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 戦場に轟く咆哮。

 俺たちの開戦の狼煙は大和が盛大にあげてくれた。


 いろんなゲームで見てきたが、ファンタジーでは強大な魔獣の咆哮には凶悪な力や付加効果があることが多かった。

 確かに、圧倒的な上位種から放たれる凄まじい叫びを間近で聞いてしまうと、萎縮してしまうのも分かる気がする。


 もとより普通なら、姿を見るだけで畏怖してしまうような巨大な狼だ。

 魔珠を入れる前のリムも、ただその存在感に圧倒され、怯えていた。


 今ではお母さんだが。


 空間を震わせるような咆哮に、敵味方を問わず皆、竦み上がっている。

 その硬直した戦場を、銀の光が駆け抜けた。

 まるで舞い踊るかのようにしなやかに、滑らかに。


 光の軌跡に沿って、一瞬の間を置き、盗賊たちがバタバタと倒れていく。

 戦場を突っ切り、グリードの陣を貫通して振り返り佇むその姿は、返り血一滴すら浴びていない。


「竜狼会、リム」

 静かな宣言。


「え、リムだって?」

「竜狼会?」

「ファールドンの金狼姫か?」

「違う、銀狼」

 そこは訂正するのな。

 いや、まあ、当然か。それが誇りなのだから。


 そのリムを追いかけて、大和が突入した。

 鎧袖一触とはこの事か。

 牙や爪を使うまでもない。そのパワーとスピード、存在そのものが既に凶器だ。


「まっ、魔獣がっ!」

「まさか、こんなことが……!」

 揃いの装備に身を包んだ、ヴォイドの傭兵団だけ器用に外して、大和は戦場を駆け抜け、リムのもとへ。


 そして俺は。

 グリードの今の指揮官の頭上に、遥か高みから、着地した。当然、踏み潰しながら。

 足下の肉塊を踏みしめ、立ち上がり様に大きく一回転。抜き打ちの鈴音と翼に斬り抜かれ、俺の周囲に円形の空白地が出来上がる。

 指揮官を含む中枢部隊が、消滅した。


「盗賊改めだ。神妙にしろ」

 声を張り上げる必要などない。戦場を見渡しながら、宣言する。


「なんだ、なんなんだ……」

「お前ら、何なんだ!」

「何が起こってるんだ!」


 誰何の声はない。

 誰だ、ではなく、何なんだ、と問われているのだ。まあ、無理もないか。常識では計れまいよ。


「竜狼会局長、小鳥遊祐」

「ユウとリム、エルメタール団なのか?」

「まさか、鎧のやつか?」

 有り得ない事態に思考停止していたグリードたち、そこに俺たちの名が染み込むにつれ、恐慌が拡がっていく。


 まあ、グリードにとって、俺の名は鬼門だよな。

 団長を殺し、最強戦力のミルズすら討ち果たした恐怖の対象だろう。

 先の遠征に加わっていた連中も多い筈だ。

 いいぞ。存分に怯えてくれ。


 逆に、ヴォイドの傭兵団はまだ、俺の事を具体的には知らない筈だ。先の遠征の顛末を、伝聞で聞くのがせいぜいだっただろう。

 これから共に戦うんだ。俺たちの事を知ってくれ。俺たちの戦いを、今から見せてやるよ。


ばくはない。グリードども、死ね」

 死の宣告と共に、手近なグリード残党に斬り込んでいく。


 リムと大和も動き始めた。殲滅スピードは俺と比べるべくもない。こちらが偽装モードである以上、俺の方が圧倒的に下回るのだから。

 その代わり、俺は傭兵団に語りかける。外周の敵を、リムたちに任せて。


「どうした、やらんのか。賊は浮き足立っているぞ」

 自分自身も浮き足立っていたのだろう傭兵たちが、ハッとした表情を浮かべる。さて、届いたかな?

「そ、そうだっ! 雪嵐せつらん団、かかれえっ!」

 雪の嵐ね。寒さが厳しいと聞くタント出身のヴォイドらしいネーミングじゃないか。

「よし、内側は頼んだ。これより三方から、追い込む」

「りょ、了解しましたっ!」


 おいおい、敬語になってるぞ?

 まあ、無理もないか。


 翼を一打ち、空に舞い上がる。リムと大和、そして俺で正三角形を描くように別れ、グリードを包囲。

 そして、殲滅戦が始まった。


 重装モードなら簡単なのになあ。とはいえ、今の俺は竜人としてここにいる。残念ながらパワーは大幅に制限されてしまう。

 その代わり、今回は魔法を大盤振る舞いだ。

 全生命力を傾けた大規模魔法を連発し、グリード残党を根こそぎにしていく。


 俺が砲台と化したその対角では、魔獣のランクとしては計測不能な災害レベルの蹂躙が行われていた。そしてその対角、生身で軽鉄騎乗りのミルズを上回るスピードで走り回る銀狼姫がいる。

 前とは違う。今回は残さない。もう、逃がさない。


 さほど時を要さず、殲滅は完了した。降伏する間すら、与えなかった。

 そして、雪嵐団の指揮を執っていた男が近付いてくる。


「雪嵐団副長、レオンであります。団長より、エルメタール団からの援軍があると聞いてはおりましたが、よもやお二人だけとは思いもしませんでした」

 まあ、普通はそうだな。

「訂正だ。三人、な」

「あ、は、はあ……。その、失礼しました」

「済まないな。普通じゃあ、ないものでね。さあ、作戦の締めといこう」

「はっ!」


 なんだろう、レオンは軍人崩れか何かかな?

 返事が固いぞ。なんだか、今にも敬礼しそうな勢いだ。

 作戦としてはこのままグリードの本拠地を強襲し、完全にグリードを消滅させるのが目的だ。

 戦力的にはまだ本拠地には百人単位で残っているだろうが、主要戦力は先の遠征に続き、今の戦いですべて潰した。あとはもう掃討戦である。


 彼らの本拠地は廃村、というか都市に近いような大規模村落の跡地だった。

 ルーデンス王国は実質としては点と線で構成されており、面の支配が薄い。多くの点が生まれ、存続できずに滅びていった都市も多いのだろう。グリードの本拠地は、そういった廃棄都市を占有したものだった。

 なるほど、大規模な集団を維持できるわけだ。


 城壁に囲まれた、小規模城塞都市レベル、かな。

 このあと攻城戦になるのなら、本来なら厄介な戦いになったことだろう。グリードを滅ぼそうと思うなら、この城壁を越えなければならなかったのだから。

 存在が有名でありながらなお、討伐しきれなかった理由と言ってもいい。苦労の割りに実入りが少ないのだ。

 俺たちの前には、紙も同然ではあるが、これまでグリードを守りきってきた城壁というわけだな。


 あの砦もいいけれど、今後、縹局として規模を大きくしていくのなら、こういった廃棄都市を利用するというのも良いアイデアかもしれないな。

 アルマーン商会も、近々ルドンに進出するという話がちらっと出ていた。

 それが本当なら、拠点を移すのも考えてみてもいいかもしれない。


 盛大に粉砕してやった城壁の門扉を踏み越えて雪嵐団が突撃していくのを見ながら、俺はそんなことをぼんやり考えていた。

 一応再利用の可能性を考えて、城壁には傷をつけないように配慮してみたのだ。


 村というか、都市というか、この城塞都市の反対側からは、リムと大和も壁を跳び越えて突入を開始している。勝敗は、決した。

 本来外敵からの守りに働く城壁が、今回ばかりは内からの逃亡を妨げる。

 作戦は、順調に終わりを迎えた。


 囚われた犠牲者たちの救出、雪嵐団の家族らの保護も滞りなく終わり、賞金首の心珠の回収、死体の処理も特に問題はない。

 不測の事態に備えて、本拠地で僅かな手勢と共に待機していたヴォイドとも無事合流を果たし、雪嵐団全員が、今、俺の前に平伏している。

「顔はあげてくれ。今はまだ援軍で来ただけだよ。エルメタール団と雪嵐団、同盟は対等にいこうじゃないか」

「はい、ではそのように」

「い、いえ、その、エルメタール団とはそれで良いかもしれませんが、竜狼会のユウ様を相手に対等と言われましても……」

 なんだ、レオン、本当に頭が固いな。グリードでは相当、馴染めなかったんじゃなかろうか。

「気にするな。竜狼会はエルメタール団の食客だよ。先のことは後で考えればいい。今はただの、食客なんだよ」


 そうなのだ。縹局が立ち上がっていない以上、竜狼会の名に実はない。

 今はただの、居候だ。

 リムは引き抜いたけど。


「まあ、おいおい、な。それよりこれからのことだ。この廃棄都市は、雪嵐団だけで維持は可能か?」

「そうですな。短期間であればなんとでも、といったところでしょうか。ルドンの勢力が食指を動かす魅力があるわけでなし、相手は魔獣止まりとは思いますが、五十人足らずで守るには少々広すぎるのが難点ですな」


 やはりそうか。

 拠点としての魅力、どう考えるべきか。

 エルメタール団の本拠地として、砦にはかなり愛着があるのだが。


 いや、待てよ。


 俺の愛着はどうでもいい。

 エルメタール団としてはどうだ?


 あの砦が団の本拠地として重宝されたのは、魔獣が出なかったからだ。ところが、今は普通に魔獣の襲撃がある。

 俺が入る前のエルメタール団の規模で維持できる拠点ではない。

 元々流浪の集団だったわけだしな。

 意外と、こだわらなくても良いかも知れない。


 引っ越し、考えてみようか。

 ジークムント……は置いといて、他の皆、特にアルマーン老だな。

 ……俺が言い出したら、みんな従いそうな気もするけど。その意味では、問いかけは慎重にしなければなるまい。


「分かった。結論は早急に出すから、しばらくは維持を頼みたい。ただし、無理はするな。それくらいなら、放棄して砦に来い」

「了解いたしました」

 まあ、門も潰してしまったからな。再利用のことは考えたけれども、それまで維持する期間を考えていなかったなあ。


「ヴォイド、少しいいか」

「はい。では、雪嵐団は後始末に動きますので。レオンに指示を出しておきましょう。すぐに戻ります」

「ああ、任せる」


 下がっていくヴォイドと入れ替わるように、リムがやって来た。

「リム、疲れてないか」

「大丈夫。あれがヴォイド?」

「ああ。ぶっちゃけて言えば、元グリード幹部だよ」

「いつ知り合ったの?」

「先のグリード戦でやりあった時にな」


 多少いぶかしんではいるようだが、済まない、リム。正直、説明に困る。


「怪しかったら殺そうと思っていたけど、大丈夫みたい」

「そうだな、そこは信じてもらっていいと思うよ。盗賊働きは決して望んだ生き方ではなかったようでな、新しい生き方を提示したようなものなんだ。グリードの中にも、これだけの賛同者がいたんだなあ」

「せずに済むなら、盗賊なんてやりたいとは思わない」

「ま、そりゃそうか」

 嘘こそついていないが、核心をボカさざるを得ないのが辛いのは相変わらずだ。

 済まない、リム。


「なあ、砦を離れると言ったら、嫌か?」

「嫌、私もいく」

 あら、勘違いさせたか?


「いや、そうじゃなくてな、拠点を移すってことを考えていてな」

「ねぐらなんてどこでもいい」

「そうか、そんなものか?」

「うん。安全ならそこが一番。快適なら言うことはないけど」


 そうか。

 仲間、リムにとっては群れ、か?

 群れがまとまっていられるなら、確かに拠点がどこであろうと構わないか。優先順位の問題だ。


 確か、動物もののテレビ番組とかでも、巣作りは場所にこだわって作るものの、いざ、そこが危険と分かればなんの未練もなく即座に捨てる動物たちの姿をよく目にしたような気がする。

 なるほど、そういう感じなのかもしれないな。


 まあ、慎重に、と言った舌の根も乾かぬうちに、どストレートに聞いてしまったがな!


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