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 袋からそっと取り出したミントスの花を、リムは母親に渡す。


「これ……」

「あらまあ、ほんとに、本当に摘んで戻ってきてくれたんだねえ」

「ろく……」

「なあに?」

「六年かかったけど、その代わり、花だけじゃなくて、つがいと子どもも連れてきたよ」


 ぽかんとしたのは分かる。すっげー分かる。正直、俺も唖然とした。

 いや、リム、素直すぎだろう。


 畜生、なんて可愛いんだ。

 そんなリムに応えるためにも、俺は動揺を見せてはダメだ。

 当たり前じゃないか。唖然となんてしていないぞ?


「子どもって……?」

 怪訝そうなエナ。ザーレムの顔はさっきよりもっと怖くなった。


 ただ、なんだろうな。ザーレムの瞳の奥には感情を押し止める何かがある。

 悔恨、かな。

 まあ、捨てておいて、今さら父親面は出来ないわな。


「ヤマト、私の子ども」

 誇らしげに大和を見やるリム。


 エナの視線が、大和と俺を交互に行き来する。

「つがい……?」

「そうだ。大和は俺たちの子。託された子、だ」

 納得は、出来ただろうか?

 まあ、出来なくても別に構いやしないのだが。


「さあ、積もる話もあるんじゃないか? 一旦家にでも帰ればどうだ。他のみなも、騒がせたな。話はあとで聞いてくれ」

 恐々と周りを囲む里人に向かって、俺は声をかけた。

 ほら、とっとと日常に戻ってくれ。見世物じゃないんだから。


「ユウは?」

「あとから行くよ。まずはこっちの始末をつけてからな」

 このまま帰るわけにはいかないこの場の責任者、トレオンを指しながらリムを促す。


「分かった」

 リムとエナはお互いに支え合うように、家に向かって歩き始めた。それについて行くレムス。

 ザーレムは残るだろうな。

 うん、やっぱり。


 トレオンが他の里人を帰らせながら、こちらに向かって来る。

 俺の横には大和がいるのに、たいした勇気だ。

 この場に残るのは、俺と大和、ザーレムにトレオンか。


 もう一度、歩いていくリムを見送る。

 六年ぶりの帰宅、か。

 リム、おかえり。





「さて、話を聞こうか」

 まずは俺から口火を切る。

 聞きたいのは向こうの方だというのは、分かった上で。


「その、あなたがエルメタール団のユウ殿である、と、証明はできるだろうか」

「無理だ。エルメタール団は、紋章も旗も持っていないからな」


 そう言えば、そうだった。

 ふうむ、これは考えどころかもしれないな。

 縹局を立ち上げるなら、なにかエンブレムを作るべきか。うん、これはいいアイデアだ。いや、必要なアイデアと言うべきだな。


「この谷へ来られた目的は?」

「リムの里帰り」

「その……この狼の魔、狼は一体……」

「魔獣は魔獣で間違いないぞ。かなりの上位種だがな。親狼から託され、俺の子とした大和だ。安心しろ、下手を打たなければ、食いはしない」

 まあ、それは俺も同じことだが。さっきまで、割りと本気で殲滅することを考えていたからなあ。


「この谷は、里帰りにうるさいのか? リムの身元はハッキリしたのだから、もう行ってもいいだろう?」

「い、いや、確かにリムは、あのリムで間違いないんだが、その、あなたのことが……」


 まあ分からないよな。

 エルメタール団の祐と言っても、主戦力はリムとかジークムント、ベルガモンたちに任せていたから、俺自身の知名度は微妙だ。

 エルメタール団で手に負えない時に出張る用心棒みたいなものだしな。


 だから、俺にはリムみたいなあだ名は無い筈。

 俺たちのことを調べていた筈のグリードでさえ、俺のことは鎧のやつ呼ばわりだったからな。


「リムは俺のつがいだ」

 はっきりと断言する。

 ザーレムの体に微かに震えが走ったのが分かった。まあ、鈴音ならではの感覚だが。


「このあと何か聞きたいなら、それは家族との話になると思うがね」

 ザーレムに視線を移しながら、言う。

 頬のシャープさといい、凛々しい感じといい、リムは父親似だな。

 父親似の娘は美人になるという俗説を聞いたことがあるが、なるほど、真実だ。


「あなたが、あなたがリムを生かしてくださったのか」

 絞り出すような問いかけ。


 どこまで踏み込んでいいものか、距離感がつかめていないのだろうな。

 どこまで父親面していいものか、の。

 別にお義父さんと呼んでやってもいいんだが。


「死にかけたリムを救ったのは俺ではない。エルメタール団頭領のジークムントという男だ。まあ、縁あって、俺もジークムントの旗のもとに集まった一人だよ」

「そうですか……。お礼を申し上げねばなりますまい」

 苦渋の決断といった風情だな。

 まったく、素直じゃないのも父親譲りか。


「もっと喜んだらどうだ。生き別れの娘が帰ってきたんだぞ?」

「そんな資格が……」


 やっぱりな。捨てたことを後悔してやがる。

 でもまあ、その時はそうせざるを得なかったのだろう。

 なにも知らない俺が、後悔するくらいなら最初からするな、とか、無責任なことを言うわけにはいくまい。


 まったく、世話の焼ける。


「まあ、素直には喜べんか。戻ってきたと思えば、得体の知れない男をくわえ込んでいたんだからな」

「なっ!」

「心配していた愛娘じゃないのか。俺が父親なら一発殴るくらいじゃ納まらないぞ」

「今さら、今さらどの面下げて……!」

「面倒な男だな。お前が心配しないでどうする。母親にはああ言ったが、リムの腹の中には、本当に俺の子がいるかもしれないぞ?」

「貴様っ!」


 激発。

 うん、いいパンチだ。


 いや、ごめん、いいパンチの筈だったんだ。

 太郎丸が重装モードでさえなければ。顔が剥き出しなのはデザイン上だけのことなんだよなあ。

 やべえ、折れたかな。


「ああ、済まんな、鎧を脱いどくべきだった」

 言いながら、偽装モードへ。

 驚きに目を見開くトレオンは、この際無視だ。


「さて、これで終わり、か?」

「貴様に、貴様に何がわかるっ!」

「なんだ、何か分かって貰えるとでも思っていたのか?」

「がっ、ガキが知ったげにっ!」

 もう一度殴りかかってくるザーレム。


 偽装モードなら、大した護りではない。多少、拳が痛い程度だ。

 うん、頑張れ、ザーレム。


「捨てたっ! 娘をっ! 今さらっ! 心配なんてっ!」


 殴り続けられると、それなりに痛いなあ。

 まあ、今となっては、素体の耐久力自体かなりのものだし、どれだけ痛め付けられたところで一呼吸と続かないし、そもそも剣で斬られまくったことに比べれば、涼しいもんだ。


「ああ、一つだけ言っとこう。リムはミントスの花を摘むよう言いつけられた、と聞いている。だから摘んできたんだよ。ただ、それだけだ。ただ、六年かかってしまっただけさ」

 その瞬間、ザーレムの瞳に涙が溢れた。


 泣きながら、俺を殴り続ける。

 今までの鬱屈も、後悔も、やりきれなさも、すべてをぶつけるように。


 それをすべて、受け止めてやる。

 太郎丸と心臓に支えられて、俺はすべてを受け止められる。


 ザーレムはやがて力尽き、膝から崩れ落ちた。


「さあ、帰るか。きっとリムが待ってるよ。家まで、案内してくれ」


 涙が乾いたわけではない。

 だが、ザーレムはもう、泣いてはいなかった。

 全部吐き出せたかな?


 これでリムに故郷が戻ってくれば、いずれ孫を見せに来ることが出来る筈だ。

 いずれ生まれる子どもたちに、おじいちゃんおばあちゃんを会わせてやれたら、きっとリムは喜ぶだろう。


 そう思えば、殴られたのもきっと、悪くない。

 そう、痛くもないさ。


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