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 高速馬車の旅は快適だった。


 魔法回路を組み込み、魔珠を惜しげもなく消費するとんでもない代物ではあるが、どんな世界であっても急ぎの要人護送の需要は尽きないらしい。

 この馬車に込められている魔珠を人につぎ込めば、一人や二人、一人前に強化することが出来そうだ。

 そんな馬車に乗って、俺は王都を目指していた。


 馬車に並走するように、リムと大和がのんびり走っている。いくら技術の粋の高速馬車であっても、まあ、大和にしてみれば、のろまな亀と何も変わらないわなあ。

 一応護衛名目で、俺は馬車の上で日向ぼっこだ。

 そして、馬車の中にはアルマーン老とミレイアが乗っていた。


 今回の旅の目的は、実は俺の方にある。

 アルマーン老は仲介役として同行してくれていた。

 王都のジェニングス商会にやっと繋ぎがとれたとのことで、ついに王都に向かうことになったのだ。


 中に入れたものを、極力劣化させないように特殊な回路を組み込んだ保存用の袋に、銀狼の毛皮が眠っている。

 早く、共に駆け回りたいものだ。


 王都と言えば、俺はてっきりローザ山の近くだと思い込んでいたのだが、ルドンから見ると、北東のローザ山に南東の王都、と、実は真逆であることが初めて分かった。

 王都訪問のついでに槙野家に顔でも出そうかと思っていたのに、全く当てが外れてしまった。


 いや、まあ、別にどうでもいいことなんだが。

 ただ名目が立たなかったので同行者の中に凛がいないだけだ。一緒の旅は、まだしばらくお預けだなあ。


 普通の隊商なら二週間かかる距離を、この馬車なら三日で行ける。凄いな。

 まあ、大和なら二時間なんだけど。


 考えてみれば恐ろしい。

 エスト山脈にいる以上、ルーデンスの索敵に引っ掛からない魔獣が、本気で走れば二、三時間程度で王都を急襲できる。

 どんな警戒も役に立つ筈がない。

 防衛網を敷く以前に、中枢まで侵攻されてしまうことだろう。


 大和は決してエスト山脈最強の魔獣ではない。

 確かに機動力の面では飛び抜けたものがあるが、山脈の上層では、大和はまだまだ戦力とはなり得なかった。

 山が溢れたら、人間、あっさり滅びるんじゃないか?

 あの神だか天使だかが、加護を与えまくるのも止むなしか。


 そんな大和よりも俺の方が速く、そんな俺を凛は叩きのめせる、と。

 どんなパワーバランスだよ。

 本気で生きにくい世界だ。


 もしもチートを拒否していたら、もしも、あの人があのノートを餞別にくれていなかったら、まあ、最初の森で死んでいたんだろうな。

 もしくはマジク兄弟の奴隷か。


 鈴音、太郎丸、そして俺の心臓。

 俺を生かしてくれてありがとう。


 なんにもすることがなく、ただ日向ぼっこするだけの間、俺はそんなとりとめのないことを考えていたのだった。

 あとは、風になびくリムの、美しい銀髪を眺めていたりもしたけど。





 遠くに王都のものだろう巨大な城壁や、尖塔が見えてきた。

 同時に、王都前の広大な平原に、整然と並ぶ騎士達も。


 凄いな。素人目だから、どんなに凄い陣なのかは分からないが、俺の目にも、ものすごい重厚さが見てとれる。

 重装モードの全力で突っ切ろうとしても、途中で食い止められるんじゃないか?

 まあ、俺自身が疲労しない以上、時間はかかるだろうが、一人ずつ斬っていけば、いつかは相手が全滅するんだろうけど。


 ふむ、はっきり布陣が見えているのに、鈴音が反応していない。

 これは、迎えかなあ。

 なんという歓迎。いや、本当に歓迎かどうかは知らんが。

 馬車を用意したのはジェニングス商会という話だから、移動速度から逆算して迎えの陣を敷いたということかな。


「王都前に布陣している。このまま進んでいいのか?」

 馬車の中に戻り、アルマーン老に聞いてみた。

「うむ、迎えを寄越すという話だったが、なかなか盛大な迎えのようだの。天下に名高いジェニングス商会にそこまでの対応をしていただけるとは、恐縮の極みよ」

 顔だけ見てるとあまり恐縮もしていなさそうだが。


 ただ、確かに立場的に言えば、有力とはいえ地方の一商人にすぎないアルマーン商会と、王都に拠点を構える国内最高の歴史と権威を持つ大商会では、規模が違いすぎる。

 さて、何がジェニングスを動かしたのやら。


 屋根に戻り、馬車が進むに任せてみた。

 御者は、怯えたりはしていないようだな。


 ゆっくりと進む馬車の横で、堂々と歩く大和。昂然と胸を張っている姿は、何となく背伸びしている子どもを思わせたりもするが、生物としての格で言えば確かに、周りを囲む人間たちはみな格下に見えることだろう。

 鞍もなく、その背に跨がるリムは、ごく自然体にリラックスしているように見えた。こちらをちらりと見て、微かに微笑みを浮かべて見せる余裕すらある。


 翻って俺をみれば、大丈夫か?

 肩に力は入っていないかな。

 堂々と、堂々と。頑張れ、俺。

 鈴音と太郎丸がいる。心配なんてどこにもない。


 馬車を迎えるように陣が割れ、俺たちを飲み込んでいく。

 整然たる動きは本当に凄いものだが、大和を前にかなり緊張しているのだろうなあ。大和に向かう視線がかなり張り詰めていた。

 リムが首筋を撫でてやって、宥めているようだ。


 そして、俺たちが導かれたのは、本陣の真っ正面だった。

 なんとも豪華な天幕がしつらえてあり、その前に輝く甲冑に身を包んだ男たちが待っている。


 なるほど、これが国の精鋭か。

 気配が強そうなんてものではないぞ。

 凛みたいな、つかみどころのない強さではなく、エスト山脈上層の魔獣に通じるような、圧倒的な存在感とでも言おうか。

 こいつらでも、やっぱり山に殺されるのかなあ。

 まあ、エベレスト山頂で魔獣と死闘とか、考えてみれば無茶な話か。


「ルーデンス王宮騎士団長、ライフォート・フォン・アーヴィングです。四水剣総帥より最大限の配慮をもってお迎えするよう仰せつかりました。ルーデンス王都へようこそ」

 なるほど、そっちか。

 ジェニングス商会ではなく、槙野家が動いたのか。

 いや、違うか。

 槙野家を憚ったのだろうな。


 四十絡みの美丈夫は、快活な笑みを浮かべて俺を迎えてくれた。

 背中に背負った大剣がディルスランを思い出させる。ふむ、夏水剣士か。


「盛大な歓迎、痛み入る。縹局竜狼会局長、小鳥遊祐、だ」

「竜狼会リムとヤマト」

「王宮騎士団長御自らのお出迎えとは、恐悦至極に存じ上げまする」


 アルマーン老のこの態度こそが、まあ、いわゆる普通の態度なんだろうなあ。

 俺たちは、傍若無人の極みであろう。


「早速だが、用があるのはジェニングス商会に、なんだ。このまま通らせてもらっても構わないかな?」

「それなのですが、滞在はこちらの天幕にお願いしたい。可能な限り便宜ははかりますし、不自由の無いよう徹底して準備させて頂きました。どうか、この場に留まっていただきたい」

 言葉はボカしているが、ライフォートの視線は大和に向かっていた。


 まあ、そりゃそうか。

 王都には普通の人の暮らしがあるのだものなあ。


「なるほど、そういうことか。うちの子はおいたはしないぞ、と言っても、民衆の不安は消えないよな」

「お察しくださり、感謝します」

「ならば、俺はここで待てばいいのか? ジェニングスとの繋ぎは、そちらに一任しても?」

「お受けしましょう」

「分かった。では、よろしく頼む」

「私も同道させていただこう。ジェニングス商会には、私自らご挨拶に伺わねばなるまい」

「済まない、お任せする。仲介、ありがとう」

 軽くアルマーン老に頭を下げる。


 かくして、俺とリムはしばらく天幕での待機となった。

 いや、豪華すぎて、中は天幕とは思えないくらいだが。


 名目上、魔獣たる大和を囲んで布陣し、王都を守っているという体裁なんだろう。

 対外的なポーズ、なのかな。

 まあ、しばらくはのんびり待つさ。


 なんか、今回の旅に出てから、のんびり以外してない気もするがな。


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