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「タントの国内に変わったことはなかったか」

 王都から戻って一ヶ月ばかり、竜狼会の縄張りは着実に広がりつつあった。


 いや、範囲が広がったというよりかは、縄張り内の移動の安全性が高まったというべきか。


 戦力としては奉竜兵団が飛び抜けて安定した強さを誇り、予想通り、見事縹局の中核となっている。

 そして、山岳民族たる彼らの働きによって、俺たちは街道以外の通商ルートの開発に成功していた。

 もとより縹局は国にとらわれないことを柱の一つにしている。構成員も、まさに多国籍軍と言っていい。

 拠点がルドンであることも、今思えば都合がよかった。

 三国が睨み合う国境地帯、そこに民間の交流を作り出してみたのだ。


 この世界、行商はある意味簡単だ。

 魔珠さえあれば、魔法の収納袋のお陰で膨大な物資を輸送出来る。

 ただの商人がそれをやると採算はとれないが、そこに俺たちが噛むことで、商売として成立させたのである。


 商会連合からの支援で、金さえあれば魔珠は手に入るし、もちろん自前でも狩りに行ける。

 縹局は護衛戦力の提供と同時に、輸送をも請け負うことにしたのだ。

 料金は積み増しになるが、身軽になった商人は結果的により多くの商品を、より短時間で移動させられるため、経費がかかる代わりに儲けは大きくなったようだ。

 護衛する側も、取り回しの面倒な荷馬車ではなく、商人個人を守れば済むから、かえって仕事がやり易い。

 今のところ、問題なくいいことずくめのように見えていた。


 そして、国境を越え、風の谷経由のサルディニア方面、また、北方のタント方面のルート開通に成功したのである。

 タントは痩せた国だ。だが、俺たちの貿易で少しでも豊かになる助けが出来れば、戦争の火種も少しは消せるかもしれない。

 先祖伝来の恨み辛みは消えないだろうけど。


 縹局というルーデンス側からやって来る新勢力、最初はもちろん信用などされなかった。当たり前だろう。同じ立場なら、俺でもまず疑う。

 その中で、信頼獲得に大きな役目を果たしてくれたのが、ミュラーたちタントからの移民組だった。

 ミュラーとは最初の出会いからして好印象だったが、その後、縹局に参加してくれたのである。


 円卓を囲む時、他が大集団なのに、ミュラー傭兵隊だけはたった四人だったから、当初は随分と恐縮していたものだが、一念発起したのか、タントからの移民組をまとめる役目を自ら買って出てくれるようになっていた。

 そして、ルドンの三大組織の一つ、タント系の組織からあぶれた連中を集約し、今ではタントとの重要な顔になっている。

 タントとの通商は、お陰で大きく前進することになった。


 そんなミュラーが、しばらくのタント駐留から戻ってきたのだ。

 さて、何か変化はあったかな?


「そうですね。国境付近のタント国内では、縹局も概ね好意的に見られているようです。ただ、竜狼会を騙る動きも散見されました。早いうちに、一度直接締め付けに行っていただいた方が良いかもしれません。あと、変化としては、周期的なものではあるのですが、そろそろサルディニアの大氏族が移動してくる頃です。国境の緊張は高まっていますね」

「なるほどねえ。有名税みたいなものか。名前が売れると、便乗するやつは必ず出てくるよなあ。早いところ、紋章の周知を徹底させないとな。少なくとも、偽造を討つ理由に出来るくらいには」

「そうですね。それまでは、地道に潰していくしかありますまいが」

「まあ一度、一発暴れてこようかね」

「お願いします」

「あとは、サルディニアか」

「左様です」

「縹局の名を上げる外せない機会になるな。一手誤れば、信用が地に墜ちる正念場でもある」


 さて、サルディニアは何故馬賊と化すのだろうな。国境から遠い連中は、別に盗賊にならなくても生活できているというのに。

 ふうむ、これも一つの戦争の形なのかな。

 まあ、どんな事情があったとしても、盗賊は認めない。その縹局のスタンスに変わりはないわけだが。


「ともあれ、ご苦労様、だ。しばらくはゆっくり休んでくれ、と言いたいところなんだが……」

「仕事は盛況なようですな」

「その通りだ。こっちが仕事を頑張れば頑張るほど、交易が盛んになって仕事が増える。ままならないな。まあ、潰れない程度に頑張ってくれるとありがたい。管理は副長に任せている。ジークムントから話は聞いてくれ」

「了解しました」


 敬礼してから去っていくミュラー。

 やっぱり、元軍人なんじゃないかなあ。





 最近、縄張り外への輸送依頼が入ってくるようになった。

 安全の保証はかなり下がるから、おいそれと受けられるものではないが、俺やリム、一部の精鋭が請け負うことで、実験的に何回かやってみた。

 まあ、やっていることは宅配便な訳だが。


 そんな仕事から帰ってみれば、珍しい客が待っていた。


「明の星、ツァガーン様がお待ちです」


 シャナの報告を受けて応接室に行ってみれば、久しぶりに見るサルディニアの偉丈夫が待っていた。

 たまに会うときはいつも豪快に笑っているのに、今日はやけに神妙な顔をしている。

 ふむ、何があったかな。


「悪い、待たせたか」

「いや、そうも待っちゃいねえ。今日はちょっとな、折り入って話がある。人払いを頼めんか」

「人払いって大袈裟だな。元々俺しかいないじゃないか」

「いや、まあ、そうなんだがよ、そういった話ってこった」

 話の流れで察したものか、シャナは一礼して退出していく。


「で、話ってなんだ?」

「こいつは俺の独断だ。それを前提に聞いてくれ」

「ふむ、分かった。聞こう」

「街の様子から察しているとは思うが、じきにサルディニアの侵攻がある」

「ああ、そうみたいだな」

「数年毎のこれは、小競り合いとは違う。ルーデンスからも、王国騎士団が来るだろう。こいつはもう、戦争なんだ」


 ふうむ、ツァガーンにしては持って回った言い方だな。本題が遠いぞ。


「ここらの治安維持も、騎士団の領分になる」

「だから?」

「今回は手を引け。縄張りは多少荒らされるだろうが、国に任せちまえ。縹局は出張るな」


 さて、これは一体どういう了見だ?

 誰かの差し金か?

 独断だと言った言葉には、嘘の感じが無いんだが。


 だが、まあ、誰の思惑であったとしても、関係ないんだがな。


「そいつは出来ない相談だ」

「どうしてもか」

「ああ」

「お前、分かってんのか? 戦争なんだ。一都市や一組織でどうにかなるような規模じゃねえ。せっかく軌道に乗ってきた縹局を、潰す気か?」


 ああ、なるほど、そっちか。

 心配、してくれたんだな。

 そう考えれば、独断か。なるほど、見ようによっては情報漏洩、サルディニアに対しては背信行為だ。

 そこまでのリスクを負って、それでも、来てくれたんだな。


「潰れないように立ち回るのは、こちらの努力の領分だよ。相手で変える姿勢ではない。それにな、国が治安維持を担うと言ったが、それは違うぞ」

「んなこたあ、ねえ。いつだって侵攻の時は都市を守って布陣してくれてんだ」

「それは結果だよ。国の目的は、治安維持じゃない。国境線の確保だ。都市を守るのも拠点維持が目的だろう。お前、本当は分かってるんじゃないか?」

 やっぱり、な。

 ツァガーンが言葉に詰まる。


「国も、拾えるものまでわざと見捨てるなんて事は、流石にしないだろうけどな、組織が大きくなる分、取りこぼしも増える。小さな集落まで、騎士団は守れない。そいつらを見捨てたら、縹局は死ぬ。国の手の届かぬ民を守る、それが縹局だよ。戦争を避ければ、形が残っても魂が死ぬ」


 ここは、譲れないぞ。

 ツァガーン、分かるだろう?


「……何人も死ぬぞ?」

「普段の仕事なら死なないのか?」

「いや、規模がちげえだろうよ」

「済まんが、それは考慮に値しない。死ぬ人数で矜持を決めはしないぞ」

「お前は知らねえんだよ。国同士の戦争だぞ。騎士団の上の連中がどんな化け物揃いだと思ってるんだ。重甲騎士団と岩相撲のぶつかり合いなんざ、人間業じゃねえぞ?」

「まあ、エスト山脈に登るのと似たようなもんだろ」

「……ぐああ、もう分からんやつだなあ。俺は、おめえに死んでほしくねえんだよ!」

「うん、分かってる。ありがとう。まあ、俺が死ぬかどうかはともかくだ、それでもやっぱり、どんな戦いになるにしても、竜狼会は竜狼会の仕事をする。なにしろ局中法度は一条だけ、皆、惜しまれて死ね、だからな」

「……くそったれ……」

「なんだよ、口が悪いな。まあ、死なないように祈っててくれよ。神はいなくなったけどな」

「駄目じゃねえか!」

「まあ、戦争本体をどうこうしようとは、まだ考えていないよ。サルディニアと戦争したいわけでもない。俺たちは何も変わらないさ。盗賊狩りが俺達の仕事。馬賊も狩る、いつも通りだよ」

「分かったよ。もう何も言わねえ。あと、三週間だ」

「そうか」

「セル族の本陣が国境に届く。その時が本番だ」

「思ったより、早かったな。でも、ありがとう」


 三週間で本隊が来るのなら、先遣隊はもうそろそろ国境を越えるんじゃないか?

 馬賊の活動も活発になる頃合いだろう。

 護衛、輸送の仕事はしばらくお預けだな。


 今より竜狼会は、盗賊狩りに傾注する。

 俺は死なないだろうが、確かに縹局として直面する最も厳しい戦いになるだろう。

 ツァガーンの思いも分かる。


 一人でも多く生き残るために何が出来るか。

 俺はそれを考えるべきなんだな。


 ……サルディニアの王でも殺しに行こうか。


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