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谷長への挨拶は無事に済んだ。
むしろ平身低頭する長を宥めるのに時間を食ったくらいだ。
大和を襲おうとしていたのはザイオンという戦士を中心とした一団で、あの時は本当に麓側にいたらしい。まあ、知らないって怖いよな。
そのザイオンだが、谷長の土下座と駆けつけたトレオンの蒼白な顔色をみてようやく悟るものがあったようだ。
とはいえ、彼が谷の平穏のために努力していたのは間違いないから、まあ、そんなに怒ってはいないんだけどな。
むしろ、怒りの矛先はあの、神だか天使だかに向かっている。
というのも、ザイオンはこの谷で唯一、とまでは言わないが、まともに力の振るえる唯一の加護持ちだったのだ。
なんでも、剣の斬撃に凄い威力を乗せられる、という話で、どんな斬撃も全てが力の籠ったスマッシュになる、と言えばいいだろうか。
ただ、その分、自信過剰にはなるし、何でも力で解決してきた分、おつむが残念な感じになってしまったとも言える。
くそローザめ。
ザイオン自身は正義漢のようで、加護も持っている。その力で谷を守ってきたという自負もあったろう。その分、トレオンと何かにつけて対立していたようだが。
本人的には、血筋のトレオンと実力の自分、みたいに思っていたのではないだろうか。勝手な推測だが。
まあそんなわけで、くれぐれもリムと大和を頼む、と念押しして、俺は谷をあとにしたのだった。
全力ダッシュなら断然、重装モードの方が早いが、のんびり移動するなら、やっぱり翔ぶ方が早かった。
さすがにグリード残党ももういないだろうし、高みから見下ろす街道は平和なものだ。
夕日を背に一路、砦を目指す。
砦は平穏そのものだった。全くの平常運転。さすがはジークムントだ。
俺が砦とは無縁の、全く個人的な用事で動いたことをよく分かってくれている。
晩飯前の今頃、ルクアやベルガモンは大忙しだろうな。
ああ、落ち着くなあ。
櫓の上から、見張り役の誰かが、大きく手を振ってくれている。
俺も大きく手を振り返して応えながら、櫓を過ぎ、広場に降り立つ。
「やれやれ、やっと着いたか。ずっと懐に隠れっぱなしというのも堪えるのう」
「済まなかったな。大和で充分驚いているだろうし、その上でお前までいたら、かえってパニックになってしまったかもしれないからなあ」
「まあ、やむを得まいよ。我の有り様が普通ではないのは重々承知の上じゃ。力の継承など、初めてであるよってな」
「そうか、前例がないんだな。なあ、お前は風のエレメンタルシンボルって言っていたよな」
「うむ、そうじゃの。お主に分かりやすく言うならば、四大元素のひとつじゃ。我と同格のものは、あと三つおる」
うむ、相変わらずナチュラルに先読みしてきやがって。
「みんな竜とか、あれか、神代の獣なのか?」
「さて、どうじゃったろうか。我と同じようなものもおったと思うがの。定かではないわ」
「なんだ、そんなものなのか?」
「そうじゃの。世界に四体しかおらぬでな、会わずにおれば、もう幾年も会わぬままよ」
「結構、ドライじゃないか」
「万年単位で顔を付き合わせておったら飽きもしよう」
「飽きたのかよ!」
「まあの、今となってはどうしておるやら、記憶も定かではないし確かめるすべもない。我らはローザの影響が強かったよってな、神が去れば我らも去るのみ、お主と同じような継承者がいて不思議ではないのう」
「そうか。ハクみたいなやつもいるのかね」
「さて、それは難しかろうよ。我の有り様は、お主のイメージによって形作られておるからの、異界の風はお主のみじゃ」
そうだったのか。
姿のイメージかと思っていたら、有り様までを俺が決めていたって言うのか。
ううむ、我ながら、何を思ってハクを形作ったのやら。
「他のシンボルが何処にいるかは見当もつかないのか?」
「ふむ、大陸の四方に別れておったのは間違いないの。何処を目指すにしても、大陸の反対側ぞ」
「いや、まあ、探しに行く訳じゃないさ。ただの興味本意で聞いただけだよ」
「面白味がなくて済まんの」
まあ、確かに、神代のシンボルを求めて大陸中を冒険するというのも、いかにも異世界冒険譚って感じだが。
縹局が落ち着いたら、考えてみてもいいかも知れないな。
まあ、その前に、一大イベントが控えているわけだが。
さすがにすっぽかして冒険の旅に出るわけにもいくまい。
午後の打ち合わせは、約束こそしていなかったが、すっぽかしたのと変わらんし、詫びはいれておかねばならんだろう。
よし、飲みに誘うか。
ハクとだらだらとお喋りしながら厨房に向かう。
最近の俺の飯は、ほとんどルクアが専属みたいに作ってくれている。だから、頼むなら、ルクアにだなあ。
厨房に着けば、明るく動き回っている調理担当組が、元気に働いていた。その中に、カチュアも混じっている。
うん、頑張ってるなあ。
うちの厨房はベルガモンがチーフだが、実際に動いているのはほとんど女性陣である。カチュアも、落ち着いて働けるのだろうなあ。
……俺に抱かれたとか、思われているのだろうか。
まあ、それはともかく、厨房の扉を開ければ、目敏く見つけたルクアが駆け寄ってきた。
うん、ちょうど良かった。
「ルクア、頼みがある。酒席を用意してほしい……んだ……が……どうかしたか?」
駆け寄ってきたはいいものの、俺の言葉を聞くや否や、心ここに在らずといった風情だ。
かすかに潤んだ瞳。
あれ、何かやらかしたか。
「初めてだねえ、呼び捨てにしてくれたの……」
「あれ、そうだったか?」
マジか。全く無意識だった。え、怒ってる?
そんな筈はない。顔を見れば分かる。
「ずうっと他人行儀だなあって思ってたから、えへへ、嬉しいな……」
誰か助けてくれ。
なんだ、この可愛い生物は。
「お酒飲むんだね。ようし、あたいに任せといて!」
「あ、ああ、頼む。四人分くらいの予定だが、まあ、適当に頼む。多い分には困らんからな」
「うん、任せて」
嬉しそうに笑みを浮かべて、力こぶをつくってみせるルクア。
本当に輝く笑顔だ。
幾つだ、という問いは厳重に封印しておく。
スキップしそうな勢いのルクアを見送り、俺は厨房を出た。
さて、メンバーは、最初の会談の面子でいいだろう。
凛と橘父に声をかけなければな。
ジークムント?
聞くまでもない。