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「ゴート・ジェニングスだ」
「俺は小鳥遊祐だ。今回はわざわざ足を運んでもらって感謝する。これからよろしく頼む」
「リム、です。よろしく」
「ふん、早速本題に入ろう。問題の革はどれだ」
俺たちのもとにやって来たのは、無愛想でぶっきらぼうな、絵に描いたような職人肌のおっさんだった。テンプレかよ。
「これだ。エスト山脈上層の銀狼、だよ」
袋ごと、ゴートに毛皮を渡す。
ゴートは、袋の中をちらりと一瞥して、ふん、と鼻を鳴らすと改めて俺に向き直ろう……として、慌てたようにもう一度、袋の中を覗きこんだ。
目の色が変わっている。
ふふん、当たり前だ。
あの銀狼の遺産だぞ。そんじょそこらの素材と一緒にしてもらっちゃあ、困る。
「なんだ、こいつは、なんなんだ、これは……」
呆然としたような呟き。
銀狼の凄さが分かったか?
ちょっと嬉しい。
「おい、出してもいいか」
「別に構わんが、でかいぞ。注意してくれ」
子どもの大和でさえ、普通に馬より大きいからなあ。
天幕の中に、美しい銀の光が溢れた。
凄いな。劣化しにくい環境にあったとはいえ、しなやかさと輝きを全く失っていないのか。
感嘆の溜め息が聞こえた。まあ、突っ込まずにいてやろう。
とりあえず、満足いくまで眺めればいいさ。
リムも、そっと近づいてきて、毛を撫でている。
ふむ、思うところもあるのだろうな。
この場の空気を乱さないように、俺は静かに天幕を出た。衆目に触れる前に、重装モードに切り換えてから。
向かうのは大和のところだ。きっと、匂いが気になったことだろう。
大丈夫だ。父さんが側にいてやるよ。
全身でのし掛かり、鼻面を擦り寄せてくる大和を受け止め、抱き締めてやる。
騎士団の連中が瞠目しているが、構うものか。
さすがにここでじゃれ合うと、騎士たちを巻き込んでしまうだろうから、遊ぶのは無しだけど。
ひたすらにスキンシップをはかり、抱き締める。
もうじき、あの毛皮が生まれ変わるよ。そうしたら、一緒に駆け回ろうな。
押さえ込まれたり、甘噛みされたり、と、端から見ればまるで襲われてるようにも見えるだろうが、ゴートがこちらの世界に戻ってくるまで、俺は大和と一緒にいたのだった。
ああ、途中でリムも来た。
騎士団の連中の表情は、まあ、筆舌に尽くしがたかったと言っておこうか。
「その……なんだ、お前さん、こいつを俺に扱わせてくれるのか。俺を名指しで来たそうだな」
「違う。俺はただ、願っただけだ。大陸最高の職人に頼む、と。まあ、そうしてあんたが来たんだから、あんたに頼みたいと思っているけどな」
「ふん、言ってくれる。ならば、相応の仕事をせにゃあなるまいな」
「任せる。注文は色々あるんだ、頼めるか」
「聞こう」
「翼を通す穴が欲しい」
「それは聞いてる」
「なら、リムの尻尾も?」
「そっちも聞いてる」
「そうか。なら、注文はない。全部任せる」
「色々、じゃなかったのか?」
「んー、いや、別にいい。あんたに任す」
全部任せたというのに、ゴートは、憮然とした表情のままだった。
どうかしたかな。
デザインとか、機能性とか、ぼんやり考えていたことはあるにはあるが、この分なら、必要な情報はすでに伝わっているみたいだし、こうなってくると、素人考えよりは本職に任せた方が絶対にいいだろうと思うんだが。
「お前さんがどういう人間か、ちょっと分からなくなったな」
「なんだ、えらく大層な話になったじゃないか。俺はどういう風に思われていたんだよ」
「魔獣を引き連れ、無理押ししてくる我が儘坊主」
なんとも、まあ。
そうか、確かにそう見えなくもないなあ。
「ふむ、我が儘は否定しないがね」
「まあ、そいつは分からんが、噂はあまり当てにならんようだ。ジェニングスの名で受けた仕事、任せてもらえるなら誇りをもって完遂しよう。あとは採寸だけさせてもらえたら、こっちの用事は終わりだ」
「分かった。よろしく頼む」
その後の作業は滞りなく進んだ。
翼を出した時はさすがに、聞いていたとはいえ心底驚いていたようだが。
「この毛皮は、表の狼の仲間のものなのか?」
「いや、親狼の遺産だ」
「……遺産? 魔獣の素材をそういう風に言うやつは、初めて見たな。力ずくで押さえ込んでいるのかとも思ったが、お前さんを見ていると、どうも調子が狂う。一体、どうやって魔獣を操っているんだ?」
操る、か。まあ、外からはそう見えて当然だよな。
いろんなゲームでも、調教師だとか、魔獣使いとか、そんな能力がメジャーにあったが、この世界でもそう見られているのかね。
ヴォイドが実験していた話から考えれば、魔獣のコントロールは全く確立されていない、というか、そもそも他に例がないようだが。
「操ってなんかいないよ。大和は俺たちの子だ。親狼から託された、俺たちの子どもなんだ」
俺の言葉に合わせて、リムも強く、深く頷く。
そんな俺たちを見て、ゴートは諦めたように溜め息をついた。
「なるほどな、お前さんが常識では測れないってことが、よおく分かった。最初はいけ好かんガキだと思っていたもんでな、無礼な態度、済まなかった」
「気にしてない。いや、むしろ職人なんてあんなもんだろうと思っていたから」
「お前さんは職人をなんだと思ってるんだ」
呆れたように笑うゴート。
お互いを先入観で見ていたのは、お互い様か。
「モノがモノだけに確約は出来んが、一ヶ月は覚悟してくれ。下手したらもっとかかる。手持ちの道具も、大半は歯が立たないだろうからな」
「構わない。満足いくまでやりきってくれ。必要なら声をかけて欲しい。魔珠が必要なら取ってくるし、裁断ならお手のものだ」
「はっは、そりゃそうか。分かった。どうにもならなくなったらルドンを訪ねることにする」
「うん。あとは任せた」
「ああ、任された」
お互いに固く握手を交わす。
さて、ジェニングス商会を訪ねているアルマーン老が戻ってきたら、ヒノモトに帰るか。
王都見物は、別の機会に。もしかしたら、変装でもしてきた方が良いのかもしれないな。
いや、待て待て。
忘れるところだった。ニーアの様子を聞いておきたいんだが、行けるかな。
便りの無いのは良い便り、と思って待つでもいいんだが。
まだ入ったばかりだし焦るな、とか言って怒られそうでもあるな。
うむ、言伝てだけ残して帰るか。
何かあれば向こうから来るだろう。
今回無茶したら、アルマーン商会やジェニングス商会の顔に泥を塗ってしまうもんな。よしよし、自重しよう。
我が儘坊主と言われたことなんて、ちっとも、まったく、気にしてないけどな!