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 館に一つ、部屋が増えた。

 部屋の主はルクアである。


 搦め手作戦成功といったところか。

 あの場でどれだけ押したとしても、ルクアの中で気持ちの整理がついていない以上、どんな選択とて最善とは言いがたい。

 要らぬ負い目を背負わせることは明白だった。

 だから一旦、話を持ち帰り、少し間を空けたのである。


 ルクアの気持ちに冷却期間を与えることと、もう一つ、俺が外堀を埋める時間を作るために。

 あの日の晩、俺は凛たちにことの顛末を話した。


「ルクアを、側室として迎えたいんだ」

 俺と差し向かいで酒を呑んでいた凛の片眉が、ピクリと跳ねた。


「貴方が言い出すのだから、よほどの事情があるのだろうな。はい、分かりました、で終わる話ではないということか。何があったんだ?」


 なんという察しの良さ。

 それとも、よほど顔に出ていたのだろうか。

 酌をしてくれているシャナや、俺に背中を預けているリムに動じた気配はない。我関せず、とまでは言わないが、話自体に拒否は見られなかった。


「出来ないと諦めていた筈の子どもが、産めるかも知れない、となってな、俺の子どもが欲しいって言ってくれたんだ。でも、嫁になるのは遠慮するって、言っている」

「ふむ、来るべきものが来た、な」

「来るべきもの?」

「ああ、そうだ。貴方の血を欲しがる者は、今後増えこそすれ、減ることはない。今でこそ、その、慈しんでもらえているけれども、私とて、最初は扶桑の血を求めていただろう?」

「まあ、最初はそう言っていたよな」

「子どもが元気に育つために、父親の力を求めるのは自然なことだ。貴方の子どもならきっと、強くなるよ」


 そうかな、そうかも。竜の血は、遺伝するんだろうか?


「力だけではない。立場も、権力も、何もかもが得られる。貴方の寵愛を受けるのも、子どもが出来るのも、貴方が持つ力を受け継ぐための条件だからな。貴方の後継者の座を巡って、権力争いが起こらない方がおかしい」

「ううむ、実感はあまり無いんだが、そうなんだよな。世襲にするとか考えてもいなかったけれども」

「他にもある。貴方の後継者は、鈴音と太郎丸をも受け継ぐのだろう」

「いや、鈴音はやらんが」

 やれんが。


「貴方がそう考えていたとしても、期待する人間は現れるよ」

「そりゃそうだ」

「貴方の妻の座というのは、そういうものだよ」

「なるほどね、だから、ルクアは遠慮するって言うわけだ」


 確かに、権力争いに巻き込まれたら、ルクアは吹き飛ばされてしまいそうだ。

 本当にただの、普通の女なのだから。

 権力と無縁に生きてきて、本人に野心がないとしたら、地位が上がるのはただ不幸になるだけではないのか?


 それに娼婦上がりという立場が消えることはない。

 これはシャナとは違う。

 誰かとの養子縁組で、社会的立場を上書きすることが出来たとしても、経歴を消せるわけではない。


 そういう意味では、子どもを作る時期も、よほど間を空けなければ、要らぬ汚名を着せられそうだ。

 五月蝿い外野を黙らせるために魔法でDNA鑑定とか、そんな都合のいいことが出来たりしないだろうか?


「もう一つ、理由はあると思う」

 リムも会話に混ざってきた。


「あなたの妻になれば、あなたの弱味になる。ルクアはきっと、嫌がる」

 そうか。人質になりうるのか。

「だけどそれなら、俺の手から離れる方が怖くないか?」

「秘密のまま、静かに暮らすつもりだと思う」


 なんだと?

 子どもを俺に見せもせず、か。

 俺は、ルクアと子どもをいないものとして扱うというのか?


 ……ふざけるなよ。

「俺の知る歴史や、どんな物語でもな、隠し子なんてバレるものだったよ。権力を求める連中は、本当にどうにかしてルクアを探し出すことだろうよ。間違いない」

「私もそう思う」

「まあ、その通りだろうな。だから、本気で守るなら、手放しては駄目だ。貴方は縹局の全てを挙げて、ルクアどのを守るしかない」


「……いいのか」

 嫌だと言われても困ってしまうが。


「貴方がそんなにも望んでいるんだ。妬けてしまうくらいに。叶えてやらねば女がすたる」

「別にいい。嫌な感じはしないし」

「えっと、その……私の想いも申し上げた方がよろしいのでしょうか?」

 なんか、顔を見れば答えは分かるような気もするが。


「シャナはどう思ってる?」

「ルクア様は大変に喜ばれるのではないかと思います。そうすれば、ユウ様もきっと嬉しく思われるでしょう。それはとても、素敵なことだと思います」

 そうか。


 ここで済まないとか、絶対に言えないな。

「ありがとう」

 本当に。

 心から頭を下げる。


 やっぱり、俺は幸せものなんだと思うよ。


 翌日、ルクアが引っ越してきた。どうやら凛が説得、迎え入れたらしい。

 まあ、側室としては、正室の言うことは聞かねばなるまいし。


「えっと、いいのかな。あの、これから、末長く、よろしくお願いいたします」

 少しばかり落ち着かなげだが、まあ、きっと、慣れていくだろう。きっと大丈夫だ。



 この先の顛末に、特に言うべきことはない。ないったらない。

 全く歯が立たなかったとか、心臓に守られていなかったらどうなっていたことやら、とか、全部内緒の話である。


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