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目の前に居並ぶのは腰の引けた戦士たち。壁を突き破って広間に出てみれば、側面を突かれて右往左往する戦士たちの真ん中に出てきた。
まあ、壁を無視して一直線に進んでくるとは思うまい。
鈴音の広域レーダーには、この娼館の中の動きがはっきりと感じられている。
迎撃に向かう戦士たち、逃げ惑う女たち、ご注進に向かうやつも分かる。
そして。
全ての報告が集まる場に、一つの気配があった。傍らに、強そうな気配を従えている。
見つけたぞ。こいつがノルドだな。
騒ぎを起こして炙り出した甲斐があるというものだ。
「邪魔をするな。ノルドに義理立てしているだけなら無駄だぞ。ノルドは殺す」
「なに言ってやがる、ここが何処だかわかってんのか?」
「てめえなんざ、ラーズの旦那にかかりゃあ、イチコロよ!」
「さっさと投降しやがれ!」
「わかった。じゃあ、死ね」
踏み込み、一閃。
人波は、あっさり割れた。
ノルドは特定した。あとは一直線だ。邪魔は、薙ぎ払っていく。
人の群れを貫通し、さらに壁を突き抜ける。
ここに来て慌てだしたか?
ノルド、もう無駄だ。逃がしはせん。
執務室だろうか。崩れ落ちる壁の向こうに、椅子に座る偉そうな男がいた。そばに控えるのは黒装束の細身の男。腰に差したのは曲がった剣だが、刀ではないな。サーベルか。
「見つけたぞ。お前がノルドだな」
結局逃げなかったらしいノルドは、椅子に座ったままだった。
「エルメタール団か、ずいぶんと跳ねっ返りらしいな」
「竜狼会だ。竜狼会局長、小鳥遊祐、お前を殺す」
「ふん、ラーズ、教育してやれ、身の程というものをな」
「はっ!」
黒装束の男が応えて、俺とノルドとの間に立ち塞がった。
邪魔くせえ。
「閃光剣のミルズを倒したそうだな」
「ああ、そうだな」
「ミルズ如きを倒して高みに昇ったつもりか。身の程を教えてくれる」
「そうかよ、お前、四水剣士か?」
「はっ、俺をお飾り剣術と一緒にしないで貰おうか。我が流派は伝説の剣豪、テュアレ・ダンジェリカの流れを汲む実戦剣技、黒鳥流。ミルズには影を捉えることすら叶わなかった剣、その身に刻んでくれよう」
なんだ、この三流臭は。
本当に強くて、四水剣を馬鹿に出来るものか?
ミルズの方がよほど強そうなのになあ。ちゃんと四水剣を恐れていたし。
だが、こいつは流派を名乗った。
ならば、強さの質が違うのかもしれない。どの程度かは知らんが。
「ご託はいい。来るならとっととかかってこい」
「身の程を知らぬ全能感は子どもの特権だな。大人の世界を知れ、ガキが」
その瞬間、助走のない不思議な跳躍で、いきなりラーズの姿が消えた。
と、普通ならそうなるんだろうなあ。
鈴音に支えられた俺の速さの前に、スピードで対抗しようとは、まあ、こちらこそ本当の身の程知らずだよな。
フェイントを振る踏み込みを無視し、間合いに入った瞬間、鈴音で斬り込む。
ここでラーズに見せ場が来た。
なんと、彼は鈴音を受け流して見せたのだ。
やるじゃないか。
受け流しの力を踏み込みの力に変えて、ラーズは俺の懐に潜り込んできた。
そして、鈴音の下を掻い潜るように俺の水月に剣の柄頭を叩き込み、すり抜け様に、身を翻し、脇腹を切り抜いていく。
なるほど、武術というものは本当にすごいものだ。
人格がどうあれ、大都市ルドンのトップを護衛するレベルなんだ。俺では分が悪い。
「なあ、水心流を知っているか」
「は? 存在すらあやふやな神代の武術を持ち出して、なんのつもりだ」
「いやな、その達人に、こないだコテンパンにやられたんだよ」
「それは良かったな。今から黒鳥流にも殺られるよ」
戯れ言は聞き流そう。
「俺の弱みがよく分かった。だがな、同時に、俺の強みも、とてもよく分かったんだ」
怪訝そうなラーズ。
それを無視して、俺はノルドに歩み寄った。
「教えてくれ。どうして高みの見物をしていられると思ったのか」
「なっ!」
慌てて切り込んでくるラーズなど歯牙にかける必要もない。
太郎丸の表面を、空しく斬撃が滑っていく。
鈴音の導くままに、真っ直ぐ進む。凛お墨付きの俺の正中線、何をしようと崩せるものかよ。
逃げる間など与えず、ノルドの頭を掴み、吊し上げる。
ギリギリ潰さない程度に、そっと力を込めて。
部屋に響き渡る悲鳴。
焦ったのだろう、ラーズの動きが乱れた。ならば、捕まえるのも容易い。
片手にノルドを吊るしながら、残りの腕で、ラーズの体を抱え込む。
太郎丸のパワー、外せるものなら外してみろ。
「ば、バカなあっっ! あり得ん、なんだ貴様は!」
「それがお前の身の程だよ。テュアレ・ダンジェリカは立派な男だったのだろうな。だが、お前はテュアレじゃない。先祖を誇るのは勝手だが、弱きをいたぶり、強きに敬意を払わないお前を、テュアレはどう思うだろうな」
「くっ、はっ、放せえっ!」
「お前、俺が命乞いをしたら聞くつもりだったのか?」
その言葉が浸透したのか、ラーズが絶句する。
「テュアレに詫びてこい」
ラーズを押し潰し、改めて、ノルドに目を向ける。
悲鳴は絶え、痙攣しそうだ。
おっと、吊るしすぎたか。
「さて、ラーズもいなくなったことだし、ゆっくり話を聞こうか」
地に足をつけてやれば、喘ぐように息を吹き返すノルドの姿があった。
頭の締め付けを緩めてやるつもりはないが。
「まあ、お前の言い分を聞くつもりはないんだけどな。聞きたいことは一つだけだ。お前、どうやってあの女たちに死を強制した」
「お、お前、何をしてるのか分かってるのか、私にこんなことをし、いぎゃあああ!」
「まだ分からんのか。お前は殺すと言ったぞ」
軽く締めてやれば、多少は大人しくなるだろう。
「わ、私を殺せばルドンすべてが敵になるぞ!」
「それが何か問題になるのか?」
「な、ルドンを敵に回して、勝てるつもりか」
「そうだな。まあ、俺が勝とうが負けようが、そこにお前はいないよ」
暴れ方が、ひときわ激しくなる。ようやく、俺の本気が伝わったか。
「答えろ。彼女たちに何をした」
「人質だっ! 姉妹を分けて管理してるっ!」
「そうか、分かった。さよならだ、ノルド」
「ま、待て、待ってくれ、ルドンが乱れれば戦争が起きる、お前、いや、あなたは、あなた様は戦争を起こすつもりなのか」
何を言っていやがる。
「馬鹿だなあ。戦争を起こすのは、俺じゃない。お前だ。お前が、戦争を起こしたんだ。戦禍に巻き込まれる民の恨み、一族郎党で受け止めるがいい」
「そんなっ、家族は、家族は関係ないだろう!」
なんだよ、いきなり善人ぶりやがって。
「お前、家族は大事なのか?」
「そうだ、そうです! 家族だけはっ! そうだ、娘が、娘を差し上げるっ! 評判の美しい娘なんだ、差し上げる! だから!」
「人様の娘を捨て駒にしておいて、都合のいい話だな。そんなに自慢の娘なら、分かった。奴隷商に売ることにする。お前みたいな娘想いの奴隷商に買われることを祈るがいい」
「うわあっ! 嫌だっ、助けて、助けてください! 命だけはっ! 」
「黙れ」
最後は自分の命乞いかよ。娘可愛さは何処に行った。
頭を握り潰し、強制的に黙らせてから、俺は溜め息を禁じ得なかった。
あの女をむざむざ殺させてしまった悔いを、八つ当たりした自覚を隠すつもりはない。
ルドンに来たときは観光気分だった。
あの時の気楽な俺を、殴ってやりたい。
俺はもう、決して忘れてはならない。
俺自身は、どんな罠でも食い破れる。だが、巻き込まれる誰かは、決してそうではないのだ、と。
痛い、痛すぎる教訓だったよ、ノルドめ。
償いにもならんだろうが、姉妹を人質にとっているという話だった。
責任をもって、自由の身にしてやる。
……済まなかった。