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はるか高空まで一気に上昇し、全力飛行に移る。
エスト山脈を見下ろしながら、サルディニアの大草原を目指して。
山脈を越えれば、すぐ近くに巨大な宿営地が造られていた。
動き始めれば、すぐにルドンに辿り着くぞ、これは。
ツァガーンが言っていた国境越えのタイミングは、距離からの計算ではなくて、作戦行動の開始時期か。
本当の機密情報だったんだなあ。
どうしてそこまで、俺たちに肩入れしてくれたんだろうな。
あいつもサルディニア人か。
悪い話ばかり聞いてきたけど、明の星の連中は気持ちのいい奴等ばかりだった。
サルディニア人が悪、というわけではないか。
何百年と続いた歴史の重みを、確かに俺は何も知らない。
リム一家を苦しめた落とし前はつけてもらいたいが、薙ぎ払えばそれで終わり、とはいかないな、これは。
宿営地を目指して、いくつもの集団が集まってきている。
全氏族が集まる、というのも間違いではなさそうな勢いだ。
王宮騎士団を前にした時は、陣の重厚さに圧倒されたものだが、今回は、人の多さに圧倒されそうだぞ。
まあ、乗り込むけど。
身の内に滾る竜の力を練り上げる。
喉のところで風が渦を巻くのが分かった。
そして、俺は吼えた。
風に乗せ、遥か高みから叩きつける、竜の咆哮。
下の連中には、雷くらいには轟いただろうか。
さあ、行くぜ。
これが、開戦の狼煙だ。
宿営地の中心めがけて、一気に急降下する。
目敏いやつらが、音の出所、つまり俺をすぐに見つけたようだった。
宿営地が慌ただしくなる。
俺は勢いのまま、宿営地の上空を横切った。いわゆる、フライパスってやつだな。
顔見せは十分、身を翻し、今度はもう一度、低空飛行で突っ込む。
「氏族長はどこだあっ! 出てこい!」
叫びながら飛ぶ俺を見て、だが、サルディニアの戦士たちは勇敢だった。
脳裏に響く、澄んだ鈴の音。
タイミングを合わせたのか、四方八方から、俺に向かって大量の矢が射ち込まれる。
「太郎丸」
『御意』
一瞬で重装モードに切り替え、全ての矢を体で受け止めると、俺はそのまま真下に自由落下した。
たいした高さではない。
難なく着地し、周囲を見回す。
ふうむ、皆、驚いてはいるようだが、凄いな。誰も怯えていないぞ。
俺を囲む形になった戦士たちが、一斉に得物を抜き放つ。
だが、正直面倒だ。
戦いは必要最低限で結構。
腹の前で、全生命力を傾けて風を練り上げる。
「族長を、出せえっっ!」
叫びと同時に、俺は風を解き放った。
爆発的な暴風が、俺を中心に発生し、サルディニアの戦士たちをまとめて吹き飛ばしていく。
一応、殺傷力は込めていない、ただの風だ。勢いが半端ないだけの。
この風で直接死ぬやつはいないだろう。吹き飛ばされた後、着地をミスっても、そこまでは知らんが。
綺麗さっぱり吹き飛ばされた筈の戦士たちだが、その中に、何人か耐えきったやつらもいた。
隊長格、かな。
「うおおっ、負けるかあっ!」
「岩相撲魂を見せつけてやらあっ!」
口々に叫びながら、自分自身を鼓舞しているのかね、一歩一歩の飛距離がとんでもない踏み込みというか、跳躍で俺に向かって突っ込んでくる。
勢いといい、なるほど、王国騎士団によく似ている。
ツァガーンが言っていたのはこれか。
明の星の連中とも、よく相撲をとったものだが、あれを幕下、こっちを幕内と考えてみようか。少なくとも、こっちは殺す気で来るだろうしな。
先陣を切った頑丈そうな男は、踏み込みの勢いのままに突っ張りを打ち込んできた。
初手か。
あしらうのは悪手、かな。
正面から、粉砕する。
俺は避けずに、その突っ張りを胸の真ん中で受け止めた。
金属同士がぶつかり合ったような、盛大な音が響く。
あれ?
相手は金属装備じゃないぞ?
おかしくね?
あの猪の突進と正面衝突しても、勝ちそうだな、こいつが。
まあ、太郎丸は小揺るぎもしなかったが。
衝撃が全て跳ね返り、反動でたたらを踏むサルディニア戦士。
腕、折れたろうな。
一歩近付き、腰のベルトを掴むと、遠くに放り投げる。
形は上手投げっぽく。
放物線を描いて吹っ飛んでいく戦士を見送り、俺は叫んだ。
「次っ!」
出てこい、氏族長。
次々とかかってくる戦士たちを千切っては投げ、千切っては投げ、馬に乗って集団で突っ込んでくれば風で吹っ飛ばし、俺はひたすら前に進む。
「勝負、勝負う!」
「胸を借りますっっ!」
「風神相手とは、我が人生最高の誉れっ!」
あれ?
なんか、相手の叫びの主旨が変わってきてないか?
「我が神、シザースの加護を見よっ! 風が相手とて負けはせぬっっ!」
お、なんか違うやつがいた。
うっすら光に包まれたように見える戦士が一人。
ローザの加護か。
ザイオンが斬り込んでくるときに、雰囲気がよく似ている。
さて、こいつの加護はどんなのだ?
よく見れば、足に光が集中しているようだが。
よかろう、受けて立ってやる。
正面から、待ち構え、がっぷり四つに組む。
その瞬間、分かった。
こいつ、凄いぞ。
押し合って、動きゃしねえ。
太郎丸相手に押し負けないとか、凄すぎないか?
パワーとは、別の力かな。
ああ、だからこその加護か。
ザイオンに勝ったときのように、加護を上回ればパワーで覆すことも可能なのだろうが。
「やるじゃないか」
「地に足をつけている限り、俺に敗北はねえっ!」
ふむ、そういう条件か。
「なら、踏ん張ってろよ」
ゆっくりと片足を持ち上げ、ニヤリと笑いかけてやる。
行くぜ。
そして、俺は全力で大地を踏んだ。
地面を打ち砕く勢いで。
相手の足が頼る地面がひび割れ、崩れる。
さすがにぐらついた。足のつくべき地が、なくなったのだから。加護もどう働くものやら。
宙に浮いた足を払い、空中でひっくり返して地面に叩きつけてやる。
肺の空気が全部出たか、相手の喉から苦悶の呻きがもれた。
「背中がついたら、負けか?」
「ま、参りましたっ……!」
さすがに、周りも騒然としている。
「土付かずのロータンが、ひっくり返された!」
「土付かずが、負けた?」
「風神だ、風の神様だあっ!」
ふむ、字名持ちだったか。加護持ちだし、まあ、当然か。
気後れしたのか、かかってくる勢いが止まる。
周りを包む静寂。
気にせず歩く俺。
人波が割れてゆく。
その先に、一人の武将が待っていた。
族長か?
いや、翻る黒い髪。華桑人だな。
俺の前に立つ華桑人がいたか。ここに凛や、橘たちがいたら、なんと言っただろうか。
少しばかり線の細い立ち姿。
甲冑に隠れているが、こいつは……。
「ご尊名を伺いたい」
うん、ちょっとばかりハスキーだが、間違いない。
女だ。
サルディニア人はやたら飲むしな、この声、酒焼けだったりして。
「縹局、竜狼会局長、小鳥遊祐だ。推し通る」
「貴男が……。噂は聞いていた。相手にとって、不足無し」
そうかよ。
待ち構えていたというわけではなさそうだが。
「喬静海が弟子、喬静蘭。一手御指南願い奉る」
構えるのは三ツ又の槍だ。
そう言えば、槍相手は地味に初めてか。
刀で槍止めをしようと思えば、かなりの実力が必要だ、と小説で読んだ気もするが、さあて、鈴音よ、どうしてくれようかね。
まあ、いざとなれば魔法でぶっ飛ばそう。
秘密兵器もあるし、俺も意外と引き出しが多いよな。