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「なるほど、この先ルドンとは揉めるかもしれないんだな」
廃棄都市の片隅、俺はヴォイドと向かい合っていた。
「はい、そうです。華桑の動きが予想以上に早く、また、槙野本家が動いたとあらば、縹局の形を作ることが最優先と判断しました。グリード内部の掌握は完了しましたが、ルドンへの根回しまでは手が及ばず申し訳ありません」
「いや、構わない。揉めるとしたら、相手はなんだ?」
「現在のルドンの統治は、王位の継承権こそありませんが王家の末席たる公爵家が行っております。軍事的には最重要拠点ですので。仮にも王族の端くれ、華桑に敵対する意味はよく知っている筈ですから、表立っては波風は立ちますまい。動くとしたら裏社会、グリードの後釜を接収しようとする可能性が高いと判断します。元々グリード自体、その裏社会からあぶれたものたちであり、下に見られておりましたからな」
「グリードを潰した程度で調子に乗るなよ、ってところか?」
「ご明察、恐れ入ります」
「ファールドンに留まるならしばらくは安泰、だが、こちらに移ってくるなら、覚悟がいる、そういうことだな」
「左様です。名前の浸透度合いによっては向こうから寄ってきても不思議はないのですが、今の段階で正確に見極めてくるとは思えません」
「分かった。お前は数人連れて砦まで来てくれ。同盟と、縹局の立ち上げをしよう。雪嵐団本隊は、ここの維持だ。本気で移動を、考えてみる」
「了解しました」
「俺たちは一歩先に帰る。お前が着くまでには結論を出しておくからな」
「はい、でしたらお持ちいただきたいものがあります。結論の一助になるかと」
「ん、なんだ?」
「アルマーン商会の主にお渡しください。カルナック商会がグリードに荷担した理由、です」
「ふむ、それは、渡せば分かるんだな?」
「ジェニス・アルマーンであれば、有効に使えるのではないかと考えます」
「分かった。お前がそう言うなら、結論は移動の公算が高い、ってことだな。覚悟は、決めておこう」
深く一礼し、ヴォイドは準備に向かった。
厄介な話だ。裏社会というからには、マフィアとかの類いだろうか。
よくあるファンタジーでは、町を牛耳る盗賊ギルド、とか定番だよな。
殴れば黙ってくれる相手ではないだろうし。
なんとか必要悪レベルに納めてもらって、ある意味でセーフティネットみたく働いてくれたらベターなんだが。
まあ、いい。
こちらが出張れば、向こうから接触してくるだろう。
取り敢えず、砦に帰るか。
それにしても、ヴォイドの情報収集能力は凄まじいな。これがヴォイド個人の能力なのか、タントの力なのかで、評価は大きく変わる。
タント、やばくね?
重装モードで大和と並走し、有無を言わせぬ凄いスピードで帰った結果、普通の隊商なら一週間、こちらの一週間だから六日だが、その距離を一時間ほどで走り抜けた。
周りの被害を省みなければ、もっと早く帰れるんだが、まあ、それはどうでもいい話か。
この世界、能力の格差が半端ないぞ。
ここまで点が強化できるんだから、なるほど、集団の底上げに、意識が向きにくいわけだ。
じんわり強い集団より、圧倒的な個を作った方が、戦場を左右しうる。
戦略、戦術の立て方も、この驚異的な点の能力を前提に組まなければなるまい。俺の知識は、全く役に立ちそうにないな。
まあ、俺自身、色んな作戦を力ずくで突破できるのは明らかだ。
だが、さすがに、リムや大和みたいな力が一般的とは思わないが、俺ですら凛の前では赤子同然だった。国のトップクラスには、それくらいの連中がゴロゴロしていると考えた方がいいだろう。
なるほど、生きにくい世界だ。
砦に着いた俺は、その足でアルマーン老の部屋を訪ねた。
「ああ、ちょうど良いところに来られた。そろそろ商会へ戻ろうと思うておってな」
「そうだったか。間に合ってよかった。少し相談があるんだが、時間はもらえるか」
「もちろんだ。遠慮などせずともよい。話を聞かせていただこう」
全くいつもと変わりないような応対に、少しだけ気後れしたのは内緒だ。
「単刀直入に聞きたい。ルドンへ出るのか」
「おお、その事だったか。そうだの、支店を出そうかと考えておるよ。カルナック商会をな、追い落とす」
ああ、なるほど、その話だったか。
先のグリード襲撃の時、カルナック商会の作戦への関与が明らかとなっていた。アルマーン老は、その作戦指令書など、様々な証拠を、外交カードとしたのだ。とはいえ、状況証拠の域を出るものではなかった筈だ。
ならば、ヴォイドの資料は、その裏付けになるんじゃないだろうか。
「これを、見てくれ」
「拝見しよう」
渡した資料を読み進めるにつれ、アルマーン老の顔色が変わっていた。
さて、これはいい知らせなんだろうか?
少なくとも、アルマーン老の顔は、すごく怖い。
そして、怖い笑顔だ。……敵にしたくねえ。
「なるほど、これは方針を変える必要がありそうだ」
「悪い知らせ、なのか?」
「いや、そうではないの。この資料の信憑性にもよるが、これが真なら、カルナックを追い落とすのはやめだ」
あれ?
ということはルドンには出ないのか?
てっきり移動の方向に進むと思ったんだが。
だが、最後まで読みきったアルマーン老は、恐ろしげな悪どい笑みを浮かべていた。
「カルナック商会を呑み込む」
その返答は、予想外だったよ。
ヴォイド、いったい何を渡したんだ。
カルナック商会はルドンでも有力な商会の一つだった。それが何故、グリードと組んだのか。
まして、ある意味、凄まじく短絡的なファールドン乗っとり計画にまで暴走したのか。
まあ、よくある話と言えばよくある話だったらしい。
要は商売の失敗で屋台骨が傾いたのだ。形振り構わない再建策に奔走する中で、カルナックは道を誤った。
いや、どちらが先かは分からないが、グリードに弱味を握られたのだ。
あとは一蓮托生、暴発を押し止めるものはなかったわけだな。
魔獣のコントロールというタントの誘惑が、悪い方向に後押しした気がしなくもないが。
私兵団を維持する余裕もなく、実質グリードを私兵として使うなかで、関係は取り返しがつかないほどにズブズブとなった、と言える。
弱味そのものが何かはアルマーン老からは聞いていないが、頼みの綱のグリードが消滅した今、カルナック商会が生き残る道はアルマーン商会への吸収合併しかない。カルナック商会は、賭けに負けたのだ。
アルマーン商会のルドンへの橋頭堡は確保した。
ならば、俺たちの拠点も、あの廃棄都市に移してもいいだろう。
その夜、食事の場で、俺は皆に話してみた。
俺としてはやはり驚きなんだが、エルメタール団としては、特にこの砦に未練があるわけではなかった。
流浪の果てに見つけた良い場所だったのかもしれないが、今となってはその魅力も薄れた。
リムの言葉ではないが、安穏な生活が遅れるなら、どこでもいい、というのが本音だったのだ。
生きることと生き延びることが同義であると感じてはいたが、なるほど、特定の場にこだわるのも、未練を感じるのも、余裕があればこそなんだな。
生きるために必要なら、生き延びるために必要なら、ねぐらは、どこでもいいんだ。
意思はまとまった。
引っ越し準備をしている間に、ヴォイドたちも着くだろう。
縹局の立ち上げは、この砦でやりたい。それは、俺のわがままだ。俺の未練だ。ここは、この世界での、俺の最初の家なんだから。
そして、新たな出発だ。
次に拠点を移すときには、皆が未練を感じてくれるよう、皆に余裕を与えられるくらいになっていたいものだ。