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「まずはこいつだ。今のお前さんの鎧に合わせた外装だよ」
それは、銀の輝きの美しいマントだった。
最初にそっちが来るか。ううむ、気をもたせてくれるじゃないか。
でも、まあ、いいか。
これはこれで、本当に美しいぞ。
デザインコンセプトとしては威厳、だろうか。
中世ヨーロッパが舞台の映画とかで、よく王様が着ていたような感じだ。
ちょっぴりバーバリアン系かと思わなくもないが。
それでいて洗練された雰囲気があるのは、あれだな。毛皮の質があまりにもしなやかで、ごわついた感じが全く無いからか。
まとってみれば、あまりにもぴったりだった。
ほう、という嘆息が聞こえる。うむ、リムが見惚れているようだ。
ゴート、グッジョブ。
「実戦にももちろん耐えるように作ってはあるが、主目的は、どちらかと言えば儀礼用だな。竜狼会局長、の為に作った」
「なるほどね。ありがとう。これで偉そうにしてみればいいわけだな」
「ま、似合いすぎだろうよ」
「動いた感じも申し分ない。かっこよくていいな」
ふふふ、思わずにやけてしまうぞ。
鈴音と太郎丸がいれば他になにも要らないと思っていた。実際、武器屋を覗いたこともない。
それでも、新しい装備というのは、やはりワクワクするものだなあ。
さあ、次はいよいよ本番か?
「分かってるよ。そう急くな」
「あれ、声に出てたか?」
「いや、顔に出ていた」
あらまあ、俺も素直だねえ。
そして、ゴートの持ち込んだ収納袋から出てきたものは。
木製のマネキンにディスプレイされた、本当に対になっているかのような、二領の鎧だった。
しなやかな白銀の輝きの雄型。
僅かに青みがかったような蒼銀の輝きが雌型か。
あれ?
どうして武装もしてるんだ?
白銀の鎧の腰には、優美な曲線を描く、日本刀のような剣が差してあり、蒼銀の鎧の腰の後ろには、双剣とでも言うべきか、長さ的には脇差しくらいの二本の剣が差してある。
それでいて、一体感が凄い。別の武器を見映えのためにつけたとかではなさそうだ。この武装も含めての鎧か。
「牙をな、使わせてもらった。お前さんは刀を使うし、リムは二刀流だったろう。牙の形のせいで反りが入ってしまうから、慣れる必要があるだろうがな」
そうか。そう言えば、そうか。
大きさを考えれば、確かに牙も四十センチ以上あった。
一本ずつ使ってリムの短剣、合わせて俺の刀にしたのか。
「ゴート、剣も作れたのか」
「いや、牙を加工したのは俺じゃねえ。フェルーナン・ジェニングスっていう加工屋だ」
「加工屋? 鍛冶師とかじゃないのか」
「魔獣の素材を扱う専門家で、普通は裏方なんだがね。骨や牙を扱わせて右に出るものはいない。なにしろ加護持ちだ」
ここでローザかよ。
「自分を武器にしてくれって言う牙の声が聞こえたそうでな、じゃあ武器になってくれって頼み込んだらこうなったそうだ」
わお。
なんてファンタジー。
まあ、例え話なんだろうけど。
日本でも、木の声に従って仏像を彫る彫刻家とかいたしなあ。
いや、ローザのことだ。本当に、そういう加護を与えたのかもしれないけど。
「もう、着ていいの?」
「おお、構わんぞ。基本的な作りの部分は普通の鎧と変わらん。質が違うだけでな。着方は、わかるだろう?」
「分かると思う」
待ちきれなかったのだろう。
リムが早速、袖を通し始める。さすが、手慣れたものだ。
「俺は全くわからんぞ」
「お前さんは……いや、そうだったな」
太郎丸に鈴音を預け、鎧下だけの姿となる。
自分で動く太郎丸を見たゴートの目が真ん丸になっていた。いや、たぶん真ん丸だろうってだけだけど。
なにしろ暗くて何も見えないからなあ。
篝火とか焚いておけば良かった。
そんなゴートにすべて任せて、着付け人形と化す。ゴートもとりあえず突っ込むのは後回しにしてくれるらしい。
「今は、説明のために、普通の鎧下の上につけているが、実際に使うときは、もっと薄手の生地の服に直接着た方がいい。厚みがあると余分な遊びが出ちまうんでな」
「ふむふむ、そんなものか」
手甲や脚甲、胸甲など、大きなパーツと、その裏打ちをする革のつなぎ。それぞれを締め合い、重ね合わせていく。
なるほど、パーツが分かれているのかと思ったが、そうじゃないな。まるで、レザーのレーシングスーツにアーマーを増設していっているようにも見えるが、全部合わせてひとつなんだ。
「この一番下の革自体が、ある意味で服の代わりだ。これを鎧下と考えてもらった方がいい」
「なるほどね。おまけに、こいつだけで普通の鎧より凄いんだろう?」
「……その通りだよ」
こいつを普段着にしておいて、出陣時にパーツを追加する感じか?
「着れた。凄い。普通の服みたい」
おお、髪の色と、蒼銀の輝きがベストマッチだ。この暗闇の中でも、それだけは鮮やかに分かるぞ。
暗闇なのは俺にとってだけなんだろうけどな。
これでも、竜の力を受ける前よりは、かなり変わった筈なんだが。
リムは軽く手足を振って、シャドーボクシングのごとく体を確かめている。速すぎてよく分からん。
「凄い、凄い!」
リムのはしゃいだ声。
走り回っているのだろうその姿は、もう見えない。
大和の声もする。なんだ、二人でじゃれてるのか。
俺はまだか。うう、焦るな、俺。
リムに遅れること、ほんの二、三分だった筈だが、俺の方も完成する。
うん、途中まで感じていた違和感が、最後のベルトを締めた瞬間になくなった。こいつは凄い。
太郎丸との一体感ほどではないが、なるほど、こいつは着心地がいいや。鎧下越しじゃなく、直接つけたら、もっといいわけだな。
大きめの肩当てが全く動きを阻害しないとか、膝まで覆うブーツみたいな脚甲が格好いいとか、太郎丸の軽装モードに通じるような格好よさが満載だ。
世界が変わっても、ロマンは同じなんだなあ。
中二の魂は異世界の壁を超える、か。
「よし、仕上げだ。リムも、こっちに来てくれ」
「なに?」
「なんだ、まだ続きがあるのか?」
「ある。ここからが一番大事な話なんだがな。お前さんら、こいつをどう思う?」
「格好いい鎧」
「綺麗な凄い鎧」
「まあ、そうだろうな。だが、こいつらは、鎧じゃねえ」
「済まん、意味が分からないんだが」
俺の返事に、ニヤリと笑って見せると、ゴートは無言で俺の鎧の胸元に手を伸ばしてきた。
その手の触れる場所、よく見ればそこに四角い板のようなものが張り付けてあるが。
「封印解除」
その瞬間、四角い板の表面に、光の筋が幾重にも走った。
これは何かの魔法回路か?
そして、体の奥から湧き上がってくるような力。
なんだ、この感覚は。
五感も研ぎ澄まされているのだろうか?
さっきまでの暗闇が、もう気にならない。
まるで鈴音と太郎丸に支えられているかのような感覚。
「こいつはただの鎧じゃねえ。こいつは、軽鉄騎なんだ」
なんだって?
軽鉄騎といえばあれか、ミルズのつけていた鎧がそうだったな。ということは、今、俺の力は倍化されている、と?
ゴートが手を離すと同時に、板が勝手に剥がれ落ちる。その下には、ピンポン玉みたいな大きな白い魔珠が埋め込まれていた。
胸の真ん中の宝玉。ゲームとかならよく弱点になってたりしたよなあ。
この大きさはあれか、ニーアに渡したやつじゃないか?
続いてリムの鎧の封印も解除される。
ちょっと待て。
それでなくても化け物じみたリムの力と速さ、それが倍化されるのか?
マジで?
確か、軽鉄騎は、能力を倍にするんだよな。強いヤツが着れば、より強くなるという代物だ。素体能力最強のリムが軽鉄騎?
……それなんてチート?
やべえ、太郎丸でも負けるんじゃないか?
鈴音はどうだ?
「普通の軽鉄騎は、魔法回路を刻める特殊な金属が希少でな、型枠や、要所にしか刻めない」
なるほど、ミルズの鎧はメタルフレームに革張りをしてあったが、あのフレーム部分が回路だったわけだな。
「ところが、お前さんらの銀狼の皮には、その皮自体に魔法回路が刻めた。おかげで、刻めた魔法回路の量が凄いことになっちまってなあ」
ゴートの目が、マッドな光を宿しているようにも見える。
どこの世界でも、職人は暴走するものなのか?
素材の制約でやりたくても出来なかったことがやれる、となったら、やりたくなるのが人の性か。業の深い話だ。なんてな。
「正直なところ、軽鉄騎の魔法回路技術はタントに及ばない。そこを量で補ったといえばその通りなんだが、少なくともこいつは今のルーデンス最新技術の塊だ。能力向上は常時三倍を達成した。あと、こいつはあまりお勧めしないんだが……」
少しだけ言い淀む。
「起動用の魔法回路を呼び水にして、一時的にだが理論上五倍の能力向上が可能、だそうだ」
……マジか。