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意識のはじまり  作者: 安田孫康
10/58

10章 意識開闢

【概要】三人が意識発生の物理的なメカニズムなどにつき討論する。そして、ついに青葉が意識を発生させる。


        …………………………………………


【小見出しの目次】


思考実験:純粋な精神は物理世界のことを知りえない

クワリアの発生

機械語レヴェルの検出

肉体的な動作と精神的な動作

物理的な秩序

物質の結合の問題

量子の拡張

さらなる物理的な秩序

『散逸構造』

意識開闢(1回目)

意識開闢(2回目)

精神開闢

認知科学におけるその他の問題


        …………………………………………


    思考実験:純粋な精神は物理世界のことを知りえない


「ところでさ」セァラが言いつ。「意識理論体系のほうはどうなりしわけ? 今まで色いろ聞いて、なにが何やら、もうわけ分かんなくなりてきているよ」

「まあね。いっぱい言うたから」青葉が言いつ。「でも、基礎理論はとても大切なものなのよ、意識を発生させるには。それくらい、意識て、救いがたい八方美人でありて、あっちゃこっちゃあらゆる分野に鼻をちょこちょこ突っこみているわけなのよ。持てる力をふりしぼり、総力あげて取りくまなければならないのよ」

「でもいまだによく分かんないけどね」

「そうでもないけどね。いろいろ根拠を挙げたから。今までの話を総合すると、けっこう的は絞れてしまうのよ」

「そうかな?」

「そうなのよ。意識が潜みている場所ももう判明済だしね」

「植物の種と微生物と細胞だけ?」

「そうだよ」

「植物の種や微生物や細胞で果たされている酸素消費プロセスなりきよね?」

「そのとおり。ただ根拠がまだ足りないはずだけど」

「ふーん」

「だから意識への道のりて長大かつ遠大なわけなのよ」


「じゃあ、青葉て」絵理が言いつ。「さっきは相互作用感知性などてことを言うていつけど、あれはどうなりしわけ? 詳しいことはまだ説明されてはいないよ」

「まあね」青葉が言いつ。「さっきはざっくり言うただけだから。ちょっとややこしいのよ」

「へーえ」

「でも、これを謙虚に認めるだけで、もう、意識の正体が自然と分かりてしまうくらいなのよ。て言うか、意識の正体て、もう前にどこかで口を滑らしてしまいしような気がするよ、あたし、迂闊なことに」

「そうかな?」

「分かんないけどね。ただ、意識が発生するフレイムワークはまだ漏らしていない気がするな」

「ふーん」

「さて、そもそも純粋な精神が存在できないことはもう言うてしまいつけれど、それはちょっと脇に置いといて、ここで、初心に帰り、ひとつここでも思考実験めきしものを考えてみたいよ。どうしてて、人間て、純粋な精神のようなものも、この世には存在するかも知んないと、考えがちかも知んないから。

 まず、動物の体という物質に作用して、それを動かせるような何かが存在するなら、それもまた物質ないし物理的なものでなければいけないのよ。なぜって、仮に、純粋な精神というようなものが存在するとして、そういうものが物質とのあいだで相互作用をするなら、それは端的に不合理なことなのだから。純粋な精神に手はないのだから。これは物理の本質なのよ。運動の第1法則いわゆる慣性の法則により、物質を動かすには必ず外部から力を加えなければいけないけれど、力を働かせることのできるものは、必ず、それも、物質か物理的な何かでなければいけないのよ」

「へーえ、純粋な精神が物質に手を出すというのは、不合理なことなりきのね? 純粋な精神にお手てはなかりきのね?」

「そうかもね。もしも意識が物質を超越せし純粋な精神なのだとすると、実は、そういう意識は、口をあんぐり開けたまま、モニタァ画面をただじいと眺めつづけている他はないのよ。もっとも、モニタァ画面には、色のつきし映像のほかにも、音や匂いや味や欲望や満足感や快感や痛みなどを始めとする、あらゆる感覚や情動や意味や関係性も投影されるので、それでいいと言えば、いいんだけれど」

「へーえ。なんか、すごく意外な感じだよ。もしも今の話が本当なのなら、意識て、手も足も出せないものなのだ? なんか可哀想」

「心配しなくてもいいのよ。あたしの言うてることなど、仮の考えでしかないのだから。それに、意識が何もせずとも、意識配下の脳分現象たちがなんでも遣りてくれるから、おんなじなのよ」

「のうぶん現象て、どういう字を書くのなりき?」

「脳という字と、お好み焼きを分割するとかの分という字を書くのなりきのだけれど」

「ああ、そうね。どうして分という字をつけるのなりき?」

「線分の分とか、部分の分とかみたく、全体のなかの一部分であるという願いをこめて、つけてあるのよ。つまり、脳分て、脳全体の一部分、という意味で使いたいわけなわけ」

「うん」

「脳て、全体として見ると、複数の脳分現象が同時に稼動する、並列分散処理(Parallel Distributed Processing)のかたちで実装されて運用されているはずなのよ」

「ああ、そう」

「ただね、実はもっと深刻なことがあるのよ。もしも意識が純粋な精神なのだとすると、実は、眼もないことになるのよ」

「ええ? どういうこと?」

「純粋な精神なのだから、手足がないのは勿論のこと、眼や耳や鼻さえない筈なのよ」

「へーえ。じゃあ、どういうことになるわけ?」

「感覚器官が一切ないのだから、ここから慎重に推論を重ねてゆくと、純粋な精神は物理世界のことを一切知りえない、ということになるしかないのよ。より正確に言えば、純粋な精神は物理世界と決して相互作用ができない、ということだけど。物質性を具えていないのだから。

 すると、純粋な精神はその物理世界に存在しない、ということにもなるよ。そもそも、意識による外界の認知て、物質の相互作用で生じる自分の変化の検出を通しての、推測なのだから。そして、物質機能的に硬直せし量子、つまり、じぶんの変化を禁止している量子は、存在できないのだから。

 こういう次第で、純粋な精神て、受信も、送信も、物理的なことは一切なに一つ果たせず、完全な暗黒空間のなかにただぼんやり浮かびているわけなのよ。

 すると、仮に、原初の微生物などに意識が発生するにせよ、その意識も、その段階ではまだ世界に気づけないから、純粋な精神と同様、無重量状態の闇のなかでただきょとんと佇みているしかないことになるのよ。五里霧中なわけなのよ」

「へーえ、そういう事なりきの? じゃあ、まずいんじゃない?」

「そうなのよ。純粋な精神の存在を認めてしまうと、とてもまずいことになるよ。知能はとても覚つかないことになるよ、純粋な精神にも、単細胞生物の意識にも。なぜって刺激が丸きりないのだから。なにをすればいいの? なにを考えればいいの? 刺激が全然ないというのに。苦楽に追いたてられることがなく、どげな必要も生じないのに」

「じゃあ、どうすればいいの?」セァラが言いつ。

「この推論を謙虚に受けとめるとすれば、少なくとも、意識て、物質に片足のっけて、その振動に気づけるだけの能力を具えているものでなければならない、と結論づけることが、できるのかもね。もっと明確に言えば、もしも意識が外界を認知できていると仮定すると、意識は、その内に、外界とのあいだで相互作用ができるための物質性を具えていなければならない、ということになるけどね。

 これて物理の本質なのよ。物理学の大原理なのよ。もうだいぶん前に言うてしまいつけれど。このため、意識て、純粋な精神ではありえず、精神性とともに、物質性をも具えていなければいけなかりきのよ。だから、物質性て、意識を探るための決定的な手掛かりなりしわけ。て言うか、本当は逆で、いかにして物質に精神性を獲得させるかが、喫緊の最重要課題なのだけど。

 ここらへんが、意識が物質と出会うところなりきのよ。そして、意識が物理学で説明できることになることの理由なわけなわけ。少なくとも、意識の基礎の部分の根拠づけは。もっとも、物理学にはもう『波動と粒子の二重性』と『状態の重ね合わせ』というものがあるので、もうある程度の基礎は根拠づけられてしまいているとは言えるんだけど。物質とはこういう妙なものなので、この枠組に収まりているかぎり、意識という得体の知れないものであろうとも発生させうるのでR、ということだよ。

 ただ、波動関数や、物質基本機能体現波動のことて、詳しいことはまだろくに解明されてはいないのらしいのだけれど、それは物理学の問題になるよ。この辺がもっと解明されれば、物質機能波動が量子の機能を体現している仕組みが少しは明らかになる可能性があるし、意識の物質機能を体現している仕組みを明らかにする手掛かりも僅かなりとも得られる可能性があるのよ。いずれにしても、物理学の守備範囲なわけなわけ。

 もちろん、意識には生命やエントゥロピも関係しているはずなので、ここまで来ると、もう、物理学だけには収まらないけどね」

「なるほど。でもさ、青葉の論によれば、意識て、物質に片足のっけるどころか、もう微生物や細胞などに宿りてしまいているのだから、そういう物質的な能力はもう身につけているんじゃないの? 朝飯前なのではないの?」

「まあ、おおよそはそうなのよ。でも、気づく部分はまだ明確には解明されてはいないのよ。ここが、さっきの、意識の本質は相互作用感知性である、ということに繋がるわけなわけ。

 だから、意識て、手足がなくとも、また、眼がまだ発生していず、いまだ見ることができずとも、まず、なにかに気づければ、それでいいのよ。感知の形態や様相は問わないのよ。わけの分からない妙なフィーリンを感知するので構わないのよ。こういうフィーリンて抽象感覚と呼ぶ他はないものだけれど、なんでもいいから、そういうものに気づければ、それでいいのよ。

 こういう次第で、妙なフィーリンつまり相互作用の抽象感を意識が感知できる枠組を明確にすることは、発生させし意識をしてきちんと機能させしめるためには極めて重要なことなのよ」


    クワリアの発生


「妙なフィーリンとか、相互作用の抽象感て、どういうものなの?」セァラが言いつ。

「さっきは」青葉が言いつ。「素粒子の基本相互作用のことや、基本相互作用が発生すると素粒子が必ずエナァジ状態の変化を受けることなどについても、話していつけれど、あの辺りのことが意識にも適用できるのよ。生命体の巨視的なレヴェルで」

「うん」

「妙なフィーリンて、どこから来るかと言うと、根本的には、物質の基本相互作用から齎されるのよ。

 素粒子の基本相互作用では、接触という変化と、エナァジなどの着脱という変化が齎されるけれど、このことは生命体にも言えるのよ。なにしろ、生命体も生体量子つまり波動と言えるのだから。ただ、生命体のばあい、その波動が変化をうけると言うても、ぜんぜんピンと来ないのよ。あまりに大きすぎ、波動であるなどとても信じらんないからね。どげに小さな微生物であろうとも、それを構成する物質の量の観点から見ると、えらい大きなものと言わざるを得ないのよ。一体いくつの原子や分子で構成されているかなど、とても数えられないよ、あまりに多すぎるので」

「うん」

「だから、生命体の場合はもっと大雑把に考えればいいのよ」

「どげな風に?」

「生命体がよそから物理事象をうけたり、じぶんの内部で物理事象が発生したりすると、生命体の巨視的なレヴェルで接触とエナァジ状態の変化が生じるはずなのだけど、当の意識はそういう変化を何らかの抽象感つまりクウェイル(Quale 感覚質(単数形))と感じるだろうということ。つまり、物質における変化が、意識にはクウェイルと感じられるはずなのよ。クウェイル発生の概要は、それだけのことなのよ。他にはないのよ、クウェイルを齎せそうなものて。

 そして、そういう能力が進化することで、外界や体の様ざまな事象を認知できるようになるのよ、各種のクワリア(Qualia 感覚質(複数形))を経由する推測により。同じようなことは、これまでもう何回も口を滑らせてしまいつけれどもね」

「ああ、そういうことなんだ? えらい単純な話じゃん」

「まあ、そうかもね。分かりてしまえば、《詮索物目の前にあり》なりきのよ。とは言うても、ただこれだけでは、まだ、クウェイルの発生を物理的に説明せしことには、なんないけどね」

「そげなもの、物理的に説明できるわけ?」

「まあ、ある程度の目星はつけてあるのよ」

「へーえ。どういうことになるわけ?」

「うん。クウェイルが物理的に発生できるには、その前に、いろいろと前提条件をクリヤァしておく必要があるのよ。だから、これから、それらの前提条件をクリヤァしていくとして、その上で、最後に一気に発表させてもらうことにするよ、華々しくね」

「ほう」


    機械語レヴェルの検出


「ちなみに、検出という日本語の言葉は」青葉が言いつ。「検査して見いだす、能動的に検査して見つけだす、という意味らしいのだけれど、あたし自身は、能動的に検査するという自発的な動作までは含めていないのよ。単に、受動的に見いだす、受動的に感じる、というくらいの意味で使いているわけなわけ」

「へーえ」絵理が言いつ。

「だから、本当は、検出という言葉は使わず、感じる、ないし、感する、もしくは、感、という言葉でいいのだけれど、でも、感には、実は、もう、動物の感覚的な心の動き、というような意味が割り当てられてしまいているのよ。だから、ほかの物質からの作用を、ただ物理的に物質的に感じるだけという、言わば機械語レヴェルのごく単純な動作だけを意味する文字ないし言葉は、漢字や日本語には存在しないのよ。勿論、これまで、こういう物理的な動きだけを意味する感をつかう必要は全くなかりきのだけれど、中国でも、日本でも、そして、よその国でも。それで、仕方なく、当面は、検出という言葉を使うことにせしわけなわけ。

 ちなみに、また、検出の代わりに、あたしが使いたい意味での言葉を新たに造語するとすれば、物感、ないし、物感する、というようなものになるよ。知るや認知するという精神的な動作までは含めず、単に物理的に感する、というだけの意味。あたしはこういう意味で使いたいのよ」

「ぶっかん? なんか妙な音ね?」セァラが言いつ。

「でも仕方がないのよ。他に見当つかないからね。なんかいいアイディヤでもある?」

「さあね。でも、単に物理的に感するというだけの意味なら、それでいいんじゃないの? なんか、即物的で、ぶっきら棒な感じがあるから。それでいいよ」

「じゃあ、取りあえずは、物感。すると、相互作用感知性は、より正確には、相互作用物感知性ということになるよ」


    肉体的な動作と精神的な動作


「ちなみに、また」青葉が言いつ。「これまで考えてきしことからの副産物として、動物の果たす動作や行為には、物質的で肉体的な動作と、純粋に観念的で精神的な動作の、二種類のものがある、ということが、言えるのよ。当たりまえだけど。誰もわざわざこげな事など考えないけどね。日常生活を生きてゆくうえで、そげな必要などは丸きりないのだから」

「へーえ、そうなりきのだ? 動作には二種類ありきのだ?」セァラがさも意外げな顔で言いつ。「なんか驚き」

「そうかもね。大いなる驚きなりきかも。でも、けっこう重要なことなのよ。意識に昇格する物質が世界に気づく、という現象を説明するためには。気づくという精神的な動作を、さらに、感もしくは物感という物理的な動きと、知という精神的な動作の、より細かなアセムブリ ラングウィジ レヴェルの二つの動作に分解できるためにはね。

 知るというのて純粋に精神的な動作なので、それで、気づくという、それの意味する動作の成りたちが今ひとつ明解ではない言葉も、感もしくは物感と、知という、二つの明解な基本単位にディサセムブルできしわけ。

 て言うか、知るて動きて、精神的な動作でなくて、じつは、クワリアという観念が自動的に発生する精神的な物理現象のことになりしわけだけど、さっきの話で。

 つまり、『気づく』から『知』を引くと、『感』もしくは『物感』になるけれど、この『感』もしくは『物感』て、『気づく』という動作においては、精神的な意味はまるきり含まず、物理的な相互作用の発生に起因する、純粋に物理的な情報の入手を意味していつのよ」

「へーえ。驚いちゃうよ」

「あたしも驚いちゃうよ。だから、ここにも、また、意味を、一文字で、きわめて簡潔に表現できるという、漢字の長所が如実に現われていることになるよ。『気づく』てその意味するところをよくよく分析してみると、『感知』もしくは『物感知』と等価なりきのよ。だけれど、『気づく』をそのまま使いていつのでは、そういう成りたちが分かりにくかりきのよ。『気』という文字だと、えらい多義で、それ一文字だけでは意味を特定できないし」

「なるほど」

「それで、まあ、ここで、少しあやふやな事を言うてしまうかも知んないけれど、『感』て文字が意味する動作て、実は、そのモウドゥが今一つはっきりしないのよ。なにかを心的で精神的なモウドゥで感するか、あるいは、なにかを物理的で物質的なモウドゥで感するか、はたまた、その両方のモウドゥで使用されるのか、そこの所がどうも明確ではないわけなのよ。て言うか、『感』には、もう、実は、動物の感覚的な心の動き、というような、心的で精神的な意味が割り当てられてしまいているのだけれどね。すると、『感』て、じつは、ほかの物質とのあいだの相互作用を純粋に物理的で物質的に感じる、という意味では使用されしことがない、ということになるのよ。あたしとしては、この意味でも使いたいけれどもね。

 でも、こういう状況が、『気づく』をマシーン ラングウィジ レヴェルの基本動作にばらす邪魔をしていしわけなわけ。『気づく』を基本動作に分解することは、とても大事なことなりきのに。

 また、『気づく』から『知』を引きしあとの『感』て、じつは、その字義のとおり、心的で精神的な動作のものとして使用されているかも知んない可能性もあるのよ。純粋に物理的な検出ではなく。なにしろ、元もと、そういう意味だから。

 すると、この場合の『感』て、物理的な検出ではなく、精神的に検出するという意味になるけれど、精神的に検出するというのは、詳しく見ると、知る若しくは認知するという意味合いをもう暗黙的に含みてしまいているのよ。つまり、二つの基本動作をふくむ複合語のようなものになりてしまうのよ。だから、ぜんぜん宜しくないわけなわけ。しかも、この場合、物理的な検出動作はまるきり含みていないことになるのよ。世界を認知するためには、物理的な検出動作て不可欠なのに。

 それで、やはり、元もと心的で精神的な意味しか持たない『感』にも、物理的で物質的な意味での『感』が必要になるわけなわけ。それで『物感』。すると、元もとの『感』て、『心感』というようなものとでも考えていれば、意味に迷うことがなくなるのよ」

「うむ」

「そして、こういう風に、生物の動作には二種類ありきのだけれど、こういうことて、あたしには思いもよらなかりしことなりきのよ。そして、精神的な動作て、意識上でだけ果たされるものなりしわけ。気づくという動作や、沈思黙考するという動作や、妄想に耽るという動作て、純粋に精神的なものであり、肉体動作をいっさい含みていないのよ」

「あたしも思いもよらなかりきよ」

「うん。ただね、すこし水を差すようなことを言うてしまうけど、意識による精神的な動作て、じつは、動作ではないのよね」

「あれ? そうなわけ?」

「うん、そうなのよ」

「どうして?」

「どうしてかと言うと、それは、ごく大まかに言えば、主観の意識には自由意志がないからなのよ。微生物や単細胞生物の意識については、まだ分かんないんけどね。それで、そこに向かいて、これからどんどん進撃してゆくよ、あたし」

「うむ」


    物理的な秩序


「そして、ここで」青葉が言いつ。「話はがらりと変わるけど、卒爾ながら、物理的な秩序というものが登場してくるのよ」

「なんで?」セァラが言いつ。

「なんでて、大事なものだから、物理的な秩序て」

「なんで?」

「なんでて、ベルクソン先生だて秩序のことにはしっかり言及していつのよ」

「なんで?」

「なんでて、それは、秩序て、エントゥロピと深いリレイションシプにあるからなのよ」

「それはどうして?」

「それはどうしてて、エントゥロピて、生物の活動と大の仲良しなのだから。なぜって、微生物や細胞の構成要素の物質て、化学反応などのごく物理的な相互作用によりて自動的に製造される物理的な秩序だからなのよ」

「ふむ?」

「詳しく言うと、こういうことなのよ。まず、物理的な秩序てどういうものかと言えば、たとえば、雪の結晶とか物質の結晶とかがあるのよ。雪の結晶て、けっこう種類がありて、どれにも高い秩序が形成されるのよ。しかも、水の分子の結合という物理現象により、物質だけでああいう途轍もない秩序が形成されるのよ。信じらんないよ。人間にはとても作れないよ。だから、物理的な秩序を数値評価する方法があると面白いかもね。そして、金属や宝石や合成樹脂なんかも、ある意味、結晶と言えて、秩序と言えるかも知んないのよ。そして、これらて静的な秩序なのよ」

「なるほど」

「そして、他には、渦とか、タイフーンとか、ばけ学の『ベロウソフ ジャボティンスキー反応』(Belousov-Zhabotinsky reaction)て呼ばれるユーニークな化学反応なんかもあるのよ。これらて動的な秩序なのよ」

「ああ、ジャボティンスキー反応ね。名前がユーニークなりきので、あたしも覚えているよ」

「それて何?」絵理が言いつ。

「うん、この反応て面白いのよ」セァラが言いつ。「色つきの同心円の縞しま模様が自然に形成されるのよ。そして、その模様が、小石を落とせし水面の波紋のようにだんだんと広がりてゆくのよ。しかも、驚くべきことに、そういうことが次つぎに繰りかえされるわけ。要するに、きれいな円盤模様が自然に動くのよ、まるで生き物のように。つまり、物理現象として動的な秩序が形成されるのよ。木星や土星のリングなど目じゃないのよ。ええ? えらいこっちゃ」

「へーえ、なんか妙な感じだよ。そんなのが自然に起きるんだ?」

「まあ、そうなのよ。すると、そうすると、木星や土星のリングなんかも物理的な秩序になるんじゃないの、青葉?」

「ああ、そうかもね。気づかなかりき」青葉が言いつ。

「どっちの秩序?」

「うーん、そうね、いまの渦かんけいかもね。ハリケインとか、トーネイドウとか。ただ、木星のリングて、エントゥロピの最大値に達してしまいて、もう熱的な平衡状態にあるはずなのよ、恐らく、今は、もう」

「なるほど」

「こういう動的な秩序て自然にはそう簡単には発生しないような気がするけれど、でも、実際には、自然にも発生するのよ、条件さえ整えば」

「それで?」

「うん、それで、秩序て、じつは、他にもありて、物質で形成される静的な秩序ではあるけれど、液晶などを代表とする柔らかな秩序もあるのよ。個体の結晶のように要素の分子がしっかり結合しているというわけでなく、また、位置も固定されてはいないけど、つまり、ゆるゆるなのだけど、比較的に規則的に並びていて、そして、分子の向きが揃いていたりするのよ」

「ほう」

「こういう穏やかな物質としての秩序て、条件を整えてやることで、人工的に製造できるそうなのよ。役に立つので、たくさん研究されているらしいのよ」

「なるほど」

「そして、細胞の生体物質のなかにも、こういう感じの緩い結合により、その秩序が形成される柔らかなものがあるみたいなのよ。重合反応のような強い化学反応による強い結合ではないわけなわけ。細胞内の微妙な環境でも果たしうる穏やかな結合なのよ。そういう秩序物質なのよ。それで、そういう緩い作られかたがされているので、生物の体て柔らかいみたいなのよ」

「例えば、どんなもの?」

「たとえば、細胞膜の全体かその一部が、自動製造される秩序物質らしいのよ。また、蛋白質の分子が、どんどん鎖状に繋がりて、規則的に折りたたまれて、そうやりて立体的な構造物を形成してゆく、というのもあるそうなのよ。細胞膜がそうなのかも知んないけどね。ほかにも、超精密な物質のなかにも、自動製造される秩序物質が少なくないらしいのよ」

「ふーん」

「また、酵素(enzyme エンザイム)というのもありて、これて当然DNAが製造するのだろうけれど、そして、これて要するに化学反応の触媒なのだけど、これがそこに存在すると化学反応が格段に促進されるそうなのよ。つまり、微細な物質の自動生産が飛躍的に加速されるらしいのよ。

 そして、こういう風に少し細かく見ると、生物の体て、物質に具わりている機能や性質だけにより、ごく物質的に物理的に化学的に自動製造されているらしい、ということが判明するのよ。DNAという物質を根本原因として。それに、運用とか保守なんかも、自動的に果たされているんだろうと思う。

 しかも、話はすこし変わるけれども、生物で発生している化学反応や物理事象て、たいへん驚くべきことに、どれもが丁寧な手作りと考えられるのよ。これに対して、人間が試験管やビーカァや化学反応装置のなかで起こす化学反応て、どれもが集合的なものなのよ。ここには、エントゥロピや秩序にかんして決定的な違いがある筈なのよ、生物と非生物のあいだで。そして、このことて、生物のなかでの物理事象についての大きな特徴と言えるのよ」

「へーえ、生物の化学反応て手作りなりきのだ? そんなの、初めて聞きつよ」

「うん、その筈なのよ。だから、このことて、キング クリムゾンの付箋紙を貼りておかないといけないことなのよ」

「ほう」


    物質の結合の問題


「そして」青葉が言いつ。「ここで、また、話は変わるけど、物理的な性質のこともあるのよ。複数の物質が結合すると、そこには、創発により、あたらしい統合的な物質基本機能体現波動、つまり新規の量子、すなわち新規の物質プロセス、いわゆる新しい物質、すなわち新規の秩序が、出現することがあるけれど、これに関連すること。

 じゃあ、ここで問題。おなじ原子や分子を結合させて作りし物質、あるいは、いくつかの原子や分子を混ぜて結合させて作りし物質には、あたらしい性質が宿るでしょうか?」

「どんな物質?」セァラが言いつ。

「秩序の関係でさっきも少しだけ触れつけど、たとえば、氷の塊とか、金属の塊とか、合金の塊とか、木炭とか、ダイヤモンドゥの塊とか、宝石の塊とか、グラスとか、陶磁器とか、岩石の塊とか、高分子とかなのだけど」

「ああ、そういう物質」

「そう」

「でもなんかちょっと多いよね」

「まあね」

「一度に考えていいわけ?」

「さあね」

「DNAて高分子?」

「まあ、そのはずだよね。高分子てとにかく分子量の大きな分子のことらしいから。だからRNA(Ribonucleic Acid ライボウニュークリーイク アシドゥ、ライボウ核酸)も高分子のはずなのよ」

「合成樹脂が抜けている気がするけれど、合成樹脂はどうなの?」

「ああ、合成樹脂ね? たぶん合成樹脂も高分子なのではないかと思うな。単量体のモノマァが無数に結合して重合体のポリマァになり、分子量が無茶苦茶おおきくなりている筈だから。容易に持ちあげられないよ。起重機を使わなくてはいけないよ」

「なるほど」

「ただ、高分子や合成樹脂のことて、あたしはまだろくに知らんのよ」

「じゃあ、ご質問の件だけど、素材にはない性質が現われるなら、新しい性質が出現する、と言うていいんじゃない?」

「なるほど。その通り。完璧な答え」

「なにかご不満な点でもあるの?」

「て言うか」絵理が言いつ。「そんなの答えになりてねえじゃんよ。同語反復だよ、それて。それより、あたしは思うけど、そもそも、物質の性質て、そう簡単には分かんないよ。たとえば、合金とか木炭とか宝石とかの性質て、どげなものなのさ? どげなものなのよ、青葉?」

「おっと。いやいや、あたしにもよく分かんないのよ。それでご質問させていただきしような次第なのよ」

「うそお。あんたはあたらしい性質が出るかて訊きつじゃん。意味がぜんぜん違うじゃん」

「なるほど。なるほど。じゃあ、まず、新しいスケイラァ量の性質が宿るかどうかて検討してもいいけどね」

「素材にはないスケイラァ量の性質が現われるなら、新しいスケイラァ量の性質が出現すると言うていいんじゃない?」

「…………」

「て言うか」セァラが言いつ。「さっきの物質たちて、どれも、これも、新しい物性は出ているはずだよ。素材の原子や分子がしっかり結合している範囲ではね。それで実用的な有用性があるのよ」

「て言うか」絵理が言いつ。「しっかり結合て言いかたて、けっこう感覚的な言いかただよ。厳密な判定基準が提示されてはいないじゃん」

「もちろん、そうだよ。でも、そんなの、簡単には分かんないよ。なにしろ、原子や分子の結合には、共有結合・アイオン結合・金属結合から始まり、けっこう色んな種類の結合があるらしいから。どこまでを単一の物質と考えたらいいかなど、物質が結合するということには、形而上学的にみて極めて重要な問題が含まれているのよ」

「へーえ」

「たとえば、分子間の結合に水素結合というのもありて、これて結構ゆるいらしいのだけど、これで結合している場合、どう扱いていいかは簡単には判断できないよ。内部的に水素結合しているに違いないと強く疑われるところの、霧や水蒸気のひと粒ひと粒は、たとえそれぞれ水の分子の数が異なり重量が違いていようと、すべて、一個の独立せし超ユーニークな単一の物質なのか? 雨や水滴のひと粒ひと粒は、どれもが一個の超ユーニークな他に類をみぬ物質存在と言えるのか? ペトゥ ボトゥルのなかのミネラル ウォータァは、その全体で一個の独立せし物質存在を構成しているか? 川の流れの全体も、たとえ不純物としてどれだけ沢山のアイオンやモレキュールやゴミや物品を含みていようと、水素結合している範囲では一個の単一の超ユーニークな物質と言えるのではないか? すると、海のほぼ全体も一個の独立的な単一の超ユーニークな物質存在に昇格しているのではないか? ええ? これは大変なことだよ」

「ほう」

「すると、レム(Stanisław Lem スタニスワフ レム)ていう、ポルスカ(Polska)のSF作家の書きし『ソラリス』(Solaris)ていうSFのことが強く思いだされるよ。このSFでは、惑星ソラリスの海の全体が、一個の生物のようなものになりていて、超たかい超能力を有しているのよ。そして、その旅の目的がなんなのかがどうもよく分かんないけれど、太陽系からわざわざソラリスまで旅してゆきて、その周回軌道で自由落下している宇宙船のクルーたちに、その超たかい遠隔力の超能力をもちい色いろ陰険な悪さをしかけるのよ。クルーたちの目的がなんか妙な意味不明の怪しげなものである以上に、この海生物の目的ときたら、もう、さっぱり分かんないのよ」

「気ぃ狂いているんじゃないの?」

「そうかもね。宇宙船で発生せし沢山の頭くるいしような異常現象のことを思えば、その解釈が一番あたりているよ。

 そして、こういう風に、物質の結合ていうことて、実は、とても難しい問題を孕みているわけなのよ。

 だから、実用になるかどうかて、ひとつの判断基準にはなるのよ」

「おっと……」

「で、青葉、新しい物性が出るかどうかを検討して、それでどうなわけ?」

「実用になるかどうか……」青葉が言いつ。

「おっと……」

「て言うか、新しい巨視的スケイラァ量の物性が出てるとすると、しっかり結合している範囲で、あたらしい物質に昇格していることが、まず推測されるのよ。ソラリスの海生物のように。つまり、素材をただ寄せ集めし烏合の衆に留まりているのではなく。すると、それは、大きさがどれだけ巨大なものであろうとも、一個の統合的な量子のようなものになりている、とさえ考えられるのよ」

「へーえ、皿や木炭やペトゥ ボトゥルなんかを一個の量子と考えるわけ? そして、ソラリスの海生物て、一個の量子なの? 量子生物なの? ないし、生物量子なの?」

「量子の厳密な定義からは外れるかも知んないけれどもね。でも、切りたり貼りたりして大きさをどれだけ変化させようと、どれもが超ユーニークな単体の物質とすると、それはやはり量子のようなものと考えられるのよ。DNAやRNAのように。ただ、性質はぜんぜん変わんないはずだけど。ただ、DNAについてだけは、塩基構成がわずかに異なるだけで、それで製造される生物におきえらい違いを齎すこともある、と言わざるを得んけどね」

「ふーん」

「それで、よくよく考えると、これは、やはり、大変なことだし、結構えらいことなのよ。なぜって、これまで詳しく見てきしように、グラス瓶や、ペトゥ ボトゥルや、木炭や、カプや、お皿や、鍋や、キャセロウルや、丼や、スプーンや、各種のプラスティク製品や、霧や、雨や、川や、海や、ソラリスの海生物などを始めとして、世のなかの色んな物品の、それぞれの個体が、なんと、それぞれ、単体の量子なのだ、ということになるのだから」

「そおりゃ、えらいこったよ」

「でも、多分、これが、この物質世界の実相なのよ。巨視的な物質も量子のようなものでありうる、ということが」

「どう判断するわけ?」

「素材間の結合が、結合の名に値するほどに、しっかりしているかどうかで。また、あたらしい巨視的な物性が出ているかどうかで。そして、実用になるかどうかで」

「おっと……」


    量子の拡張


「でも、そうすると」青葉が言いつ。「量子の定義を拡張すればいいかも知んないね」

「どんな風に?」絵理が言いつ。

「うん。じゃあ、量子の定義を拡張する試みの一環として、ここでちょっと試験的に量子を分類してみるよ」

「ほう」


「まず、①として、これまでの厳密な意味での量子。これには、粒子としては、基本粒子である素粒子だけが該当する。そして、物理量の最低単位という意味では、プランク時間(Planck time)、プランク長(Planck length)、プランク質量(Planck mass)なども該当する。また、蜘蛛や昆虫や小動物などの、量子化されているように見えるときの動作も、該当するように憶測される」

「なるほど」


「そして、②として、複数の量子で構成される混成物の意味での量子(composed quantum)。これには、原子、分子、そして、重合性の感じられないDNA・RNAあたりまでの比較的に質素な高分子が、該当する。略して、混成量子(compoquantum)」

「その混成量子て、創発の産物なわけ?」

「うん、そうだよ。原子は核融合という原子創発物理現象で製造されるし、分子は、各種の化学反応という分子創発物理現象で製造されるのよ。細胞内でのDNAの複製だて、化学反応による分子創発物理現象と考えられるよ。そして、分子て、フラリーンの二重スリトゥ実験で厳密に実証されているように、縞しま模様を描くので、間違いなく量子なわけなわけ」

「なるほど」


「そして、③として、さっき話していしような、重合生成物の様相をゆうする量子(polymerized quantum)。ひとつの種類の分子もしくは複数の種類の分子の重合反応で製造されしもの。または、ひとつの種類の原子や分子もしくは複数の種類の原子や分子からなる重合生成物のような融合性の感じられるもの。これには、次のようなものが該当する。いわゆる合成樹脂を始めとして、金属の塊、合金の塊、陶磁器、グラス、木炭、ダイヤモンドゥの巨大な塊、宝石のえらいでっかい塊、岩石の塊、氷の塊など。規則的な立体構造いわば結晶性を有していてもいいし、構造的には出鱈目なアモーファスな塊でありても、構わない。

 ここには、また、涙や水滴やペトゥ ボトゥル入りのミネラル ウォータァやソラリスの海生物のような、水素結合ないしその他のゆるい化学結合をしているに違いないと推測される液体も、含まれる可能性が、とても高い。一升瓶いりの日本酒や四合瓶いりの焼酎さえもが、酒生物量子になりている可能性があるのよ。えらいこっちゃ。

 そして、この量子は、大きさは全く問われないのよ。また、不純物を含有していても構わないのよ。

 ちなみに、すこし道草するけれど、不純物の観点から見ると、液体をふくめて、これらの重合的な量子て、けっこうな量の真空を含みているはずなのよ。原子の大きさのレヴェルの真空だよ。なぜって、構成要素にはかならず立体的な構造があるので、それらを結合させて更に複雑な立体構造をゆうする塊にせし場合、内部には微小な隙間がたくさん生じるはずだから。そして、その隙間て、驚くほかはないけれど、ほかの原子や分子で埋められるわけではないので、かならず真空になるわけなのよ。ええ? そして、このことは、巨視的な物質一般に言えることなのよ」

「へーえ、そうなんだ? でも、なんか面白い、物質や液体に真空がたくさん含まれているなんて」

「うん、その筈なのよ。驚いちゃうよ。そして、気体なら、大量の真空が含まれていることになるよ。余談だけれどね」

「うん」

「さらに、また、大きさによらずに、つまり、原子や分子や不純物や配置エラァや欠損などの含有量には一切よらずに、原子数や構造の違いによりて、どげな大きさのものも、全てがそれぞれ恐らくこの大宇宙のそこにしか存在しないはずの超ユーニークな量子となるはずなのよ。ただ、それぞれがどれだけユーニークであろうとも、同じ種類のものは物性も同じである。略して、重合量子(polymeroquantum)。

 そして、また、このポリメロクワンタムも、創発の産物と考えられる。なにしろ、新しい性質が出現し、量子になりていて、新規の秩序が出現するからでR。さらに、ポリメロクワンタムは、それぞれに適する量のエナァジの関与だけで創発できる。ポリメロクワンタムの創発は相対的に穏やかなのである。

 ちなみに、ポリメロクワンタムは、量子なので、どれだけの大きさのものであろうとも、ほかの物質と接触していず単独で存在しているときは、その存在状態は決定されていず不確定なのよ。そして、当然のことではあるが、観測不可能な波動として超越的に振動しているわけなわけ。このことは、この世が完全な偶然世界であることの、純粋な証拠のひとつと言えるよ。

 ちなみに、また、重合量子で二重スリトゥ実験を試みることは、原理的には可能でR。しかし、大きさが全く問われず、どの個体も超ユーニークであるとすると、完全に同一のものを実験に必要な数だけ用意することは事実上できないことなので、結局、二重スリトゥ実験も試みることができないことになる。

 このことは、例えば、微小な微生物でありても、状況は同じであろう。なぜなら、同じ種類の微生物であろうとも、物質的に完全に同一のものは二つとない筈のものだからでR」

「うむ」


「さらに、④として、動的な量子(dynamical quantum)。これはまだ仮想的なものなのよ。それがどういうものだか、詳しいことはまだ明言できないのよ。それでも、一応、念のため、予約だけはしてあるのよ。そして、理由もここではまだ明らかにはできないものの、この動的な量子も、大きさは全く問われないのよ。しかも、その大きさときたら、重合量子など目じゃないくらいに超巨大なもので有りうるのよ。そして、これも、不純物や余計なものを含有していても構わない。略して、動的量子(dynamoquantum)。

 当然、このダイナモクワンタムも創発の産物なのよ。新規の秩序が出現するからでR。所要エナァジ量の多寡はまるきり問われない」

「ちなみに、どういうものを予定しているの、それには?」

「うん。竜巻とか、ハリケインとか、サイクロンとかを、予定しているのよ」

「ええ? そげなものを? そげなものが量子になるわけ?」

「まあ、ちょっとわけありで。でも、ごく小さなダイナモクワンタムもちゃんとあるのよ」

「ふーん」

「それで、このダイナモクワンタムには注目すべきことが一つあり、このダイナモクワンタムて、ダイナミクなものであるゆえ当然のことではあるが、巨視的で可変的な物理現象として創発するのよ。それ以前の静的な量子たちとは丸きり異なり。それが何を意味するかと言うと、無数の物質で構成される物理現象と一心同体である統合機能波動も、物理現象になりている、ということなのよ」

「ええ? よく分かんなかりき」

「つまり、物質とその波動て一心同体なので、ダイナモクワンタムの実体が物理現象であれば、その波動も物理現象になりている、ということなのよ」

「へえ? 状態群が物理現象を構成するんだ?」

「そうだよ。ポリメロクワンタムまでは、ただの物質であり、物理現象ではなかりきので、その本体たる波動も柔軟性の欠如せし固定的な波動いわゆる硬質の波動に留まりているけれど、ダイナモクワンタムでは、見えない波動も、可変的でサプルでソフトゥな物理現象になりているのよ。

 これはピン留めしないといけないことなのよ。物質的なサイクロンの物理現象が構成されるとともに、同時に、構成要素の物質の観測不可能な波動群でもて、観測不可能な大きな物理現象も形成されるのよ、見えない波動の世界で」

「へーえ。大したものだ」

「ここで、念のため、巨視的な物理現象の三大特徴を挙げておくよ。前にも言うたかも知んないけどね。次の三つなのよ。①持続性、②可変性、③減衰性。この三つ。そして、この三つを混ぜて別言せしものとして、残像性や残響性も大きな特徴と言えないこともないよ。

 ただね、今更のことだけど、ダイナモクワンタムの生成を疑問視する向きもあるのよ。なぜって、巨視的な創発に必要な化学結合がすこしも起きないのだから。どこにも化学結合が起きないとすれば、新規の量子になることは難しかろう、と予想されるのよ。

 ま、要するに、ダイナモクワンタムて、まずは愛想なのよ、今のところは。急場しのぎのリプ サーヴィスなわけ」

「ああ、そうなりきの? あたしも怪しいものとは思いていつのよ」

「でも面白かりきでしょ?」

「そうね。なかなか刺激的なりきよ」

「じつは、リプ サーヴィスだけでもないけどね。意外にあたしは本気なのよ。ただ、逃げ道を残しておくために、今はまだリプ サーヴィスということにしているだけなわけ。それに、つぎの生物的な量子の概念を明確化するための、根まわしの意味もあるのよ」

「ふーん」

「ちなみに、すると、ダイナモクワンタムの生成を疑問視せしばあい、物理的な秩序の形成、情報量の増加、あたらしい性質の出現、つまり創発て、かならずしも新規の量子の形成を意味しないことになるよ。ま、当然ちゃ当然だけれどね」

「そうなわけ?」

「多分そうじゃないかと思う。あたらしい量子の形成は厳密なものだけど、創発は意味が広いのよ。そもそも、何回も言うているけれど、創発て言葉て、物理学の用語では全然なくて、意味は多義でとても曖昧なのよ。

 そして、新規の量子の形成には、ほかにも条件があるはずのよ、恐らく。その一つが物質の結合なのよ。ただ、物質の結合て、むずかしい問題を孕みているけどね。

 ただ、物質の結合も量子生成の必須条件ではないみたいなのよ。物質の結合がなくても新規の量子が出現しているらしい事例がしっかり見受けられるのよ」

「へーえ」

「ちなみにさ」セァラが言いつ。「そのダイナモクワンタムが創発する根拠て、どういうものなわけ?」

「うん。ダイナモクワンタムの現場におけるエントゥロピ生成の減少を創発の原動力にしようかな、とは考えているのよ」

「ほう、エントゥロピ生成の減少」

「うん。エントゥロピ生成が減少するということは、情報量の増加を意味しており、情報量の増加て、あたらしい秩序の形成を求めるものだから」

「それで、新しい秩序として竜巻が発生するわけだ?」

「うん、そうだよ」

「でもさ、物理世界において新しい秩序が竜巻で形成されてしまうとすると、その竜巻を体現するかも知んない量子という秩序はもう必要ないんじゃないの? て言うか、竜巻を量子に格上げできるほどの情報量力は、もうないんじゃないの?」

「まあ、そこなのよ。なにしろ観測できませんのでね。あたしもどう判断していいか、まだ決めかねているのよ。

 でも、波動と粒子が一心同体であるという観点では、竜巻も量子でありうるのよ。散逸構造の効果としての量子の創発にては、物質の化学的な結合が求められることなしに、新規の統合物質機能体現波動が創発する、ということも予想されるのよ。巨視的な量子の創発にては、物質の化学的な結合て必ずしも求められないのだろうと、推測されるのよ。散逸構造て、そういう量子なのよ。その可能性はとても高いのよ」

「いやいや、それは本末転倒だよ。竜巻に統合機能波動が重なりているかどうかは、分かんないのよ」

「うん、まだ分かんないのよ。それで、だから、ダイナモクワンタムてまだ仮想的なものなのよ」

「いやいや、ファンタシと言うほうが絶対に相応しいよ」

「かも知んないね」


「そして、⑤として」青葉がつづけて言いつ。「生物的な量子(biological quantum)。これて、ダイナモクワンタムの拡張のようなものなのよ。だからこれもまだ仮想的なものなわけ。それでも、いまの胡散臭いダイナモクワンタムより遥かにリアリティが高いのよ。そして、これには、次のようなものが該当する。微生物、単細胞生物、赤血球・白血球・卵子・精子などの遊離細胞、生体組織の細胞、そして、上位の生体組織の構成要素となりうる下位の生体組織、そして、腸・心臓・肝臓・脳などの上位の生体器官など。もちろん、これも、不純物を含有していても構わないのよ。略して、生体量子(bioquantum)」

「ダイナモクワンタムとどこが違うわけ?」絵理が言いつ。

「ダイナモクワンタムの生物版、というくらいかな。当然、命があるのよ。よりはっきり言えば、精神性を帯びしものであると予想をしているのよ。精神性が命の大きな特徴だから」

「ええ? 精神性? ここで精神性などてことを言うてもいいの? あとで後悔しても知らないよ?」

「まあ、予想だから」

「じゃあ、精神性て、どういうものだか分かりているの?」

「まあ、一応、叩き台として、考えてはあるのよ」

「どういうもの?」

「ダイナモクワンタムから、バイオクワンタムを分けるもの、なのよ」

「おっと」

「うん。精神性て、本質的に、観念性のことと、あたしは予想をするのよ」

「て言うか、観念のことなどよく分かんないじゃん」

「うん、分かんないよ。でもあたしは哲学者ではないので難しいことは考えないのよ。ごく大雑把に捉えてしまうわけ。そもそも、観念とか精神とか意識とか物質とかて、先験的に定義することはできないものだから。あたしたちが意識する全てのことて、経験的に体感して学習する他はないものなのよ。

 そして、かろうじて物質と精神の接点となるのが、物質の相互作用で生じる物理的な変化と、それに呼応して発生するクウェイルなわけ。このクウェイルが観念なのよ。観念素であり、かつ、理解素でもあるのよ。前にもう言うてしまいつけれどもね。観念が具体的にどういうものであるかを知りたくなりたら、クウェイルを体感して学習すればいいわけなわけ」

「うむ」

「それで、精神性て、観念を認知できるということや、扱えるということと、あたしは予想をするのよ。物理世界のコムピュータァで電子物質に転写されし情報が処理されるように、物質の意識空間では、観念が処理されるのよ」

「て言うか、なんか、言葉が乱れ飛びていし気がするよ、定義が曖昧なままに。全然いいことではないよ」

「ああ、そうなりきかも。ごめん。ただ、意識空間で、文字通り、観念が扱われているか、それとも、単に、扱われているように見えるだけなのか、は、ここではまだ問うてはいないのよ。それはまた別の問題になるのよ。意識の移り気な能動性とかていう難しい問題が絡みてくるのよ」

「ふーん」

「そして、当然、このバイオクワンタムでも、その本体たる波動は、ダイナミクで可変的な物理現象になりているのよ。

 そして、巨視的な物理現象の常として、その見えない波動は、短時間の持続性は有するが、可変性とつよい減衰性、すなわち文字通りの時間の関数性を、イネヴィタブルな定めとして課せられていて、賞味期限があるのよ。つまり、生物の定めとして、儚いわけなわけ。別の言いかたをすれば、残像性や残響性を帯びている、とも言えるのよ。

 また、物質のクワンタムて、その波動て、言わば硬質な波動なのだけど、バイオクワンタムの波動は、巨視的な物理現象であるゆえに、軟質な波動と位置づけられるのよ。そして、バイオクワンタムが巨視的で可変的で軟質な波動であるてことて、極めつきに重要なことなのよ。ディープ ピンクの付箋紙を貼りておかないといけないことなのよ。なぜって、それは、物質の機能や性質が物理現象になることを暗黙的に意味するからなのよ。

 では、物質の機能や性質が物理現象になるとは一体どういうことなのか? それは、物質の機能や性質が生命性を獲得することを、言わず語らずのうちに意味しているのでR。では、物質の機能や性質が生命性を獲得するとは、なにを意味するか? それは又のお楽しみでR。

 以上、おわり」

「ところでさ」セァラが言いつ。「さっきの量子生成のことはどうなるの? ダイナモクワンタムが怪しいなら、その拡張であるバイオクワンタムはもっと怪しくなるのではないの?」

「うん、そうとも言えるけど、でも、バイオクワンタムの場合、状況がぜんぜん異なるのよ。そして問題がなくなるのよ」

「どうして?」

「うん、バイオクワンタムでは、竜巻が細胞のなかで発生するわけではないのよね」

「ああ、そうなんだ?」

「うん。生物を想定しているのでね。そして、バイオクワンタムでは、秩序は、波動そのもので形成しようかな、と、あたしは計画してるのよ」

「へーえ、そうなんだ?」

「うん。だからダイナモクワンタムが抱えていし問題は出てこないのよ」

「ほう」

「うん」

「あんたて」絵理が言いつ。「そういうイメジを抱いていつんだ、青葉? なんか面白いじゃん。物質というものについての理解が深まる気がするよ」

「まあね。どんどん深めたらいいよ」


「ところでさ」絵理が言いつ。「さっき、青葉て、静的で柔らかい秩序のことを言うていつけれど、あれらて今のどれかの量子に該当しないわけ?」

「ああ、そうね。すっかり忘れていつよ。あれて、液晶とか、細胞膜とか、細胞内の超微細な物質組織のことなりきけど、そうね、分類するとすれば、重合量子くらいに該当するかもね」

「ええ? 重合量子なの?」

「うん。静的で柔らかな秩序て、厳密には重合量子ではないかも知んないけれど、あの分類に組みこむとすれば、重合量子しかないのよね。つまり、重合量子の本質て、おなじ素材を数を問わずに幾つも結合させて物質的な構造を形成するということだから。結合や構造の規則性があろうがなかろうが。重合量子てそういう方式のものなのよ。それで、生物のからだの微小な物質て、意外に、条件さえ整えば、自動的にできあがりてゆけるのかもね。

 だから、ほんと言うと、重合量子の分類はもっと細分するほうがいいかも知んないけれど、そこまでするのがあたしの目的ではないのよ。細胞の微細な物質がけっこう自動的に製造できることが分かりさえすれば、それで十分なのよ。あたしの目的はもっと深遠なのであり、あの大雑把な分類だけで、あとでギョッとするような結果が得られるわけなのよ」

「ふーん」

「すると、そして、量子のこの新しい定義と分類を注意ぶかく精査してみると直ちに判明することではあるが、性質の創発にはやはり法則性のようなものが具わりていることが分かるのよ。創発のスコウプが巨視的なものになるに連れ、所要エナァジ量が指数関数的に減少するという法則性。

 これて筋が通りているよ。スコウプが巨視的になるにつれ、生成物たる、ポリメロクワンタムや、ダイナモクワンタムや、バイオクワンタムなどの、微妙な量子や精妙な量子、すなわち、エントゥロピの低い構造物、いわゆる、情報量のたかい秩序を、迂闊に破壊してしまうことがないようにする必要があるのだから。いわんや、水素結合による水生物や酒生物のばあいであれば、水分子が潜在的に保有する固有の運動エナァジ、または、プラス電荷とマイナス電荷の基本的な結合性質だけで、事足りるのよ」


「じゃあ」セァラが言いつ。「物質のなかに量子性を見るとして、それで何かいいことでもあるの?」

「うん」青葉が言いつ。

「どげなこと?」

「巨視的な物質でありても量子性を具えているとすると、創発により、その全体が、一個の統合的な機能波動に昇格している、と推測されるのよ。そして、素材の性質の足し算では決して得られない完全に新規の性質や機能が創発しているに違いない、と考えられるのよ。つまり、あたしとしては、こういうことを知りたいわけなわけ。て言うか、こういう前提のうえで、もう先に予想してしまいつけれどもね」

「へーえ」

「でも、波動は観測できないし、性質や機能のこともはっきりとは判断できないのよ。もっとも、巨視的に見て、これは性質や機能なのではないかと疑うことくらいならできるけどね。そして、新規のスケイラァ量の物性が発生していて、これは実用になると判断できれば、恐らく量子化はしているだろう、そして、その結果、統合機能波動に昇格もしているに違いない、と推測するくらいならできるのよ」

「ふーん」


    さらなる物理的な秩序


「じゃあ、もう一つ」青葉が言いつ。「雪の結晶や、物質の結晶のばあいは、どうですか?」

「あれ?」セァラが言いつ。「て言うか、物質の結晶て、さっきの重合量子と似てるのではないの? 雪の結晶は違うけど」

「うん、そうだけど」

「考えようによりては、物質の結晶も融合している感じはあるよ。化学的なポリマァではないにせよ」

「うん、その通りだよ。だから、こういう巨視的な物質てよく分かんないのよ。逆に、さっきの重合量子のなかにだて、ある意味、結晶と考えることができないわけでもないものがあるし。金属や合金や木炭やダイヤモンドゥだて、ある意味、結晶と考えられるのよ。液晶だてあるし。ただ、ただの氷はさほど整然とせし結晶ではないかも知んないな。また、おなじ物質でも、相の違いがありて、気体と液体と固体は、厳密には別の物質なのではないか、との強い疑いもあるのよ。そして、液体と固体は、それぞれ超ユーニークな単量体の量子になりている可能性があるのよ」

「じゃあ、どういうことなわけ?」

「うん、あたしも、どう考えていいやら、まだ決めかねるけど、一つ、重要なことがあり、物理的な秩序が形成されるか否か、という観点もあるのよ。この場合、必ずしも結晶でなくてもいいのよ。物理的な秩序のことについては、さっきも少しだけ触れつのだけれど」

「物理的な秩序て、形状的なものを言うているわけなわけ?」

「まあ、基本的にはそうね」

「それで?」

「実用になるくらいにしっかり結合しているとすりゃ、さほどの結晶とは思えない氷の塊でさえ統合機能波動に昇格しているかも知んないよ」

「おっと、そげな恐ろしいことを言うていいわけ、青葉? 吊るしあげられて、袋叩きにされて、粉砕されちゃうよ」

「ああ、今のはちょっと脱線。て言うか、恐ろしいことなら、さっきからいっぱい言うていつよ、あたしたち。

 それで、こんどの問題の肝は、意志のない自然現象においても、秩序は自然に形成されることがある、というような事なわけ。そして、今まで挙げた物質の半分以上は、秩序が自然形成されると見ることができるのよ。素材によりて基本的な特定の構造が形成されて、それがきちんと規則的に並んだり、あるいは、単量体の分子がえらい規則的に整然と並びて結合したりしてね。少しくらいなら、配置エラァや欠損や不純物が含まれていても構わないのよ。

 ちなみに、条件を整えてやることで、物質により物理的な秩序が自然形成されてしまうという、そういう人工的な秩序自律的形成現象て、結構たくさん確認されたり開発されたりしているらしいのよ。自然科学や工学の分野で。また、生物の体のごくごく微小な物質のうちにも、物質にそなわる自然な性質を活用して、自動的に秩序が形成されて製造されているものが、かなりあるらしいのよ」

「ふーん。で、それで?」

「それで、あたしとしては、まず、物質の結晶という原初的な秩序形成の結果として、その生成物たる結晶は重合量子になりているのだろう、との予想をするのよ。

 ところが、肝は実はもう一つありて、秩序形成の最前線における、まさに秩序がリアルタイムに形成されつつあるその部分に、より深い意味があるのに違いないと予想されるのよ」

「ふえーえ。よく分かんない」

「つまり、あたしは、雪の結晶などの結晶が成長しつつある最前線の部分では、そこだけに特有の統合機能波動が形成されている可能性があるのではないか、との予想をするものなのよ。

 つまり、あたしは、統合機能波動て、一個の重合量子のように、物質的に固まりてしまいている量子、つまり、秩序形成が完了してしまいている量子と、一心同体のものとして創発するだけでなく、複数の量子で形成される動的な物理現象と一心同体であるという、まさにダイナミクなものとしても創発しうるのではないか、との深い疑いを持つものなのよ。要するに、ダイナモクワンタムやバイオクワンタムのことになるけれど。

 例えば、雪の結晶がまさに成長している最前線。また、次第に少しずつ固まりてゆきつつある重合体や融合体も、そうではないか、と思う。まだ柔らかい状態と、固まりてしまいしあとの状態では、物性は絶対に異なるはずなのよ。

 ま、要するに、そういう強い希望を抱いているわけなわけ。

 なぜって、いま言うたようなことが可能でないことには、意識は決して断じて創発させられないからね。つまり、要するに、あたして、下のほうでヒントゥと根拠を積みあげて着ちゃくかつ地道に土台がためをしながら、その他方、上のほうからも、推論につぐ推論をかさね、絶対こうでなければならないという道筋を切りひらいているという、そういう次第なわけなのよ」

「ほう、またしても大した大風呂敷だ。でも、なんか妙なことを考えてんじゃん、青葉?」

「まあ、あたしは、町の物質研究家にして、町の好事家だから」

「うん。でもさ、秩序が形成されつつある動的な物理現象にも統合機能波動が創発しているかも知んないていうアイディヤて、面白いよ。えらいユーニークだよ」

「うん」


    『散逸構造』


「ちなみに」青葉が言いつ。「ご参考までに言うと、この辺りから熱力学がふかく介入してくるのよ」

「そうなんだ?」セァラが言いつ。

「うん。重合量子あたりだと、わざわざ熱力学に参加してもらうほどでもないけれど、さすがに秩序というものが前面に出てくるとなると、それは情報量の増加とエントゥロピの減少を意味しているので、いやでも熱力学の力を借りざるを得ないような事になるのよ。

 そして、熱力学の分野には、『散逸構造』(dissipative structure)と、『自己集合』(self-assembly)と、『自己組織化』(self-organization)というものがあるのよ」

「へーえ」

「そして、散逸構造と自己組織化て、熱力学のうちでも熱的に非平衡の状態にある系に関するものなのだそうで、熱力学的に動的に動いている系についてのものなのだそうなのよ。イリヤ プリーゴウジーン先生(Илья́ Рома́нович Приго́жин イリヤ アラマーネイチ プリーゴウジーン、Ilya Romanovich Prigogine)ていう先生が考えだしつそうなのよ。この先生て、アラシーア(Росси́я, Russia)生まれの、ベルギー(België, Belgium)の先生なのだけど、その業績によりノウベル賞を受賞しつのよ」

「ほーお」

「どういうものかと言うと、散逸構造(dissipative structure)て、熱的に非平衡の状態にある、つまり、物理現象としてダイナミクに動いている、開放系におき形成されるのよ」

「うむ」

「そして、散逸構造て、動的に動いていて、かつ、開放系なので、外部とのあいだでエナァジと物質の交流があるのよ。そのため、系の内部で熱とエントゥロピが発生しても、それらは外部に排出されて、系の全体としてはエントゥロピの生成が減少している状態がある程度は定常的に維持されるわけ。これは、一見、熱力学第二法則いわゆるエントゥロピの増大則に違反してるけど、散逸構造が形成されるという条件が満たされる限りにおいて、自然にそういうことも起こりうる、ということらしいのよ。そして、こういう風に、散逸構造ではエントゥロピの生成が減少することを意味して、『エントゥロピ生成最小原理』というものが定式化されつのよ」

「ふーん」


「また」青葉が言いつ。「自己集合てどういうものかと言うと、非平衡系でなく、平衡系でおきる自然な秩序形成のことを言うのよ。閉鎖系・孤立系でなく、開放系ではあるけれど、ダイナミクな物理現象でなく、ほんの僅かな熱の流れしか生じていない、実質、熱力学的な平衡系とみなせる、静的な環境でおきる物静かな秩序形成なのよ。

 だから、これには、さっきの雪の結晶や物質の結晶の自然形成などが該当するわけ。それに、多くの重合量子の形成もこれに当たるのではないか、と思う。その固まりつつあるステイジは」

「金属や、陶磁器や」絵理が言いつ。「ダイヤモンドゥや、宝石や、ただの氷や、合成樹脂などの形成も、結晶化に該当するわけ?」

「うん、まあ、明解なことはあたしには言えないけれど、それらの結晶化のプロセスて、準静的過程(quasistatic process)と言えて、実質、平衡系とみなせるよ。それで、結晶化と見なせないわけでもないかもね。もっとも、アモーファスな塊になるものて、ふつう、結晶とは言わないけどね」

「ふーん」

「それで、自己集合て、構成要素の量子たちの物性が、その根本的な原動力になりているので、結晶の秩序形成て、分子と分子のあいだの、微視的な、短距離の、かなり狭い空間でなされるのよ。なので、構成要素の量子群は、事実上、たがいに接触している、と考えていいのではないか、と思う。そして、狭い空間で、攪拌されなく乱されることなく進行するので、よりエントゥロピ生成速度が減少し、それで、綺麗な結晶が形成されるのではないか、と思う」

「なるほど。まあ、そういう風にはっきり説明されると、よく分かる気がするよ」

「まあね」


「じゃあ、自己組織化は?」セァラが言いつ。

「うん、これが本命なのよ」青葉が言いつ。「これが散逸構造で自然発生する秩序形成なのよ。雪の結晶や重合量子のような静的で物的な秩序ではなく、ダイナミクな物理現象として秩序が形成されるのよ」

「そげなものがあるの?」

「うん。自然界を注意ぶかく観察すると、動的な秩序て意外にあるのよ」

「たとえば?」

「たとえば、タイフーンとか、ハリケインとか、竜巻とか、つむじ風とか、渦とか」

「ああ、そう言えばそうね」

「うん。他にもさ、ビグ バン時の、インフレイション膨張後の、超超超超広大な宇宙空間の、それぞれの噴出点から噴きだしし原初のガスがあっじゃん」

「ふえーえ」

「これらのガスて、膨張球体上のいろいろな場所で、重力のせいで部分的に結集し、超超超巨大恒星に成長し、その恒星が僅かな寿命ののちに超新星爆発をおこし、ガスと物質を新たに球形に噴きだし、噴出せしそれらが、その二つめの小さな膨張球体のうえの色いろな場所で、なぜかは知らんけど、以前から帯びていし角運動量ゆえに全体的に自転しながら、再び、また、重力のせいで部分的に結集し、その後、改めて、重力と遠心力のせいで、時間をかけて、次第しだいに降着円盤を形成するけれど、その一つとして、現在の銀河系が形成されつ、ということとか」

「ふふん」セァラは鼻で笑いつ。

「まあ、あたしは、こういうことには詳しくないけれど、他にもあるんじゃないかと思う、ダイナミクな物理現象としての秩序の形成て。ただ、動的秩序形成物理現象のどれもが散逸構造に該当するかどうかは分かんないよ。

 じゃあ、ここでまた問題。さっきの『ベロウソフ ジャボティンスキー反応』には、あたらしい統合機能波動が創発すると考えられるでしょうか?」

「ああ、ジャボティンスキー反応もありきのだ? そうね、ああいう明解な形状的な秩序がダイナミクに形成されるのだから、見えないところで統合機能波動が創発してても、おかしくない気はするよ。ただ、この反応て、ダイナモクワンタムに該当するような気がするよ。なので、波動の創発は大いに疑わしいとも言えるよ。だから、インクレディブルという印象は拭えないな。ま、要するに、半信半疑というところかな」

「ああ、それは尤もなことだよ。あたしもそう思うもん。そもそも、氷や木炭や合成樹脂などの重合量子が量子になりていて、その大きさは少しも問われず、その全体に統合機能波動が創発しているという辺りから、なんか話が妙にインチキ臭いものになりてきつのよ」

「そうだよ」

「でも、まあ、一応、念のため、自己組織化の特徴もすこし挙げておくよ。

 まず、散逸構造での自己組織化て、おとなしい物静かな物質としてでなく、ダイナミクな物理現象として発生するのよ。また、これまで見てきしことからも明らかなように、動的な物理現象であらざるを得ぬ自己組織化というものは、分子間のせまい空間には限定されず、むしろ、非平衡開放系のひろい空間の全体にわたりて形成される、距離の長い、息の長いものとして発生する。明白である。そして、熱的な平衡状態からは程遠い、むしろ、系が乱流になる直前、系が暴走しはじめる少し手前の領域で発生する。しかも、これまた是非ないガタガタ言わせぬことながら、幾何学的で空間的なパタァンが自律的に形成されるのでR。論を俟たないよ。

 そして、その上、さらに、えらい驚くべきことに、散逸構造での自己組織化では、構成要素の物質の化学結合というものは、丸きり求められてはいないのよ。このため、系が種々雑多な要素で構成されていても全然かまわないのよ。また、抗生物質のように働き系の持続を阻害して系の定常運転の足を引っぱるような物体でないかぎり、系にどげな異物や不純物が混入していようとも、まるきり問題にはならんのよ。これはほんとに驚くべきことなのよ。いやいや、むしろ、当りまえのことなのよ。散逸構造とは、構成要素を化学的に結合させて物質としての量子を構成するのではなく、構成要素を規則ただしく巧妙に動かし、秩序ある物理現象ないし物理現象による秩序という高度なものを動的に定常的に形成するものだから。もっとも、場合によりては、散逸構造をダイナミクな物理現象として維持するために化学反応が定常運転されることは、まったく構わないけれどもね。むしろ望ましいことなのよ。

 そして、見えないながら、散逸構造でも統合機能波動が形成されて、それが系全体の性質を体現しているという前提を、当面は受けいれるとして、これが先ほど予言しておきしダイナモクワンタムいわゆる動的な量子に該当するのよ。なんと、散逸構造て、その全体の大きさがどれほど途方もないものであろうとも、量子になりているのよ。驚くじゃん。えらいこったよ」

「そおりゃ、えらいこったよ」

「うん、腰が抜けるよ。ハリケインも、タイフーンも、トーネイドウも、そして、太陽系も、ミルキ ウェイも、もしも散逸構造を形成しているとすると、その全体がダイナモクワンタムに昇格していて、そこには見えないながら単一の統合機能波動がきっちり振動しているわけなのよ」

「アンビリーヴァブル、インクレディブル」

「うん。すると、ここから更に推論をごり押しに押しすすめ、かりに、太陽系を何回も再利用して、太陽系の二重スリトゥ実験を挙行するとすると、写真乾板上には、なんと、なんとも恐るべきことに、ソウラァ システムの粒の着弾痕からなる、太陽系の縞しま模様が形成される、ということにもなるよ。まあ、太陽系程度のしみったれしことは言わなく、The Galaxyでも、おとめ座銀河団でもいいけどね。なんなら、宇宙全体でもいいよ。ああ、しかし、ユーニヴァース全体だと断熱孤立系になるので、散逸構造は形成できないかもね。でも、しかし、ユーニヴァースが膨張しているという点を考慮するなら、見掛け上では散逸構造と見なせないこともないかも知んない。おお、神よ! ユーニヴァース全体で二重スリトゥ実験を敢行しつとすると、一体どうなることやら。考えるだに恐ろしいよ」

「オーサム」

「おお、キリエイ イレイソン。以上、おわり」

「アメイジン、トゥリメンダス」

「ただね、散逸構造でダイナモクワンタムが形成されうる、という話が、眉唾物である可能性のあることだけは、念のために付言しておくよ」

「しかり」

「そして、あたしとしては、ここで、一つ、強調しておきたいことがあるのよ」

「どげなこと?」

「これまで見てきしことからの結果として、物理的な創発には意外にたくさんの種類・様相があるらしいということ。これをピン留めしておきたいのよ」

「なるほど」


    意識開闢(1回目)


「じゃあ、つぎの問題」青葉が言いつ。「たくさんの部品を組みあわせて作りし機械のばあいは、どうですか?」

「おや?」セァラが言いつ。「こんどは機械も出てくるの?」

「もちろんだよ。行きがかり上、順序として、物質の次には、どうしても機械にもご登場ねがわなくてはいけないのよ。機械も紛れもなく存在しているし、しかも機械て自律的に動作できるから」

「ふーん」

「もっとも、機械にも二種類ありて、お休みちゅうの機械と、動作中の機械があるけどね。ある意味、動作中の機械て、時間の関数としての物理現象と言えるのよ」

「なるほど」

「で、お答はいかがですか?」

「そうね、機械には、機械としての独自の機能が具わりているとは言うていいとは思うけど、でも、それを機械という人工的な物品固有の性質と考えるのは、難しいのではないか、と思う。お休みちゅうであろうとも、動作中であろうとも。それこそ、心霊主義とかオカルティズムになりてしまうよ」

「根拠はなんですか?」

「ええ? 根拠まで訊くの、あんた?」

「まあ、一応、聞いておかないと、根拠くらいは」

「そうね、部品のあいだに、機械全体を単一の量子に格上げしてくれるような、いかなる化学結合も生じていないから、というくらいかな。そのため、機械は統合機能波動には昇格してないし、量子としての統合的な性質も創発していないのよ」

「まあ、そうね。あたしもそう思うのよ。どれだけ高度な動作や処理ができようと、機械は機械でしかないのよ。エントゥロピ増大の平衡状態に達してしまいているのよ。たとえ動作してようともね」


「じゃあ、もう一つ」青葉がまた言いつ。「単細胞生物については、いかがですか?」

「ええ? 単細胞生物?」絵理が驚きしように言いつ。「ここで生物が登場するの?」

「うん、そうだよ。量子と創発と散逸構造のことはもう言うてしまいつし、機械にももう登場してもらいつのだから、ここらへんでもう生物にもご登場ねがわなくてはいけないのよ。なにしろ生物が肝なのだから。どう思いますか?」

「そうね、単細胞生物には色いろな分子や組織が含まれているよ。すると、体がそういう状況にあるということだけで、恐らく、もう、単細胞生物は量子とは言えないよ。機械みたいなものだから。でも、それでも、単細胞生物て、機械とはちがう様相で、そういう物質を規則ただしく動かし、秩序ただしく統合的に動くことができるのよ。だから、単細胞生物て、実質、有機的な統合体とも言えるのよ。それで、そのため、単細胞生物を構成する様ざまな組織や物質の性質て、それらが一つになりて、単細胞生物という生命体の全体的な性質をも新たに出現させている、可能性がある、とも言えるかも、知んないな」

「絵理、あんた」セァラが言いつ。「いま自分が何を言うたか、ちゃんと分かりているの? あんたは、今、これまでの青葉の巧妙な誘導に騙されて、なかなか大胆なことを口走りつのよ? 生命体の物質の性質をあつめて全体の性質を出現させることが可能かどうか、そこまでは分かんないけれど――て言うか、機械ならそげな事など逆立ちしても有りえないけれど――、でも、少なくとも、いろいろな原子を組みあわせし分子に新規の機能波動が発現するように、単細胞生物の全体にも新たな機能波動が出現する、というような事を、あんたは言うたのよ」

「へーえ」絵理は言いつ。「あたして、そげな意味深長なことを言いちゃいつわけ? へーえ。知らなかりきよ」

「感心している場合じゃないよ」

 珍しく絵理が詠みつ。


  知らなかりき、それほどまでに意味ふかしことをあたしがふと言いつなど


「のんきに歌など詠みている場合じゃないよ、こげな大事なときに」

 すると今度は青葉が詠みつ。


  のほほんと歌など詠みてる場合じゃない、こげな大事を話しているのに


「でも、あたしもそう思うけど」青葉が言いつ。「ゾウリムシさん(草履虫 paramecium パラミーシアム)などの単細胞生物のばあい、それを構成している個々の組織や物質のレヴェルには留まらず、単細胞生物全体の機能や性質と見なしていい新規の機能や性質が、その全体に出現するのよ。創発により。そして、そういう全体的な機能や性質が、統合的な波動関数つまり機能波動としてゾウリムシさんという物質的な姿をとりている、ということになるのよ。

 なぜって、個々の物質の機能や性質をいくら足し算しても及ばない全体的な機能や性質、つまり、一個の単細胞生物としての生物的かつ統合的な動きが、あらたに出現するのだから。これは、尋常な神経にとりては言語道断なことではあるかも知んないけれど、でも、柔軟な精神にとりては問答無用のことなのよ。

 なぜ創発が可能なのかと言えば、物質の本体て波動だからなのよ。物質機能的に硬直していないフレクシブルな波動つまり量子だからこそ、構成要素の物質がいっぱい緊密に結集し生命体を構成できしときにも、その全体を新規の統合的な波動として構成できつのよ。そして、この統合的な波動が、生命体全体の機能と性質を体現するのよ。

 すると、これを別言すれば、生命体も、その本性は、無数の機能状態で構成される超越的な波動ということになるよ。生命体も、量子と同様、波動関数で表現されるものなのよ。

 すると、生命体も量子と言えるのよ。超巨大なバイオクワンタムなのよ。愚かなことに、あたし、バイオクワンタムのことはもう前に口を滑らせてしまいつけれど。ほんとは、最後の最後に華ばなしく種明かしをしたかりきのに。

 そして、さらに、細胞一個で構成される微生物のばあい、創発は恐らくそこで終了するけれど、そうでもない微生物や、大きな生物の組織や器官を構成する細胞のばあい、さらに、そういうものが無数に集まりて新たに一つの微生物や組織や器官を構成するので、そういうのてまさに量子と言えるのよ。それらて、生体組織の構成単位でありて、生体量子なわけなのよ。心臓や肝臓や筋肉の細胞とか、ニューロン(Neuron 神経細胞)とか、植物の細胞とか、キノコやカビの細胞て、みな、生体量子なわけなわけ。

 ただ、波動関数は複素数の関数なので、生命体の波動を見ることも決してできないけどね。波動関数が崩壊し、機能状態群が一つの状態に収束せし姿が見えるだけなのよ。ということは、二六時中収束していることになる。でもこれでいいんだろうな。超越的なものなので、表面的には収束していても、その本体は超越的な波動として常に振動しているのよ。

 そして、戻るけど、新規に出現せし統合的な動きて、ただの物質の寄せあつめには断じて果たせない能動的な動きなのよ。予測のできない動きなのよ。プロウグラムされていない動きなのよ。物理法則に違反して、エントゥロピの生成を減少させる動きなのよ。これを新たな機能ないし性質の創発と呼ばずして、なんて呼べばいいの?」

「さあね。でも、どうして、そういう風に思いたいわけ?」セァラが言いつ。

「なぜなら、そういう風に仮定しないことには、意識の発生の仕組みが説明できないのだから」

「おっと。じゃあ、青葉て、意識の発生の仕組みを説明するため、これまで、そういう無茶苦茶なことを言いつづけてきしわけなのね?」

「もちろんじゃん。これまで何回も漏らしているよ。でも仕方がないのよ。説明するには、どうしても仮説を積みあげていかなくてはいけないのだから。《千里の道も一歩より起こる》なのよ。


  小娘がそういう無茶苦茶ほざくのは意識を発生さすためなのじゃ


 だけど、あたしは、これまで、極力、物理性を遵守するかたちで、けっこう合理的で筋のとおりし推論をしてきている筈なのよ」

「推論? ほう。じゃあ、単細胞生物のばあい、そういうことになる根拠はなんなわけ?」

「それは、単細胞生物が生きているからなのよ。そして、単細胞生物て生きた統合体なのだから。物質の堅固な結合だけには限らずに、ジーノウム(Genome ひと揃いの染色体)を中心にして、物質群が、緊密に連携し、ひとつの統合体としての新たなまとまりを構成する生命体でも、性質の創発が起こるのよ」

「ふん」セァラは鼻で笑いつ。「そんなのでは受けいれがたいよ」

「生きているということは命を持ちているということであり、命を持ちているということは、すなわち、絶えまない呼吸によるエナァジの定常的で自律的な新陳代謝、つまり、エントゥロピの抹殺活動に、日び勤しみている、ということなのよ。なぜって、生命体という高い秩序の生産と維持に、ひねもす夜もすがら刻苦勉励しているからなわけ。つまり、エナァジ定常的自律的新陳代謝能力、つまり、エントゥロピの発生を定常的かつ自律的に減少させ続けていられる生物的な能力、ないし、生命体でのエントゥロピ生成の減少が、単細胞生物を構成する物質群に性質の創発を起こさせるのよ。

 すなわち、生体量子において、エナァジが定常的かつ自律的に消費されているていうのて、つまり、エナァジが自律的に新陳代謝されているていうのて、失われがちな生体組織すなわち統合機能波動という秩序が、つねに、自律的かつ微分的に修復され、再構築され、保守されているということ、と言えるのよ。創発が、常時、自律的かつ微分的に継続しているわけなわけ」

「ほう……」セァラは感心せしように言いつ。「そげなことまで考えていつの?」

「もちろんよ。しかも、エントゥロピの発生が低減化するというのは、きわめて稀有なことなのよ。つまり、エナァジの自律的な新陳代謝を果たせる物質組織が出現するていうのて、すごいレアァな椿事なのよ。だから、そういう物理現象が発生せしばあい、そこには、かならずや、創発も発生せずにはいないのよ。

 しかも、ここが大事なとこなのだけど、生物のばあい、創発により出現せし新規の統合的な機能波動が命をもつのよ。新規に出現せし生物全体の統合機能波動が、いのちを獲得し、その結果、意識というものに昇格するのよ。機能波動が物質の本体なのだから、物質が命をもてば、本体たる機能波動もいのちを獲得するのは、これはもう当然の成りゆきというものなのよ。

 すなわち、意識とは、緊密に連携してエントゥロピ削減作業を遂行せし物質群が機能と性質の創発をおこして生命体に昇進せしことの当然の結果として、やはり命を持つようになりし、生命体全体の統合機能波動のことなのよ。意識とは、ひと言で言えば、いのちを獲得せし物質機能と性質なのよ。創発後の命をおびし全体的な物質機能と性質、つまり、無数の機能状態で構成される超越的な波動、根本的には、大量の機能素すなわちエナァジの、いのちを獲得せし集合体が、あたしたちや動物たちの意識なわけなわけ。意識て、なんと、物質機能と性質が化けしもの、機能素が変身せしものなりきのよ。意識の正体て、究極的には、エナァジなのよ」

「ほう……」セァラはまた言いて、負けたような顔をしつ。

「て言うか、意識の正体がエナァジであるとまで言うてしまうと、逆に分かりにくくなるので、意識て命をもちし統合機能波動なのだ、というくらいに留めておくのがいいのだけれどね。

 でも、これで、もう、意識が発生する基本的な枠組は、ほぼ明らかになりぬのよ。つまり、いのちを獲得せし物質の統合的な物質機能と性質、ないし、生命体の統合機能波動が、意識に昇格するわけなわけ。意識開闢う!」

「ほう……」セァラはまたまた言いて、今度は呆れしような顔になりぬ。「そうね、エントゥロピの生成が減少して創発がおきるなら、物質機能と性質もいのちを帯びうる、というポシビリティはなきにしもあらず、と言うてもいいかも知んない蓋然性も、ないことはないかもね。そして、物質機能と性質がいのちを帯びれば、それが意識になる、ということなのかもね」

「そうでしょう? あたしとしては、原初の微生物や細胞のレヴェルの意識て、まだ明確な意識ではないので、意識素と呼ぶくらいに留めておくほうがいいのではなかろうか、と思うんだけど」

「意識素? ああ、いや、でもさ、そもそも、そういうことを言う以前に、意識がほんとにあれで開闢できつかどうかて、まだ分かんないじゃん。あんたが余りに立てつづけに立て板に水を流すようにものを言うので、あたしもついつい騙されて丸めこまれて畳みこまれてアファーマティヴな見解を述べてしまいつけれど、今や、むしろ、あんたのヴァァボウスな饒舌に体よく篭絡されてしまいしような気がするよ」

「そうなの?」

「そうだよ。あんたが何を言うたかて、今となりてはよく分かんないよ。さっぱり思いだせないよ」

「それはちょっと問題ね。なんて言うか、あたしも簡潔な説明ではなかりしような気はするけれど、でも、そもそも、意識の発生て説明しづらいのよ」

「いやいや、説明しづらいかどうかは分かんないよ。ただあんたがコンサイスな説明をしてないだけなのよ。ほんとに説明する積もりがあるなら、予めきちんとせしストーリを考えてタースに説明しないといけないのよ」

「だから、いのちを獲得せし物質機能や性質が意識に昇格するという話なのよ。そして、このことをすんなり納得してもらうため、事前にある程度のことは詳しく説明しつのよ」

「て言うか、いのちを獲得せし物質機能や性質が意識になるというのは、ひょっとすればそうかも知んないという気はするよ、あたしも。でもさ、そもそも、命を獲得するということの意味が、まだ少しも明解ではないのよ。命て、意識以上に掴みどころがないのよ。だから、青葉の主張には、根拠の面で大きな欠陥があるのよ」

「おっと。いやなことを言うじゃん、セァラて」

「でも、そうなのよ。生命て言葉て、自然科学的な説明にはみだりには使わないほうがいいのよ。生命とは、抽象度のきわめて高い抽象名詞なのよ。そして、生命の獲得とは、恐らく、なんらかの物理的な変化が生ぜしことの結果なのよ。だから、生命とは、生命に関係する色いろなことを説明せし結果として、どういうものかが分かるという、そういうものなのよ。さまざまな説明を総合することで、その姿が浮かびあがりてくるのよ。透明なものは見えないけれど、色を塗れば形くらいは分かるようになるのよ。だから命や生命てむしろ生命性と言うべきものなのよ」

「その通り。でも……」

「でも? でも、なに?」

「でも、生命と意識がフレンドゥリな関係にあるか否かはまだ定かではないが、大の仲良しのリレイションシプすなわち親密なフレンドゥシプにあることは強く推測されるのよ」

「ふん」セァラは鼻で笑いつ。「て言うか、いま、あたし、思いだしつよ。青葉て、いっとう最初に宣言しつじゃん、確か、精神性が生命の特徴なのだと、そして、移り気な能動性も特徴なのだと」

「うん」

「すると、いのちを獲得せし物質機能や性質が意識に昇格するていうのは、言葉を展開すると、気まぐれな能動性をそなえし精神性を獲得せし物質機能や性質が意識に昇格する、ということになるよ。でも、こんなの意味ねえじゃん。同語反復だよ。ヴィシャス サークルだよ。意識が開闢するわけねえじゃんよ。どうしてくれんのよ?」

「おっと。そげな事になるなど、夢にも思わなかりき。どうしよう?」

「どうしてくれんのよ?」

「さて、どうしよう? さて、まず、気まぐれな能動性をそなえし精神性て、意識発生のミションから見ての生命性なのよ。つまりさ、そもそも観点が順当ではなかりきのよ。だから、今のばあい、まえに沢山あげし生命性の特徴のうちで、生化学的な観点から見ての特徴を使わないといけないのよ。でも、それて、未熟者のアマチャァにはとても手が届かないので、物理学と統計力学の大局的な見地から見ての生命性の特徴を援用すればいいのよ。そして、場所は植物の種や微生物や細胞での呼吸と酸素消費プロセスだから、これは、すなわち、意識の開闢には、エントゥロピが深く与していることを意味しているのでR。まる」

「ふん」


「まず」青葉が言いつ。「物質機能や性質て、どこにそげなものがあるか、どうしてそげなものが物理的な実効性をおびて動作するのか、どうもよく分かんない、なんか妙なものだけど、この点では意識だてえらい妙なものなのよ」

「て言うかさ」セァラが言いつ。「なんでエントゥロピの話が急に物質機能や性質の話になるのよ?」

「いやいや、そう先を急がないで。《急いては事をし損ずる》、《急がば回れ》、《善は急げ》、《早起きは三文の得》、と言うよ。

 そして、また、物質では、物質の妙な機能や性質が物質の振舞のコーアァになりているのに対し、動物のばあい、意識という妙なものがその振舞の核になりているのよ。いや、自由意志があるかどうかて、まだ明確ではないけどね。それでも、こういう地味な観察を謙虚に評価して慎重な推論を大いに推し進めれば、物質の妙な機能や性質と動物の妙な意識て、きわめて似通いており、同質である、との判断結果が得られるのよ」

「ふん」

「すると、意識は生きているので、意識が生きているのは明白なので、なんとか遣りくり算段し、エントゥロピをして、物質機能や性質にふかく関与させしめることができさえすれば、物質機能や性質は間違いなく意識に昇格するであろう、という非常に確度のたかい推測結果が得られるのよ。ここに命が晴れて登場できるわけ」

「ほう」

「それに、物質機能や性質をして意識に昇格させしめられそうな原因て、他にはなーんも見当たらんのよ。それでも、呼吸と酸素消費プロセスが命の鍵なのはもう判明済なので、これで、めでたく、原初の生命体の統合機能波動が、いのちを獲得することで意識に昇格し、そして、生存のアフリクションの大海原にいやいや漕ぎだしてゆきぬことが、紛れもない事実なのだ、ということになりぬのよ。意識開闢う!」

「ああ、そうかね」

「そして、背景として、傍証として、物質には物質機能や性質しか具わりてはおらず、その機能や性質が物質の本体である、というのて、思考実験でもう証明済だし、この辺は『波動と粒子の二重性』にもちょうどうまい具合に対応してるのよ。そして、その結果、波動の面が物質機能や性質を体現する以外にはなかりきので、非常に好都合なりしわけなわけ」

「ふむ?」


    意識開闢(2回目)


「て言うかさ」絵理が言いつ。「セァラが言うたような事を、あたしも思うけど、青葉がいま言うてたことて、順序が逆転してると言うか、こまかな論理がもう入り乱れているとでも言うか、もううどん玉のようなものになりてしまいていつよ。だから、意識が発生するフレイムワークがどういうものなりきのか、いまだによく分かんないよ、あたし」

「うん、そうだよ」セァラも言いつ。「あたしも今だになんか変な気がするよ。ペテンにかけられてでもいるような、なんとも嫌あな気持ちだよ。なんか、青葉がこれまで言うてきしことて、こまかな論理が縺れに縺れて、いまや紛糾状態にある気がするよ」

「そうだよ」

「またまた嫌なことを言う、あんたたち」青葉が言いつ。「せっかく意識が開闢しつというのに」

「だから、今や」セァラが言いつ。「青葉にいくら喋らせても埒が明かないのよ。だから、これからは、あたしたちが、青葉をびしびし尋問し、ほんとに意識が開闢してたかどうかを細かく検証して、不備や欠陥をいっぱい見つけるほうがいいのよ」

「うん、そうだよ」絵理が言いつ。「そして、どうしようもない部分は、焼きを入れ、根性を叩きなおすほうがいいのよ」

「痛くも痒くもないけどね、あたしなど」青葉が言いつ。

「じゃあ、青葉」セァラが言いつ。「まず、論理の紛糾を解きほぐしてほしい」

「おっと。いきなり、なんて恐ろしいことを言うのよ、セァラ。そげなこと、できるわけねえじゃんよ。顎が出ちゃうよ、あたし。なんたて、あたしの頭のなかて、今や、うどん玉じょうたいなのだから」

「でもさ、論理を筋道だててきちんと組みなおさないことには、ほんとに意識が開闢してたかどうかて検証できねえじゃん」

「べつに無理して検証することはないのよ」

「じゃあ、それまでだよ。意識はまだ開闢してないことになるよ」

「そのとおり」絵理が言いつ。「一件落着。まる」

「いや、まあ」青葉が言いつ。「意識て、ほんとに、多岐の分野に鼻を突っこみているのよ。たとえば、存在論、論理学、物理学、宇宙論、宇宙物理学、量子論、量子力学、素粒子物理学、統計力学、熱力学、情報理論、化学、無機化学、有機化学、物理化学、高分子化学、生化学、生物学、遺伝学、分子生物学、材料科学、機械工学、生産管理、医学、神経学、脳神経学、認知科学。ちょいと挙げるだけで、もう、こないにあるのよ」

「へーえ」セァラが言いつ。

「そして、関係する論理が、複雑怪奇に絡みあい、乱れに乱れて、混沌状態にあり、情報が失われてしまいていて、今や、もう、エントゥロピ極大の熱力学的かつ熱的な平衡状態にあるのよ」

「それで?」

「それでも、あたしは、臥薪嘗胆して根拠をしっかり確立しつのよ。だから、これまであたしが言うてきし多岐にわたる根拠を客観的に受けとめ、地道に総合しさえすれば、そこでは意識がもう開闢してしまいていることが、心から納得されるはずなのよ。用心しいしい主体的に得心しなくてはいけないのよ」


「じゃあ、論理の道筋を整理するのは勘弁してあげる」セァラが言いつ。「その代わり、エントゥロピが関わることで意識が開闢することを、ごく簡潔に説明してほしい」

「なるほど。尤もなことだよ」青葉が言いつ。「じゃあ、ちょいとやりてみっか。て言うか、そう大袈裟に言うほどのことでもないけどね。

 じゃあ、単刀直入に言うよ。なんと、まあ、驚くなかれ、えらいこっちゃ、えらい驚くべきことに、今さっき言うたばかりの散逸構造が、意識発生の直接的な根拠なりきのよ」

「ええっ!」「ええっ!」絵理とセァラが声をあわせて歌うように言いつ。セァラがメゾソプラノウを担当し、絵理がソプラノウを担当する、ユーニゾンの二重唱なりき。

「うーん」ハミンしながら、ハモりつつ、暫しのあいだ、絵理とセァラは言葉もなかりき。

「でーさあ」青葉の言いしことを心のなかでしばらく反芻せしのちにセァラが言いつ。「散逸構造てなんなのさ。なんでそげなものが意識の根拠になるわけなわけ?」

「散逸構造のことは言うたばかりじゃん。でも、まあ、すこし復習するとすると、散逸構造て、熱的非平衡開放系におき形成されるのよ。そして、散逸構造では、外部とのあいだでエナァジと物質の定常的な交流があるのよ。このため、発生せし熱とエントゥロピが外部に定常的に排出されて、結果として、系全体のエントゥロピの生成が定常的に減少するのよ。これが『エントゥロピ生成最小原理』が意味するところなのよ。そして、系のエントゥロピ生成が減少するので、系を構成する物質たちて創発を起こさないではいられず、その結果、系全体の統合的な機能波動が出現するのよ。つまり、散逸構造では、かならず、ダイナミクな物理現象として、物理的で動的な秩序が形成されるのよ。こういうものなのよ」

「へーえ。じゃあ、どういうわけで、細胞が散逸構造だと言うわけ?」

「いやいや、それはもう明らかなのよ。生物がこぞりて非平衡開放系の散逸構造を形成しているのは、明白なことなのよ。細胞でのエントゥロピの収支の計算だて、頑張ればできるはずなのよ。あたしにはとても無理だけど。だれか証明してほしい」

「ふむ? じゃあ、それがどうしつわけ?」

「つまり、新規に出現せし統合的な機能波動が意識に昇格しているわけなのよ」

「あれ? なんか変だよ。なんで新規の波動が意識に昇格するわけ? ええ? いい加減なことを言うては、いかんじゃん」

「どういうこと?」青葉は面喰らいしように言いつ。

「つまりね、まず、少なくとも、エントゥロピが減少しつことの結果として、新規の統合波動が出現することくらいなら、認めてあげてもいいよ。でもさ、なんで、それが、また、同時に、意識に昇格もするのさ? 変じゃないの。欲張りすぎじゃないの」

「ええ?」

「つまりね、新規の波動て、エントゥロピ生成減少からの必然的な要請への応答として創発するのよ。すると、その時点で、創発の夢はもう叶えてあげてしまいしことになるわけ。だから、それがついでにまたドサクサに紛れて意識に昇格してしまうなどてこと、断じて許されることではないのよ」

「ふーん、そういうことなの?」青葉は不満げに言いつ。

「そうだよ」

「でもなんか変だよね。統合機能波動はその時点でもう絶対に意識に昇格していないといけないのよ。ほかには意識が出現できる場所がないのだから」

「ふん」

「ところでさ」絵理が言いつ。「竜巻とかのダイナモクワンタムて、散逸構造のことなりき?」

「まあ、そうだよね」青葉が言いつ。

「じゃあ、いまの話て、細胞のなかでは竜巻のようなダイナモクワンタムが創発する、ていうことなりきのではないの?」

「まあ、基本的にはそうだよ。でも、実際には、バイオクワンタムなのよ。ダイナモクワンタムの拡張版なのよ」

「どこが違うの?」

「生物版だということ。生命性を帯びているのよ」

「散逸構造では物理的な秩序が形成されるのではなかりきの?」

「そうだよ。つむじ風とか、トーネイドウとか、ベロウソフ ジャボティンスキー反応とか」

「そうすると、ダイナモクワンタムの散逸構造の段階で、もう欲張りな事になりているよ。なぜって、一方では、観測できない波動を創発させておきながら、他方では、竜巻とかの物理的な秩序も同時に形成してるんだから」

「ああ、そうだよ」セァラが言いつ。「そのことについては、さきほども少し話ししはずだよ」

「まあ、そうだけど」青葉がしぶしぶ言いつ。「ダイナモクワンタムて、率直に言えば、まだ仮想的なものであり、まだ実証されてはいないのよ。それで、ダイナモクワンタムて、ファンタシということになりぬのよ」

「駄目じゃんよ、そげなちゃらんぽらんなことでは」

「て言うかさ」青葉が言いつ。「いまは意識の創発のことを言うているのよ。バイオクワンタムのことを話しているのよ。だから、ダイナモクワンタムがどげに問題を抱えていようとも、それはここでは丸きり問題にはならんのよ。

 そして、しかも、プリーゴウジーン先生て、べつに、不可視の統合機能波動が創発するなどてこと、言うてはいないのよ。散逸構造での自己組織化では、物理的な秩序が形成される、とだけ、言いつのよ。それでノウベル賞を受賞しつのよ」

「へーえ。じゃあ、波動てどこから侵入してきつのよ?」

「もちろん、あたしが侵入させつのよ、甘言を弄して、丸めこみて」

「おっと。じゃあ、もうお陀仏じゃん、この話て」

「そうだよ」絵理が言いつ。「話になんないよ」

「て言うかさ」青葉が言いつ。「そうでもないけどね。なぜって、バイオクワンタムて、えらい珍妙なものだから。ダイナモクワンタムくらいで驚いてはいかんのよ。どげに途方もないもので有りえようとも、ダイナモクワンタムなど、精ぜいがとこ、根まわしのファンタシにすぎんのだから。ただ、まだ、否定されてはいないけど」

「じゃあ、どう珍妙なわけ?」

「うん、それなのだけど、生物の細胞では、散逸構造の効果としての物理的な秩序て、見掛けじょうでは形成されないのよ」

「ええ?」

「つまり、細胞のなかで竜巻が発生するわけではないわけなのよ」

「でもさ」セァラが言いつ。「細胞の物質て、秩序として形成されるのでしょう?」

「うん、そうだよ。細胞のなかでは微細な秩序がたくさん自動的に形成されるのよ」

「じゃあ、もう、散逸構造の効果がしっかり出てるてことじゃないの」

「うん、まあ、そういう風に解釈することも場合によりてはできないわけでもないけどね。でも、それらて、実は、自己組織化ではなく、準静的過程における自己集合として形成されるはずなのよ。原子や分子のあいだの短距離の化学反応により形成されるのよ」

「ええ? 細胞の物質て、準静的過程の産物なわけ?」

「うん、そのはずなのよ」

「へーえ、散逸構造のなかに準静的過程がたくさん含まれていて、そこでは自己集合により微細な生体物質が自動生成してるんだ?」

「うん、そうだよ。ただ、準静的過程と、わざわざ言うほどでもないかも知んないよ。DNAにプロウグラムされている化学反応が普通に進行するだけかも知んないよ。

 て言うか、準静的過程の産物なのかどうかて、実は、よく分かんないのよ、あたしには。あたしなどまだ町の物質研究家にしかすぎないからね」

「駄目じゃんよ、そげないい加減なことでは」

「でも、自己集合て、物質的な秩序が化学反応で形成されてしまうという、すこし毛色の変わりし、普通の化学反応なのよ。化学反応だから、地球上のどげな環境であろうとも、自動的に反応してしまうのよ。最低限の条件さえ満たされるなら。

 ということは、地球上て、大宇宙にむけて開かれている、非平衡開放系の散逸構造なのだ、ということになるよ。て言うか、地球の内部では核分裂により常に大量の熱が発生してるので、地球全体が散逸構造なのよ。

 すると、これて、大変なことだよ。さっきは、渦のことばかり気にしていて、ついつい見落としてしまいつけれど、仮にダイナモクワンタムの急場しのぎのファンタシを受けいれるとして、地球の全体が丸まる一個のダイナモクワンタムになりていて、そこには地球全体の統合機能波動が渦巻いているという、超びっくり仰天の理論的帰結が得られることになるのだから。しかも、理論上では、地球の二重スリトゥ実験さえ実施に移すことができることになるよ。Oh no! Oh my gosh!」

「て言うかさ、水を差すようでちょいと悪いけどね、それには、地球全体のエントゥロピ生成の減少に釣りあうような物質的な秩序が形成されているか否かが、条件になるんじゃないの?」

「ああ、そうね。あるのかな? あるかもね。シビエ寒気団の形成とか、ジェトゥ気流とか、熱帯性低気圧の発生とか、暖流とか、寒流とか、赤潮とか。じゃあ、さほど心配するほどでもないかもね。まあ、おなじだけど」

「かもね」

「そして、散逸構造やポリメロクワンタムやダイナモクワンタムやバイオクワンタムて、不純物を含有しててもいいのよ。なにしろ、巨視的なものだから。化学反応だて不純物を含有しててもいいし。反応が阻害されるけれどもね」

「ふーん」

「じゃあ」絵理が言いつ。「散逸構造による秩序て、必ずしも生成されなくてもいい、ということなのだ? オプションなのだ? 散逸構造のディスクレションなのだ?」

「うん、いや」青葉が言いつ。「いやいや、本当は、そげなちゃらんぽらんなことではいかんのよ。どうしてかと言えば、散逸構造によりエントゥロピ生成が減少するていうことて、情報量の増加を意味しており、そして、情報量の増加て、より高い秩序の形成を無理強いするものだから。だから、このゆえ、散逸構造では、その全体にわたり、広範囲に、かならず、より高い物理的秩序が形成されていなくてはいけないことに、なるのよ」

「でも形成されてない」

「そうなのよ。でも、そこが目玉なのよ。奥の手なのよ。トゥラムプなのよ。リゾートゥなのよ。最後の切り札なのよ。手前味噌なのよ。決定的なニティグリティなのよ。なんと、驚くなかれ、驚くまいことか、ゾウリムシさんにおいては、散逸構造によりその形成が無理強いされるところの秩序て、統合機能波動のことなのよ。ゾウリムシさんにては、統合機能波動の創発が、物理的な秩序の形成になるのよ。そして、ここで創発する統合機能波動が意識になりているのよ。意識て、散逸構造たる細胞で創発せし、完全に新規の統合機能波動なのよ。あたらしい物質なのよ。細胞全体が新しい物質なのよ。量子なのよ。バイオクワンタムなのよ。高次の物理的秩序なのよ。意識開闢う!」

「ええっ!」「ええっ!」セァラと絵理がびっくりせしように叫びつ。「まじかよ!」「まじかよ!」

「まじなのよ!」固い決意とともに青葉は大真面目に言いつ。

「青葉」セァラが言いつ。「あんた、今、いきなり言うたけど、それが意識の発生になるの?」

「そうだよ。散逸構造におけるより高い物理的秩序の形成は、運命的な決まりごとだから。そして、まさか、細胞内の精妙な空間で竜巻を起こすわけにもいかんじゃん。すると、散逸構造としては、是が非でも、細胞の構成要素たる様ざまな物質の波動をつかいて秩序を形成する他はないのよ。観測不可能な波動空間のなかで、その活路を開くしかないのよ」

「うむ」

「創発て、あたらしい性質が出現することだけど、意識が、細胞という新しい波動そのものなのよ。創発する統合機能波動は、もう、意識のさまざまな機能や性質を帯びてしまいているのよ。そういうものとして創発するのよ」

「それでも、細胞の実体空間では、各種の物質で構成される細胞の形態がしっかり温存されるんだ?」

「まあ、そうね」青葉が言いつ。「きっと、バイオクワンタムて、そういう珍妙なものなのよ。波動と粒子の二重性では、バイオクワンタムのレヴェルに達すると、そういうことも許されるのかも知んないよ、恐らく。とにかく波動て摩訶不思議で超越的なものだから」

「かもね」

「ただ、波動ではありても、巨視的な物理現象の常として、はかなさと減衰性は絶対的に運命づけられているのよ。だから短時間のうちに消滅してしまうわけ。それで、呼吸と酸素消費プロセスが果てしなく求められるわけなのよ。そして、波の重ねあわせの原理によりて、巨視的な波動すなわち意識がいつまでも持続するわけ、毎日めしを食べているかぎり」

「ふーん」

「そして、これは言うまでもないことだけど、でも極めて重要なことなので、老婆心ながら、言うておくよ。意識て、とても受けいれられないことかも知んないけれど、散逸構造の効果として発生するものなのよ。つまり、結果なのであり、受動的なものなのよ。これもピン留めしておかないといけないことなのよ」

「ほう、そうなのかね」

「でも恐れいりちゃうよ」絵理が言いつ。「そういうことになりていつなど」

「だから、珍妙なのよ、バイオクワンタムて。ひいては、生物が超珍妙なものなのよ。なんと、密かに、不可視の統合機能波動のなかで精神を発生させていつのだから。そないな所に精神が潜みていつのだから。こういう芸当て、ダイナモクワンタムには逆立ちしてもできないよ、いくら途方もないもので有りうるにしても」


「ひとつ訊いていい?」セァラが言いつ。

「うん」

「今更だけど、波動で物理現象が構成されるて、なんか変だよ」

「ああ、なるほど」

「物理現象て、ふつう、物質を要素として構成されるのだから、竜巻のように」

「うん、そうだよ。さりとも、前にあたしたちが話していしことが、卒然として、ここに登場してくるのよ。このユーニヴァースでは、エナァジと物質機能波動だけが実在なのだ、ということが」

「ああ、そういうこと」

「そうなのよ。機能状態て、超越的で観測不可能だけれど、それが物質のエセンスなのよ。そして、二重スリトゥ実験におき縞しま模様を形成することで明白に実証されているとおり、機能状態て、状態波動の段階でもう物理性を露わにしているのよ。すると、細胞の素材の物質たちの波動が、それらの超越的な波動からなる巨視的な物理現象としての細胞全体の統合機能波動をあらたに創発するとしても、なんら不思議はないのよね」

「ああ、そうね。むしろ、当然すぎるくらいかもね」

「うん」


「青葉て、前に」絵理が言いつ。「あたらしい物理法則のことを言うていつと思うけど、どういうものなりき?」

「ああ、あたらしい物理法則。たしか、物質のなかに精神性が発現するとか、気まぐれな能動性が具わるとかね。でも、こんなのは別に法則でもなんでもないよ。そんな風に見えるというだけだから」

「もう少しはっきりとは言えないの?」

「うむ……。そうね、散逸構造たる生命体では、散逸構造の効果として形成される動的な秩序として、統合機能波動が創発する、というくらいかな。ここで、創発せし統合機能波動は、生命体の体そのものであるが、意識という精神体になりている、と推測される、と付言することは、できるかも。

 つまり、散逸構造たる生命体の体は、精神性を獲得している完全に新規の物質なわけなのよ。バイオクワンタムなのよ。散逸構造が維持されている限り。散逸構造が終了すれば、物質の烏合の衆に戻りてしまうのよ」

「うむ」

「大したことは言えないよ。まるきり実証されてはいないから。ほぼ実証不可能なのだから」


「説明が必要なことて、ほかにも色いろある筈だよね?」セァラが言いつ。

「まあ、そうかもね」青葉が言いつ。「でも、そういうのはこれからボチボチだよ」


    精神開闢


「じゃあ、早速、ひとつ」絵理が言いつ。「つい今しがた、青葉によりて、細胞では、散逸構造の効果として発生する秩序として、細胞全体の統合機能波動があらたに創発し、それが意識になる、との予想が、立てられつよ。しかたないので、それは、当面、受けいれるとしても、でもさ、その波動が意識であるとは、まだ証明されてはいないのではないの?」

「ええ?」青葉が言いつ。

「そうじゃないの?」

「ああ、そうかも知んないね。丸きり証明されてはいないかも」

「どうするの? 少しくらいは説明しておかないと、まずいと思うけどね」

「まあ、そうだけど。じゃあ、どうしよう? 波動の部分は物理学のテリトーリだけれど、意識は、精神体だから、実質、もう物理学の手の届かないところにいるのよ」

「まあ、そうかもね」

「すると、できることと言えば、意識のまわりに根拠とヒントゥと傍証を目いっぱい積みあげて、水攻めと兵糧攻めにするくらいしか、ないかもね」

「ふむ?」

「そして、自分の意識というものを慎重に評価してみると、それは、絶対、精神体として脳のなかに発生していなければならないのよ。しかも、意識は細胞の段階でもう発生していなければならないのよ。これは致命的な運命なのよ」

「ふむ? じゃあ、結局、説明できないていうことなわけ?」

「うん、まあ、根本的には証明できないとは思うけど、傍証なんかを使いて多少の説明くらいならできるかも」

「じゃあ、早速、説明すればいいじゃないの」

「まあ、そうね。どう説明すればいいのかな?」

「思いつくことからでいいんじゃないの?」

「ああ、そうね。統合機能波動が意識であることを説明できるようなこと。なにかあるかな?」

「物質が」セァラが言いつ。「精神性を獲得することなんかで、説明できないの?」

「ああ、なるほど。それていいアイディヤかもね」

「さあね」

「物質が、精神性を獲得する。つまり、機能波動が精神性を獲得する。ああ、なるほど。このへんに説明のヒントゥが隠れていつのだ」

「どういうこと?」

「うん、つまり、意識を先験的なものと捉えるのではなく、物質が精神性を獲得すると、それが結果的に意識になりていつ、という方向で考えればいいのよ、きっと。て言うか、これが真相のはずなのよ。意識て、物質が精神性を獲得せし結果なわけなのよ。結果でしかないわけなのよ」

「ほう」

「すると、こういうことになるかも知んないな。

 すなわち、物質が精神性を獲得するとは、いかなることなのか? それは、すなわち、細胞の統合機能波動が、観念を能動的に操作できるようになることまでは意味はせずとも、少なくとも観念を受動的に認知できるようになることの、ことである。最低でもクワリアを感知できるようになることを、意味してOる。では、波動がクワリアを感知できるための要件は、なにか? それは、すなわち、波動が持続性と可変性を獲得することである。それはいかにして可能なのか? 波動が、軟質な波動、すなわち、巨視的な物理現象に、なればよい。ここで、細胞の波動はすでに巨視的な物理現象である。つまり、それは、すでに、時間の流れのなかにて持続性と可変性を獲得してOる。つまり、もう、持続しながら変化することができている。すなわち、細胞の波動は、いまや、クワリアすなわち観念を感知できている。といういことは、細胞の波動は、もう、とっくの昔に精神性を獲得してOる、ということなのでR。よりて、細胞の統合機能波動は、意識でR」

「おっとっと。またまた言葉の煙幕をはられて胡麻化されてしまいつよ。あんたの言うたことがもうみな左の耳から出てゆきてしまいつよ」

「それはあまりいいことではないよね」


「で、青葉」セァラが言いつ。「波動が持続性と可変性を獲得することが、クワリア感知の要件なのは、どういうわけで?」

「それは、もう、直感的にそう思うだけなのよ」青葉が言いつ。「明解な説明はできない気がするよ。まさに物質が精神性を獲得する最深部だから」

「でもさ、少しくらいは説明がないことには、とても納得できないよ」

「まあ、多少のことなら言えるかも知んないけどね。でも、都合のいいこじつけにしかなんない気がするよ」

「構わないよ」

「じゃあ、まあ、ちょいと言うてみっか。

 つまり、この物質世界に存在するのは、究極的にはエナァジと物質機能だけなのよ。でも、物質て、一般には、硬質の波動でありて、その特性は決して変化しないのよ。物質の波動の特性が変化するとは、物質の特性が変化することを意味してOる。そして、物質の特性が変化するとは、物質がべつの種類の物質に変身してしまう、ということである。このため、ただの物質の波動の基本特性て、迂闊には変化しないのよ」

「うむ。まあ、波動の特性が変化しないという点では、物質に可変性はない、とは言えるかも。でも、それらてさ、持続はしているのではないの、変化しないのだから?」

「うん、まあ、それはそうだけど。普通はそういう観点で考えるけれどもね。でも、その持続て、じつは、機能や性質そのものが単に存在しつづける、という意味の持続なのよ。コムピュータァのプロウグラムが改変されることなく同じ機能のままに存在しつづける、ような事なのよ」

「ああ、そういう事なのだ?」

「うん、そういう事なのよ。でも、あたしがここで言いたいことて、たんに機能や性質の存在が持続することでなく、機能や性質の動作が持続することなのよ。細胞では、統合波動に具わりている機能や性質の動作が完了するには、時間がかかるようになる、というような事なのよ。て言うか、時間がかかるというのて、正確ではなく、むしろ、肯定的な意味で、ある瞬間の動作の結果ないし効果がその後もしばらく有効になる、というような事なのよ。なぜって、細胞て、巨視的なものであり、素粒子とは異なり、無視できない体積があるからね。要するに、細胞では、なんらかの機能や性質の動きにたいし、残響や残像のようなものが発生するはずなのよ」

「ああ、そういう持続もあるんだ?」

「うん、ありうるのよ。たとえば、単細胞生物のゾウリムシの体のどこか一点に何かがトンと当たるとする。すると、それによる影響つまりエナァジ状態の変化て、普通の量子とは異なり、瞬時にディジタリに完了するわけでなく、たとえ短い時間であろうとも、時間をかけて周りに伝播してゆくはずなのよ。1ミリ秒(ms, millisecond)であろうとも、1ナノ秒(ns, nanosecond)であろうとも、1フェムト秒(fs, femtosecond)であろうとも。これて、静かな水面に小石を落とすと波紋が時間をかけて広がりてゆくようなものなのよ。そして、現象が終息し、全体がまた静かな状態にもどるには、つまり、フォースやエナァジが拡散し、系のエントゥロピが極大値に達するには、あるていどの時間がかかるのよ。巨視的な物理現象て、一般に、こういうものなのよ。巨視的な物理現象には残響や残像のようなものが伴わざるを得ないのでR、と言うべきかもね。こういうことて、巨視的な世界では当りまえのことだよ」

「まあ、そうかもね」

「そして、だいぶん前に苦心惨憺して発見せしことだけど、物質の基本機能にはエナァジ状態を検出できる機能が含まれているよ。エナァジ状態検出機能だよ」

「うん」

「そして、ここで、また、動作の持続のことに戻るとして、細胞とは異なり、ただの物質のばあい、検出機能は瞬時のディジタルな機能でありて、その動作は決して持続はしないのよ」

「ほう」

「なぜって、物質の最深部における相互作用て、速攻で完了させなくてはいけないものだから」

「ああ、前に聞きつかも」

「うん。それで、ただの物質では、エナァジ状態の変化の検出に時間をかけることはできないわけなのよ。ただの物質での検出動作て、決して持続してはいけないのよ、時間を必要とはしない無時間の機能なのよ。このため、検出せし変化の情報が、物理的な記録に残ることなく、即座に失われてしまうわけ。つまり、ただの物質て、じぶんの身におこる変化の検出の結果は決して記録はしないのよ。たとえ短い時間であろうともね。ただの物質て、記録機能は具えていないのよ。そして記憶はしないのよ」


「まあ、そうかもね」セァラが言いつ。「ただね、ここで少し疑義を呈させてもらうとすると、青葉が言いしことには混同がありし気がするよ」

「ええ? そうだけ?」青葉が言いつ。

「うん。物理現象と、それを検出する検出機能て、ぜんぜん別物なのよ。だから、巨視的な物理現象には時間がかかるかも知んないけれど、でも、それは、その物理現象を検出する検出機能にも時間がかかる、ということまでは、意味はしないはずなのよ」

「おお」

「だから、たとえ細胞の巨視的な統合波動であろうとも、検出機能のほうは瞬時のディジタルな機能に留まるのではないの? だから、エナァジ状態の変化には時間がかかるにしても、検出動作のがわでは、その間、統合波動によるディジタルな検出が果てしなく継起するだけなのではないの? それらの無数の検出が一つのものにまとまることはない、のではないの?」

「ああ、そうね。セァラの言うとおりかも知んないね」

「どうするの? それで構わないわけ?」

「うん、そうね。構うんだけど。でも、取りあえず、今の段階ではそういうことにしておくよ。細胞であろうとも、エナァジ状態の変化の検出は瞬時にディジタリに完了するのでありて、果てしなく継起する無数の検出が、時間の幅のある単一のものにまとまることはない、すなわち、検出動作が通時的な持続性を帯びることはないのでR、ということ。あとで、可能なら、修正するから」


「なるほど」絵理が言いつ。「で、次はどこへ行くの?」

「うん」青葉が言いつ。「次に行くとすれば、細胞の統合波動が可変性を獲得するあたりかな」

「なるほど。獲得するわけ?」

「これは、まあ、当然、可変性を獲得していると言わざるを得ないのよ。なにしろ、統合波動そのものが、つねに減衰しているからね。そして、次つぎに補充されてもいるのだから。細胞の散逸構造が維持される限りはね。つまり、細胞では、散逸構造の効果として新しい波が次つぎに創発してきて、波の重ねあわせの原理によりて、統合波動が断続的に補強されつづけているわけなのよ。すると、統合波動で体現される細胞全体の物質機能や性質も、しばしも休むことなく変化していることになるよ」

「変化する物質機能や性質て、どういうものなわけ?」

「詳しいことは分かんないよ。でも、それが、あたしたちの意識の根本要素つまりバイオクワンタムになりているいる筈なのよ。自分に訊いてみればいいのよ」

「片時も休まず変化しているという点では、矛盾はないかもね」

「ああ、そうだよ。それて大事なことだよ。だから、統合波動が可変性を獲得するていうのて、物質機能や性質にいのちを吹きこみ意識に昇格させるには不可欠のことなりきのよ。そして、物質機能や性質に可変性を獲得させるには、統合波動を巨視的で軟質の物理現象として形成する他はなかりきのよ。だから、変化できるということが、細胞の統合波動においては大きな意味を有しているのよ」

「どんな意味?」

「ざっくり言えば、統合波動で体現される物質機能や性質が意識に昇格するということ」

「どげな仕組みで?」

「それを、今、あたしたちは検討しているのよ。そして、さっきの検出機能の非持続性に関連づけて言えば、物質機能や性質の可変性が、検出機能に、動作の持続性をもたらしている可能性が高い、と考えられないでもないのよ」

「そうなわけ?」

「うん、まあ、この辺はよくは分からないのですよ、じつは」


「ちなみに、すこし脱線するけれど」青葉が言いつ。「ダイナミクな物理事象て、言葉による明解な説明を拒みている感じのものが多いのよ。事象がそうなる理屈はなんとなく分かる気はするけれど、そして、方程式も立てられていて、それはまず間違いなくその通りのはずだけど、でも、どうしてそうなるかを言葉で明解に簡潔に説明することが極めて困難なのよ」

「どげなもの?」絵理が浮かない顔で言いつ。

「たとえば、宇宙の遠方から遣りてくる光が、宇宙の膨張に引っぱられ赤方偏移(redshift)していることとかね」

「赤方偏移?」

「うん、膨張している宇宙に引っぱられ光も伸ばされて波長が長くなるらしいのよ。その結果、振動数が低くなり、色が赤色のほうに少しずれるらしいのよ。ドプラァ効果(Doppler effect)が働いているて言われるのよ」

「ああ、聞きしことがあるよ、ドプラァ効果て」絵理が嫌いや言いつ。

「うん。身近なもので言えば、救急車のサイレンとかジェトゥ機のエンジン音とかが、近づいてくる時には高くなり、離れてゆく時には低くなる、というような事があるよ」

「なるほど」

「でも、そうなる正確な理由て、言葉では簡潔には表現できないのよ。あたしにはとても無理だよ」

「例えばさ、音楽のライヴがあっじゃん」セァラが言いつ。

「うん」青葉が言いつ。

「ライヴでのドゥライヴ感のある演奏て、ジャンアを問わなく、いいと感じられるものが多いけど、演奏のドゥライヴ感て、いまのドプラァ効果に通じている感じがあるよ。なんとなく音が回転しているよう聞こえて、疑似的にドプラァ効果が出ているように感じられるわけ。

 音の回転と言えば、ロウタリ スピーカァとか、レスリーのスピーカァとか、ハモンドゥ オーガン(Hammond Organ)とか、電子オーガンとかがあるけれど、これらて、実際、ドプラァ効果を意図して作られているはずなのよ」

「ああ、そうかもね。間違いないよ」

「うん。で、それで?」

「うん。で、それで、ダイナミクな物理事象てじつは説明が難しいものなのだ、という話なのよ。しかも、今のばあい、物質が、精神性を鷲掴みにしようとして、もう、物理学の手から擦り抜けていこうとしている、まさに現場だから」

「ああ、ここで脱線が終わるわけね? それは結構」

「まあね。でも、なかなかドゥライヴ感がありきでしょう、今の話? 話がドプラァ効果を出しつつゴキゲンにうねりていつでしょう?」

「どうかな? ハウリンを起こしていつのではないの? で、それで?」


「なんの話をしてたんだけ?」青葉が言いつ。

「知らないよ」セァラが言いつ。

「統合波動の物質機能や性質が変化できるようになることで」絵理が言いつ。「エナァジ状態検出機能に動作の持続性が具わるのではないか、ということだよ」

「ああ、そうなりき。でも本当のところは分からないのよ」

「ひょいとすると、巨視的なものになりしからではないの?」

「うむ」

「つまりさ、細胞の統合波動て、巨視的なものであり、体積があるけれど、バイオクワンタムなのよ。なので、全体が一個のユーニークな存在になりているわけなのよ。そして、検出機能も全体で一個の機能になりているのよ。ここで、ゾウリムシの体のある一点になんらかの物理事象が発生するとする。すると、その影響によるエナァジ状態の変化て、時間をかけて周囲に伝播してゆくよ」

「うん」

「すると、その間じゅう、検出機能は、物理事象の発生地点でまだ振動している古い変化をふくめ、すべての変化を検出しつづけるのではないの? つまり、どの点の変化であろうとも、その変化はしばらく持続するので、その持続に引っぱられ、検出の動作も持続してしまうのではないの?」

「うん、面白い解釈だよ」

「うん、状況はよく分かりしけれど」セァラが言いつ。「でも、それでも、検出の動作はディジタルなままに留まるのではないの? 無数の点をふくむ立体的な検出は同時には行なわれるけれど、それでも、それらが、時間の流れのなかでも持続性を獲得する、とまでは、言えないのではないの? 恐らく、そのようにできるためには、なんらかの根拠が必要なのよ」

「うん、まあ、それもそうかもね」絵理が言いつ。「なんか残念」

「うん、惜しい」


「うん、でも、状況は確かに明確になりきよ」青葉が言いつ。「だから、これて、物理事象のがわに幾ら持続性を求めても駄目なのだ、という話だよ。検出主体のほうに動作の持続性が発生する何らかの原因を探さないといけないのよ」

「でもそげな都合のいいものは見当たらないじゃん」セァラが言いつ。

「だから」絵理が言いつ。「波動が巨視的なものになりしことが重要なのよ」

「そしてここに来つのよ」青葉が言いつ。「そして、検出動作に持続性を齎しうるものとして、統合波動の可変性が残りつのよ」

「検出動作の持続性て、具体的にはどういうものなりき?」

「うーんと、検出動作を速攻で完了させなくてもいい、というようなことだよ。時間がかかりてもいい、ということだよ」

「うむ。素粒子ではないので、それでもいいかも知んないね」

「うん、かもね。そして、別言すると、検出結果がしばらく残留するということだよ。検出結果の残響や残像がしばらく尾を引くということだよ。今回の検出動作を開始してから、検出途中の現在の瞬間にいたるまでの、全ての検出結果が、メモリ上にまだアクティヴに存在してるということだよ。言わば、すこし前の検出結果が波動のなかに暫く記録されるということだよ。検出動作に短期のリアルタイムな記録性が具わるということだよ。

 つまり、ここに、物理的な検出機能の動作に時間というものが関わりてくるのよ。ここで、物理的な検出機能が、時間の流れのなかにて持続的に動作できる能力を獲得するのよ。その結果、検出機能が感知能力に昇格するのよ。つまり、精神とは、時間の流れのなかにて持続的に動作できる能力を獲得せし物理的な検出機能のことなのよ。精神に、時間の流れて不可欠なのよ」

「なるほど。でもなんか分かりにくい。青葉て一度にあまりに沢山のことを言いつよ。つまり、要するに、検出動作の持続性て、より明確に言えば、検出動作による検出結果に持続性すなわち残響性が具わる、ということ、なのではないの?」

「ああ、そうだよ。絵理てなかなかいいことを言うじゃん」

「あんたが自分で言うたのよ。あたしは簡潔にまとめてあげしだけだよ」

「じゃあ、それで答えが出つということだよ。検出動作の持続性て、詳しくは、検出動作の結果がしばらく残留することを、意味していつのよ。そして、これが感覚の発生になるのよ。検出結果の残響が、感覚になるのよ。なぜって、検出結果が時間の流れに乗っかりきのだから。恐らく、検出結果が、時間の流れに乗っかれないうちて、残響が生じないので、感覚になりえないのよ。だけれど、検出結果が残響するようになると、そこで、物理的な検出機能が精神的な感知能力に昇格するのよ。そこに初めて感知が出現するのよ。なぜって、精神に時間の流れは不可欠だから。

 だから、検出結果の残響て、通信手段として、そとに広がる世界と意識を結びつけるものでもあるのよ。一種のメイルかメセジか信号のような役割を果たせるのよ。なんと、これが、物質が、物質性の五里霧中から抜けだし、世界に気づく第一歩になるわけなのよ。感覚開闢う! 感知開闢う! 理解開闢う! 精神開闢う!」

「ええっ!」「ええっ!」絵理とセァラがびっくりせしように又もや叫びつ。「まじかよ!」「まじかよ!」

「驚くのはまだ早いのよ」青葉が大真面目な顔で言いつ。

「なんで?」絵理が言いつ。

「なんの、これしき。ギョッとするような事がまだまだ掃いて捨てるほどあるのよ、意識にかんしては」

「へーえ。なんか楽しみ」

「そうだよ。大いに楽しみにしててよ」


「で、青葉」セァラが言いつ。「水を差すようで、ちょいと悪いけど、検出結果の残響が感覚になるのて、どういうわけで?」

「て言うか、いま説明しつじゃん」

「そうかな? まあ、だいぶんいいところまでは突入してゆきぬ、とは思うけどね。でも説明はひと言もなかりきじゃん。いきなり感覚が開闢してしまいつじゃん」

「検出結果が時間の流れに乗っかりきから、と言いつじゃん」

「そんなの、説得力が全然ねえびゃん」

「でも、セァラの言うのて、電気がどうしてビリビリ感じられるのか、を、問いただしているようなものなのよ。そんなの説明できるわけねえびゃんよ、根本的に」

「いーや、今まさにそれを解明しようとしているのよ、あたしたちは。つまり、あたしたち、とうとうそれが説明できる地点まで登りつめつのよ。説明しなさいよ、頑張りて」

「だから、あたしたち、まさに感覚が開闢する寸前まで現象を掘りさげつのだから、これくらいでいいのよ。あとは、もう、これまでの解明と説明を素直に受けいれるかどうかを、自分で決めるだけなのよ」


「いいんや、納得できまへん」セァラが言いつ。「じゃあ、言うけどさ、検出結果てなんなのさ?」

「おっと……」青葉が言いつ。

「そげな都合のいいものがどこにあるのよ? ええ? いつしか紛れこみていつけどね」

「うむ……」

「どこにあるわけ?」

「はて……」

「どこにあるの?」

「そうね……、エナァジ状態ないしエナァジ状態の変化を、統合波動の検出機能が常にモニタァしているとすると、検出結果て絶対に得られなくてはいけないのよ。それが具体的にはどういうものかは、丸きり分かんないけどね」

「ふむ? て言うか、エナァジ状態の変化そのものが検出結果である、と考えることもできるのではないの?」

「うむ。まあ、こういうのて巨視的な解釈にすぎないので、あまり深入りしたくはないけれど、エナァジ状態の変化という物質はないのよ。あるのは、あくまで、エナァジ状態なのよ。そして、統合波動で検出されているのて、エナァジ状態の値なのかも知んないよ」

「値? ふむ? それで、検出結果は?」

「兎に角、検出結果がどういうものかは今はまだ分からないにせよ、エナァジ状態が変化することで、なんらかの物理的な変化が、統合波動のなかには絶対に齎されないではいないのよ。波動が凹むとかね。兎に角、エナァジが引っついたり剥がれたりすることて、波動にとりては間違いなく変化になるからね。そして、最終的に、その自分のなかに齎されし何らかの変化が、統合波動に実装されている検出機能によりて検出されるのよ。なぜって、物理事象て、直接に検出することはできなく、それにより引きおこされる自分のうちの何らかの変化を通して間接的に推測する他はないものだから」

「ああ、自己変化と推測のことがありきのだ? それで、エナァジ状態の変化が検出されるには、統合波動のなかに何らかの物理的な変化が他律的に齎されないではいないことに、なるわけだ? そして、それが、検出結果なわけだ?」

「まあ、そうね。検出結果て、自分のなかに生じる、検出対象の写像なのよ。具体的なことは分かんないけれどもね。比喩的に言えば、統合波動のなかに1ワードゥの変数領域が用意されていて、エナァジが引っついたり剥がれたりすることで、そこにエナァジ状態の現在の値が時々刻々書きこまれる、とかね。これも写像だよ。だから、エナァジ状態が変化すると、過去の値て、最新の値でうわ書きされてしまうのよ。変化しなければ、変わんないけどね。でも、変わんないにしても、それは常に現在の値を示しているのよ。以前の値の記録では決してないのよ」


「なるほど」セァラが言いつ。「じゃあ、これで、エナァジの着脱の影響がなんらかの形で統合波動のなかに生じるだろうことは、おおよそは確認できしわけだ。めでたし、めでたし。けどさ、肝心の、残響が生じることと、それが感覚になることが、まだ残りているのではないの?」

「かも知んないね」青葉が言いつ。

「最後の大詰めじゃないの」

「でも、あたしは、もう、うんざりしてきつよ、こげな分からない部分のことなんか。言葉で憶測するしかないのだから。もう勘弁してほしい」

「まあ、まあ、そう言わないで。折角ここまで来つのだから。言葉で憶測するしかないにせよ、その憶測を、できるだけ事実に沿いし正確なものにしてゆけばいいのよ。だから、是非とも説明すべきなのよ、こじつけでも、ごり押しでも、詭弁でも、歪曲でも、捏造でも、なんでもいいからさ」

「今やとことん追いつめつので、後はもう強弁するだけだよ、これがそれになるんだと」

「じゃあ、やればいいよ、すぐに、忘れないうちに」

「じゃあ、やっか。しょうがねえ。

 まず、細胞の統合波動て、巨視的な物理現象なのよ。なので、時間の関数であり、時間の影響をうけて変化するのよ。だから、仮に、統合波動が式で表現できるとすると、その式には、可変のパラミタァとして時間が含まれるのよ。すると、統合波動をWで表現するとして、その式は、簡単には、W = f(t)、ということになるよ。

 そして、統合波動で体現されるエナァジ状態検出機能や性質も、時間の関数になり、時間の影響を受けるのよ。だから、性質をPで、検出機能をDで表わすとすると、それらの式も、P = f(t)、D = f(t)、ということになるよ。

 そして、検出機能で検出される検出結果は、当然、検出機能の影響を受けるけど、エナァジ状態にも影響を受けるのよ。それで、検出結果をOで、そして、エナァジ状態をeで表わすとして、検出結果の式は、O = f(e, D) = f(e, f(t))、ということになるよ。ここで、エナァジ状態eが時間の関数であろうとなかろうと、それはどちらでも構わないのよ。なぜって、少なくとも検出機能Dが時間の関数になりているからね。て言うか、エナァジ状態は明らかに時間の関数だけれどね」

「ほう、ついに式が登場せしか。まあ、でも、そういう風に式で簡潔に表現されると、検出結果も時間の関数であることは、認めざるを得んかもね」

「こんなの、少しも式とは言えないほどの式だよ。でも、直感的に分かるよ、式で表現すると、検出結果が時間の関数であることが。つまり、検出結果Oて、間違いなく、時間の関数であり、時間の影響をうけるのよ。それで、時間の流れに乗っかり、未来のほうに流れてゆくのよ。つまり、検出結果Oて、検出機能Dの時間依存性に引きずられ、いやでも時間の流れのなかに伸びていかざるを得ないわけ。それが短期の記録になるのよ。

 ただの物質であれば、エナァジ状態の検出は速攻で完了するので、検出結果も、瞬時のディジタルなものに留まり、検出と同時に即座に消失するのよ。そして、物理的な記録にはならないのよ。でも、細胞の統合波動では、検出結果も、持続して、記録になるのよ」

「うむ。記録が登場するわけだ。短時間であろうとも検出結果が持続するのであれば、そのかんは記録が生じている、と言うていいのかな? よく分かんないな。わざわざ記録と言うほどでもない気がするけどね」

「まあね。でも、比喩的には、こういう風にも言えるかも知んないよ。検出動作て、本来的に、ほぼ無時間のうちに完了するのよ。だけれど、細胞のばあい、完了する以前に、検出機能そのものが変化してしまうので、あるいは、検出機能が時々刻々と変化しているゆえに、つまり、検出機能そのものが不安定になるので、統合波動が検出動作を速攻で完了したくとも、それができないのよ。そして、検出が不完全なままに、動作がずるずる間延びしてしまい、その結果、検出結果も引きずられて時間の流れのなかに伸びしものにならざるを得ないのよ。恐らく、こういうことなのよ」


「ふーん」絵理が言いつ。「で、その持続する検出結果が残響になるんだろうとは思うけど、でも隔たりはまだまだ遠いよね。て言うか、ほとんど前進していないよ。持続する検出結果て物理的なものだけど、残響てむしろ精神的なものなのよ。だから、そこには、間延びする検出結果を残響として聴くことができる精神的な主体が必要なのよ」

「おっと。また主体のことに戻りてきつのだ?」青葉が言いつ。「やれんのう」

「検出の主体はもちろん統合波動ないしエナァジ状態検出機能だけど、それが精神性を獲得することを説明しないといけないのよ」

「難儀な話やなあ」

「精神性て、どういうものなわけ?」

「それて、光をまぶしいと感じるあたしが、どうして精神体になりているか、を、説明するようなものだよ」

「精神性て」セァラが言いつ。「巨視的にはまあまあ説明できるんだろうけれど、そんなの、今はなんの役にも立たないよ。精神の発生を、まさに、物理的に、即物的に、微視的に説明しないと、いけないのよ」

「なぜあたしが熱を熱いと感じるか?」青葉が言いつ。「ちなみにさ、またまた脱線するけれど、例えば、PCのキーボードゥでは、文字を入力するには、ほんの短い時間ではありても、キーをある程度の時間のあいだ押しつづける必要があるのよ。さもないと、入力が検出されないのよ」

「ああ、そうなんだ?」

「うん、そうらしいのよ。例えば、『a』という文字を入力するにせよ、入力が規定の時間より短いと、無視されちゃうらしいのよ」

「へーえ」

「スマートゥフォウンなんかでも、そうだよ。タプが無視されちゃうことて、けっこう多いよ」

「ああ、そう言えば、そうね。あたしなど、いつも無視されているよ。せっかちだから」

「うん、あたしもだよ」

「ああ、あたしもだよ」絵理が言いつ。

「それで」青葉が言いつ。「巨視的な世界では、技術的に言うて、なにかを検出するには、その検出対象が時間の流れに乗っかりている必要があるのよ。素粒子での検出のように、検出対象が無時間のものだと、それがどげに果てしなく生起しようと、決して検出には引っかからないのよ」


「て言うか、たいへん気の毒とは思うけど」セァラが言いつ。「検討対象がまた客体のほうに逸れてしまいつよ。検出主体であるエナァジ状態検出機能が時間の流れのなかで持続するのは、どうして?」

「そうりゃ、エナァジ状態検出機能そのものが」青葉が言いつ。「巨視的な物理現象として創発していて、時間の関数になりているからだよ。これしかないよ。

 例えば、検出機能の式のD = f(t)をグラフにプロトゥしてみるとする。そして、どげな曲線になるかは分かんないけれど、それを、微分か積分のように、たくさんの微小な区間に区切り、その一つの区間に注目するとする。すると、その区間の入口と出口では、検出機能そのものの値が微妙に異ならざるを得ないことになる。なにしろ、検出機能の処理アルゴリズムが不安定になり、揺らいでいて、信頼性に乏しくなるからね。

 さりとも、出口での値て、入口での値がありてこそのものなのよ。出口での値がいきなり出現するわけではないわけなのよ。すこし前の入口での値がありて、それを引きずるからこそ、出口での値が導かれるのよ」

「ふむ? なんか分からんことを。でもさ、べつに前の値がなくても、式に具体的な時刻を代入すれば、どげな時刻の機能値だて即座に計算できるじゃないの。前の値は必要ないのよ」

「うむ。でも、それは計算の世界の話でありて、あたしは具体的な現象の世界のことを言うているのよ。そして、物理現象の世界では、現在の状況て、絶対、以前の状況を引きずらないでは出現できないのよ。つまり、基本相互作用に巻きこまれし二つの量子て、離れ離れになりし後も、過去にそういう物理事象に巻きこまれつという履歴とリレイションシプをいつまでもずるずる引きずり続けるわけなのよ。つまり、物理世界では、現在の状況は、かならず、以前の状況と、時間の流れのなかにて強く繋がりている、ということなわけ。

 すなわち、生物の統合波動では、エナァジ状態検出機能て、のっけの始めから、持続性を帯びているのよ。最初から、通時的な持続性を帯びている検出主体として創発するのよ。それで、まのびする検出結果を残響として聴くことができるのよ。それが精神なのよ。物質て、ここで精神性を獲得するのよ。精神開闢う!」

「おお? そげな程度のことで精神が開闢するわけ?」

「いやいや、これは大変なことなのよ。統合波動て、こういう状況を形成することで初めて精神に昇格できつのよ。えらい難儀な道のりなりきのよ。精神開闢う!」


「じゃあさ、残響として聴けるのは、どうして?」

「最後の部分は説明できないよ。赤色の振動数の光が赤く感じられることが説明できないのと、同じだよ」

「じゃあ、結局、説明できないていうこと?」

「そうだよ、説明できないのよ。個々の感覚は先験的には定義できないし、精神も先験的に定義することはできないのよ。どげなものでも定義できると思うなど、傲慢すぎるのよ。精神などていうものは、できるかぎり物理的に解明はするとして、最後は、これこれこういうことなので、それでクウェイルが生じる、それで精神が出現する、と、潔く察しをつけるしかないものなのよ。精神て結果なわけなのよ」


「出現せし精神は何をするわけ?」

「なにもしないのよ。精神て空ぽなのよ。ぐうぐうお休みちゅうなのよ。なぜって、物質て、とことん受動的なものだから。だから、空であることが、精神の本質なわけなわけ。

 そして、じぶんの体のどこかで物理事象に起因するエナァジ状態の変化が他律的に生じて、初めて、持続する検出結果が残響として齎されるのよ。それがクウェイルのことなのよ。クウェイルも時間の関数であり、クウェイルが感じられるためには、検出結果が時間の流れに乗っかることが欠かせないのよ。そして、すやすやお休みちゅうでありし細胞の統合波動て、クウェイルによりビリビリ刺激されて、初めて、精神として目覚めるわけなのよ。そして、即座に理解するわけなのよ。クウェイル開闢う! 精神開闢う! 理解開闢う!」

「ぎょええ!」「ぎょええ!」絵理とセァラが同時に叫びつ。

「どう? 驚きつでしょう?」

「まあね、少しはね」絵理が言いつ。

「でも、これで終わりと思いたら大間違いなのよ、まだまだお楽しみはいっぱいあるんだから」


「精神て、空なわけ?」セァラが言いつ。

「そうだよ。ようやく分かりつよ」青葉が言いつ。

「まあ、これまでの話で、なんとなくそういう気はしていつけれどもね」

「うん。意識て、波動で体現されるものであり、物理的な存在ではあるが、観念に関しては空ぽなのよ。意識て観念の容れものなのよ。または、クワリアが照明をあび華ばなしく演技するための舞台のようなものなのよ」

「かも知んないね」

「うん。あるいは、なにも書かれていない紙やノウトゥや本のようなものだよ。または、動きがあるという点では、意識の本性て、いま、現在は、処理対象の入力が入りておらず、なんの処理もしていず、アイドゥル状態にある、機械や装置やエンジンのようなものだよ。原動機なのよ。処理能力なのよ。処理アルゴリズムなのよ。プロセスなのよ」

「そして、物理的な相互作用によるクウェイルつまり観念が生じて、初めて、いま現在はそういう観念を保持する精神として立ちあがるわけだ? すると、精神て、意識と観念を単純に加算せしものになるかもね。すなわち、精神 = 意識 + 観念 なのでR」

「うん、そうだよ。そして、クウェイルを組みあわせれば、理論的には、どげな観念でも体現できるはずなのよ。それで、あたしたちの意識て、のべつ幕なしに変化しているわけなのよ」

「うむ」

「そして、また、意識は、空ぽの容れものではあるが、しかし、細胞や脳という物質を基盤として発生するので、その動作特性、つまり処理アルゴリズムは、ほぼプロウグラミン済と言えるのよ。意識て関数なのよ。意識て、言わば、自分自身の感じかたや考えかたなのよ。それで、入力に対してどういう出力つまり応答が現われるかは、個体個体によりて著しく異なりているのよ。応答を現わすのは、脳という物質なのだから。ニューロン網にプロウグラムされし仕組みなのだから。意識という関数なのだから。

 脳のニューロン網につき言えば、意識は空ぽの容れものではあるが、観念処理の枠組ないしアルゴリズムはニューロン網という物質に実装されるので、容れもののなかにどういう観念が出力されて、意識が全体としてどういう精神として現われるかは、おおよそ決定済なのよ。それでも、脳は可塑的で、ニューロン網は変化するので、観念処理アルゴリズムも少しずつ変化する、とは言えるけれどもね。

 空だというのは、物理事象が発生しないうちて、まだクワリアが出力されてはいない容れものとして空なのだ、というくらいの意味なのよ。容れものそのもの、つまり精神の枠組は、ニューロン網として、個体ごとにしっかり構築されるのよ。それで、人は千差万別で、どげなタイプの人もいるのよ」


「そして、もう一つ」青葉が言いつ。「こういう風にクウェイルが持続的に感知されるていうことて、そこに短期記憶が芽生えるということ、とも言えるのよ。記憶も、エイ プライオーライに定義できるようなものでは決してなくて、エナァジ状態の変化の検出結果がクウェイルとして感知されるようになりしことの成果として出現するのよ。短時間ではありても、なんらかのクウェイルが持続的に感知されているあいだ、その感知が短期記憶になるのよ。記憶てこういうものなのよ。クウェイル感知が記憶なのよ。記憶開闢う!」

「ふむふむ?」絵理が言いつ。「なんか、また、分かるような、分からないような。記憶て、呼びおこされるものなのではないの?」

「まあ、そういう風にも言えるけれどもね。でも、厳密に突きつめてゆくと、呼びおこされるものて、むしろ、物質的な記録と位置づけるほうがいいかも知んないよ。そして、呼びおこされて、波動のエナァジ状態検出機能にリアルタイムに感知されるアクティヴで通時的な検出結果、すなわち、クウェイルのほうをこそ、記憶と見なすほうがいいのよ」

「へーえ。でも、それて、記憶ないし記録の、メモリまたはCPUへの呼びだし、と言うべきと、思うけれどもね。じゃあさ、脳での長期記憶て、どういうものになるわけ?」

「ああ、脳での長期記憶て、まさに今の話にぴたりだよ。ニューロン網に記憶される長期記憶て、まさに物質的な記録なのよ。そして、関係するニューロン群が発火することで呼びおこされて、メモリまたはCPUたる主観の意識にリアルタイムの変化が生じて、初めて、主観の波動のなかにアクティヴな記憶が想起されることに、なるのよ。ただ、なにかがニューロン網に記録されて再生される部分の仕組みて、さっぱり分かんないけどね。ひょいとすると、脳神経学でもうかなりのことが解明されているかも知んないけれどもね」

「ほう」


「それで、くどいかも知んないけれど」青葉が言いつ。「こういうことて言葉ではとても説明しづらいことなので、すこし簡潔に整理しておきたいよ。

 まず、下位の物質のレヴェルで、エナァジ状態検出機能は、じぶんのエナァジ状態をまさに物質的に機械的に検出するだけなのよ。だから、物質の波動に感覚や理解や精神は生じないのよ。

 しかるに、細胞の意識のなかでは、それが巨視的な物理現象であるゆえに、エナァジ状態の検出結果が、残響し、短期記録になるのよ。そして、その瞬間に、その短期記録が、細胞の統合波動に検出されるのよ。そして、この時の検出のされ方が、クウェイルなわけなのよ。クウェイルて、短期記録として残響しているエナァジ状態の物理的な検出結果が、細胞の統合波動に検出されるさいの、木目や感触や手ざわりのようなものなわけ。そして、統合波動にクウェイルが検出されているあいだ、そのクウェイルの継続的な検出が短期記憶になるのよ。こういうことが、細胞の統合波動に認知能力や理解が発生するということの本質なわけ。この点で、この瞬間に、細胞の統合波動が認知主体になるのよ。認知開闢う! 理解開闢う!」


「ところでさ」セァラが言いつ。「検出結果を時間軸にそいてグラフにプロトゥして、それを積分するというのも、あるんじゃない?」

「へーえ」青葉が言いつ。

「プロトゥを積分すると、けっこうな量の面積か体積が得られるだろうとあたしは思うけど、その量や形が、生物のエナァジ状態検出機能にクウェイル感覚をもたらすと、こじつけることもできるよ」

「ああ、なるほど。そうだよ、恐らく」

「まず、ただの物質でのように、検出結果が無時間のディジタルなものだと、面積は出ないのよ。だから、ただの物質では、根本的に、無味乾燥な検出結果以上のものは現われないわけ。

 でも、検出が規定の時間を満たすことに対応させて、プロトゥを積分すると、そこには時間という次元が一つ追加されし新しい単位の物理量が出現するのよ。完全に新しい物理量なのよ。ただの物質では逆立ちしても編みだせない物理量なのよ。

 ただ、積分操作て、なんとなく意図的なものとも言えるので、もしも積分したければ、そうしても宜しい、というオプションの操作として位置づけられている可能性があるよ。すると、今度は、だれが積分することを選択するか、という問いも頭をもたげてくる可能性があるけれど、別に心配いらないのよ。積分操作て、誰かにより意図的に遂行されるようなものでなく、エナァジ状態検出機能により自動的に遂行されてしまうのよ。元もと、積分操作て、自動的な動きとして、エナァジ状態検出機能に組みこまれている筈なのよ。

 そして、積分により得られる新しい単位の物理量の本質は検出の結果だから、必然的に、その積分で得られし検出結果て、あたらしい感覚を齎さないではいないのよ。それを感じる統合波動にとりて、新規の感覚として感じられないではいないのよ。これがクウェイルのことなのよ。

 そして、こういう風にきちんと推論を進めると、精神的なクワリアを物理量として扱うことができるようになるのよ。クワリア開闢う!」

「なんと!」青葉がびっくりせしように言いつ。「それてえらいいいアイディヤじゃないの。クワリアが物理量として扱えるのだから。それて、精神が物理学の射程内にはいる、ということだよ。えらいこっちゃ。世のなか、ひっくりかえるよ。精神開闢う!」

「すげえごり押しじゃないの、それて」絵理が言いつ。

「いやいや、まだ緒に就きしばかりだよ」セァラが言いつ。

「参りつ、参りつ」

「ちなみにさ」青葉が言いつ。「クウェイルて観念なので、クウェイルが発生するていうのて、そこに観念が出現するということでもあるよ。観念開闢う!」

「…………」


「そして、こういう次第で」青葉が言いつ。「精神の出現て、微生物や細胞の統合機能波動が巨視的な波動として形成されることの単なる結果なわけなのよ」

「ええ? 精神てただの結果なの?」絵理が愕然として言いつ。

「そうだよ」青葉が言いつ。「ここまでの推測によれば、そういうことになるよ」

「ふーん。信じらんないよ、精神がただの結果だなんて」

「まあ、確かに信じらんないけどね。でも、逆に、これで、胸のつかえが取れし感じになるよ」

「どういうこと?」

「うん。そもそも、精神て、なんか変なのよ。そういう高級なものがこの物質世界にただで存在するていうのて、どうも釈然としないものがあるのよ。えらいインチキ臭いのよ」

「そうかな?」

「そうだよ。うまくは説明できないけれど、堅固な石の存在が不条理に感じられるのと、同じようなことなのよ。無が存在しないにしても、精神などて高級なものがいきなり存在してるていうのて、有りえないのよ。それで、物理的な相互作用の結果として発生しつ、というのであれば、問題なくなるわけなわけ」

「うむ」

「だから、精神が物理的な相互作用の結果として芽生えつというのて、望ましいことなのよ。細胞の統合波動が巨視的な物理現象として創発するゆえ、そこに精神性がにじみでてくるのだから。これでこそ、自然と感じられ、気持ちが落ちつくのよ」

「まあね。そういうことなら、ケチをつけたい気持ちもなくなるよ。精神性が自然な相互作用の結果として芽生えるていうのて、いいことだよ」

「うん。そして、細胞の統合波動て、恐らく、こういうものなのよ。物理事象の発生に起因して生じるエナァジ状態の変化を検出せし結果が、時間の次元のなかにて暫く持続する、残響になる、という、そういう性質のものとして、創発するのよ。巨視的なものだから。

 すると、そうすると、相互作用によるエナァジ状態変化の検出結果が時間の次元を獲得し新しい物理量になることが、バイオクワンタムの重要な性質なのかも知んないよ。バイオクワンタムが、自分でクウェイル感知能力と短期記憶能力を獲得し、精神に昇格できるように。これが、精神性の本質なのかも知んないよ」

「ああ、そうなりきかね」

「うん。そして、これで、めでたく、物質が精神性を獲得できしことになるよ。これでめでたく物質が意識に昇格できつのよ。えらい難儀な道のりなりきよ。ドロドロの底なし沼なりきよ」

「ああ、そう」


「ちなみに、物質の相互作用て、物質たちが、お互いに、『あんた、あんたの状態をちょっと変化させなさい』という指示を取り交わしている、そういう情報を交換しあいている、とも解釈できないでもないけれど、でも、これは交換なので、その場全体のエントゥロピが減少しているとまでは言えないかも知んないよ。

 しかし、変化が暫しのあいだクウェイルや短期記憶という超高級な情報に昇格するとすると、そのかんは全体のエントゥロピ生成が減少すると解釈してもいいかも知んないよ。すぐに減衰し、またエントゥロピは増えちゃうけれどもね。

 でも、ここには、どういうものを情報と位置づけるのか、という根本的なイシューが横たわりているよ」

「ふーん」

「そして、これもくどいかも知んないけれど、ここまでの慎重な推論を謙虚に受けとめるとすると、感覚や感知や精神やクウェイルや短期記憶や観念や理解て、細胞が、散逸構造を形成する効果として、巨視的なバイオクワンタムに昇格することの、結果として出現するものなのだ、という、つまり、現実的な相互作用の結果にすぎないという、超びっくり仰天の理論的帰結が、得られるわけなのよ。

 だから、それらや意識て、その実体は、物理的なものなのでR、とも言えるよ。波動と粒子の二重性から言えば、当然だけれどね。

 こういうことにも、ディープ ピンクの付箋紙を貼りておかないといけないよ」


    認知科学におけるその他の問題


「ついでに、もう一つ」青葉が言いつ。「ここらへんまでの議論で、『意識のハードゥ プロブレム』(hard problem of consciousness)ていう、認知科学(cognitive science)の世界で問題にされていることについての、暫定的な答えが、ひとつ、出しはずなのよ」

「ほう」セァラが言いつ。「そのプロブレムて、どういうものなわけ?」

「うん。物質や脳から、どげな風にしてクワリアや意識が生まれるか? という難しい問題。オーストゥレイリヤ(Australia)の哲学者で認知科学者であるデイヴィドゥ チャーマァズ先生(David John Chalmers)が提唱せし概念なのよ」

「ああ、そういうこと。まあ、そうね、その場しのぎの答えとしては、一つは出つかもね」

「他にもまだあるらしいのだけど」

「たとえば?」

「うん。自由意志のこととか、物質と意識のあいだの相互作用のこととか、いろいろ。て言うか、問題は別べつではないのよね。たがいに強い関係あるのよ」

「ああ、そう」


「ちなみに」青葉が言いつ。「認知科学の世界には、性質二元論(Property dualism)ていう立場があるよ。この物理世界には究極的には一種類のものだけが存在するが、それが物理的な性質と心的な性質の二つを併せもちている、とする考えらしいのよ」

「ふむ?」セァラが言いつ。

「究極的な存在と言えば、エナァジがそれに当たるけど、エナァジが心的な性質を持ちているなど、あたしにはとても考えられないよ。雪が降るよ。世界が引っくり返りてしまうよ」

「それで?」

「それで、ただ、これて、命名があまり宜しくないという印象あるのよ。変更すれば、もう少し良くなるよ。まず、一種類のものだけが存在するなら、まず、一元論と宣言してしまうのがいいのよ。元がなんであるかは確信もてないみたいだけど。なので、これは、少なくとも、物理的な性質と心的な性質の二性質をそなえる一元論、あるいは、物理的-心的二性質の一元論、とすれば、モーア良くなるよ。ただ、心的という解釈は時期尚早だけれどね。基盤のレヴェルでは、精神の本質を見ぬき、観念と解釈するのに留めるのが、望ましいのよ。そして、物理的-観念的二性質の一元論と呼べば、良かりきよ。そうりゃ、あたしの、物質的機能と観念的機能の二面をそなえるエナァジ一元論に、ぐうと近づくよ。残念でした。ただ、元がなんであるかは明言されてはいないけど。

 それでも、性質という言葉の選択はかなり当を得ているよ。物質て、物質基本機能の物質的な機能が動作せし結果として観測されるものであり、結果でありて、静的な性質と見なせるからね。そして心も同様だよ。心も、観測の結果でありて、静的な性質なのよ。

 ということで、この性質二元論て、まあまあ好い線ゆきている、と思われるよ」

「なるほど」

「そして、この性質二元論の流れに属するものとして、自然主義的二元論(Naturalistic dualism)ていうのがあるけれど、これて、チャーマァズ先生の立場だそうなのよ」

「ああ、そう」

「詳しいことは、あたしも理解してはいないけど、意識のハードゥ プロブレムを解決するには物理学の拡張が必要である、とする立場らしいのよ。こういう予想て、ある意味、尤もなことだよ。

 ただ、あたしの場合、物理学はべつに拡張しなく、波動と粒子の二重性にはそのまま従いつのよ。その代わり、熱力学の散逸構造には若干の小細工はさせてはもらいつけれどもね。波動にたいして、甘言を弄して、丸めこみ。て言うか、量子と物質基本機能も勝手に拡張してしまいつけれどもね」

「それで?」

「うん、それで、チャーマァズ先生は、情報の二相説(double-aspect theory of information)というのも提唱していて、これて、この世には究極的には情報(inforamtion)だけが存在していて、それが物理的な性質と現象的な性質の二相をおびている、とする考えなのよ」

「ああ、さっきのと似ているね」

「うん、さっきのは性質二元論で、先生のは自然主義的二元論と情報の二相説だから。

 ただ、先生の主張て、どうも分かりにくいのよ。まず、二元論と表明されてはいるけれど、二つの元がなんであるかが不明確なのよ。一元論ではない、ていう程度のことかもね。おまけに、自然主義的という言葉も、具体的にはどういうことを意味しているのか、よく分かんないのよ。さらに、究極的には情報だけが存在しているんなら、それは情報を元とする一元論と位置づけるのがいいのではないか、と思うのよ。すると、自然主義的二元論とは矛盾している気がするのよ。

 ただ、情報が究極の存在であるていうのて、ある意味、その通りと思うのよ。エナァジの根底にはその動作仕様が存在するはず、と考えられるから。恐らく、先生は、動作仕様の意味で情報と呼びつのよ。これがあたしなりせば、観念と呼ぶところだけど。それでも、情報も、観念も、静的なものであり、このダイナミクな宇宙の元とするには無理がある、とあたしは思うのよ。それで、あたしは、エナァジの動作仕様を表現する観念は元とはしなく、エナァジそのものを元とすることにしつわけなわけ」

「うむ」

「なので、先生の説て、統合的に、物理性質と現象性質の二面をそなえる情報一元論と命名すれば、良かりきではないか、と思う。ただ、現象的な性質て、具体的にはどういうものなのか、どうも、あたしにはピンと来ないけれどもね。

 言葉の選択て、けっこう影響力が強い、と思う。考えを展開するにせよ、その方向や内容て、どうしても選択せし言葉の影響を受けてしまうのよ。なので、あたしだて、けっこう言葉を取り替えてきつのよ、考えを改訂するたび、現在に至るまで」

「へーえ」

「ちなみに、情報が根底の存在であるとする見方て、けっこう的を得ているよ、情報は観念の一種だから、静的ではあるけどね。ただ、細かいところまでは分かんないよ。どうも、先生て、唯物論(materialism)や物理主義(physicalism)には反対らしいのよ。そして、あたしは、物理主義者(physicalist)なのよ」

「なるほど」


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