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 宴会は楽しいものだった。


 もとより俺は底無しだし、相手方も腹を減らしており、早い時間帯からやたらガッツリ行ったあたり、酒場には迷惑だったかもしれないな。

 少しばかり甘味も頼んでみたのだが、シャナに別腹は発動しなかった。

 ほとんど真似事で、杯をなめている程度である。


 この宴会の場で、俺は普通の戦士たちの生活を初めて目にすることになった。

 個々の戦力はエルメタール団を遥かに上回るにも関わらず、継戦能力の低さで苦労する話とか。

 狩った魔珠を、強化に使えば飢え、金に変えれば弱いままという、バランス感覚頼みの舵取りに汲々(きゅうきゅう)とする姿は、改めてこの世界の生きにくさを教えてくれていた。


 いくら生存だけなら何の問題もない俺でも、生活を成り立たせるという意味では、まあ、無力に等しい。

 最初にエルメタール団と出会ったというのは、本当に運が良かったのだろう。

 改めて実感する。


「自分はミュラーであります」


 リーダー格の戦士はそう名乗った。あと二人、仲間というよりは部下っぽい気もしなくもないが、ランドルフとハインツだそうだ。

 死んだ男はモルゲンというそうで、長く五人組で働いていたらしい。

 それなりに経験を積み、連携も達者であろう五人組を崩したなんて、グリードの戦闘能力は、本当に高かったんだろうなあ。

 人数も倍だったけど。


 恩返しの宴だった筈が、いつの間にかモルゲンの追悼の宴に変わっており、いつしか俺は聞き役に徹するはめになっていたが、まあ、それはそれでよし、だ。

 遠く故郷を離れ頼れるのは五人だけ、というなかで、モルゲンがどれだけ頑張っていたのか、とか。挨拶すら出来なかった男の半生にやたら詳しくなってしまったが。


 いつしか陽も落ちたようで、酒場の賑わいが増していく。


 そして、闖入者が現れた。


 それなりに腕が立つのか、立派な装備に身を包んだ戦士団。

 団と言っても四人組だが。


「おう、どうしたよ。人数足りねえんじゃねえのか、仲良し五人組がよ?」

 揶揄するような口調。


 絡んでくるやつは何処にでもいるものなんだなあ。

 ミュラーの表情が固い。

 ああ、悪い馴染みの相手なんだろうなあ。


「おいおい、ついにおっんじまったか?」

「遥か異郷の地に果てるか。哀れだねえ」

「大国ルーデンスに憧れて貧乏国家を飛び出したまでは英断だが、うだつの上がらないままに魔獣の餌か。報われないねえ。ま、タントに生まれたってのが既に報われないか」


「ふうん、タント出身だったのか」

「はい、そうですが……とっくに理解されていると思っていました」

「そんなものか。済まないな、人種的な違いは俺にはよく分からないし、そもそもルーデンスだろうがタントだろうが、俺にとっては全く気にならないのでね」

 絡んでくる連中は無視して、ミュラーと話してみる。


「タント、ってだけで絡まれるものなのか?」

「そう……ですね。長く戦争を繰り返してきてますし、今は休戦中ですが、肩身は狭くあります」

 ははっ、ミュラーもやるねえ。

 絡んできた連中を、俺と同様、堂々と無視してのけた。気に入ったぞ。


「はっ、タント野郎が、やけに強気じゃねえか。異民族とつるんで調子に乗ったか?」

「いやいや、大事な仲間を失って自暴自棄になってるんだろうよ」

「ルーデンスにゃあ、居場所がねえ。タントにも帰れねえ、いっそ身の程知らずの喧嘩でもして仲間んとこでも追いかけたいんじゃねえか?」


 外野がうるさいなあ。

 あ、ヤバい。

 シャナが怯えている。


 よし、殺すか。

 いや、過激に過ぎるか。喧嘩したら罰せられたりするのかなあ。

 立派な装備のチンピラから守るように、シャナを引き寄せ、庇う。

 ああ、鈴音が殺る気満々だ。四人とも、輝く斬線に覆い隠されている。顔も分からないくらいに。


 さて、分かってくれてるよな?

 これは、挑発だぞ?


「なんでえ、いい女つれてるじゃないか」

「異民族にルーデンスの女はもったいなさ過ぎるぜ。俺たち立派なルーデンス人が可愛がってやるから、女置いてとっとと失せな」


 シャナ、罪な女だな。

 タント人をからかう目的で絡んできた連中が、その目的を放置してまで、シャナを手に入れることにシフトしたぞ。

 やっぱりな。

 シャナ、可愛いもんなあ。


「黙れ、野蛮人」

「あ……?」

「なに……?」

「やばん……?」

 さすがにこの返しは予想出来なかっただろう。唖然としているのが分かる。


「偉そうにゴチャゴチャ言ってるが、俺にとってはルーデンスもタントも何も変わらん。どちらも文明未発達という意味ではな」

「ぶっ、ぶははは、言うに事欠いて俺たちが野蛮人だって?」

「漂泊の華桑人が何か、勘違いしてんじゃねえのか?」

「自分達の文化を失って俺たちに寄生してる華桑人が、吹かしこいてんじゃねえぞ」


 自らを省みもせず、凛たちを侮辱したな。

 これが、ルーデンスの現実なのか?

 だとしたら、凛たちの苦労は察して余りある。


 シャナを背中に庇い、俺は立ち上がって向かい合った。

 ミュラーは申し訳なさそうな顔をしている。けれども、心配はしていないらしい。


「パソコン、インターネット、自動車、バス、電車、ガス、水道、電気、漫画、アニメ、テレビ、ラジオ、俺の故郷にあって、ここには無いものだ。何か一つでも、分かる単語はあったか?」

「なに言ってんだ、意味が分からねえ」

「それが証だよ。辿り着いていないことの、な。未開人君」

「くそガキっ!」

 正面の男がいきなり殴りかかってきた。


 はい、いらっしゃいませ。

 ガキと呼んだ相手に、頑丈そうな金属の籠手で殴りに来るとか、こいつら、なに考えているんだろうなあ。

 剣士の服とはいえ、こちらは見た目に普通の服だぞ?


 守りは太郎丸だけど。


 鈴音に引き延ばされた時間感覚の中、ゆっくり迫る拳。

 よし、潰そう。


 迫る拳に狙いを定めれば、鈴音が俺の動きを最適化してくれる。

 武術的な技にはほど遠い、獣の強さだとしても、それはそれで一つの強さの形だ。

 遠慮なく、俺は全力で相手の拳を殴った。

 俺にとってはゆっくりに見えていても、実際の速度はかなりのもの。相手もそれなりに強化しているだろうしな。

 そこに俺が打ち込んだのだから、相対速度は考えたくもない。


 手を叩き潰してやる。

 そう思っていた俺の拳は、手、どころではなく、相手の肘近くまでめり込んでいた。


 あらまあ。

 手首の部分を通して、相手の籠手の中に拳を突っ込んでしまったのだ。

 外目に装備は無傷だが、中身の腕はペチャンコだ。

 引き抜いてみれば、手が血みどろになってしまった。次はもうちょい手加減すべきかな?


「はい、次は?」

 聞き返してみても返事はない。

 いや、酒場全体が沈黙に包まれていた。


「なんだ、終わりか?」

 改めて問いかける。


 その時になって、ようやく意識が繋がったのだろうか。

 酒場中にとどろく絶叫。

「こ、こいつっ!」

 残りの三人が、慌てて剣を抜く。

 薄情だな。助け起こすくらいしてやれよ。


「混乱してとっさに抜いてしまったというだけなら、まだ見逃してやる。抜いた、でいいのか?」

「おい、ヤバくないか?」

「何言ってやがる、ガキに舐められたまま終われるか!」

「ルーデンスを舐めるなよ!」

 一人はきっちり腰が引けてるが、逆にそいつが、他の二人を煽ってしまったのかも知れないな。もう引っ込みはつくまい。


「貴様らごときがルーデンスを背負うんじゃない。俺の知るルーデンス人はもっと立派だ。王家の奉じるマクナートに唾棄しておいて、むしろ国家反逆罪じゃないのか?」

「ガキがさかしげにっ!」

「ぶっ殺すっ!」

 男たちが一歩間合いを詰める。


 酒場に響く澄んだ鈴の音。

 刀を納めた鞘なりと同時に、ごとり、と、二人の剣が床に落ちた。握った手ごと。


「ほら、三人連れてとっとと帰れ」

 もうこいつらに用はない。

 今度こそ、腰が引けきった残りの一人は、三人と助け合って、ほうほうの体で逃げ出していった。


 官権の類いが来るかとか思ったりもしたが、そんな気配はないようだ。酒場は喧騒を取り戻し、何事もなかったかのように、平常運転に戻りつつある。

 まあ、こちらを恐れていたり、遠巻きに見るような気配は残っているけれど。


「シャナ、大丈夫か? ちょっと怖かったなあ」

「いえ、その、はい、大丈夫です」

「なんとも鮮やかでしたな。しかし、未開人というのは?」

「ああ、あれか。ほら、心にもない言葉でも挑発の役には立つよな? そんなものさ。華桑を馬鹿にしたのは許せないがね。さあ、飲み直しといこうや」


 しかし、なんだな。

 今回は、絡んできた連中の頭の悪さが際立っていたが、あれが多かれ少なかれ、他のルーデンス人にも普通にある感覚なのだとしたら、今後、大変になるかもしれないなあ。

 エルメタール団の中に差別意識が見られないのは、全員が被差別対象みたいな部分があるから、仲間内では共感の方が強いのかもしれない。

 戦争と、他国に対する感覚は、俺には想像のしにくい部分だ。小説などで知っていても、実感しにくい。

 そういうものがある、ということだけは、忘れずにいくことにしよう。


 そのあと少しして、俺たちは別れた。

 再会を約束したが、まあ、エルメタール団の拠点がこの街にあるから、その気になれば連絡も容易いだろう。

 縹局に誘うのもありかな、と思うくらいには気に入った。

 また、会えるといいな。


「さて、帰るか。急げば晩飯には間に合うだろう」

「私は、食べられそうにありません」

 小さなため息と共に、シャナが呟く。


 きっと、自分に対する嘆き、だよな。

 俺に対する呆れのため息、じゃないよなあ。

 まあ、それはともかくとして、俺たちは砦に戻ったのだった。


 シャナには目をつぶってもらい、風で守りきって全力で飛んでみた。

 風の後押しも付け加えた結果。

 十五分くらいで着いた。





 ルクア渾身の旨い晩飯を食った時には、もう夜も更けていた。

 リムはまだ戻っていないらしい。


 凛を訪ねるには、非常識な時間の気がする。本当は早めに行くべきなのかもしれないが。

 と言うのも、プロポーズを、俺は承諾しただけだ。俺からも、ちゃんと言うべきなんじゃないかな。そんな気がするのだが。


 ただ、こんな遅くに訪ねるのもどうよ。

 などと迷っている最中だった。

 部屋の外に、同じく迷ったような、訪ねるか訪ねないか、逡巡するような気配があった。


 先程から、部屋の前まで来ようとしては、躊躇っているようだ。

 微かに引き摺るような特徴のある足音には、聞き覚えがあるのだが。


「シャナ」

「はい、なんでしょうか?」

「外にカチュアが来ている。入れてやってくれないか」

「かしこまりました」


 さて、俺にとってカチュアは忘れがたい相手である。だが、事情が事情だけに、今まで接点は全く無かった。

 カチュアは、ガラマール盗賊団のアジトから救出した女性の一人だったのだ。


 かなり辛い目に遭って来たのだろう彼女は、ルクアを始め、女性陣のお陰でどうにか生気を取り戻してきたが、言わば男性恐怖症とも言える状態にあった。

 最初の頃は、よく恐慌状態に陥っていたものである。


 当然宴席の場など、人と触れ合う場面に出てきたこともない。

 そんな彼女が、俺を訪ねてくるのだ。よほどの事情と、覚悟がある筈。

 いきなり俺が迎えるわけにもいくまい。シャナがいてくれて助かった。


 シャナがそっと扉を開ける。

 その向こうでカチュアがびくりと震えたのが分かった。


「あ、シャ、シャナちゃん……だよね……。本当に、大きくなっちゃったのね……」

「はい、そうですね。あるべき姿に戻していただいたと、感謝しております」

「……あるべき姿に……」

「どうぞ、お入り下さいませ。ユウ様がお待ちです」


 シャナに促され、カチュアはゆっくりと部屋に入ってきた。

 敷居を跨ぐその瞬間にも、躊躇が感じられたが。


 少しずつ、カチュアは近づいてくる。その顔色は青い。こちらを気にはしているようだが、顔は伏せたままで、見ることすら出来ないようだ。


 彼女に、どんな言葉がかけられる?

 俺は、どんな顔をしていればいい?

 分からない。分からないが、動揺とか、怯えとか、ましてや嫌悪感なんか見せたらダメだ。


 できれば平静で、普通であるべきだ。俺は、そう思う。

 そう信じて、何事もないように、振る舞おう。


「カチュアだったな。どうかしたか」

 彼女の目が驚きに見開かれる。


 なんだ、名前も知らないとでも思ったか?

 最初の五人の女性たちは、忘れられるものではないぞ。


 そっと、シャナがお茶を淹れてくれる。

 仄かに香る香草。心を落ち着ける効果だったか。

 シャナ、グッジョブだ。


「あ、あ、あの、あ、あの……」

 震える声。


 なにかを圧し殺したような。

 よほどの思いがそこにある。

 焦らせまい。じっと待とう。


「わた、わ、わたしを……」

 うん、どうした?


「だ、抱いてください……!」


 お茶のカップを取り落とさなかった俺を、誰か誉めてくれ。


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