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59

 俺とシャナは、再び空の上にあった。


 天幕の位置は隊商に教えた。まとめ役も引き渡した。

 あとは彼らの問題だ。


 九人分の心珠も残してきたし、多少なりとも損害の補填ができれば良いんだけどな。

 やられた二人のうち、一人は結局助からなかった。もう一人も重傷だが、まあ、街までなら保つだろう。

 逃亡潜伏中のグリード残党が、どれ程の荷物を持ったままかは分からないが、荷が残っていればいるほど、隊商の補填にはなるわな。


 護衛戦力は減ったが、この辺りは俺たちの縄張り。今回みたいなイレギュラーがそうそう起こるとは思えない。残りの道中を護衛してやっても良かったんだが、ファールドンへの到着が大幅に遅くなってしまう。

 今回はここまでとして、俺たちは先に進むことにした。


 まあ、行き掛けに、森に何か潜んでないかくらいは注意しておいてやろう。


「怖くなかったか」

「はい、大丈夫です」


 うん、強がっている感じもしないな。

 シャナが戦いの表舞台に出たのは、今回が初めてじゃないか?

 怯えさせなくて良かったよ。


「……その、格好良かったです……」


 風に紛れそうな、ほんの微かな呟き。


 聞こえてないと思ってるんだろうなあ。

 畜生、可愛らし過ぎるぜ。





 ファールドンの守備隊を無駄に働かせるのもなんなので、俺たちはギリギリまで近付いてから徒歩で街に入った。

 正門はもう顔パスみたいなものだ。


 ひとまずはアルマーン商会に向かおう。拠点を訪ねるのは後でも構うまい。

 まずは目的を果たさなければ。


「少し、歩きやすくなりました」

「ああ、背が伸びたもんな。子どもの視点でこの人混みは、怖いか」

「はい。先日もはぐれそうになりました」


 ついこの間、行儀見習いの名目で商会に預けてから、まだ半月足らずか?

 色々変化がありすぎて、ずいぶん昔に感じるよ。


 それでなくても街に慣れているわけではないシャナに、この人混みはきついか。

 日本の混雑を知っている俺からすれば、なんて事はない通りなんだが。


 よし、シャナの身になって考えてみよう。


 うん、はぐれるのは良くないと思うんだ。

 そうとも、大義は我に在り、だ。


 堂々と、堂々と。

 そっと手を繋ごうとする。

 今さらだよな、と思わなくもないんだが。


 そんな俺のさ迷う手を、シャナはそっと握り返してくれた。そして、控えめな笑みを浮かべながら、俺の手を胸に抱く。

 思いもかけない大胆な行動だが、その頬は仄かに色づいていた。


 シャナも頑張ってくれているんだ。


「はぐれるなよ」

「はい」

 取って付けたような俺の台詞に、シャナが律儀に答える。

 俺たちは腕を組んで、商会を目指すのだった。


 ……これがリア充か……。


「ふん、爆発するがよい」

 ハク、うるさいぞ。





 商会で当座の古着を選び、仕立て屋の採寸が終わる頃には、意外と時間が経っていた。

 既に昼過ぎくらいである。


 そして、俺たちはテーブルに差し向かいで座り、昼飯をご馳走になっていた。

 最初はシャナは遠慮して、俺の脇に立とうとしたり、なんとか給仕する側に回ろうと懸命の努力を続けていた。


 だが、家宰を始め、商会の人間全てがそれを許そうとはしなかった。


「シャナ様」

 そう呼ばれる度に、所在なげに、落ちつかなげに小さくなるシャナはとても可愛らしかったが、それはそれとして、アルマーン老に外堀を埋められていっている感が半端ない。

 どう考えても、シャナに対する扱いがアルマーン家御令嬢に対するものとしか思えないのだ。


 おいおい、じいさん。根回しは完璧なようだが、肝心のシャナに手が届いていないぞ。

 狼狽えるシャナはレアでもあるし、まあ、可愛いことこの上ない。

 アルマーン老も、この場に居合わせたかったのではないだろうか?

 敢えてシャナに告げずに外堀を埋めているのは、この姿が見たかったからではないのか、とか邪推してしまう。


 目に新しいのは衣装もそうだ。

 いつもはシンプルなメイド服っぽい格好だったが、ここで手に入れた古着は当然普通の服である。

 ドレスなどでもない、まさに普段着なのだろうそれは、わりに体にフィットした地厚のワンピースみたいな服だった。大きなベルトで腰を締め、シャナの細さが強調されている。それでいて出るところは出ているんだから、まあ、反則だよな。


 昨日までつるぺただったせいか多少持て余し気味のようで、背の高さが変わったことと合わせ、少しバランスが取りづらそうに見える。


 まあ、こればかりは慣れるしかないだろうし、昨夜よりは今朝、朝よりは昼、と時間がたつにつれ動きの違和感はほとんどなくなっていると言ってもいい。

 追い付いていないのは心の方のようで、たまに無防備な動きをしてくれるから、なんともラッキーです。


 腕を組んだ時の幸せな感触は、きっと無意識の産物だったのだろう。

 意図的に「当ててんのよ」なんてやるタイプではないだろうしな。


「あの、その、お見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ございません」


 いやいや、何を仰る。

 いいぞ、もっとやれ。





 ルーデンスに来て、どれくらい経っただろうか?

 四ヶ月はまだ、経っていないよな。


 思い返せば濃密な時間だった。

 シャナと二人、ファールドンの街並みを眺めながら、俺は初めてのんびりと、ただ当てもなく街を散策していた。


 初めてである。

 どれだけノンストップで走ってきたのかと。

 いや、砦ではそれなりに、ゆっくり過ごしていたが、あそこはもう生活空間である。


 前にリムと街を歩いた時は、買い出し任務の途中だったし、それ以降は用事がなければ来ない場所だった。

 いわゆる普通の、街の生活を、実は俺はまだ知らないのだ。


 風景自体はさほど物珍しいものではなく、日本でよく見た紀行番組を思い出させる石造りの街並みだ。

 中央の尖塔は領主の城だろうか。もしかしたら、ローザ神の神殿とかかもしれないなあ。


 街の正門から中央まで、大きな通りが貫通している。ほんとに真っ直ぐに。


 やはり、人間の敵は、主には魔獣なんだろうな。

 仮想敵が人間なら、街はもっと入り組んだ作りになっていてもおかしくないだろう。


 中央の方が建物は大きいし、貴族街区といったところか。

 中央寄りのかなり広い敷地が、倉庫や流通拠点を含めたアルマーン商会の土地のようだ。

 中央に近いほどに権力があるとするならば、商会はかなり地位が高いことになるな。


 そこから通り沿いをひたすらに商家や宿、酒場など、商売人が埋め尽くしていた。


 路地を入った所など、所々に大きな広場が目につく。

 子どもが遊んでいたり、屋台が出ていたり、と、これこそが街の生活の姿そのものか。


 多分、似たような通りがいくつかあるだろう。

 そちらにはきっと、職人が集まる通りとかがある筈だ。

 気分は観光旅行である。


 アルマーン商会でたらふくご馳走になっていなければ、買い食いなど楽しみたいところだ。

 いや、もちろん俺はまだまだ食えるんだが、シャナはとっくに限界突破しているからなあ。

 ちょうど、おやつ時くらいかと思うんだが、まあ、無理だろうな。それとも別腹だったりするのだろうか。


「ユウ殿、ユウ殿ではありませんか?」

 突然、声をかけられた。

 心当たりはないが、誰だ?


 振り返ってみれば戦士風の三人組だが。

 いや、ああ、朝の護衛たちだったか。

 無事に着いたみたいだな。良かった良かった。


「ユウ殿、なんとお礼を申せばよいやら。あなたのお陰でグーテのやつも命を拾うことができました」

「そうか、無事についたようで何よりだ」

「今、治療院に放り込んできたところです。頂いた賞金のお陰で治療も十分に受けられる。何かお礼をさせていただきたい。これからエルメタール団を訪ねるつもりでした」

「いや、そんなに気にするな。あいつらを縄張りでのさばらせていたのが、そもそもこちらの落ち度だからな。ましてグリード残党なら俺の討ちもらしだ。詰めが甘かった。済まない」

「あなたに謝られてしまったら、我々はどうしたら良いんですか。あなたは恩人だ。せめて何かお礼を……」


 ふうむ。

 こちらの落ち度というのは、本心ではあるのだが、この護衛たちからすれば、まあ、九死に一生を得たわけだよな。

 お礼、というのも当然か。

 過分にならない程度に、受け取らせて貰うかなあ。


「分かった。じゃあ、一杯奢ってくれ。少し早いが、まあ晩飯を一緒に食おう」

「……では、案内しましょう。行きつけの旨い店がありましてね」

「ああ、任せるよ。飯の当てはなかったのでね、助かる」


 地元民のお薦めか。

 これは楽しみだ。

 観光案内に頼らず、口コミで旅する番組とか、好きだったなあ。

 いよいよもって観光気分だ。


 まあ良いさ。

 今日は一日、ゆっくり楽しもう。


 あれ、デートの締めが宴会って、どうよ?


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