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 あの日、凛との婚儀の翌朝から、俺の呼吸は変わったと思う。

 無限にも思える凛との睦合いのなかで、まるで溶け合うかのような感覚と共に、確かに呼吸が重なりあった。


 その呼吸を、なんとなく体が覚えている。

 その呼吸を、鈴音が最適化し、導いてくれる。

 俺の中に残された、あの理想の呼吸を、鈴音が再現し続けてくれているのだ。


 いわば、鈴音と共にある限り常に、俺は呼吸法の鍛練を続けているに等しい。そう思えば、俺はこの世界に来てからこっち、鈴音を常に肌身離さず身に帯びていた。

 ならば、俺はこれまでもずっと、理想の体の使い方、最適な正中軸を作る修練を日夜を問わず続けていたことになるのではないか?

 凛が言うところの俺の体の出来の良さは、そのお陰で培われたものではないだろうか。


「その通りじゃの。あと補足するならの、お主の体は新しく作り出されたものよ。本来なら生活の果てに染み付く筈の癖やら凝りやら、体の歪みのようなもの、それらが一度全部リセットされておる。その状態で凝りの生じようのない最適な体の使い方だけしておったのだ。純粋培養された体ぞ。これから武術を始めるには理想的じゃの」


 ……な、なるほど。知らぬ間に、こんな形でも、俺は鈴音に助けられていたのか。


 思い返せば、確かに、鈴音が要求するどんな動きでも、俺は鈴音の導き通りに動けた。昔では考えられない体の柔らかさだ。股割りだって余裕だもんなあ。

 新品の体を、劣化させることなく鈴音が守ってくれていたんだな。

 ありがとう、鈴音。


 そして凛、俺に理想の呼吸を刻み込んでくれてありがとう。

 あの感覚は、凛とだけしか起こらない。

 あの、何もかもが重なりあうような、あの瞬間。

 お互いの何もかもが分かり合えたようなあの瞬間。


 リムでも、シャナでも無理だ。凛となら、呼吸が引っ張られると言うのだろうか?

 全てが溶け合う感覚。考えてみれば、まだ初めて会ってからたった十日ばかりだと言うのに、思わず愛している、などと言ってしまうとは思わなかった。


 もちろん、気の迷いなどではない。

 凛はなりふり構わず、俺の中に飛び込んできている。その全てがいとおしい。

 リムも真っ直ぐ、一直線に俺の中に突っ込んでくるし、シャナに至っては、人生そのもの、命そのものがもう俺の中に預けられている。

 なんと、幸せなことだろうか。


「まあ、世が世なら爆発しろ、では済まんじゃろうの。その分、大きなものを求められておると思っておけい」


 ああ、そうだな。

 大きなものか。全然苦労でもなんでもないぞ。

 望むところだ。


 俺が求められている。そう思って貰えているというのは、素直に嬉しい。執着して貰えているというのが、本当に、嬉しいんだ。

 今だって、凛も、シャナも、俺の帰りを待ってくれている。

 戦場に一人立ちながら、俺は砦に想いを馳せていた。





 ヴォイドからの繋ぎが来たのは、結婚式の三日前だった。

 エルメタール団傘下に入りたい、という名目でやって来たのはエリザという女性だ。


 もし地球にいたら、きっと眼鏡が似合っただろう、という感じの理知的な女性で、会話の端々にヴォイドへの敬意、いや、愛だろうな、クールな外見なのに激しい熱情が覗いている。

 おそらくは、タント時代からの子飼いの部下なのではないだろうか。


 ヴォイド自身はもう少しじっくり根回ししたかったらしいが、槙野家が動いた、つまり凛が来たとの情報から、計画を前倒しにしたそうだ。

 彼女の情報をもとに、俺は単身、ヴォイドに会いに飛んだ。

 宴席用の肉を狩ってくる、との名目で。

 ルドン近くでヴォイドと会い、帰りがけに山脈を回って狩りをしていったのだ。


 ヴォイドとの話は、主に縹局の発表時期についてに終始したと思う。

 名乗るにはまだ、正直戦力が足りない。


 ヴォイドの提案としては、このままエルメタール団の名を高め、これまで通り仲間を募ることは変わらない。

 ただ、それらをエルメタール団傘下にするのではなく、同盟関係を結ぶ形としてはどうか、というものだった。

 そして、それらの盟主として俺が立ち、同盟を取りまとめる縹局を作り上げるのだ。


 なるほど、理にかなっている。

 しかも、期せずしてジークムントの提案とも一致していた。

 竜狼会が盟主となるわけで、その下にエルメタール団の名が残るのだ。

 ヴォイドの提案を拒否する理由はなかった。


 ただ、発表時期だけは早まらざるを得なかったが。

 何しろ、俺は既に竜狼会を名乗っている。

 まあ、実態は当分謎のままで、名前だけは流し始めてもいいだろう。

 ごめん、ヴォイド。後悔はしていないけど。


 そんなわけで、まず、同盟相手の第一として、ヴォイド率いる傭兵団を受け入れることとした。

 まあ、その実、グリードから引き抜いた優秀な戦闘部隊なんだが。


 グリードとは、元々はエルメタール団と似たような、はぐれものの集まりだったという。

 いわば、マジク兄弟に染め上げられたエルメタール団の成れの果てのようなものだ。当然、盗賊行為に拒否反応を示す者もいたわけだ。


 人を獲物とする事を拒否し、魔獣狩りに特化した彼らをヴォイドはまとめあげた。

 俺に提示された条件は、彼らの家族を含む、彼らが守ってきた者たちの保護。当然、否やはない。

 まず彼らの自由の身を手に入れるため、ヴォイドが自由に動けるようになるため、彼らと謀り、グリードの殲滅作戦に突入することとなった。


「そろそろ動く」

 木々の隙間から音もなく、大和に跨がったリムがやって来た。

「よし、ハク、来い」

「うむ」

 太郎丸は既に偽装モードだ。

 シャナ力作の背中のスリットから、竜の翼が大きく広がる。


 俺の中のハクと銀狼の血肉。竜と狼、それが竜狼会の名の思い付きだ。

 だが。


「行くぞ、狼」

「うん、竜」


 竜人たる俺と、銀狼姫。

 竜狼会のデビュー戦にふさわしいじゃないか。


 ヴォイドの作戦自体は単純なもの。

 偽の大規模隊商を仕立てあげ、襲撃計画を立てさせる。

 偽隊商の護衛役と荷馬車の中は、ヴォイド新設の傭兵団が満載だ。

 いや、総勢三十人ってところなんだが。揃いの装備に身を包み顔を隠しているから、遠目には金のかかった私兵団に見える。グリードの同僚とは思うまい。ご丁寧に、愛用の装備は持たせないという徹底ぶりだ。


 包囲陣は特に敷いていない。

 俺とリムの目を掻い潜って逃げられるやつなどいないからな。

 だから、内からのヴォイド傭兵団、外からの俺たちで、殲滅戦を仕掛ける。


 俺たちの役目は、出来るだけ派手に、出来るだけ圧倒的に。

 竜狼会の名を刻むのが、この戦いの目的だ。


 殲滅するグリード残党に対してではない。

 ヴォイドの傭兵団に対して、だ。


 馬車の廻りで既に戦端は開かれている。

 さあ、行くか。

 俺たちの戦いは、これからだ。



 なんてな。最終回かよ。


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