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「いや、違うんだ、話を聞いてくれ」

「あ、ああ、分かった。とにかく聞こう」


 驚きはしたようだが、凛は俺の言葉を待ってくれていた。

 とりあえずは仕切り直しだ。言うべき事だけは言ってしまおう。


「理由は二つある。まず一つ目なんだが、もう、すぐにでも結婚してしまわないか?」

「いや、ちょっと待ってくれ。いきなり何を言い出すんだ。その、心の準備というか、なんというか、あと、もう槙野本家には使いを出してしまったぞ?」

「うん、分かってる。と言うか、多分そうだろうとは思っていた。ただな、槙野家の取り仕切る婚儀に応じる形を取るんじゃなく、まあ、意地みたいなものなんだけどな、俺たちの結婚式は俺たちでやってしまいたい」

「ううむ、言いたいことは分からなくもないが……ただ、さすがにはいとは言い辛い事だぞ? これは大陸の各国に対して貴方の立ち位置を示す為のものでもある。ある意味で、貴方の後ろに槙野家がつく、ということを公言する場なんだ。槙野家抜きで進められる話ではないぞ?」


 うむ、ナチュラルに政略結婚であることを宣言してくれたなあ。ここでちょっと悲しく感じてしまうのは、贅沢な話なんだろうけど。


「そうだな。俺も、槙野家を無視したい訳じゃない。あのさ、日本ではちょくちょくあったやり方なんだが、式とお披露目を別にするってのはどうだ?」

「別に行う? それが日本式なんだろうか。どのようなやり方なのか、聞かせてもらえないか?」


 お、やけに食いついてくるな。

 いや、そうか。日本式、と言ってしまうと扶桑の文化ということになるんだよな。凛が食いつかない筈がないか。


 むう、いい加減なことは言えないなあ。

 元々騙すつもりもないけど。


「俺の友人の姉がそうだったんだが、とうき……いや、都の方で籍を入れて結婚式だけしてな、そのあと本家に戻ってから親族集めて、披露宴をやったんだよ」


 そうなのだ。あいつがやたら残念がっていたのが思い出される。

 別に式に出たかった訳ではないのだが、姉の結婚式を口実に東京見物に行けるんじゃないか、と、すごく期待していたのだ。

 メイド喫茶なるものの実態調査を依頼していた俺共々、たいそうガッカリしたものだ。


 そんな俺が、今はまあシャナとか、アルマーン商会の本物のメイドさん達にかしずかれている訳だが。


「なるほど、そんなやり方が……」

「国との付き合いとか、公的なものは全部、披露宴でやってしまえばいいと思うよ。ただ、その前に、結婚式だけはやってしまいたい。どうだろう?」


 凛は、少し考え込んでいるようだった。

 まあ今までにないやり方なのだろうから、まずは戸惑って当然だよな。


「確かに俺のわがままなんだが、頼みたい」

「分かった。私に否やはない。橘と相談はさせてもらいたいが、貴方の意向には沿えると思う。槙野家のお膳立ての上に乗らない、貴方が主となる婚儀にしたい、という意向として理解したが間違いないかな?」

「うん、ありがとう。だからこそ、な、俺から求婚した、という体裁が必要なんじゃないかと思ってな」

「それで最初の話になるわけだな。了解した。それで、もう一つの理由は?」

「ああ、その、なんと言うかさ、お前に最初に求婚された時は、華桑とか槙野家とか、ルーデンスとか、立場の話ばっかりだったよな。俺もそれを疑問に思わなかったし」

「それは……そうなんじゃないか?」


 どことなく戸惑ったような凛。

 俺だけでなく、凛にとっても、思いの至らなかったところなのかもしれないなあ。

 まあ、凛の方は、自分の思いを割り込ませる余地がないほどに、槙野家に縛られているのだろうけど。


「でも、大事なことを俺は気付かされたというか、教えてもらったというか、とにかく、分かったことがあるんだ」

「うん、そうなのか。私にはよく分からないが、きっと、大切なことなんだろうな」


 分からないなりに、俺の言葉を肯定的にとらえようとしてくれているのだろう。なんともありがたい話だ。

 だからこそ、伝えなければならない。


「妹さんの話とかも出たし、槙野家と縁が出来ればそれでいいとさえ言われたけど、違うんだ。結婚するなら凛がいい」

「な……」

 絶句。


 個人として求められた経験など、ないのだろうなあ。まあ、姫なんだから、当たり前なのかもしれないが。

 公私で言うなら、私の部分が限りなく低いのが王族の定め、だよな。


「あの時の求婚は、槙野家との結婚を求められたと思ってるよ」

「え? それは、そうだろう?」

「うん、その通り。だから、今度は俺から、凛に、求婚したいんだ。妹さんでも、他の槙野家の誰でもない、凛、お前に」


 槙野家とかを除いた凛という個人に、という言い方は無意味だろう。槙野の娘という立場は、もう凛の立派な構成要素なのだ。その立場を除いた仮定は、凛にとって無価値な筈。

 それに、槙野の娘だからこそ、出会えたわけだしな。


 だから俺が言うべきは、凛という個人が大事、ということと同時に、槙野家の人間の中で凛がいい、ということに尽きると思う。


「なぜ、なぜ私なんだ。一昨日はああ言ってくれたけれども、やっぱり私には信じがたい。私はがさつだし、取り柄と言えば剣の腕のみという有り様だ。最初に縁した槙野の人間がたまたま私だっただけじゃないのか? 国許に来てくれれば、きっともっと 、相応しい女性がいると思う」

「他の槙野の人間がどんなものか、俺は知らないから、なんとも言えないよ。だけどな、これだけは確かなんだ」


 そうとも、これだけは伝えなければならない。


「なんだ?」

「最初に縁した槙野の人間が、凛で良かったと思ってるよ」

「う、その、なんだ、えっと……本当に?」

「ああ、本当だ。槙野凛、俺と結婚してくれ」

「う、うん……」


 顔を真っ赤にしながら、おずおずと頷く凛は、全開の俺たちをこてんぱんに伸した凄腕の剣士と同じ人物とは思えないほどだった。


 この姿を見ながら可愛くないと断じるんだから、華桑人の見る目もないとしか思えない。

 文化の違いって、大きいよなあ。





 いざ、結婚式に向かって、俺たちは進み始めた。

 まあ、まずはここに来ている華桑武士団の説得からになるわけだが。


 取り敢えずは、先陣を凛に任せた。

 橘父と相談する、とのことだったからな。


 午後は多分具体的な打ち合わせになるんじゃないだろうか。

 俺の知っている日本の結婚式のしきたりなんて、三三九度と、水合わせくらいしか無いが。

 神父の前の誓いとか、指輪交換はあまりにも西洋的に過ぎるしなあ。


 ともかく、式自体は簡素で構わないだろう。要は、式をあげたという事実が必要なのだろうから。

 華美なのも、儀式めいていたり、大掛かりだったりするのも、全ては槙野家お任せの披露宴でやってしまえば良い。

 エルメタール団を見届け人として人前式で、それこそ五分で終わる結婚式でも構わないと思う。

 祝宴はするだろうけど。


 昼飯をつまみながら、俺はそんなことをぼんやり考えていた。のんびりしたものである。思考も散漫だ。


 と、その時だった。

 ふとした違和感。いや、なにか聞こえたか?


 なんだろう、鈴音は反応していないし、気のせいだったか?

 だが、そんな筈はないとも思う。


 誰だ。俺を呼んでいる? ……大和?


 そうだ。

 大和の遠吠えが聞こえる。

 まさか、俺の方が鈴音より先に気づいた、か?

 櫓まで駆け上がり、遥か耳を澄ませてみる。どうだ、鈴音、なにか聞こえないか?


 ……捉えた。

 確かに大和だ。リムに何かあったか?


 見回せば、いきなり駆け上がってきた俺に驚いている見張り役の女がいた。ちょうどいい。


「ジークムントに伝えろ、少し砦を離れる。留守は任せる、と」

「は、はいっ、分かりましたっ!」


 よし、行くぞ、太郎丸。

『御意』

 俺の意志に応じて重装モードになる太郎丸。


「ま、確かに翔ぶより走った方が速いの」

 肩に乗ったハクの声を聞きながら、俺は走り始めたのだった。


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