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96 とある職人の新たなる世界

 俺の名はゴート。大恩あるジェニングス商会の屋号を許されるようになって、もう何年になるだろうか。

 皮革職人としてひとかどのものを残すことは出来たと思うが、歴史あるジェニングスの名に相応しいかと問われれば、まだまだ精進の身の上、と自分を諌めるばかりである。


 仮にもジェニングス商会の専属職人だ。俺を指名しての依頼は多い。

 仕事を選ぶ許可は得ているため、無駄に何ヵ月も待たせるような請け負いはしていないが、それでも、ひっきりなしに依頼が舞い込んでくるのが現状だった。


 もちろん、有り難い話だとは思っている。

 そんな折り、胡散臭い依頼が入ってきた。

 言うに事欠いて、エスト山脈上層の魔獣素材を加工して欲しいのだと言う。


 いつ、何処の誰がエスト山脈上層に辿り着けたというのか。

 まあ、多く見積もって中層まで行けたら御の字というところか。

 希少素材であることは間違いないし、中層の強力な超大型魔獣の素材を加工できる機会など滅多にない。

 話を大袈裟にぶち揚げるところは気にくわないが、ジェレミー様直々に下りてきた話、断るという選択肢などあり得ない。

 出来るだけ本物に近い素材に触れられることを祈るとしよう。


 最初はそう思っていた。

 件の胡散臭い輩が、大型魔獣を伴っていると聞くまでは。

 魔獣と共に来るだって?

 馬鹿か?


 いや、そもそも魔獣をどう抑えているというのだ。

 小型の魔獣なら、力で縛ることは可能だろう。決してなつきはしないが。命令とて聞かんだろうが。

 それが、言うに事欠いて大型魔獣だと?

 いったい何処までふかしをこけば気が済むというのか。


 もっと不可解なのは、ジェレミー様がそれを信じているということだった。

 否、王宮騎士団が、それを信じているということだった。


 いったい何が起こっているというのか。

 仮に魔獣同伴が真実だとして、こいつはいったい何がやりたいんだ?

 商会を振り回し、騎士団を振り回し、王国をも振り回して、何様のつもりだ?


 そんな奴と実際に会ってみれば、俺は、自分の世界の狭さを恥じる破目になったのだった。

 王宮騎士団長にも聞かれたが、魔獣を子となし、家族の絆で結ばれるとは、どういう事なんだ?

 そんなことがあり得るのか?

 操ってなどいないだと?

 それで魔獣が従うものか?


 まあ、実際に目の前であり得てしまったわけだが。


 それに何より、この銀狼の毛皮だ。

 この世にこんな美しいものがあったのか。

 エスト山脈とは、どれ程凄い所なのだろう。


 そこにこいつは単騎で登ったとか、本当に意味がわからないが。

 おまけに、初対面であれだけ無礼をかました俺を、それでも職人と信じて、全てを任せてくれるとは。

 なんなんだ、こいつのこの清々しさは。

 飄々ととらえどころがない。まるで風のように。


 王宮騎士団に囲まれて全く怖じることのない様は、まさに威風堂々。

 まだまだガキだろうに、大したものだと正直思う。


 こんなにも世界が広かったとは。

 ジェニングスの名に乗って、自惚れに浸りきっていたことを気付かせて貰えたようだ。

 この出会いに、心から感謝するよ、本当に。


 そして城に戻り、改めて、ジェレミー様に仕事を請け負った旨を報告に上がった。改めてアルマーン商会当主とも挨拶を交わした。

 出掛けは全く信用していなかったから、挨拶もそぞろだったのだ。無礼は詫びさせていただいた。


 アルマーン氏がライフォート卿と共に陣に戻ると、俺はどうしても聞きたかったことをジェレミー様に尋ねた。

 俺は実際に会うまで、ユウのことは欠片も信じられなかった。なのに、どうしてジェレミー様たちは最初から、ユウの話を信じていたのか、と。


 ジェレミー様は、面白そうに笑う。

「はっきり言ってしまうと、私も信用はしていなかったよ。しかし、王が信じると決められたのだからね、発端はそこかな。あとは、ジェニス・アルマーンを信じたという方が大きい」

「アルマーン氏をですかい?」

「仕事のね、報酬を先に送りつけてきていたんだよ。何を送ってきたと思う?」


 報酬の先払い自体は珍しい話ではない。

 遠くルドンから、また請け負い前から送りつけるというのは聞いたことがないが。

 礼儀知らずととるか、信頼ととるかが微妙なところだ。

 何を送ってきたのか、見当もつかん。


 見せられたのは、一領の鎧。

 大きくひしゃげてはいるが、埋め込まれた魔珠は輝きを失っていない。

 こいつは……。


「軽鉄騎、ですな」

「そうだね。刻まれた魔法回路の一部がこれだ」


 解析されたそれを見て、思わず吹いた。

「なんですかい、これは。見たことの無い術式だ」

「タントの新型、だろうね。これまでのものより、出力効率が段違いだ。悔しいけど、魔法回路の応用では、タントに随分先を行かれてしまっているみたいだねえ」


 こんな代物を、アルマーン商会は何処で手に入れたのだろうか?

 それだけならまだしも、そんな貴重なものを、先渡しにしてしまうだと?

 軽鉄騎の肝は魔法回路にこそある。技術は既にこちらの手の中に来た。

 商談不成立としてこのまま突き返すことすら出来る今の段階で、最も重要な部分を我々は手に入れることが出来たのだ。


「さて、これは愚行かな? ゴートはどう思う?」

「朝方までの俺なら、鼻で笑ったでしょうな」

「実際に会って見解は変わったかい?」

「アルマーン商会は余程入れ込んでいるんだろう。今ならそう思えます」

「なるほどね。真に恐るべきは王の慧眼、かな」

 さて、国王陛下はユウの何を信じたのだろうか。


「ゴート、君の全力を出してもらおう。他の依頼は後回しにして構わない。ジェニングス商会の資産全ての使用を許可する」

「かしこまりました」

「資産にはこの軽鉄騎も含む。面白いやつが釣れると思わないかい?」

「ガルナの野郎ですか。正直、苦手なんですがね」

「でも、腕は確かだよ。腕利きには変わり者が多いものさ」


 ジェレミー様のもとを辞してから思ったものである。

 俺も変わり者扱いされてないか?





 あれから一ヶ月以上が経ってしまった。やはり、最初の見込み通り、一ヶ月はかかっちまったなあ。

 いや、むしろ早く完成した方か?

 ジェニングスの屋号を許された他の職人や、学院までも巻き込んだ大騒動にはなったが、全力は出せた。出来には満足している。


 高速馬車の座席の向かいでは、珍しく平服姿のブラウゼル卿が一列まるごとを占拠している。

 俺の隣には、学院の魔女が一人。鎧作りの中で多少懇意になったニーアは、ユウの意を受けて学院に来たという経歴の持ち主で、まだまだ新人ではあるのだが魔珠の扱いにはなかなか長けているようだった。もうひとつ特筆すべきは回路の解析能力の高さか。

 自作の回路は、正直まだまだお粗末なものだったが、既存の術式の読み取りが得意なようで、軽鉄騎の新しい術式解析に大きな役割を果たしてくれた。前提になる知識が全く足りないから、逆に先入観なく解析できたといったところもあると思うが。


 そのニーアが提供してくれた魔珠がまた桁違いの代物だった。これも、ユウが狩ってきたものか。

 今ならまあ、一応素直に信じてはやれると思う。

 俺たちの知らない魔獣、俺たちの知らない魔珠が、まだまだこの世にはあるのだ、と。


「気に入らない。気に入らないぞ」

「朝からずっと、それですな。何がそんなに気に入らんのです」

 不機嫌だ、と周りに訴えかけているブラウゼル卿は、そのでかい図体も相俟って、うっとうしいことこの上ない。

 本当に不機嫌ならば、配慮のしようもあるのだが。


「誰も彼もがユウを特別扱いしている。あいつは凄いやつだと声を揃える。気に入らないぞ」

「で、なんでそんなに嬉しそうなんですかい。謹慎食らった挙げ句にルドンに配置転換になったっていうのに」

「何を言うか。嬉しくない。嬉しい筈がないだろう」

「そうですな。いい話ではありませんでしたな」

「……そのやりとり、もう三度目だよ……」


 ニーアの小さな呟き。気持ちは分かる。

 部隊の異動に合わせて自分で行けばいいものを、少しでも早く着くから、と、この高速馬車に便乗してきたくせに白々しいものだ。

 可愛いところと言えなくもないが、図体に可愛いげはない。


 まあ、まだ十六才の若君なのだ。これが若さか。

 同い年くらいだろうユウの落ち着きを、少しは見習ってもらいたいものである。

 ことある毎にルドンの情勢を気にし、竜狼会の動向に興味津々な癖に、いざ近くまで来てみれば、さも興味はないと言わんばかりに別行動を取り、単身ルドンの騎士団のもとに向かうとか、分かりやす過ぎやしないだろうか。


 まあ、ニーアがホッとしたようだから良しとしようか。

 エルゼール家と縁の深い俺、それこそブラウゼル坊やのおしめの頃から知っている俺と違って、ニーアは本当に疲れたようだから。





 ブラウゼル卿と違って落ち着いていると思っていたユウが飛び出していってしまった。


 何が逆鱗に触れたのだろうか?

 戦争が、名を上げる機会として成人の儀に使われているのが、そんなにも気に入らなかったのか?


 それにしても、単身大侵攻の前に立ち塞がるとか、本気なのだろうか。

 呼び止める声すら聞こえていないようだったが、本当に大丈夫か?

 俺の一言がきっかけでユウが死地に向かったなんて、俺はいったいどうすればいいんだ?


 せめて俺の鎧を着ていってくれていたら、と思うと、迂闊なことを言ってしまったこと、後悔しきりである。

 空を飛んでいってしまった以上、普通に追いかけることも出来ないだろうが、せめて増援なり救出なりの部隊が必要なのではないだろうか。


 そう思っていたのに、竜狼会副長というジークムントは、動じていなかった。

「我が君のみ心のままに」


 それは、信頼なのか?

 やきもきしている俺の方がおかしいような気がしてくるぞ。

 食事を勧められても、とてもじゃないがそんな気にはなれん。


 と、思っていたら、日の落ちる頃にユウが戻ってきた。

 無事な姿に、ホッとする。

 途中で引き返してきたかな。


 ははは。

 大侵攻を止めてきたなんて、有り得ないだろう。

 有り得ないだろう!


 駄目だ。

 信じてきたものが崩れていくような感覚。

 ユウと一緒にいたら、どれだけ新しいものを見られるのだろうか?

 それは、とても魅力的なことではないか?


 今までの価値観に縛られるのさえやめてしまえば、ユウと共に見られるのはまさに、新世界だ。

 国王陛下は、ユウに新しい世界をみたのか?

 竜狼会の仲間たちは皆、だから着いていくのか?

 俺も、一緒に見ることは出来るだろうか?


 ……普通に話していると、ひたすら惚気のろけまくるただの愛妻家にしか見えないんだがなあ。


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