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「改めましての、わしはミルトンと申す。セル族の長を務めております」

「縹局、竜狼会局長、小鳥遊祐だ」

「なるほど、サルディニアとの交易を模索しているルーデンスの勢力があると聞いておったが、そなたじゃったか」

「訂正だ。縹局は、王国に依らんぞ」

「ほほう、国と無縁と申すか。面白いのう」


 好好爺然とした笑顔。

 俺はその仕草に、少し気を取られていた。

 案内された天幕の中、差し向かいに座るその姿は矍鑠かくしゃくとしており、顔に比べればずいぶんと若々しくもあるのだが。

 このじいさん、腰から下が動いていない。輿に担がれてきたというのも、そういうわけか。


「ほっほ、寄る年波には勝てぬでな、不覚にも馬から落ちてこの様じゃ。此度の侵攻を最後のお勤めと思うて、老骨に鞭打ってここまで来たが、最後の最後に風の御子にまみえられようとはおもわなんだよ」

「それだよ」

「どれかの?」

「その侵攻だが、サルディニアの成人の儀式だというのは本当か?」

「そうじゃの。若武者の巣立ちを見送るのも、今回が最後と思えば寂しくなるのう」


 やっぱりか。

 本当に成人式だったとはね。


 だが、このじいさん、少しばかり様子がおかしいな。

 仮にも俺は、サルディニアの軍勢を薙ぎ払ってここまで来た。

 まあ、多分そんなに死者は出ていないと思うんだが、怪我人はかなり量産した筈だ。

 その俺を前に、その意図を問うでもなく、罪を問うでもなく、茶飲み話程度で向かい合うとは、いったいどういうつもりだ?

 場合によっては、もう一暴れすることだって考えているというのに、なんなんだろうな。


 まあ、考えても詮ない話か。

 どうであれ、俺の要望はただひとつ。

 歴史を無視する行いだと言われたとしても。


「侵攻を止めろ」

「何故かの? 我らに成人の儀をやめよと申されるか?」

「いいや、やめなくていい。だが、ルーデンス侵攻を、成人の儀式に使うのをやめろ、と言ってるんだ」


 こいつ、今、論点をずらしたな?

 俺が侵攻を止めに来たことを分かっている。それを、成人式を止めに来たと言い換えたんだ。


 惑わされるな、祐。

 俺は、侵攻という行為を止めに来たんだ。文化を弾圧しに来たんじゃない。

 そこにつけ込まれるなよ。

 文化弾圧と受け取られれば、相手に大義が立ってしまう。


「祭りを口実にしたところで、侵攻を正当化はできんぞ。単純な話だ、成人の儀をしたいのか、侵攻をしたいのか、どっちだ」

 成人の儀ということで侵攻を正当化するから、破目を外して略奪が横行するのだろう。若者の罪悪感も、育つ筈がない。


「ほっほ、若いと思うて侮りましたかの。喬将軍を責められませぬのう」

「くそじじい、腹を割って話せ。探り合いは無しだ。なぜ侵攻を続けている。わざわざ、成人式という名目までつけて、だ」

 その瞬間、ミルトンの目が光った気がした。

 感じるのは憤怒、か?


「わしらサルディニアの誇りを継ぐため、じゃ」

「継ぐ、だと?」

「大国の威をもってわしらを抑圧し、弾圧下に置いた四百年を忘れるわけにはいかんのじゃ。ローザ・リーⅠ世の支配に始まったわしらの父祖の苦難を、ルーデンスは忘れようとする。そんなことが許されてなるものか。ここにサルディニア在りということを、わしらが思い出させてやるのよ」

「語るに落ちるぞ、じじい。本当は逆だな。サルディニア人にこそ、ルーデンスを敵として教育するための侵攻だろう」

「……それも、否定はせぬよ」

 おう、意外と素直じゃないか。

 若手を集めるってことは、歴史を知らない若い世代に大侵攻という経験を積ませるためってことだよな。つまり大侵攻は他でもないサルディニア自身の為に続けているってわけだ。


「一度でも侵攻に参加すれば仲間の誰かは死ぬ。自分が怪我をするかも知れない。そうやって、恨みを新しく作り出しているんだろう。敵対関係を維持するために、だ。恨みや誇りを継ぐためじゃない。恨みの連鎖に束縛するため、だ」

「ではどうすればいいのじゃ! ルーデンスは、今でも宗主国面をしてくるのだぞ。圧倒的な国力で騎士団を育て上げるやつらを相手に、わしらは戦う気概と戦士とを常に育てなければならんのじゃ」

「だが、それはサルディニアの望む生き方ではないだろう。俺の知るサルディニア人は皆、風を愛していた。形にとらわれず、自由に吹きわたる風を。今のあんたたちは違うな。ルーデンスとの敵対関係に自ら縛り、束縛されているよ」

「そんなこと、分かっとる。じゃが、そうでもせねば、いずれ来るルーデンスの支配に抵抗することは出来ん」

「来るのか?」

「来んとでも?」


 確かにその判断は難しい。こいつは水掛け論になるな。なら、話を変えよう。


「歴史は知らんがな、あんた自身は、ルーデンスに何か弾圧されたのか?」

「何をしても常に下に見られ、まともな交易など成立のしようがない。山を越えれば差別され、要求ばかり一人前に搾取しにきよる、それを弾圧と呼ばずして、何を弾圧というのじゃ」

「商売だってひとつの戦いの形だろう。サルディニアとの間にまともな交易が成立しないのは、弾圧による意図的なものではなく商人同士の勝負に負けているからだ。うちの商会の人間も言っていたよ、やろうと思えば暴利をむさぼれる、と。下に見ているんじゃない。実際に未成熟なんだよ」

「わしらを侮辱しに来たのか?」

「違う。現実だ。遊牧を生業としていて、商売が成熟するとでも思うのか? 逆に言えば、ルーデンス人が遊牧を始めると聞けばどう思う? あんたたちの方が何倍も成熟している。未熟なルーデンス人の遊牧を、対等に扱うことが出来ると思うか?」


 虚を突かれたのか、ミルトンの言葉がつまる。


「そして、だ、もう一度本題に戻すぞ。あんた自身は、ルーデンスに何か弾圧されたのか?」

「わし自身……か」

「あんた自身には、さしたる恨みなんてないんじゃないのか? 他のサルディニア人だってそうだ。この侵攻の過程で生まれた新しい恨みはあっても、な。だが、それはルーデンス側だって同じことだろう」


 ミルトンは黙りこんでしまっていた。俺の言葉を整理しているのだろうか?

 まあ、どうあれ、俺は言いたいことを言うが。


「はっきり言ってしまえば、この侵攻とてサルディニアの誇りを示す戦いにはなっていないぞ。ルーデンスから見れば、これはただの辺境で暴れる馬賊討伐にすぎない。弾圧に対する反抗、理不尽への抵抗だなんて、誰も思っていない。この侵攻で苦しむのは、王国じゃない。王国に住む民衆だけだ。あんたたちが暴れる割を食って泣く、ただの庶民だけだ」

「何故、そこまで断言できるのかの」

「俺のつがいが!」

 一歩近付き、ミルトンの襟首をつかんで引き寄せる。

 ほとんど額を擦り合わせながら。


「俺のつがいは、六年前の侵攻の煽りを食って、家族と生き別れて自分も死にかけた。ずっと苦しんできた。これが、お前たちの侵攻の成果だ。ルーデンス人は思っている。馬賊災害という不幸に見舞われた、と。お前たちの誇りは継がれていない。届いていないんだよ。生まれたのは新しい恨みだけ。いや、災害、不運としか思っていないから、サルディニアを恨んですらいない」

「なん……じゃと? 恨んですらいないと?」

「そうだよ。俺のつがいから、サルディニアへの恨みなど、聞いたこともない。お前たちの侵攻は、その程度のものになってしまったんだ。惰性になった時点で誇りは死んだんだ。成人式だ、なんだ、と別の目的を立てなきゃならなくなった時点で、大義は消え失せたんだよ」


 ミルトンは、わなわなと震えている。

「なんと、わしらの戦いは、わしらの戦いが、そんなことに……。父祖の苦難より七百年、独立戦争以来三百年のわしらの戦いは、全て無駄じゃったのか……?」

「どうかな。無駄だったとは言わないが、でも、停滞した風は、もう風ではないよな」


 ガツンと、殴られたような表情。

 頑張って言葉を重ねるより、今の単純な言い回しの方が心に届いたか。


「わしらは、これからどう進むべきじゃろうの……」

 価値観が揺らいだときに迷いが出るのは、幾つになっても同じか。

 答えを示せるほど、俺も偉くはないが。

 そっと手を離せば、このじいさん、驚くほど小さく見える。


「一旦凪いでも、新しく生まれるのが風だろう。束縛から解き放て。継ぐべき誇りを失ったわけじゃない。道を間違っただけだ。あんたたちの誇りは、失っていないよ。だからさ、より良いやり方で、ここにサルディニア在り、と見せつけてやらないか?」

「どういう意味じゃ?」

「ルーデンスに縛られるのはもうお仕舞いだ。ルーデンスは無視しろ」

「なんと言われる。話が見えぬよ」

「国なんてどうでもいいんだ。俺たちに、協力してくれないか?」

「縹局に、かね」

「ああ、そうだ。縹局の存在意義はな、国の手の届かぬ民を守ること、なんだ。サルディニアがどうなろうと、俺たちのやることは変わらないし、縄張りは広げていくよ。だけど、支援してくれるなら、それはとてもありがたい」

「それがわしらの為になるのかね。わしらとて国ぞ?」

「俺たちは交易路を拓く。商人がいれば、支援してやる。そいつが何処の国の商人であっても、だ。ルーデンスの商人であっても、サルディニアの商人であっても、タントの商人であっても、俺たちにとっては同じ、対等な商売相手だよ」

「わしらと、まともに商売しようと言うのかね」

「そうだ」

「断ればなんとする?」

「どうもしないよ」

「なん、じゃと?」

「さっきも言ったが、サルディニアがどうなろうと俺たちのやることは同じだ。あんたたちの支援があろうがなかろうが、俺たちは何も変わらない。だから、提案、なんだよ。あんたたちが何を選択するのか、その提案なんだ」

「御子よ、風の御子、そなたは本当に、新しい風なのじゃな。わしら古いもんには、ついていけぬよ。じゃが、サルディニアの新しい世代には、新しい風が必要、かの」

「そう思ってもらえるのなら、有り難いね」

「即答は致しかねる。所詮わしは一氏族の長に過ぎぬでな。さりながら、氏族長会議を開かねばなるまいよ」

「それはそちらの事情だ。干渉はしない。任せる。ただ、今、即断してもらいたいことが二つある」

「伺おうかの」

「まず一つ、今回の侵攻は、これで手打ちにしてくれ」

「ほっほ、今までの話の上じゃ、当然じゃの」

「もう一つ、国境の馬賊は、多分暴れ続ける。俺たちも狩るが、サルディニア側からも、締め付けを強めてくれないか?」

「ルーデンスの為に非ず、じゃの?」

「国境に住む庶民のためだ。あとは、サルディニアの名誉のため」

「承った。わしらからも一つ、頼みがある。聞いてもらえんじゃろうか?」

「聞こう」

「若いもんの相手をしてやってくれんかの。先程まで、風神への挑戦と皆、たぎっておったからの。侵攻をやめるならなおさらじゃ。振り上げた拳を、発散させてやってはくれまいか?」


 ああ、そうか。

 このままだと、成人の儀式もなくなってしまうのか。


「なるほど、ね。侵攻を成人式に使わないなら、別の形が必要だな」

「新しい風よ、成人の儀に、良い対案はお持ちではないかの?」

「あるぞ」


 そうだ。前の世界の遊牧民たち、モンゴルには、伝統的な祭りがあった。

「ナーダムだ」

「なあだむ、ですかの」

「相撲や競馬で競い合う、祭りだよ。他にも、何をやったっていいとは思うがね」

「祭り、のう」

「俺の知る地域では、毎年やっていたとも思うが、まあ、こだわる意味はないよな。氏族が広がっているなら、それこそ六年周期で、全氏族を集めて競い合えばいい」


 もしもなんだったら。

「俺とやりあうのがいいんだったら、ナーダムには参加してもいい。競馬は無理だが、相撲の相手にはなろう。風で全員吹っ飛ばしてやってもいいが」

「ほっほ、豪気ですな。風の御子の風を受けられるなら、良い巣立ちとなるじゃろうて」


 ひとしきり笑ったミルトンは、改めて居住まいを正す。

「氏族長会議はわしが責任をもって開く。そなたには、正式に参加していただきたい。そこで、存分に存念をぶつけていただきたいのじゃ。伏して、お願い申し上げる」

「分かった」

「では」


 顔をあげたミルトンは、元の好好爺に戻っていた。

「初のなあだむ開催といきますかいの」


 ああ、まとめてかかってこい。全員、吹っ飛ばしてやる。

 あれ?

 噂を確かめに来たら戦争が終わってしまったぞ?


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