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 翌朝、俺はアルマーン老を訪ねていた。


「朝早くから済まない」

「いや、構わんよ。どうかしたかね」

「あー、その、なんだ。女性用の服が欲しい。それも早急に」

「ふむ、手配自体は容易い事だが、どうしたのかね。奇妙な依頼だの」


 ううむ、必要なのは分かってる。

 分かっているんだが、なんだろう、この気恥ずかしさは。

 いや、後ろめたさ?


 これはあれか。

 いわゆる彼女のお父さん、だな。娘さんを僕に下さい、ってやつだ。

 なんとなく苦手意識が出てきてしまう。


 彼女の家に行ってみたらお父さんがいて気まずさMAX、なんて、漫画とかでよくあるシチュエーションだ。

 いや、この気まずさ、まさか自分が当事者になるとは思ってもいなかったが。


 ただ、二の足を踏んでいても話は進まない。

 腹をくくろう。

「シャナ、入ってきてくれ」


 俺の言葉に、アルマーン老の眉が怪訝そうにひそめられる。

 そして、入って来たシャナの姿をみて、驚愕に変わった。


 まあ、そりゃ驚くよな。

 朝一でルクアから服を借りたのだが、サイズが合わずにいささかダボダボなのはご愛嬌だ。

 気恥ずかしさは、シャナも感じてくれているのだろう。その頬は赤い。


「シャナ……か」


 そうだよな。

 一夜明けたら美しく成長していたなんて、どこの物語だ。

 普通は姉妹じゃないか、とか思うよな。


「何が起きたのか、説明してもらってもいいかね」

「ああ、まあ俺自身、はっきり分かっているとも言い難いんだが、シャナの姿は呪いかなにかで成長が止められていたらしいよ。それを治した」

「なんとも、言葉がないな……」

「見ての通りで合う服が無いんだ。手持ちの服は全部、着れなくなってしまったんだよ」

「……ふむ、さもありなん、といったところか。分かった。手配しよう」

「うん、頼みたい。まずは古着でもなんでもいいから、当座を凌ぐ服と、あとは仕立てになるんだよな?」

「まあ、そうだの。次の補給に間に合うように、伝令を出そう」

「いや、それには及ばん。自分で行く」


 なにしろ、その方が圧倒的に速いからな。


「一筆もらえたら助かる」

「……成る程、そういうことか。承知した。家宰に渡してくれれば良い」


 うん、アルマーン老のこういうところは、とても助かる。形式をすっ飛ばすフットワークの軽さがあるのだ。

 俺の無茶振りに慣れた、ってだけじゃないよな?





「どうだ、この眺め」

「……すごい、です。怖いくらい」

 俺とシャナは今、空の上にいた。


 風の守りを強くして、全力で飛べば多分、あっという間に着いてしまうんだろうが、まあ、焦る用事もない。夜には戻ると言い置いて、俺たちはファールドンへ向かっていた。

 まあ、のんびりと空の散歩である。


 横抱きに抱えたシャナは、俺にしっかりとしがみついてきてはいるが、そんなには怯えていなかった。

 高所恐怖症とかじゃなくて良かった。


 そう言えば、凛は高い処が好き、という話だったな。

 一緒に飛んだら、喜んでくれるかも知れない。


 まあ、すばらしい景色だよな。

 遥か眼下に広がる森と街道。

 遠くに見えるファールドン。

 街道を行き交う荷馬車に、襲いかかる盗賊団。


「ユウ様、あれは……」

「ああ、うちのお膝元で、いい度胸だ」

 見過ごすわけにはいかない。


「戦闘になる。いいな」

「はい!」

 いい返事だ。


 翼を一打ち、急降下に入る。同時に、風の守りを強化。


 大型の箱馬車に、護衛は五人だったか。

 十人の襲撃者相手に、既に二人はやられているようだ。


 さて。


 俺単独なら、重装モードで一瞬で終わらせるんだが、シャナを抱えていてはそうもいかない。

 一芝居、打つか。


 それにしても、変だな。

 ここらをうちの縄張りとして、もうかなり経つ。

 対抗勢力はことごとく殲滅したし、急にこれだけの勢力が何処から湧いて出た?


 他地域からの流入を疑うにしても、エルメタール団の名はかなり高まっている。それを無視してまで、ここで盗賊稼業を始めるものか?


 まあ、悩んで分かる問題でもない。分からなければ、聞けばいいことだよな。

 護衛の残り三人の命も風前の灯。

 いっちょ、やるか。


 地面から吹き上がる烈風。

 突然の風に煽られる襲撃者と護衛とを分断するように、風の刃も打ち込む。


 右往左往する場を見下ろしながら、俺はゆっくりと馬車の屋根に降り立った。

 格好つけているのは承知の上。


「双方、剣を引け!」


 唖然として俺を見上げる面々。

 まあ、もう戦闘どころではあるまいよ。

 改めて見れば、襲撃側はやたら薄汚れていて瞳がギラついている。結構、追い詰められているようだな。


「なんだ、翼?」

「化け物か?」

「に……人間……なのか?」

 全員の視線に、一様に畏怖の念がこもっている。まあ、無理もないと思うけど。


「さて、事情を聞きたいんだが?」


 すると、襲撃者の一人が、一歩進み出てきた。

「我々はエルメタール団の盗賊改めである。抵抗されたのでやむを得ずこれを討つ。邪魔だては遠慮願いたい!」

「出鱈目だ! いきなり襲いかかってきたくせに!」

「黙れ、盗賊!」


 おいおい、マジかよ。

 シャナの目が真ん丸だ。


 正直、俺も唖然とした。失笑を禁じ得ないとも言える。

 こいつ、どこまで嘘を突き通せるだろうな。


 しかし、改めて思う。

 俺って、本当に面が割れていないよな。

 そして、エルメタール団の名は本当に高まったんだ。


「成る程、たしか、この辺りはエルメタール団の縄張りだったか」

「そうだ。大義は我らにある。口出しはご無用!」

「ふむ、言い分は分かった」


 護衛側の顔色が変わる。絶望に染まったと言ってもいい。

 ごめん、悪ふざけが過ぎたな。もう少しで終わらせるから、あとちょっと待ってくれ。


「盗賊改めとは奇遇だな。俺も盗賊狩りを生業なりわいとするつもりだ。エルメタール団を商売敵にするつもりはなかったんだがね」

 言いながら、少し悪どい感じをイメージしながらニヤリと笑いかけてやる。


「貴様、何者だ?」

「てめえ、女連れで粋がってんじゃねえぞ!」

「お前も盗賊か? 狩るぞ!」


 ふん、沸点の低いやつらだ。

 まとめ役なのか、最初に口を開いたやつだけは、ちょっとは警戒しているようだが。


 さて、名乗るか。

 形はあとからでいい。

 ここが、俺たちの新しいスタートだ。


「俺か。俺は、縹局ひょうきょく竜狼会りゅうろうかい、局長、祐だ」


「縹局? なんだそりゃ」

「いかれてんのか?」

 ふん、なんとでも言え。

 縹局の名は、これから存分に刻んでやる。


「祐、と名乗ったぞ。本当に聞き覚えはないのか?」

「知らねえよ、誰だ、てめえは」

「いや、まさか、ユウだと……?」

 まとめ役だけは気付いたか?


「つれないじゃないか。エルメタール団を名乗っておきながら、食客の顔を忘れたか?」

「げえっ!」

「飛べるなんて聞いてねえ!」

「まさか、鎧のやつか!」

「その言いぐさ、貴様ら、グリードの残党か」


 うん、身元は分かった。こいつらにはもう用はない。

 おおかた、撤退時にはぐれた連中が食いつめたってところか。頭を潰しているからな。グリードを見限ったのかも知れない。


「逃げろ、勝ち目はない!」

 まとめ役が叫ぶ。

 だが、遅いな。答えるやつは、もういないぞ。


 魔法も凶悪だなあ。

 九人は既に、物言わぬ骸になっている。

 残りはまとめ役だけだ。


「さて、聞きたいことがある」

「ひっ……!」

 腰を抜かしたか、その場でいざるしか出来ないまとめ役。


 エルメタール団の名を騙ってくれたんだ。余罪が無いとも言えないし、もっと相応に苦しめてやりたくもあるが。


「グリードの残党が、何故まだこんなところをうろちょろしている」

「……」

 震え上がっているな。言葉もないか?


「話せ」

「け、怪我人がいる。ルドンには帰れないし、移動も出来なかったんだ。……た、助けてくれ……!」

 怪我人?

 最初の砦の攻防戦かな。

 俺が接触したやつは、一人残らず殺した筈だしな。


 まあ、大体の事情は分かった。


「怪我人はどこだ?」

「森の中、すぐそこに天幕を張っている。助けてくれるのか?」

「さてな」


 振り返れば護衛たちと、馬車から顔を出している商人風の男。


 倒れている護衛に息はあるのかな?

 こちらのなり行きを見守りながら、助け起こしているようだが。


 まあ、許すも許さないも、俺が決めることではないよ。


「助けてくれるかどうか、交渉は自分でやるんだな」

 俺の言葉の意味が分かったのだろう。まとめ役の顔が、絶望に染まった。


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