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翌朝、俺は凛の部屋に向かっていた。
偽装モードは輝く白ラン。
まあ、覚悟の表れと思ってもらえれば良い。
あれ?
白無垢みたいだな。
だんだんと、部屋に近付いてきた。
ううむ、なんとなくだが、気配がないような気がする。
あれだけの達人なんだから、俺が気づけないだけなのかも知れないが。
部屋に着いてみれば、迎えてくれたのは見覚えのあるメイドさんだった。今は小袖姿だが。
「これは、祐様」
「お前、団子の時の……」
「ご挨拶が遅れまして申し訳御座いません。私、竜胆藩主の娘、楓に御座います。凛様のお身の回りの御世話のために上らせていただいております」
「そうだったのか。久しぶりだな。団子、うまかったぞ。凛は不在か?」
「はい、明け方より鍛練に向かわれております」
「分かった。ありがとう」
深々と一礼する楓。少しホッとしているようだ。
ああ、挨拶が遅れたとかで怒られるケースもあるもんな。俺は気にしてないけど。
しかし、そうか。リンドウの里が近くにあるという話だったが、そこの娘だったのか。
藩主の娘って、お前もお姫様じゃん。
「あ、あの……」
「ん?」
「不躾ながら、お尋ね申し上げたいのですが」
「どうかしたか」
「エスト山脈にて竜を倒されたとうかがいましたが、真実で御座いましょうか?」
ふむ。
確かに聞くものが聞けば無礼ととるかもしれないな。俺が嘘ついた、みたいな捉え方も出来なくもない。
まあ、楓の本意はそんなところには無さそうだが。
「ああ、風の神竜と名乗っていたよ」
「風の……。我が竜胆藩の古き言い伝えに、山脈の竜神を奉じたとあります。無学ゆえ、まだ詳しくは存じておりませんが、竜と縁深き藩なのです」
「ああ、それだっ!」
突然、場に割って入った叫び。
懐からピョコリと顔を出したのはハクだ。
驚かすなよ。楓も目を白黒させてるぞ?
「何か匂うと思うておったら、お主、ミルミーンの裔じゃな?」
なに、ミルミーン?
また分からん単語が出てきたな。
「ああ、こいつは、ハクだ。山頂の竜の生まれ変わり、かな」
「りゅ、竜神様でいらっしゃいますか!」
あらあらまあまあ。楓が慌てふためいている。
そういえば、ハクのことをちゃんと紹介したのは、今が初めてじゃないか?
「我が竜神ならば、お主とて竜神そのものであろうよ。我が本体こそがお主であるよってな」
まあ、そりゃそうか。
「あの、私、とんだご無礼を……」
「いや、気にするな。なにも無礼などしてないぞ」
この言葉が届くかどうかは疑問だが。
話を変えるか。
「ミルミーンというのは?」
「かつて我を崇める一族がおったのよ。山脈の中程に街を築いてな。戦に負けて滅んだと思うておったが」
「あの、魔獣災害から竜神様のお導きで逃げ延びたと聞いておりますが」
「そうじゃったかのう」
「いにしえのミルミーンの王と竜胆藩主の友誼は篤く、避難民を竜胆藩に受け入れ、交わったと聞いております。以来、私たちは竜神様を奉じております」
「ふむ、そうであったか。ミルミーンの裔が息災であったとは、喜ばしいことよの」
幼女が偉そうにのたもうている。忘れていたくせにな。
いや、まあ、俺が記憶を吹っ飛ばしてしまったからなんだが。
しかしなるほどな、竜胆の華桑人は、ミルミーン一族を受け入れたのか。
純血を尊しとする華桑の、藩主の娘がやけにハーフっぽいと思っていたら、そんな過去があったんだなあ。
ただ頑なに華桑の価値観だけを守り続けていただけではなく、ちゃんとルーデンスと向き合っていた証拠とも言えるだろう。
竜胆、これは一度訪ねておかないとな。
竜神として祭り上げられるのは、避けがたいが。
「まあ、竜胆の話は、また今度ゆっくり聞かせてくれ」
「あ、私ったら何てことを、申し訳御座いません。お時間を取らせてしまいました」
「いや、構わんよ。ハクも昔馴染みの話が聞けて良かったろう」
「そうじゃな」
「また来る。その時はよろしく頼む」
「はい、確かに承りました」
深々と一礼する楓をあとに、俺たちはその場を去った。
さて、次こそ凛だ。
なんだか、邪魔が入ってばかりのような気がしなくもない。
俺がプロポーズしたらダメなのか?
いや、まあ、偶然なんだろうけどな。
取り敢えず櫓に上がる。
ぐるりと周囲を見渡してみても、それらしい姿は見えない。
さて、鈴音。凛の声は聞こえるかな?
微かな鈴の音に引かれてみれば、少しばかり離れたところに凛の気配を感じられた。
ふむ、飛ぶか。
人間、楽を覚えると駄目だなあ。歩こうが走ろうが、俺に疲労はない筈なのに、反射的に、飛んだら早いな、とか思ってしまった。
実際には重装モードの全力ダッシュの方が速いんだろうけど。
ともあれ、偽装モードを切り換え、俺は飛んだ。滑空すれば、すぐに凛の頭上に着く。
上空で白ランに切り換え、目の前に白ラン姿のハクも飛び出してきた。格好いいお姉さんの姿で。
地面に降り立ってみれば、そこは見覚えのある場所だった。
凛は大きな樹を背に、座禅を組んでいる。
俺がこの世界に降り立った、まさにその場所に。
なんでここにいるんだろうなあ。
「おはよう、凛」
「ああ、おはよう。いい朝だな」
周囲は華桑の武士団が固めているようだが、さすがに俺はお咎め無しのようだった。
むしろ、少し距離をとってくれようとしている。配慮、感謝だな。
「何かあったか?」
問うてくる凛は、少しばかりそわそわしているようだった。まあ、美人だ美人だと、誉めまくったからなあ。
耐性もないだろうし、照れて当たり前か。
さて、気合い入れろよ、祐。
「凛、話がある」
「うん、どうした?」
「俺と結婚してくれ」
「するじゃないか」
刀だけでなく、俺は一刀両断されていた。
「死して屍、拾う者無し、かのう」
うう、ハク、黙っててくれ。