、思考そのものが形成されないとすると」絵理が言いつ。「散逸構造に起因する物理的秩序形成力だけが、超不思議な方法ですべてを動かしている、ということになるんじゃないの?」
「ああ、そうだよ、恐らく」セァラが言いつ。
「なんか凄いじゃん。その場合、物理的秩序形成力だけが、生物の超高級な動きのガソリンとエンジンとスティヤリン フウィールなのだ、ということだから。物理的秩序形成力だけで、きわめて高度な動的秩序が形成される、ということだから。物理的秩序形成力が密かに思考している、とも言えるよ」
「そうね。そのように見ることは可能かも知んないね」青葉が言いつ。「より細かく見れば、新陳代謝での、ある瞬間の物質的な状況におき、物理的秩序形成力が働くと、なんとも不思議なことに、思考ぬきで、その状況から更なる秩序を形成または維持する方向で、自然に物質が動く、ということかも知んないね。または、現在の物質的な状況の秩序を維持する方向で。たとえば、雪の結晶などが、思考ぬきに、完全に物理的に形成されるように」
「ああ、そうね」絵理が言いつ。「雪の結晶て、自然に形成されるよね。でもさ、いきなりあたしは思いつけれど、ああいう高度に図形的な秩序が自然に形成されるて、けっこう不思議なことだよね?」
「そうだけ?」
「なぜって、雪の結晶には大きさがあるからね。細胞や脳に体積があるように。雪の結晶て、しっかり大きさがあるのよ。それなのに、全体的な秩序が形成されているよ。統一が取れているよ。こういう体積のある秩序の形成の全体を、だれが制御しているわけなわけ?」
「だれも制御してなどいないよね。そこのレヴェルには誰もいないから。それにも拘わらず、雪の結晶という静的な秩序さえ、その生成には、その場の全体的な状況が関与していると、推測されるわけだ。さもないと、秩序ある結晶にはならないからね」
「じゃあ、物理的秩序形成力が働くところでは、秩序の形成にむけて、理由は分かんないけれど、その場の全体的な状況が自発的に協力してくる、ということくらいは、言えるのではないの?」
「ああ、そういうこと? そうね、それは、取りあえず、既定事実と認めるほうがいいかもね。すると、そうすると、物理的な秩序の形成には、じつは、全体的な状況という要素が関与している、ということなわけだ」
「そうかもね。原動力はなんだろうね?」
「絵理の言うたようなことではないの? 物理的秩序形成力が働くところでは、秩序の形成におき、なぜかは分かんないけれど、空間的な広がりにおける全体的な状況がしっかり考慮されるのよ。理由は簡単には分かんないかもね」
「うむ」
「ただね、折角のところに水を差すようだけど」セァラが言いつ。「ほんとにそうなのか、という疑問もあるよね?」
「ええ? どういうこと?」青葉が言いつ。
「つまりさ、ちょっと表現しづらいけれど、その場の物質群の全体的な状況から、つぎの瞬間にはこうすれば動的な秩序を形成しつづけることができるていうことて、物理的秩序形成力に分かるかな? 例えば、今ここでこの化学反応を進めているけれど、動的秩序を形成しつづけるには、次のステプの準備もしておかなくてはいけない、とかね。新陳代謝の回転では、けっこう色いろな物理事象が、広がりある場所で、並行して発生し、かつ前進しつづけないと、いけないのよ。こげに高度で複雑な動きが、ほんとに、物理的秩序形成力だけにより、自然に自動的に形成されつづけるのかな? なんか、ぶち壊しにしてしまうようだけど、でも、こげなことを考えると、やはり無理ぽい、という気持ちに、なりてしまうよ、あたし」
「ああ、そういう疑問? ああ、そう言われれば、確かに、なんか無理ぽい感じはあるね? そげなことがほんとにできるかな? なんか、眼のまえが真暗になりそうだよ。気が遠くなりそうだよ」
「でもけっこう深刻な問題だよ。どうすればいいのかな?」
「そうね……、たとえば、新陳代謝の現場のあたりに存在する様ざまな物質の性質が、新陳代謝という高度な動的秩序を形成しやすいものである、という可能性はあるかも知んないね。DNAが細胞の中核でもあるし。ただ、赤血球と血小板に細胞核はないけどね。物質群の性質についてのこういう状況そのものが、物理的秩序形成力の力をかりて、新陳代謝を次つぎに前進させつづける、という可能性は、考えられないでもないよ」
「ああ、今度は物質の性質が出てくるの?」
「まあ、そうね。例えば、プラス電荷とマイナス電荷はくっつきやすいとかね。重力もあるし。だから、基本的には、基本相互作用が、新陳代謝の回転に大きく寄与している可能性があるよ。基本相互作用のほかに、多様な物質群の多様な性質群があるよ。表面張力とか、浸透圧とかもあるよ。DNAもあるし。これらが、渾然一体となり、高度に組みあわさることにより、物質群の瞬間瞬間の建設的な動きが自動的に齎されるかも知んないよ」
「うーん、なんちゅうか、そういうものから新陳代謝の動きと回転が自動的に形成されるて、なんか、すげえ期待のしすぎのような気がするけどね。かぎりなくファンシに近いよ」
「まあ、なんちゅうか、それはその通りだよ。でも、こげなことなど、実証的には説明できないよ」
「生化学と分子生物学に頑張りてもらえばいいのよ。そうすりゃ、だんだんと明らかになりてくるのよ」
「その通りだよ。そして、生化学や分子生物学により完全に説明されるなら、それは大変けっこうなことなのよ」
「じゃあ、それでいいじゃん」
「うん、それでいいのよ」
「もう説明されているのではないの?」
「分かんないよ」
「もしももう説明されているんなら、あたしたちが考えてきしことなんか、一笑に付されてしまうだろうね」
「もう説明されているならね。でも、生物の最深部での新陳代謝の実施には、通信と物資の輸送という現実的な事柄がふかく関わりているはずなのよ。生産管理とロジスティクスが必要なのよ。こういうものが欠かせない動きがそう簡単に解明できるとは思えないよ」
「だから基本相互作用と物質群の性質があるんでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「まあ、しかし、こげな部分のことなど、あたしたちには分かんないよ。もう生化学と分子生物学にお任せするしかないのよ」
「うん、そうだよ。それでも、脳のある生物では現実に思考が形成されているし、単細胞生物でも思考は形成されているよう見えるのよ。それで、思考機能てどこかで必ず形成されないといけないわけなわけ。そして、細胞の最深部における物質の能動的な動きの部分こそ、それに一番ふさわしいのよ。そこでこそ思考アルゴリズムが形成されることが、強く求められるのよ。なぜって、そこが生物にての物質の動きの根源だから」
「まあ、そうね。生物にては、次期状態演算機能がほんとに思考機能に昇格するならね」
「いやいや、脳では現実に思考機能が形成されているのよ。さもないと、思考クワリアは感じられないからね。すると、このことから逆算し、物質が微生物に進化せし瞬間に、次期状態演算機能は思考機能に昇格しないといけないのよ。つまり、その瞬間に、発生せし統合波動のなかにて、構成要素の物質群の状況や性質などから思考アルゴリズムが形成されるのよ。そして、物質群の状況の変化にしたがい、どんどん更新されて、新陳代謝が回転しつづけるのよ」
「うむ」
「でもさ」絵理が言いつ。「そもそも、新陳代謝の回転の全体を統御するていうのて、かなりしんどい作業と思われるよ。なので、物理的秩序形成力がそこまで制御するというのではなく、ほんの一瞬の動きだけでありゃ、全体状況を勘案しながら微にいり細にわたりて制御できるかも知んないよ。一瞬だけなら、静的な秩序の形成とも見なせるからね。そういう制御が果てしなく続くのではないの?」
「ああ、そういう風に考えればいいわけだ?」青葉が言いつ。
「分かんないけどね」
「ただ、一瞬だけでありゃ、その一瞬の動きに秩序は必ずしも感じられないかも知んないね」
「それは構わないのではないの? 新陳代謝という動的な秩序を形成し維持しつづけることが、細胞の大いなる目的だから。瞬間的な状況の秩序のことなど、気にしなくていいのよ」
「ああ、そうね」
「でもさ」セァラが言いつ。「瞬間的な状況でありても、意外に秩序は形成される可能性はあるんじゃないの? なぜって、新陳代謝の回路における全ての状況が、新陳代謝という建設的な動きの一部だから。回転する動きの構成要素だから」
「ああ、そういうことも言えるよね?」青葉が言いつ。「悩ましいね」
「かもね」
「こういうのはどうだろうね?」絵理が言いつ。
「どういうの?」青葉が言いつ。
「つまり、新陳代謝の運用の全体を物理的秩序形成力に押しつけてしまうのはやめるのよ。そうでなく、物理的秩序形成力て、瞬間瞬間の秩序だけを形成している、という風に位置づけるのよ。すると、ここで、俄然、物質の動きの制御ではなく、細胞全体の思考機能のほうに可能性が開けてくるのよ。つまり、新陳代謝の前進状況にあわせ、その時その時の次期状態演算アルゴリズム、つまり、細胞の思考アルゴリズムを、形成もしくは更新しつづける作業だけを、物理的秩序形成力に任せるのよ。すると、これて、一瞬で果たせることだから、実現の可能性はじゅうぶん現実的なものになるよ」
「ああ、そういうことなんだ? 物理的秩序形成力の操作対象を変えるわけだ?」
「そうだよ。そして、物理的秩序形成力により細胞の思考アルゴリズムが更新されさえすれば、後の作業は、もう、細胞の物質群の物質基本機能の担当になるのよ。後は、もう、おのおのの物質により自動的に果たされてしまうのよ。物質群の次期状態移行機能が、じぶんの物質を自動的に動かすのよ。そういう動きが果てしなく続くのよ。そして、その結果、全体として見ると、なんとも不思議なことに、新陳代謝という高度な動的秩序が形成されている、ということに、なりているのよ。どうかな?」
「ああ、それはいい考えだよ。もうファンになりてしまいつよ、あたし、その考えの。確かに、そういう風に解釈すると、おのおのの担当が明解かつ簡潔になるよ。なにより、思考機能が復活するよ。これは大変よろしいことだよ」
「なるほど」セァラが言いつ。「構成要素の物質群の状況から、細胞全体の次期状態演算アルゴリズムが形成されるて、これも秩序の形成にあたるわけだ? 意外な盲点なりきよね?」
「まあ、そうかもね」絵理が言いつ。
「ということは、これで、新陳代謝の回転のメカニズムの大枠についての一つの仮説が得られつ、ということに、なるのではないの?」
「仮説というほどでもないかもね。仮の憶測というくらいだよ。なにしろ、意識というインチキ臭いものが一枚かみているからね。て言うか、物理的秩序形成力と意識という胡散臭いものが決定的な役割を果たしているのだから。こげなものなど、誰にも、見向きもされないよ。歯牙にもかけられないよ」
「いやいや、たとえ詐欺めきしファンシであろうとも、新陳代謝での物質群の動きに思考がふかく関与しているて、注目に値するよ。一度はその是非を検討してみるべきなのよ。しかも、どれだけ言語道断であろうとも、微生物や細胞における思考アルゴリズムの形成が物理的に説明されつのよ、物質基本機能と散逸構造にもとづきて。大いなる一歩と言うべきなのよ」
「じゃあ、これで」セァラが言いつ。「もう自由思考はないてことに、なるのではないの、思考アルゴリズムが物質群の状況により決定されるなら? そして、アルゴリズムが変動するにせよ、その変動も、物質群の現在の瞬間的な状況により左右されるなら。木の葉のように。または、水面のように」
「まあ、そういうことになるかもね」青葉が言いつ。「なんか、思わぬところで、自由思考と自由意志が否定されてしまいつね。思いも寄らなかりきよ。これまで何を考えていつのかな、あたしたち?」
「いやいや、無駄ではなかりきよ。これまでは、理論的な観点から検討していつのよ、あたしたち。そして、成果は、十分、得られつのよ」
「うん」
「そして、今や、ゾウリムシで思考機能が形成される仕組みを検討しはじめし結果として、突如、思考アルゴリズムの形成に、精神が関わりてはいないことが明らかになりぬのよ。なにしろ、思考アルゴリズムて、物質群の瞬間的な状況により決定されるのだから。そして、次期状態も、その思考アルゴリズムによりて、ゾウリムシの体の全体的なエナァジ状態を入力として算出されるのだから。そこには、精神などていう怪しげなものが介入できる余地など、丸きりないわけなのよ」
生物の動きは物理法則に違反しているか?
「それでもさ」セァラが言いつ。「まだ少し問題のある気がするよ」
「どんな?」絵理が言いつ。
「うん。とは言いながら、なんかちょっと表現しづらいよ。なんでだろう?」
「慌てることはないよ」
「そうね……、ざっくり言えば、細胞の動きて、じつは、物理法則に違反しているのではないか、というようなことだよ」
「ほう、物理法則に違反している。ああ、なんか気持ちは分かる気はするよ。でも、どうも、イメジがはっきりしないよね、その辺りのことて?」
「そうでしょう?」
「うん、なんとなく、ゾウリムシの内部では、なぜか念力が働いているような気がしないでもないけれど、でも、どうも要点がうまく掴めないよ。なんでかな?」
「うん、なにか問題ありそうなのだけど、それが何なのか、どうも、はっきりしないのよ。でも、要するに、細胞の動きと物理法則て相性わるいのではないか、というような疑いが、根っこのほうにあるかもね」
「そうかもね」
「どうして細胞の動きと物理法則て相性わるいわけ、青葉?」セァラが言いつ。
「うん、それが」青葉が言いつ。「哲学的ゾムビや生物の能動的で建設的な動きについての問題なのよ。物質の能動的で建設的な動きて、物理法則に違反している可能性があるのよ」
「ああ、そういうことね?」
「そうだよ」
「でも、相性わるいて、実際には誰も感じてないけどね。よく考えてみれば、なんとなく変だなと、感じられる程度なのよ。そして、普通は、誰も、考えないのよ、そげな愚かなことなんか」
「なるほど」
「そもそもさ、生物の動きて変なわけ?」
「そもそも、生物の動きが変なのよ」
「なんで?」
「そりゃ、生物て、自発的に動くからだよ」
「ああ、生物て、自発的に動くのだ? それで変に感じられるわけだ?」
「恐らく、そうだよ。あまりに当たりまえだから、ふつうは誰も考えないけどね。でも、よくよく考えてみると、変なのよ。自発的に動いているので。それは何故かと言えば、物質て、ふつう、自分からは動かないからなのよ。そもそも、物質が、対外的には完全に受動的なものなのよ」
「ああ、物質て、じぶんでは動かないわけだ? ああ、その通りじゃん。それで、生物が、物理法則に違反していて、物理法則とは相性わるいと感じられるわけだ?」
「ああ、なるほど」絵理が言いつ。「それで一つに繋がりきじゃん。物質は自分からは動きださない。しかし生物はみずから主体的に動く。ここが、生物の動きが物理法則に違反していると判断される所なのよ。これが、生物と物質の大いなる違いなのよ。生物と物質を分けるものなのよ。それで、生物て、物理法則とは相性わるいと感じられるのよ」
「ほんとにそうなのかな?」セァラが言いつ。
「まあ、そこなのよ。生物は、自発的に動いていて、物理法則とは相性わるい、と感じられる。しかし、生物は、実際に、みずから主体的に動いている。すると、生物の動きもかならず物理法則に従いていないといけない筈のものである。多分、ここがきちんと説明できてはいないのよ」
「きちんと説明されているわけ、青葉、物理学で?」
「うん、いや、あたしもよくは知らないのよ、その辺りのことて」青葉が言いつ。「でも、その辺りの説明てあまり聞きしことはないのよね。だから、恐らく、まだ、厳密な説明はされてはいないかも知んないね。
まず、相性わるいて、表面的な印象なのよ。そして、そこで、皆は、ふつう、思考停止してしまうのよ。でも、詳しく見れば、細胞が自発的に動いていることが、物理法則とは相性わるいはずなのよ。ただ、生物の巨視的な動作の能動性を、細胞内部における微細な能動性に結びつけることが、なかなか敷居が高いのよ。生化学や分子生物学のことなど、誰も知らないし、考えないからね」
「うむ」
「それで、細胞内における物資の輸送や通信のことが大きな問題になるのよ。でも、生化学や分子生物学でそこまで細かな部分のことを解明しはじめてしまうと、逆に、細胞内での各種の動きが基本相互作用に違反している可能性のあることが、見えにくくなるかも知んないね。なぜって、あまりに細かすぎるから。そして、生化学や分子生物学て、根本的には物理学に立脚し、細胞内でも、物質が、基本相互作用の枠内で動いていることを前提にして、研究を進めるものだから。と言いますか、すべての自然科学がその前提のうえで研究している筈なのよ。そして、研究対象として注目している部分では、まさにその通りに動いていることが確認されるに違いないのよ。誰もが、みな、まさにそういう暗黙的な思いこみのうえで調べているからね。注目している部分においては、研究者の思念がそういう結果をもたらすのよ」
「うむ。なにを言いたかりしわけ? なんか、話の道筋がだんだんと怪しげなものになりてきつつある気がするけどね」
「いやいや、単なる話の成りゆきだよ。でも、ついでにもう少し言語道断なことを言わせてもらうなら、素粒子の内部空間が超越的ということもあるよ。
まず、素粒子の内部での事象には、基本相互作用は適用されない、と考えられる。温度が上がり下がりしたり、運動量が増減したり、運動エナァジやポテンシャル エナァジが増減したりね。核融合や核分裂もあるよ。素粒子の内部では、次期状態演算機能での計算結果にしたがい、次期状態移行機能をとおし、そういう物理事象が単に起きてしまいている可能性があるよ。いや、むしろ、なんらかの神秘的なオペレイションが果たされるかも知んないね。ま、要するに、超越的ということだけど。とにかく、素粒子の内部て、巨視的な物理法則では決して捉えられない超越的な世界なのよ」
「ああ、素粒子の内部空間て、基本相互作用が免除されているんだ? これて、今まで考えしことはないよね?」
「うん、考えなかりきよ。これまでは、単に、超越的と想定するだけに留めて。あと、素粒子内部の超越的な動きには、ほかにも、ゲイジ粒子の自動放送があるし、不定量のエナァジの瞬間的な呼吸もあるよ。そして、こういう内部的なイヴェントゥて、やはり、基本相互作用の枠外にあるはずなのよ」
「なるほど」
「そして、こういうことからの類推として、バイオクワンタムである細胞の内部空間も超越的である可能性が考えられないでもないわけなのよ。細胞て、外部とのあいだでの物理事象においては、当然、基本相互作用の束縛をうけるけど、じぶんの内部では、その適用を免除されている可能性が高いのよ」
「可能性だけはね」
「まあね。そして、生化学や分子生物学により、細胞内の特定の動きが観察されているときて、物質たちの動きも、おそらく、基本相互作用に完全に従いていることが確認されるのよ。しかるに、観測されてはいない状況にある全ての細胞や組織や器官では、巨視的な次期状態演算にしたがう超異常な動きが生じている可能性があるのよ。とにかく、観察されてはいない状況での物質群の動きて、観察不可能だから。知りえないのだから。量子の波動そのものを観測することが不可能であるのと同様に。そして、部分的に切りだされて観察されし途端、『はい、わたし共はしっかり基本相互作用を遵守しておりますですよ、はい』ということになるのよ」
「おっと、そこまで無茶苦茶なことを言うんだ、青葉?」
「いやいや、これまで順序正しく詳細化してきし結果として、微生物や単細胞生物や細胞の内部での各種の物質の動きこそ物理法則に違反しているに違いないことが、つよく推測されるに至りつのよ。ここで、各種の物質の動きには、部品の製造・細胞の定常的な運用のための各種の新陳代謝・修復・解体などの作業があるよ。なので、その見方に対抗し、異常性がつよく窺われるこれらの能動的な動きも、じつは物理学的に厳密に見るなら異常ではないことを説明するには、予想される全ての選択肢に心を開いておかないといけないのよ」
「うむ。それで、どうするの?」
「まあ、あまりにぶっ飛びし予想は脇に置いとくとして、もう少し謙虚に検討すれば、いいかもね」
「なにを? どげな風に?」
「そうね、細胞内の各種の動きには基本相互作用への違反が疑われる。なので、そうではないことを、地道に探していけばいいかもね」
「まずさ」絵理が言いつ。「巨視的な眼から見て、生物の動きが自然の摂理にそむいていることを、もう少し的確に説明してほしいよね。その後、実は、そうではなかりしことを、明らかにすればいいのよ」
「なるほど。じゃあ、その線で行っか」青葉が言いつ。「生物の動きが自然の摂理にそむいている……。そうね、まず、この宇宙では、物質やエナァジというものは、熱力学第二法則により、自然な状態では、一般に、時間の経過とともに、バラバラになり、拡散し、乱雑になりてゆくのよ。そして、物理的な秩序が失われ、情報量が減少し、エントゥロピが増大するのよ」
「なるほど。いきなり熱力学第二法則とエントゥロピが出てくるわけだ?」
「うん。その二つがキィかも知んないね。ここで、物理的な秩序て、結晶などの静的な秩序を除外して、ふつう、自然には形成されないのよ。いわんや、生物での高度で動的な秩序など、自然には決して形成されえないものなのよ。つまり、ふつうの物理的な感覚では、細胞の部品の製造の動きや、細胞での新陳代謝や、細胞でのあらゆる働きや、組織や器官でのあらゆる働きや、生物のあらゆる巨視的な動作て、自然には決して発生しえないものなのよ」
「ああ、秩序に焦点を当てるわけだ?」
「まあ、そうね。それでも、生物を構成する物質群て、なんとも不思議なことに、秩序を形成する方向で、みなで協力しながら、能動的に動いているよう見えるのよ。生物の動きからその意味を謙虚に抽出してみると、生物て自発的に秩序を生産していることが、分かるのよ。
そして、実際、生物の物質たちて、すべて、秩序を形成する方向にむけて一致協力して動いているよ。しかも、部品の製造や新陳代謝という高度でダイナミクな秩序さえ、いとも簡単に形成しているよ。
ここで、さきほども話していしように、秩序て、一般に、空間的な広がりある広域的なものなのよ。つまり、秩序の形成には、複数の要素が関わりている、ということなのよ。互いに離れし位置にある複数の要素が関係して一個の大きな秩序が形成されるて、結構、不思議なことなのよ。かなり重要な問題なのよ。
そして、生物におけるこういう広域的で建設的な能動性が不自然なわけ。これが、生物の能動的で生産的な動きが物理法則に違反しているよう感じられる所以なわけなのよ」
「なるほど。それでもう説明になるのかな? 熱力学第二法則により、生物のいろいろな大きさのレヴェルにおける秩序ある動きて、自然には決して発生しない。ゆえに、物理法則に違反している。ちなみにさ、ダイナミクな動きも秩序と見なされるわけ?」
「ああ、それは少し説明しづらいかもね。それの説明は、あたしにはかなり荷が重いよ。て言うか、まともには説明できないよ。兎に角、生物が果たす動きて、ほぼ全て、秩序と感じられるばかりだよ」
「うん、説明しづらいのは、なんとなく分かるよ。多分、エントゥロピが関係してるんだろうけれどもね。でも、生物の動きのエントゥロピ計算などて、とてもできないよ、恐らく」
「そうだよ。たぶん誰にもできないよ。でも、エントゥロピの生成速度が減速していることは、間違いないのよ。なにしろ、生物の体は散逸構造を形成しているからね。そして、エントゥロピ生成の減少は、情報量の増加と物理的秩序の形成を意味するゆえに」
「じゃあ、これで」セァラが言いつ。「生物の動きが巨視的にみると物理法則に違反していることが、ほぼ確認できしわけだ? すると、これからは、実は違反してなどいなかりき、ということを証明しないといけないのよ、あたしたち」
「できるかな?」絵理が言いつ。
「まあ、遣りてみるしかないよ」
「どうすりゃいいのかな?」
「そうね、証明にいたる正しい道筋は分からないので、手探りで進むしかないかもね。まずは、具体的なことを取りあげて、それを究明していく、とかは、どうかな?」
「ああ、それはいいアイディヤだよ。じゃあ、どんなこと?」
「そうね、例えば、細胞での部品の製造とか、新陳代謝とかがあるよ。でも、これてけっこう難しげな気がするよ。なんか、動きの切っかけがよく分かんないからね。なんか、茫洋としているよ。それより、例えば、ゾウリムシが外敵に攻撃を受ける、とかは、どうかな? 例えば、体の一部を齧られるとか」
「ああ、それはいいかもね。それだと、イヴェントゥがけっこう明解で、取りつきやすいよ。イマジンしやすいよ」
「うん。じゃあ、ゾウリムシが外敵に体の一部を齧られしときに、どのような物理事象が起きるかを明らかにして、それが完全に合法であることを示せばいいのよ」
「なるほど。じゃあ、すると、ゾウリムシが体の一部を齧られしときて、恐らく、それを回避する行動とか、逃避する行動とかが、体全体で即座に取られると、推測されるのではないの? なんとか攻撃から逃れようとして、とにかく、繊毛群が動きだすのよ。体全体でも取れる動きがあるんなら、その動きも取られるはずだよ」
「うん、そうだよ。それなのに、そういう前向きの動作て、熱力学第二法則に照らしてみると、完全に非合法なわけなのよ。ただの物質では絶対そげな能動的で建設的な動きは生じないからね。受けし損傷にしたがい、物理的な秩序が受動的に壊れてゆくばかりだから」
「じゃあ、体全体の統合的な動きが合法であるには、なにが求められるかを、探ればいいのかな? て言うか、まずは、ゾウリムシの動きの特徴をもっと詳しく挙げてみればいいかもね」
「ああ、そうね。特徴と言えば、色いろあるね。即応性、広域性、自発性、能動性。あと、攻撃の認知と、それへの対処の検討。そして、検討せし対処の実施。全体的に見れば、自分という秩序の維持や形成、言わば、建設性。取りあえず、これくらいかもね」
「そうかもね」
「能動的に動くには、どうすればいいわけ、青葉?」セァラが言いつ。
「そりゃ、まあ、現状を評価して」青葉が言いつ。「検討せし対処方針にしたがい、共生しているマイトコンドゥリア群に、蓄えてありしエナァジをディスチャージしてよ、と依頼を出せばいいのよ。そうすりゃ、繊毛群が動きだすのよ」
「ああ、そういうことが起こりているんだ?」絵理が言いつ。
「分かんないけどね」
「その依頼て、だれが出すわけ? どのようにして伝達されるわけ?」
「まあ、それなのだけど、それが分かれば、もう答えは出しようなものなのよ。そして、まだ分からないよ、たいへん遺憾なことに」
「でもさ」セァラが言いつ。「今のて、あいだに知的な作業が介在していて、思考が働いている、ということが前提になりているけれど、それはまだ予想の一つでしかないのではないの? まずは、もっと謙虚に、モーア物理的に攻めてゆき、一連の動きが、思考ぬきで、ごく物理的に実現される可能性を検討しておくのが、いいのではないの?」
「うん、それが順当と思う」青葉が言いつ。「生化学や分子生物学でもそういう立場で研究が進められているはずだから」
「もう答えは出ているのかな?」
「あたしには分かんないな。恐らく、研究対象として細かく切りだされし部分部分の動きて、かなり明解に解明されているはずなのよ。でも、全体的な動きについては、どこまで分かりているかは、分かんないな」
「うん」
「それで、あたしも、新陳代謝のサークルの図は見しことがあるけれど、でも、どうも、今ひとつ釈然としなかりきのよ。細かな手順はちゃんと繋がりてはいるみたいなりきけど、なにか妙な気がしつのよね。どうも、新陳代謝を開始するためのトゥリガァがどこにも描かれてなくて、それで物足りない気がせしようなのよ」
「じゃあ、トゥリガァの辺りのことて、まだ明解には解明されてはいないのではないの?」
「うん、まだ解明の途中かも知んないね」
「思考を必要としない枠組の一つとして」絵理が言いつ。「物理刺激にたいする応答がもう物質的にプロウグラム済、という可能性も、考えられるのではないの?」
「ああ、なるほど」青葉が言いつ。「可能性はあるわけだ?」
「そうかもね。そもそも、青葉が、前に、プロウグラムされているて言うていつのよ」
「ああ、そうだ。すっかり忘れていつよ、あたし。ああ、でも、あれて、新陳代謝での化学反応の仕組みがプロウグラムされているていう程度のプロウグラムなりきのよ」
「まあ、そうかもね」
「で、物理刺激と応答プロウグラムのことだけど、詳しいことは、どうなるの?」セァラが言いつ。
「ああ、いやいや、べつに詳しいことまでは考えてはいないのよ」絵理が言いつ。
「うん。で、応答が物理的にプロウグラムされているて、ありうるのかな?」
「そうね」青葉が言いつ。「体のどこか一ヶ所に損傷をうけると、損傷せしことを意味する電圧がそこに生じ、それが繊毛たちのところに瞬時に伝わり、それが繊毛たちのところのマイトコンドゥリアたちへの入力になり、エナァジのディスチャージが引きおこされて、繊毛たちが動きはじめる、とかね」
「じゃあ、物理的なプロウグラミンという選択肢もないわけではないわけだ?」
「まあ、そうかもね。ただ、こういうプロウグラミンでは、きめ細かな制御は難しいかもね。でも、ゾウリムシでもきめ細かな制御はされてはいないかも。なにが起ころうと、闇雲に繊毛たちが動くだけかもね。まだ単細胞生物だから」
「なるほど。じゃあ、ごく物理的に実現される可能性もまだあるかも知んないと考えるなら、思考による念力のことを真面目に考えるのて、まだ時期尚早かも知んないね」
「まあ、そうね。ただ、それでも、繊毛群をうごかし、逃避動作を形成し、持続させるにしても、こういうのて、高度な秩序の形成であり、しかもダイナミクな秩序なのよ。こういう高度で動的な秩序が物質的なプロウグラミンだけで実現できるとは、とても思えないよ。できれば、やはり、思考の仲立ちが欲しいところだよ」
「そういうことて、思考が必要であることの根拠になるのかな?」
「いやあ、根拠とまでは言えないのではなかろうか? べつに思考でなくても、部分的な物理事象という入力を全体に敷衍して、かつ、すこしは柔軟に制御しながら、全体の建設的な動きを持続させ続けられるものが、なにかあれば、それでいいからね。自動生産工場や高性能ロウボトゥでの自動制御のように。それでも、それが思考であることは、強く望まれるよ」
「なるほど」
「あたしは思いつけれど」絵理が言いつ。「生化学や分子生物学では、物質の動きが思考により制御されるなどていう言語道断な可能性など、まるきり考慮されてはいないのではないの? 簡単に言えば、生化学や分子生物学て、結局、細胞での様ざまな動的秩序の形成についての物質的なプロウグラミンの仕組みを研究している、ということになるのではないの?」
「ああ、そういうことなんだ? なるほど」セァラが言いつ。「結局、そういうことになるわけだ?」
「そうかもね。そして、また、細胞の動きが思考によりて制御されるていうのて、根本的に、物理学の視野には収まらないのではないの?」
「うん、そういう風にも考えれるけれど、でも、あたしたちは、もう、細胞の動きに思考が介在しているという立場にいるのよ。物質群の瞬間的な状況が、瞬間瞬間の思考アルゴリズムを形成する、と予想しているからね。そして、それにより、つぎの瞬間の物理的状況が計算されるのだから」
「ああ、そうね。あたしたちはもう思考が細胞の動きを制御していると、考えてしまいているんだ?」
「まあ、いつのまにか、そういう考えに誘導されてしまいつのよ、青葉の陰謀により。それでも、その思考だて、少なくとも、物理学から食みだしてはいけないのよ。それで、ゾウリムシや生物の能動的かつ生産的な動きを、思考の仲介にもとづき説明できる、なんらかの物理事象がまだ発見されてはいない、という可能性も、ないわけではないのよ」
「あれ? 生物の生産的な動きて、もう、思考にもとづき説明してしまいつのではなかりきの? 細胞の思考て、細胞全体のつぎの瞬間の状態を計算するものなのよ。そして、かつ、思考アルゴリズムて、瞬間瞬間の物質群の状況にしたがい、果てしなく更新されつづけるのよ。その結果、秩序の維持と形成をはたす、生物の生産的な動きが、自動的に形成されつづけるのよ。しかも、生物のダイナミクな動きそのものも、秩序なのよ」
「ああ、そうなりきけね? じゃあ、これ以上の説明はもう必要ないんだけ?」
「さあ、どうかな? 生物の能動的で生産的な動きが見掛けじょう物理法則に違反していることは、もう説明済なのよ。もう山は越えているのよ。すると、あと残りているのて、じつは違法ではなかりしことを説明するということだよ。これはもう説明しつのかな?」
「さあ、どうかな? でもさ、思考を介在させしうえでの説明も、仮の説明でしかなかりし筈なのよ。生物の能動的かつ建設的な動きが実現されていることて、思考を介在させると、何故か、まあ、まあ、うまく説明できつのよ。その程度の推測でしかなかりきのよ。て言うか、思考て、動的秩序形成の仕組みのなかに無理やり捻じこみつのよ、誰かがね」
「ああ、そうだけね? じゃあ、細胞での思考の是非はまだ未解決なわけだ?」
「きわめて有望とは思うけれどもね。あいだに何らかの介在がなければ、動的な秩序など、とても形成できないよ」
「じゃあ、イシューは二つあるわけだ? 細胞での能動的で建設的な動きが合法であることの説明と、そこで思考が重要な役割を果たしているに違いないことの説明。この二つだよ」
「ああ、そうなんだ? 山は越えつのに、まだイシューが二つもあるんだ? やれんのう」
「そうかもね。でも、思考に端を発する念力て、なかなか棄てがたいよ。もしもそうなら、取りあえず説明はつくからね」
「つまり、損傷などの外部刺激をうけし直後の思考アルゴリズムでの計算結果が、細胞での能動的で建設的な動きのトゥリガァ、ということに、なるわけ?」
「そうかもね。その思考結果が、細胞全体の物質群の次期状態移行機能をして、全体的な動きを開始させしめるのよ。でも、思考結果がトゥリガァなのでありゃ、ふさわしいところに落ちつきぬ、とも言えるのよ。あらたな別の動きが出現するにはね。なんらかの根拠が必要だから」
「ああ、根拠がありて別の動きが始まるわけだ? ああ、それはいいことだよ。そして、根拠としては、思考結果が最適なわけだ? うん、それはたいへん望ましいことだよ」
「なんか話がだいぶん縺れてきしようなので」青葉が言いつ。「ここらへんで、気分を変えるため、また別のことを考えてみたいよ」
「へーえ。まだ話を広げるわけ? 大丈夫かな? どげなこと?」セァラが言いつ。
「うん、物質たちが、細胞全体の思考にしたがい動く、という予想でのことだよ」
「うん」
「ひと言で言うと、思考アルゴリズムは必ず基本相互作用にしたがう形で形成されるであろう、ということだよ」
「ふむ? よく分からない」
「うん、これも言いづらい気がするけれど……、物理法則に違反しているように見える物質の動きの能動性も、実はしっかり基本相互作用に従いているかも知んないよ」
「へーえ、そうなんだ? 基本相互作用に従いているにも拘わらず、それでも念力が使えるわけだ?」
「ああ、そういうことね?」
「根拠は、なに?」
「根拠と言えるほどのものはないのよ。つまり、細胞のある瞬間の思考アルゴリズムて、その瞬間の物質群の状況におき、細胞全体の秩序を形成または維持する方向で形成されるのよ。その結果、次期状態移行機能によりて、つぎの瞬間の細胞の物質的秩序が実現されるのよ。そして、こういうことが果てしなく継起することで、おおきな逃避動作が実現するのよ。
つまり、逃避にむけし瞬間瞬間の物質群の動きも、秩序なのよ。動的な秩序なのよ。逃避するということは、エントゥロピの増大という秩序の破壊から逃れて、秩序を維持することになるからね」
「ああ、逃避動作も秩序の維持と形成に当たるわけだ?」
「そうだよ」
「まあ、それはいいのよ。そして、それでも、基本相互作用は遵守されるであろう、と言うんでしょう、青葉? 理由は、なに?」
「そうね、理由と言えそうなものて、散逸構造が形成されている、ということくらいかな?」
「ああ、散逸構造。しばらく考えなかりきね?」
「まあね。つまり、散逸構造が違いをもたらすのよ。まず、非散逸構造のばあい、ある物理事象が発生すると、Aの物質的状況からは、Bの物質的状況が出現する、と考える。しかし、散逸構造なれば、Aの物質的状況からは、物理的秩序が形成される方向での、Bとは異なるCの状況が出現するのよ。そして、どちらの場合も、基本相互作用は完全に遵守されるのよ」
「ええ? おなじ物質的状況から出発して、それぞれ異なる状況になるう? あれえ? なんか変な気がするな。それでいいのかな?」
「ええ?」
「変だよ、青葉。入力となる物理事象も同じなのでしょう? すると、どちらも基本相互作用にきちんと従いているんなら、両者とも、つぎの瞬間には、完全におなじ物質的状況に移行しないといけない筈なのよ。そうでしょう?」
「ええ? それもそうかな?」
「もちろん、そうだよ」
「じゃあさ」絵理が言いつ。「散逸構造と非散逸構造とでは、たとえ、見掛けじょう、物質的状況が同じでありても、実際には異なるのではないの? なにしろ、散逸構造と非散逸構造という違いが決定的にあるのだから」
「ああ、そうだよ。その通りだよ」セァラが言いつ。「熱力学的な状況は決定的に異なるのよ。だから、物質的な状況も決して同じでは有りえないのよ」
「そうだよ。だから、さっきの青葉の話も有りえないことになるよ。たとえ、見掛けじょうでは同じでありても、絶対なにかが異なるのよ。非散逸構造での初期状況がAであるなら、散逸構造での初期状況はCなのよ。そして、そういう状況で、それぞれ異なる思考アルゴリズムが形成されているのよ。そして、そこで、齧られるという物理刺激をうけると、それぞれ別の思考結果がだされて、つぎの瞬間、Aの物質的状況はBになり、Cの物質的状況はDになるのよ」
「ああ、そういうことだ? 散逸構造と非散逸構造とでは、厳密な意味で、物質的状況が同じになることは決してないのだ?」
「そうだよ」
「どうして違うんだけな?」
「そりゃ、そもそも、散逸構造と非散逸構造は、言語学的な観点から見ても、同じでは有りえないからね。なにしろ、散逸構造と非散逸構造だから」
「ああ、あたしも気がつきぬよ」青葉がびっくりせしように言いつ。「細胞全体の統合波動がありきじゃん。散逸構造では必ず統合波動が創発するのよ。なので、見掛けじょうでは同じに見えても、生きているゾウリムシと、即死せし直後のゾウリムシて、決定的に異なるのよ。死亡すると、統合波動はすみやかに消滅してしまうから。なあんだ、そういうことなりきのだ。《灯台もと暗し》だよ。《目糞が鼻糞を笑う》ようなものなりきよ」
「ああ、そういうのてさ」セァラが言いつ。「英語では、《the mote in another's eye》て言うのよ」
「ああ、そうなりきよね」
「それなのに、あたしたち、生物の動きを、非散逸構造での物理的な感覚でもて解釈していつのよ。それで、なんとなく物理法則に違反しているよう感じられてしまうのよ。自然には、エントゥロピが増大し、乱雑さがただ受動的に増えてゆくばかりのところ、ゾウリムシという物質では、逆に、信じがたいことに、能動的な逃避動作が発生するのだから。じぶんの秩序を維持形成しようという広域的で建設的な動きが生じるのだから」
「ああ、それで、ながらく、生物の動きがあまり合法的ではないように感じられていしわけだ?」
「恐らく、そうだよ。そして、ここで、改めて、生物では、散逸構造が形成されて、統合波動が創発している、という事実のうえで評価するなら、動的秩序を維持形成するという生物の能動的で生産的な動きも、完全に基本相互作用の枠内で生じていることになるのよ。完全に合法なわけなのよ」
「あれ? そう?」絵理が言いつ。「散逸構造が形成されているからと言うて、それで、直ちに、合法であることにはならないよ。まずさ、いまセァラが言うたことを、もう少し敷衍して説明してほしい」
「ああ、そうね」セァラが言いつ。「さっきも話していつけれど、一個の物理刺激が直接に細胞全体の物質群を動かすトゥリガァになるわけではないのよ。まず、物理刺激て、細胞全体の現在の思考機能への入力となるのよ。そして、思考機能によりて、つぎの瞬間の物質的な状況が計算されるのよ。
ここで、思考機能の動作アルゴリズムて、散逸構造特有の物質的状況にしたがい形成されるのよ。つまり、ここで形成される思考アルゴリズムて、非散逸構造とは決定的に異なるのよ。違いはここにあるのよ。そして、出力される思考結果が、細胞全体の物理的秩序を維持形成するものになりているのよ。その結果、その思考結果で求められる次の瞬間の物質的状況が、動作機能により実現されるのよ。つまり、ふつうには決して起こらない能動的な動きが生じるのよ」
「ああ、形成される思考アルゴリズムが、散逸構造特有のものになりているわけね? そして、それが、眼に見えるかたちでは、生物の能動的な秩序形成維持動作をもたらすわけだ? 思考アルゴリズムそのものが、細胞全体の物理的秩序を形成維持するという目的に沿いながら、基本相互作用に違反しないような物質の動きを齎すようなものとして、形成されるのだ?」
「うん、大よそそげなところではないのかな。まず、細胞の内部空間が、もう、散逸構造特有の状況になりているのよ。そして、その状況では、物質群のほうも、もう、物理的秩序を形成しやすい方向で動く準備ができているのよ。その方向にむけて整列している、と言うてもいいかも知んない。ここには、それぞれの物質が有している多様な性質もおおきく寄与しているに違いないよ。それで、その状況で形成される思考アルゴリズムも、散逸構造特有の状況におきしっかり基本相互作用にしたがう動きを求める思考結果を出せるはずなのよ。このため、物理法則に違反して、自分勝手に、能動的に動いているよう見える物質群の広域的で建設的な動きも、実際には、散逸構造特有の状況でしっかり基本相互作用に従いている、ことになるのよ」
「じゃあ、これで、物理法則に違反しながら、自由意志により自分勝手に動いているよう見える生物の広域的で建設的な動きも、完全に合法化されしわけだ。めでたし、めでたしだ」
「いやいや」青葉が言いつ。「物質たちが秩序形成にむけて整列しているて、なかなかいいアイディヤと思う、あたし。でも期待のしすぎとも思う。水を差すようでたいへん申しわけないけれど」
「あれ? そうかな?」セァラが言いつ。「なにかマズイことがありきかな?」
「うん、ここてかなり分かりにくいところだけど、かりに物質たちが整列しているにしても、どういう整列なのかが、まず分からないよ。どういう整列なわけ?」
「ええ? どういう整列? なんか難しいことを訊くよね、青葉?」
「いやいや、具体的なことが大事なのよ。なにしろ、生物の物質の動きの最前線における能動性と建設性の根拠を究明しているのだから」
「ああ、そう。まあ、あたしも自分で言うておきつつ、詳しいことは分かんないよ。なにか問題になりそうなことて、あるのかな?」
「そうね、かりに何らかのかたちで物質たちが整列しているにしても、それて内部的なものに留まるはずなのよ。そして、外部的に動いて整列することまではできないのよ。なぜって、外部的に動くには、かならず、基本相互作用に巻きこまれる必要があるからね」
「ああ、そういうことだ? 外部的に動くには、とにかく、基本相互作用に巻きこまれる必要があるのだ? そして、基本相互作用て、散逸構造が勝手に起こせるようなものではないのだ?」
「恐らくね。ああ、すると、思考結果にもとづき、基本相互作用を随意に起こせるか否か、基本相互作用に介入できるか否かが、生物の能動的で建設的な動きのキィということになるよ。これに尽きるかも」
「なんか残念だけど、物質群の現況では決して起こらない基本相互作用を起こすことが、ほんとにできるかな?」
「まあ、そこなのよ。でも、生物の内部では、実際、そういうことが起きている、と解釈するほかはないかもね。だから、なにかがあるはずだけど、分かんないね」
「物質的なプロウグラミンだけでは、とても建設的に動くことはできないと思われるし。歯痒いね。これて、究極の大問題だよ、基本相互作用に介入するて」
「そうだよ」
「ほかにはないの?」絵理が言いつ。「そういうことを可能にするようなことて。散逸構造のほかに」
「ほかに?」セァラが言いつ。
「そうだよ。基本相互作用にちょっかい出せるかも知んないことだよ」
「そげな都合のいいものがあるわけ?」
「あたしには分かんないよ」
「ほかに何かあるかな、青葉?」
「うん、基本相互作用への介入の可能性については分かんないけれど、実は、もう一つあるのよ」
「ああ、そうなんだ? それはなに?」
「うん、物理学の世界には振動子(oscillator)のシステムというのがあるのよ。これも意識の発生にふかく関わりているはずなのよ」
「ほう、振動子のシステム。でも、意識て、散逸構造の効果として発生するのではないの?」
「うん、そうだよ。そして、意識の発生には、振動子のシステムも関わりている、と思われるのよ。つまり、統合波動の形成の部分だけど。相乗効果かも知んないな。そして、振動子のシステムて、散逸構造の微視的な特徴なのかも知んないとも、強く期待されるのよ。それに、振動子のシステムを導入すると、抽象的な意識もぐいと具体性をおびるのよ」
「ほう。それはそれは。でも、それて、初めて登場しつのではないの?」
「まあ、そうね。これまでは、これに触れる気持ちの余裕がなかりきからね。ややこしいことを一度に言うこともできないし」
「うむ。じゃあ、早速、説明しなさいよ、その振動子のシステムというのを」
「うん、この辺で説明するのがいいかも知んないな。じゃあ、言うよ。えへん」
振動子のシステム
「まず、物理学の世界には」青葉が言いつ。「振動子の集合とか、システムとか、ネトゥワークとかを研究する学問分野があるそうなのよ」
「うん」絵理が言いつ。
「うん。ひと言で言えば、振動子なのだけど、これに関わることて超複雑らしいのよ。そして関係する分野が幾つもあるそうなのよ。比較的に新しい研究分野なのよ」
「へーえ。例えば、どういう分野?」
「うん、分野が互いに複雑怪奇に絡みあいているようで、あたしにもはっきりせしことは分かんないけれど、例えば、非線形振動子(nonlinear oscillator)とか、調和振動子(harmonic oscillator)とか、複雑系(complex system)とか、ケイオス理論(chaos theory)とか、アトゥラクタァ(attractor)とか、ストゥレインジ アトゥラクタァ(strange attractor)とか、フラクタル(fractal)とか、自己組織化(self-organization)とか、そういう怪しげなものが結構ごちゃごちゃ一杯あるのよ」
「ほーお、そないにあるの?」
「なんの、これしき。これくらいはまだ序の口なのよ。他にもまだ沢山あるらしいのよ」
「へーえ」
「とにかく、研究分野が複雑に絡みあいていて、もう収拾がつかないくらいなのよ。それくらい異常な世界なのよ、振動子の世界て」
「まずさ」セァラが言いつ。「振動子て、どういうものなわけ?」
「うん、振動子と言うと」青葉が言いつ。「まず、振り子とか、振り子時計とか、メトゥロノウムとか、クウォーツとかがあるよ。そして、振動子が単独で存在しているだけだと、異常さは出現しないけど、複数のものが組みあわさると、俄然、そこには、簡単には説明できかねる超異常な現象が出現しはじめるそうなのよ」
「へーえ」
「例えばさ、振り子時計を、二つ、近くに設置しておくと、振り子の揺れがいつしか同期してしまうらしいのよ」
「へーえ、そうなんだ?」
「うん、そうらしいのよ。どうも、これて、壁を伝いて相互作用が働いて、お互いに影響しあう、と考えられているそうなのよ」
「じゃあ、それて、べつに異常でも何でもないんじゃないの、説明がつくんなら?」
「まあ、そうね。でもこれなどはまだ序盤の先手なのよ。そして、その他に、水辺のあちこちに散らばりている蛍たちの点滅が同期する、という超巨視的で異常な現象も観察されているそうなのよ。これの詳しい仕組みは分からないよ」
「ふーん」
「うん。それで、これらてまだ振動子の序盤でありて、研究を進めると、もっと不可解な事象が出現しはじめるらしいのよ」
「具体的には?」
「あたしもほとんど知らないのよ」
「うん。それで?」
「それで、たとえば、微視的なレヴェルで比較的に簡単な振動子のシステムを形成し、時間の経過にしたがう、それの通時的でダイナミクな動きを研究すると、振動が割りに複雑な様相で同期したり、または、時には、まったく予想のできない異常な状況が出現したりを、するらしいのよ。マジで異常と表現されるので、ほんとに起こりえない状況が発生するのだろうと思う。文字どおり異常なのよ、きっと」
「単に、エントゥロピが極大に達し、無茶苦茶な混沌状態になりてしまうだけなのではないの?」
「うん、よくは分かんないけれど、多分そうかもね。それでも、カイメラ(chimaera)が出現する、と言われるよ。それくらい異常なわけなのよ」
「カイメラて、なに?」
「架空の怪物だそうなのよ。あまりに異常な怪物なため、異常さの代名詞に使われうるようなものかも知んないね。だから、わざわざカイメラと言うくらい、それくらい異常な状況が出現するらしいのよ。既知の物理法則では説明できかねるとか、新しい物理法則の可能性を模索しないといけないとか、するかも知んない」
「ふーん」
「あと、アトゥラクタァて、どうもよく分かんない代物なのよ」青葉が言いつ。「時間の経過とともに変化する動的なシステムに関するものらしいのだけど、なにかをグラフィックスで視覚化せしものがあり、それがけっこう奇妙な軌跡を描くのよ。ほんとに奇妙な軌跡なのよ」
「へーえ」絵理が言いつ。
「一応、閉曲線には見えるんだけど、大なり、小なり、いびつな閉曲線を描くのよ。しかも、回転するたび軌跡が微妙にずれるのよ。ストゥレインジ アトゥラクタァの軌跡など、粘土や小麦粉をこねて作りし三次元の塊を、あらゆる形に、好き勝手に変形させしようなものになるよ。極細の糸でつくりし可塑的な糸玉をあらゆる形に変形させしようなもの、とも言えるよ。ほんとに妙な閉曲線なのよ」
「ほーお。じゃあ、その異常な塊の表面で軌跡がグルグル回転するわけ?」
「まあ、そうみたいなのよ。しかも、その軌跡が、回転するたび微妙にずれてゆくのよ。えらい薄気味わるいのよ」
「へーえ。で、なんの軌跡なの、それて?」
「分かんないねえ。なんらかの動的なシステムの状態を、象徴的に表現するものなのではないのかな」
「ふーん。で、そないなものがどうだと言うわけ?」
「そうね、そのアトゥラクタァが、あたしの眼には、まず、細胞の新陳代謝のサイクルを象徴的に表現するもののように見えるのよ。回転するたび軌跡が微妙にずれるていうのが、生きている新陳代謝を連想させるのよ。例えば、クエン酸回路とか。すると、細胞全体の状態を象徴できるストゥレインジ アトゥラクタァもあるかも知んないな」
「どうして新陳代謝のサイクルを象徴すると思うわけ?」
「そりゃ、細胞が生きているからなのよ。生物て生きていて、細胞の状態や新陳代謝の状況が、時々刻々、あらゆるレヴェルの偶然に翻弄されて、次つぎ微妙に変化するからなのよ。それでも、全体として見ると、しっかり回転していて、しっかり新陳代謝を果たしていて、堅実に動的秩序を形成してるのよ。生産的かつ建設的に回転してるのよ。そして、変幻自在に変化する生物の状態を表現できそうなものて、アトゥラクタァを措き他には見当たらないよ。
ただ、アトゥラクタァて、べつに新陳代謝だけに限定されているわけではないはずなのよ。アトゥラクタァを新陳代謝に結びつけているて、あたしの勝手でしかないわけなわけ」
「うん、概要はおおよそ分かりつよ」セァラが言いつ。「でーさ、肝心の、散逸構造との関係はどうなるの?」
「ああ、散逸構造の話をしてたんだ、あたしたち?」青葉が言いつ。
「そうだよ。散逸構造が物理的秩序を形成しやすい構造であることの理由を模索していつのよ、あたしたち。て言うか、基本相互作用への介入の可能性に移行しつけどね。散逸構造では、構成要素の物質たちが、基本相互作用に違反することなく広域的で動的な物理的秩序をしぜんに形成するため、ある意味、つねに整列していて、虎視眈々と待ちかまえているかも知んないのよ。そのへんの部分だよ」
「うん、じつは、散逸構造と振動子のシステムて、生物での広域的で生産的な動きが物理法則に違反してないことを説明する最後の切り札なのよ。そして、現在の時点で得られている自然科学的な知見のなかで、この宇宙に広域的で生産的かつ建設的な物理的秩序と新規性を齎せそうなものて、この二つしかないのよ。他には丸きり見当たらないのよ」
「いやいや、そこまで断言はできないよ。ほかにも可能性はあるかも知んないからね。基本相互作用にまじで介入している現象がまだ発見されてないだけかも知んないよ」
「その通り」
「ところで、いま青葉て新規性て言うたけど、そげなものがなんの関係あるわけ?」
「ああ、いや、ちょいと口が滑りしだけだよ。でも、新規性て、かなり難しい問題と予想されるのよ。そして、建設的で動的な物理的秩序ともふかく関わりあるよう憶測されるのよ。詳しいことは、今はまだとても言えないけれどもね。と言いますか、散逸構造の物理的秩序形成力が新規性の原動力らしいと、もう大よそ見当つきてしまいつけれどもね」
「ふーん。それで?」
「それで、そうね……、振動子のシステムて、遠隔的なシステムなのよ。振動子同士が接触していず、離れているのよ。なのに、いつしか同期してしまうわけ。なので、比較的、奇妙に見えるのよ。と言いますか、少しは接触してるのよ。水とか、空気とか、その他の媒体とかが、色いろあるからね。空気の分子たちだて、自分らでしょっちゅう衝突してるのよ」
「ああ、そう」
「それで、この遠隔性が、広域性の問題に応用できる可能性があるのよ。だから、けっこう都合がいいわけなのよ。うまくいきさえすれば」
「ああ、そうなんだ? でもさ、細胞てべつに振動子システムではないのではないの?」
「うん、一般的にはそうなのだけど、て言うか、振動子などてものは誰も考えないけれど、でも、物質て、すべて、原則、振動子なのよ」
「ええ? そうなわけ?」
「うん、そうだよ。波動と粒子の二重性や、電子やフラリーンの二重スリトゥ実験から、すべての物質が摩訶不思議な波動であることは、明白なことなのよ。そして、波動であるというのて、要するに、振動子であるということなのよ。誰も考えないけどね」
「ああ、そうなんだ? 物質て、振動子なりきのだ? ふーん。でもさ、微生物や細胞が振動子のシステムを形成しているようには、とても見えないよ」
「その通りだよ。物質の振動て、本質的に見ることできないからね。なので、もしも微生物や細胞が生命活動を停止してしまいていれば、恐らく、それは物質の複雑怪奇な集合に還元されていて、物質たちの振動も丸きり同期してない混沌状態に戻りてしまいているのに違いないのよ。
つまり、微生物や細胞の内部て、振動子システムの観点から見ると、あまりに錯綜しているゆえに、命が失われてしまいしあとの状態では、物質たちも、同期したくとも、同期しえないだろうと思う。あまりに込みいりているので、振動子システムの同期形成力だけでは力が及ばないのよ、きっと」
「へーえ」
「だけれど、微生物や細胞がまだ生きていりゃ、散逸構造が形成されるので、その効果によりて、振動子システムの同期形成力に、弾みがついて、一段せりあがり、一段レヴェルのたかい状態で、物質群の同期がしょうじる可能性があるのよ。
つまり、生物のなかでは、時計のペンデュラム程度の単純な同期でなくて、無数の物質たちが、密かに共謀結託し、コルージョンとカバールを形成し、簡単には気づかれない、詐欺めきし同期を形成するかも知んないのよ。物質たちの振動が超高級な様相で同期して、たかい物理的な秩序がダイナミクに形成される可能性が考えられるのよ。
そして、この超高級な物理的秩序て、様ざまな新陳代謝の動きが、ぶれて、けっこう変動しつつも、回転しつづける、ということに、相当する、と推測されないでもないわけなのよ。要するに、新陳代謝て、動的な秩序なのだ、ということだけど」
「ほう」
「これを、また、波動の面で予想すれば、構成要素たる物質たちの波動の振動が超高級な様相で同期する、とも言えるよ。結局、同じかな? そして、細胞の巨視的な統合波動のなかで超高級な同期が生じるゆえに、粒子面で各種の新陳代謝が回転しつづけるかも知んないよ」
「ええ? そう? それは言いすぎなのではないの? 波動群の振動が同期するからと言うて、それで基本相互作用に介入できることにはなんないよ。なんか、言うていることがあやふやだよ、青葉。要するに、細胞の構成要素の物質たちの波動の振動が、散逸構造でのエントゥロピ生成速度減速の効果によりて生じる物理的秩序形成力により、同期する、ということなのでしょう?」
「ああ、その通りだよ」
「そして、波動群の振動が同期せしことで、細胞全体にわたる大きな波動が生じつ、と見なせるのでしょう? それが、振動子システムが形成されていることの意味でしょう?」
「ああ、そうだよ。なかなかうまいこと言うじゃん、セァラて。つまり、意識て、ひと言で言えば、物質群の振動子で形成される振動子システムなわけだ? おやおや、あたしも自分で気づかなかりきよ、これまでは。やれやれ。やれんのう」
「じゃあ、これで、構成要素群の波動から一個の大きな統合波動が創発することが、けっこう明解に説明できしことになるのではないの? 思えば、なかなか単純なことなりきのだ?」
「ああ、そうかもね。すげえ単純なことなりきよ。これまで、波動群から統合波動が創発することは口を酸っぱくして言うてきつけれど、なぜ創発するかて、その理由にはいっさい触れなかりきのよ。散逸構造での物理的秩序形成力がはたらく、と言うに留めて。兎に角、その理由が見えなかりしから。いやいや、えらい目覚ましい成果が得られつやないの。いやはや、いやはや」
「て言うことは」絵理が言いつ。「物質群の波動の振動が同期することが、おおきな波動が出現することに相当するわけ?」
「うん、恐らく、そうだよ」青葉が言いつ。「波動群が同期していれば、互いに関係しあいていると言えるから。例えば、二つの振り子時計の振動が同期していたり、たくさんの蛍の点滅が同期していたりすれば、そこには間違いなく広域的な関係が生じている、と言えるのよ。そして、互いに関係しあいていれば、全体を一つの統合体と見ることができるのよ」
「そういうものも、波の重ねあわせなわけなわけ?」
「そうね、水の波でのような単純な重ねあわせとは言えないけれど、でも、振動子システムでの同期も、ひろい意味で重ねあわせと見なしていいと思うな。振動子群が同期しながら振動しているとすると、全体も、振動子群の振動にあわせて振動することになるからね。蛍の集団の光の点滅の全体が、一個の広域的な波を形成するのよ」
「なるほど。そうかもね。でーさ、そうやりて、細胞の物質群の波動が全体的に同期することで形成されし大きな波動が、意識になりているわけ?」
「うん、まあ、証明できないけれど、そう解釈する他はないのよ」
「波動群が同期するだけで、意識の機能が形成されるかな?」
「うん、それだけど、それも好意的に解釈するほかはないのよ。なにしろ、一個の素粒子だて、一個の硬直せし固体ではないからね。一個の素粒子でさえ、エナァジという無数の要素で形成される波動なのだから。つまり、一個の素粒子でさえ、素粒子の微視的な空間のなかにて広域的に点在する無数の要素で形成されているのだから。それで、量子の波動については、超満員電車のような、構成要素群の緊密な結集は求められてはいない、と推測されるのよ」
「うむ」
「それにさ、物質機能群のこともあるよ。物質機能には、物理的な機能と、観念的な機能の、二種類があるよ。そして、細胞などの生物のレヴェルでは、観念的な物質機能だけが全体的な機能として創発するのよ。もう前に言うてしまいしような気がするけれど」
「どういうこと?」
「うん、これて、量子階層構造における量子の機能や性質の分担についてのことなのよ。例えば、水の分子のことを考えてみるよ。
水の分子にては、普通には、いちばん上の、水の分子としての機能や性質が支配的と思われる。だけど、複数の水の分子が水素結合しているときて、構成要素の水素原子や酸素原子の電気的な性質もしっかり働くのよ。そして、液体の状態にある水て、だいたい、水素結合していて、一個の大きなポリメロクワンタムを形成しているはずなのよ。そして、どれもが、恐らくこの宇宙のそこにしか存在しない超ユーニークな量子になりているはずなのよ。ソラリスの海生物とか、焼酎生物とかも、そうだよ」
「うむ」
「そして、こういうことからは、複合的な量子の機能や性質て、複数の量子層で分担して担われていることが、推測されるのよ。
それで、生物の統合波動て、観念的な感覚機能と思考機能だけを担当しているのではないか、と思われるよ。物質的な機能は、構成要素の物質群に任せてね」
「ああ、物質機能が働くレヴェルて分散してるのか。最上位に集約されるわけではないわけだ?」
「まあ、現実を謙虚に受けとめるなら、そういう風に解釈されるかも。なにしろ、細胞の統合波動て、化学反応のような緊密な結合により形成されるわけではないからね。振動子群の同期により形成される程度の波動だから。でも、逆に、こういう緩い波動だから、物質群の状況にあわせ、意識が、時々刻々、変化する、と言えるのよ。それに、細胞が死亡すると、意識も即座に消滅するし」
「なるほど」
「ところでさ」セァラが言いつ。「あたしふと思いつけれど、物質群の波動が同期するて、不可能なのではないの? 今更こげなことを言うと、話をぶち壊しにしてしまうようだけど」
「ええ? 同期が不可能?」青葉が驚きしように言いつ。
「そうだよ。なぜなら、物質の波動の特性て変化しないのでしょう? 特性が変化するていうのて、物質がべつの物質に変貌してしまうことを意味するからね」
「ああ、そうだ。物質の波動の特性て変化しないのだ。すっかり失念していつよ、あたし」
「どうするの?」
「どうしよう? 特性が変化せず、振動の位相がずれないとすると、同期は起こらないな。すると振動子システムがそもそも形成されないことになる。ええ? そげなアホな」
「でもそういうことになっじゃん」
「いやいや、なにか法律の抜け道があるはずだよ。要は、統合波動が形成されさえすればいいのよ。そうすりゃ、それが意識になるのよ。なので、波動群の振動が同期までする必要はないのよ。なので、散逸構造の物理的秩序形成力により、構成要素の物質群の波動から大きな統合波動が創発すれば、それでいいのよ。ああ、つまり、意識の統合波動て、物質の粒子面で振動群が同期することで形成される巨視的な振動子システムとは趣きが大いに異なるのよ。生体にては、物質の波動面におき、ただ、単に、構成要素の物質群の波動を構成要素として、おおきな波動が形成されるのよ。これでいいじゃん。恐らく、生体にて形成される振動子システムて、こういうものなのよ」
「ああ、そういうこと」
「恐らく、そうだよ。それでも、これも、振動子システムなのよ。無数の振動子で形成される大きなシステムだから。これて、無数の波動群の同期により形成されるタイプの大きな波動でなくて、むしろ、無数の波動群の重ねあわせにより形成されるタイプの大きな波動なのよ。ただ、単に、構成要素の波動群が一つに繋がるのよ。そして、生体全体の大きな波動を形成するのよ。ふつう、波の重ねあわせでは、位相の同期はまるきり求められないからね。振動群が同期する必要はすこしもないのよ。波て、同種の波であれば、たんに重なりあえるのよ。なので、生体での振動子システムて、波の重ねあわせそのものではないけれど、波の重ねあわせのようなもの、とは言えるよ」
「ふーん」
「微生物や細胞の構成要素の物質群て、化学結合はしないので、別べつの物質に留まるのよ。それでも、おのおのの波動には、観念的なふたつの機能、つまり、エナァジ状態検出機能と次期状態演算機能が、含まれているよ。それで、すべての構成要素の波動のなかのこの二つの成分が、みなして一つに繋がり、おおきな波動を形成するかも知んないよ。だから、これは、重ねあわせと言うより、波の結合と言うべきかもね。でも、これだて重ねあわせの部類に分類されるような気がするよ」
「ああ、波動のなかの観念的な成分だけが一つに繋がるわけだ? でもそげなことができるわけ?」
「実際のところは分かんないね。でも、そうと予想する他はないよ。なにしろ、あたしたちの意識て、おおきな統合的なものだから。とにかく、意識の統合性が出現できるためには、すくなくとも波動のうちの観念的な成分が一つに繋がりて大きな波動を形成する必要があるのよ。これはイネヴィタブルでマダトーリな定めなのよ。
そして、繋がる可能性はあるよ。なにしろ、細胞の構成要素の物質群て、ほぼ全て、たがいに接触しているはずだから。化学結合まではしていないにしても。だから、観念的な成分でありゃ、一つに繋がり、大きな波動を形成しうるのよ。
波動て、量子的な統合性をもたらしうるのよ。そして、この宇宙という物理世界で、量子的な統合性をもたらせるものて、量子の波動だけなのに違いないよ。たまたま素粒子の正体が波動でありしため、素粒子たちて、あらゆる物質に進化できつのよ。そして、意識という超摩訶不思議な量子も出現できつのよ」
「ああ、構成要素群て接触してるのか。なるほど。じゃあ、そうすると、その形成される大きな波動て、妙なものになるね? なにしろ、構成要素群て、微生物や細胞のなかに詰めこまれ、たがいに立体的に接触してるから」
「ああ、そうだよ。たくさんのテニス ボールが入れられしバケトゥのようなものだよ。または、蟹の泡とか石鹸の泡のようなものだよ。じゃあ、一つ一つの泡が振動していて、なお、かつ、全体も、それらに合わせて複雑怪奇に振動しているわけだ?」
「ああ、泡のような波動なわけだ? 意識の統合波動て、泡様波動なわけだ? じゃあ、生体での振動子システムて、新しい種類の波動なのではないの? そういう珍妙な振動子システムなのよ。こりゃ新発見だよ」
「ああ、そうかもね。実証できないけれどもね」
「でーさ」絵理が言いつ。「基本相互作用への介入の可能性はどうなわけ?」
「ああ、懸案の大問題がまだあるわけだ?」セァラが言いつ。
「そうだよ」
「細胞での思考結果が構成要素の物質群の基本相互作用に介入できるかどうか。これができるには、物質の最前線で、思考が物質を動かさないといけないのよ。現在の物理的な状況を完全に無視して、アイオンやラディカルや分子を意図的に具体的に動かさないといけないのよ。エナァジを放出してくれと、マイトコンドゥリアに依頼も送信しないといけないのよ。どうすりゃ、こげなことができるわけ?」
「さあね。念力を使うしかないのではないの?」
「ああ、そう言えば、あたしたち、その念力のメカニズムを探している、ということ、なのではないの?」
「ああ、念力のメカニズムを探しているわけだ、あたしたち? 結局、生物が、自発的、かつ、能動的、かつ、生産的、かつ、建設的に動けているて、念力を使いている、ということなのだ?」
「ああ、結局、そういうことなのだ? 生物て、早い話、超能力者なのだ? そして、テレパシも使いているのだ?」
「なるほど。そういうことか。大したものだ。ぜんぜん知らなかりきよ」
「まあ、余談はさておき、どうすりゃいいのかな?」
「どうなの、青葉?」
「ああ、いや、どうもこうも」青葉が言いつ。「あたしたちが超能力者なりきなど、ぜんぜん知らなかりきよ。念動力とテレパシね。結局、そういうことになるわけだ? なんか、夢にも思わなかりきよ」
「それで?」絵理が言いつ。
「それで、推測はするけれど、たぶん答えは出ないよね。すげえ手強いと思う、あたし。とにかく、思考で物質を動かすとすりゃ、基本相互作用に違反しないといけないのよ。やはり生物と物理法則て相性わるいのよ。生物て、据わりが悪いのよ、なんでか知んないけれど」
「まあ、御託はいいからさ、なんとかしなさいよ」
「だから、生物て、据わりが悪いのよ」
「でも、現実に、実現されているのよ、生物の動きて、この宇宙では。だから、どこかに抜け穴があるはずなのよ」
「物質の」セァラが言いつ。「最前線における動きの仕組みて、どういうものなりき?」
「ああ、動きの仕組み」青葉が言いつ。「そうね、まず、すでに意識つまり統合波動が発生している状態で、つまり、生体が生きていて、散逸構造が形成されている状態で、エナァジを放出してくれと、マイトコンドゥリアに依頼がだされるのよ。そして、マイトコンドゥリアによりエナァジが放出されると、熱が発生するわけ。そして、その熱が散逸構造のヴェンティレイション機能によりて外部に排出されると、エントゥロピ生成速度がさがり、エントゥロピ生成が減少するのよ。そして、物理的秩序形成力が発生するのよ。この物理的秩序形成力により、思考動作をふくめ、生物のすべての物質の能動的な動きがもたらされるのよ」
「なるほど。じゃあ、生産的かつ建設的な思考アルゴリズムも物理的秩序形成力により形成されるとすると、物理的秩序形成力が生物の能動的で生産的な動きの根源、ということになるね?」
「まあ、そうかもね」
「まあ、これは話をすすめる前提のようなものだけど、そこで基本相互作用への違反が生じるのが、思考の結果により物質が動かされる部分なわけだ。ここの作業が合法的に進められていることを説明しないといけないのよ」
「なるほど」
「どう説明するわけ?」
「説明はできないよ。えれえ手強いからね。予想をするだけなのよ」
「じゃあ、早速、予想すればいいじゃん」
「予想をするも、なにも、もう大よそ話してしまいつよ、あたしたち」
「そうかな?」
「そうだよ。結果としては、おおきな思考結果から、構成要素のおのおのの物質に、つぎの瞬間にはこのように動いてくれと、個別に依頼が出されるのよ。そして、そういう動きが無数に結集し、結果的に、生体のおおきな動作がもたらされるのよ」
「うむ。じゃあ、おのおのの物質のなかで非合法活動がなされるわけなわけ?」
「うん、まあ、それがいちばん予想しやすいかもね。規則を無視し、変則的に動くには。なぜって、物質の波動の内部て超越空間だから。まさに、そこで、基本相互作用が処理されているからね。生体の内部空間のほうは超越的ではないにせよ」
「うむ。でも、あまりに都合が良すぎる気がするね」
「それは分かる。でも、その部分に担当してもらう他はない気がするよ。基本相互作用が破られているとすれば」
「じゃあ、非合法な動きが生じるとすると、生体全体の中央制御センタァからの指令に合わせしかたちで、おのおのの物質におきゲイジ粒子の放送内容が変更されるわけ?」
「ああ、そうね。ただ、ここまで来ると、なにが変更されるとひと言で言うこともできない気がするな。電磁気力や引力にかかわるゲイジ粒子の放出かも知んないし、単に運動エナァジが生成されるだけかも知んないし」
「ほう、運動エナァジが生成される? そげなもの、どこにありしわけ?」
「どこと問われれば、真空と答えるしかないかもね。真空から汲みだされるのよ」
「そげなことができるわけ?」
「それで非合法なわけなのよ」
「うむ」
「だいたいさ、一般に、ほかの素粒子とのあいだでゲイジ粒子の交換が成立せし時点で、両者には力がはたらき、運動エナァジが発生するはずなのよ、なんか摩訶不思議な仕組みによりて。運動エナァジて、けっこう都合のいいものなのよ」
「て言うかさ」絵里が言いつ。「運動エナァジの前に、力が働くじゃん。その力て、どこから来つのよ?」
「それは、ゲイジ粒子の交換が成立せし場所ではないの?」
「すぐに働くわけ、離れていても? 距離は問題にはならないわけ?」
「て言うか、興味を持つことはたいへん望ましいこととは思うけど、でも、そげなことなど、あたしたちに、土台、分かるわけないのよ。そもそも、運動エナァジとか、フォースとかて、よく分かんない代物なのよ。運動量もあるし。どうしてこげなものが物質に働いたり具わりたりするか、さっぱり分かんないのよ。
それでも、そういうものを仮定すると、物理現象がうまく説明できるのよ。そして、エナァジ状態検出機能と次期状態演算機能の処理結果にもとづき、次期状態移行機能が、具体的に運動エナァジや運動量を発生させるのよ、真空から汲みあげて。そして、相手方の量子でも、おなじ大きさの力や運動量が発生してるのよ、完全に逆の向きで。そして、この場合、当該の物質たちが動きだすのよ。
つまり、運動エナァジや運動量て、当該の物質のなかにおき発生させしめられるものなわけ。
すると、上位の思考結果にしたがい、その求めに沿うかたちで運動エナァジや運動量を発生させることも、満更できないこととも思えないよ。つまり、思考結果て、ゲイジ粒子の交換か力の発生に相当するのよ。
そして、こういうことでありゃ、物質の対外的な動きの最前線におけるサイコウカイニーシス(psychokinesis PKとも)も物理学の視野におさまり、念動力が合法化されて、生物と基本相互作用の不和も解決されるのよ。めでたし、めでたしなのよ」
「うむ」
「やはり都合が良すぎる気がするよ」絵理が言いつ。「そこまで言うてしまうと、物理の先生たちから出ていけと言われるよ。袋だたきの目にあうよ。信じているわけ?」
「いやあ、さすがにこれは信じらんないよ」青葉が言いつ。「たんに、念力を説明する試みの一つでしかないのよ。とにかく出口は探さないといけないからね」
「まあね」