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荷造りなどは全て完了し、がらんとした大広間に、俺たちは集まっていた。
俺の右手にはジークムント。
俺の左手にはヴォイド。
見届け人の凛を始めとした華桑武士団は俺の後ろに控えており、いま、砦にいる残り全員が、俺の前に集まっている。
広間には入れない大和も広間から続きの中庭におり、リムと一緒に開け放った大扉から中を覗き込んでいた。
ジークムントとヴォイドから、同盟、ならびに縹局設立の説明は為された。
ジークムントが、ヴォイドに向かって剣を掲げる。
「エルメタール団、ジークムント」
応じたヴォイドも剣をかざし、剣先を重ねた。
「雪嵐団、ヴォイド」
そして、二人の言葉が重なる。
「同盟は成された。我らが盟主、竜狼会、タカナシユウ様の名のもとに!」
広間に美しい、澄んだ鈴の音が響き渡った。
ゆっくりと抜き放った鈴音。ジークムントとヴォイドの剣に重ねるように掲げる。
「拝命する。俺から求めることはただ一つだけ。皆、惜しまれて死ね!」
おおっ、と、喚声が応えてくれる。
見渡す誰もが、晴れやかな表情を浮かべていた。
乾杯も、宴会も無しだ。身内だけの、ささやかな宣言。
それでも俺にとって、俺たちにとって、大きな一歩だった。
誰ともなく、剣を抜き、俺たちに合わせるように大きくかざしていく。
「竜狼会、万歳!」
「ユウ様、万歳!」
「エルメタール団、万歳!」
「雪嵐団もだ、万歳!」
広間を埋め尽くす銀光。
それは例えようもなく、美しかった。
そこからしばらく、忙しい日々が続いた。
竜狼会のエンブレムも完成し、第一号のそれを持って、ニーアは学院に向けて出発した。
アルマーン老が何をやったのかは怖くて聞けないが、ルドンに拠点を持ったアルマーン商会を通じて職人を雇用、都市の修復に全力を傾けている。
それと平行して、周辺の治安維持が大きな課題となった。
グリードが抜けた空白地に、余計な勢力を入れるわけにはいかない。
交代で周辺警備に当たり、都市に戻れば環境整備、と、正直休む間もない筈だ。
それでも、皆の顔は明るかった。
精神が肉体を凌駕するというのも、度を越せば害悪にしかならないが、その辺りの見極めは、ジークムントに任せておけば大丈夫だろう。
もともとジークムントは自分が無理するのは厭わない癖に、団員にはなるべく無理はさせないよう努力していたらしいから、今の俺たちの中でも管理者として適任なんだと思う。
周辺警備のエースは、やはりリムと大和だった。
機動力が桁違いなのである。他の誰とも組ませるわけにはいかないのが明白だった。
俺なら一緒に走り回れるんだが、残念ながら、俺は警備には回れていない。
外交折衝に、忙殺されていたからである。
いや、まあ、そんな大袈裟なものでもないが。
楓を通じ、竜胆藩に顔を出して大騒ぎになったり、風の谷から出てきたザイオンと、ガチの決闘をしてみたり。
ザイオンは、今ではどこにでもついてくる、腰巾着みたいになってしまった。
まあ、くそローザの加護を籠めた全力の一撃を、全く避けもせずかすり傷さえ負わずに体で受け止めて見せたのだ。心はポッキリ折れただろう。
太郎丸の勝ちだ。
風の谷の戦士団は、エスト山脈を狩り場にしているだけあって、かなり強力な一団だった。ザイオンを頭として、今では縹局に名を連ねる同盟者となっている。
風の谷からの戦力供給を受け、代償として通商ルートを竜狼会の名で開拓することとなったのだった。
戦士の数は百人を超えるまでになった。それでも、都市にはまだまだ余裕がある。今なら家は選び放題だな。
まあ、大体グループで固まってはいるようだが。
そして、俺は領主の館であったろう大きな家を、一軒貰うことになった。いや、本当に領主の館だった筈だ。なにしろ、謁見の間があるくらいなんだから。
ミルズや、名も知らぬグリードの頭目が住み着いていたのだろう館は、それなりに痛んでいたが、シャナの八面六臂の大活躍によって見違えるほどに綺麗になった。
洒落た中庭があったり、奥向きの部屋が多くあったり、本当に城に近いな、これは。
太郎丸が呼ぶ通り、俺は『お館様』になったわけだ。
リムも、シャナも一部屋ずつ確保しており、厩を一棟丸々改造して大和のねぐらも作る予定だ。
ああ、本当に、俺たちの城を作っているんだなあ。
凛?
……同じ部屋だよ。
会議室で、俺たちは一つの招待状を前にしていた。
「罠だな」
「罠ですな」
「罠でしょうな」
俺と、ジークムントにヴォイド。縹局の運営会議、か?
形式張るなら最高評議会とか名乗ってみようか。
「まあ、食い破れば済むわけだが」
「左様ですな」
「目的は見極めといったところでしょう。御せるならばよし、御せぬならば、何らかの手をもって、その場で押し包むつもりではないでしょうか」
ううむ、怖くもなんともないのは問題だな。油断してしまいそうだ。だが、鈴音と太郎丸がいて、俺相手に何を出来るだろうか?
「ノルド、ね。こいつはどんなやつなんだ?」
「表向きは娼館の経営者ですな。ミルズが懇意にしていましたから、まあ、取り込まれていたのでしょう。裏向きには奴隷など、手広く扱っているようです。ただ、それですら表向きの顔とも言えますな」
「裏社会の顔役、ってところか?」
「左様です。そもそもルドンは国境地帯ということもあり、移民、難民の坩堝となってきた歴史があります。かといって、それではいざ戦時に後背に不安を抱えることにもなりましょう。そのため、各民族を取りまとめる必要がありました。その結果、現在、ルドンには大きく三つの組織がございます」
「ルーデンス系、タント系、サルディニア系、か。三竦みのようにも見えるが、実質は協力体制なんだろうな」
「左様です。領主とも協力関係を結んでおり、非合法活動の黙認の代わりに戦時での各民族の引き締めと、内通者の炙り出しを請け負っております」
「なるほど、そりゃあ潰せないなあ」
町を牛耳る悪役かと思っていたら、統治機構にガッチリ食い込んでいた件、って感じだな。
不動の地位だ。逆らおうと思う方がおかしいレベルの。
その辺の利権にあぶれた連中がグリードか?
もしくは、都市の外を担当する四つ目の組織だったか。
ならば、ノルドが求めてくるのもそういう関係性、と考えていいんだろうな。
「ノルドはルーデンス系の顔役を務めております」
まあ、妥当なところか。
俺の情報をどのくらい集めているんだろうか?
「華桑、槙野家と俺の関係はどの程度知られているだろうか」
「左様ですな……。推測になりますが?」
「構わない。聞かせてくれ」
「ユウ様が華桑人と見なされている関係から、華桑を表だって挑発することはありますまい。そういう意味では本気で取り込みにかかっている、と考えてもいいかと思います。槙野家に関しては、恐らく想像の埒外かと。華桑の王家が一地域の戦士に目をかける、とは普通は考えません。まして、槙野本家が主と仰ぐものがあるなどとは」
なるほど、そうか。
披露宴をまだやっていない以上、凛の嫁入りはまだ公の情報にはなっていない。本家の長女がルドンまで来ているとすら、考えないのではないか。
なるほどねえ。
はぐれ者の華桑人剣士、そう思われているなら、話は楽だなあ。
よくて槙野家のお気に入り、くらいに考えられていれば、確かに本気で取り込みにきているのかもしれないな。
まあ、いい。
いずれにせよ、ルドンを無視することは出来なかったんだ。向こうから来るというなら、いいチャンスとも言える。
ある意味、予定通りだしな。
ここまで来ていながら、俺はまだルドンの街並みを眺めてもいないのだ。
観光がてら、行ってこよう。
名物料理でも、あればいいな。