58
翌朝、俺はアルマーン老を訪ねていた。
「朝早くから済まない」
「いや、構わんよ。どうかしたかね」
「あー、その、なんだ。女性用の服が欲しい。それも早急に」
「ふむ、手配自体は容易い事だが、どうしたのかね。奇妙な依頼だの」
ううむ、必要なのは分かってる。
分かっているんだが、なんだろう、この気恥ずかしさは。
いや、後ろめたさ?
これはあれか。
いわゆる彼女のお父さん、だな。娘さんを僕に下さい、ってやつだ。
なんとなく苦手意識が出てきてしまう。
彼女の家に行ってみたらお父さんがいて気まずさMAX、なんて、漫画とかでよくあるシチュエーションだ。
いや、この気まずさ、まさか自分が当事者になるとは思ってもいなかったが。
ただ、二の足を踏んでいても話は進まない。
腹をくくろう。
「シャナ、入ってきてくれ」
俺の言葉に、アルマーン老の眉が怪訝そうにひそめられる。
そして、入って来たシャナの姿をみて、驚愕に変わった。
まあ、そりゃ驚くよな。
朝一でルクアから服を借りたのだが、サイズが合わずにいささかダボダボなのはご愛嬌だ。
気恥ずかしさは、シャナも感じてくれているのだろう。その頬は赤い。
「シャナ……か」
そうだよな。
一夜明けたら美しく成長していたなんて、どこの物語だ。
普通は姉妹じゃないか、とか思うよな。
「何が起きたのか、説明してもらってもいいかね」
「ああ、まあ俺自身、はっきり分かっているとも言い難いんだが、シャナの姿は呪いかなにかで成長が止められていたらしいよ。それを治した」
「なんとも、言葉がないな……」
「見ての通りで合う服が無いんだ。手持ちの服は全部、着れなくなってしまったんだよ」
「……ふむ、さもありなん、といったところか。分かった。手配しよう」
「うん、頼みたい。まずは古着でもなんでもいいから、当座を凌ぐ服と、あとは仕立てになるんだよな?」
「まあ、そうだの。次の補給に間に合うように、伝令を出そう」
「いや、それには及ばん。自分で行く」
なにしろ、その方が圧倒的に速いからな。
「一筆もらえたら助かる」
「……成る程、そういうことか。承知した。家宰に渡してくれれば良い」
うん、アルマーン老のこういうところは、とても助かる。形式をすっ飛ばすフットワークの軽さがあるのだ。
俺の無茶振りに慣れた、ってだけじゃないよな?
「どうだ、この眺め」
「……すごい、です。怖いくらい」
俺とシャナは今、空の上にいた。
風の守りを強くして、全力で飛べば多分、あっという間に着いてしまうんだろうが、まあ、焦る用事もない。夜には戻ると言い置いて、俺たちはファールドンへ向かっていた。
まあ、のんびりと空の散歩である。
横抱きに抱えたシャナは、俺にしっかりとしがみついてきてはいるが、そんなには怯えていなかった。
高所恐怖症とかじゃなくて良かった。
そう言えば、凛は高い処が好き、という話だったな。
一緒に飛んだら、喜んでくれるかも知れない。
まあ、すばらしい景色だよな。
遥か眼下に広がる森と街道。
遠くに見えるファールドン。
街道を行き交う荷馬車に、襲いかかる盗賊団。
「ユウ様、あれは……」
「ああ、うちのお膝元で、いい度胸だ」
見過ごすわけにはいかない。
「戦闘になる。いいな」
「はい!」
いい返事だ。
翼を一打ち、急降下に入る。同時に、風の守りを強化。
大型の箱馬車に、護衛は五人だったか。
十人の襲撃者相手に、既に二人はやられているようだ。
さて。
俺単独なら、重装モードで一瞬で終わらせるんだが、シャナを抱えていてはそうもいかない。
一芝居、打つか。
それにしても、変だな。
ここらをうちの縄張りとして、もうかなり経つ。
対抗勢力はことごとく殲滅したし、急にこれだけの勢力が何処から湧いて出た?
他地域からの流入を疑うにしても、エルメタール団の名はかなり高まっている。それを無視してまで、ここで盗賊稼業を始めるものか?
まあ、悩んで分かる問題でもない。分からなければ、聞けばいいことだよな。
護衛の残り三人の命も風前の灯。
いっちょ、やるか。
地面から吹き上がる烈風。
突然の風に煽られる襲撃者と護衛とを分断するように、風の刃も打ち込む。
右往左往する場を見下ろしながら、俺はゆっくりと馬車の屋根に降り立った。
格好つけているのは承知の上。
「双方、剣を引け!」
唖然として俺を見上げる面々。
まあ、もう戦闘どころではあるまいよ。
改めて見れば、襲撃側はやたら薄汚れていて瞳がギラついている。結構、追い詰められているようだな。
「なんだ、翼?」
「化け物か?」
「に……人間……なのか?」
全員の視線に、一様に畏怖の念がこもっている。まあ、無理もないと思うけど。
「さて、事情を聞きたいんだが?」
すると、襲撃者の一人が、一歩進み出てきた。
「我々はエルメタール団の盗賊改めである。抵抗されたのでやむを得ずこれを討つ。邪魔だては遠慮願いたい!」
「出鱈目だ! いきなり襲いかかってきたくせに!」
「黙れ、盗賊!」
おいおい、マジかよ。
シャナの目が真ん丸だ。
正直、俺も唖然とした。失笑を禁じ得ないとも言える。
こいつ、どこまで嘘を突き通せるだろうな。
しかし、改めて思う。
俺って、本当に面が割れていないよな。
そして、エルメタール団の名は本当に高まったんだ。
「成る程、たしか、この辺りはエルメタール団の縄張りだったか」
「そうだ。大義は我らにある。口出しはご無用!」
「ふむ、言い分は分かった」
護衛側の顔色が変わる。絶望に染まったと言ってもいい。
ごめん、悪ふざけが過ぎたな。もう少しで終わらせるから、あとちょっと待ってくれ。
「盗賊改めとは奇遇だな。俺も盗賊狩りを生業とするつもりだ。エルメタール団を商売敵にするつもりはなかったんだがね」
言いながら、少し悪どい感じをイメージしながらニヤリと笑いかけてやる。
「貴様、何者だ?」
「てめえ、女連れで粋がってんじゃねえぞ!」
「お前も盗賊か? 狩るぞ!」
ふん、沸点の低いやつらだ。
まとめ役なのか、最初に口を開いたやつだけは、ちょっとは警戒しているようだが。
さて、名乗るか。
形はあとからでいい。
ここが、俺たちの新しいスタートだ。
「俺か。俺は、縹局竜狼会、局長、祐だ」
「縹局? なんだそりゃ」
「いかれてんのか?」
ふん、なんとでも言え。
縹局の名は、これから存分に刻んでやる。
「祐、と名乗ったぞ。本当に聞き覚えはないのか?」
「知らねえよ、誰だ、てめえは」
「いや、まさか、ユウだと……?」
まとめ役だけは気付いたか?
「つれないじゃないか。エルメタール団を名乗っておきながら、食客の顔を忘れたか?」
「げえっ!」
「飛べるなんて聞いてねえ!」
「まさか、鎧のやつか!」
「その言いぐさ、貴様ら、グリードの残党か」
うん、身元は分かった。こいつらにはもう用はない。
おおかた、撤退時にはぐれた連中が食いつめたってところか。頭を潰しているからな。グリードを見限ったのかも知れない。
「逃げろ、勝ち目はない!」
まとめ役が叫ぶ。
だが、遅いな。答えるやつは、もういないぞ。
魔法も凶悪だなあ。
九人は既に、物言わぬ骸になっている。
残りはまとめ役だけだ。
「さて、聞きたいことがある」
「ひっ……!」
腰を抜かしたか、その場でいざるしか出来ないまとめ役。
エルメタール団の名を騙ってくれたんだ。余罪が無いとも言えないし、もっと相応に苦しめてやりたくもあるが。
「グリードの残党が、何故まだこんなところをうろちょろしている」
「……」
震え上がっているな。言葉もないか?
「話せ」
「け、怪我人がいる。ルドンには帰れないし、移動も出来なかったんだ。……た、助けてくれ……!」
怪我人?
最初の砦の攻防戦かな。
俺が接触したやつは、一人残らず殺した筈だしな。
まあ、大体の事情は分かった。
「怪我人はどこだ?」
「森の中、すぐそこに天幕を張っている。助けてくれるのか?」
「さてな」
振り返れば護衛たちと、馬車から顔を出している商人風の男。
倒れている護衛に息はあるのかな?
こちらのなり行きを見守りながら、助け起こしているようだが。
まあ、許すも許さないも、俺が決めることではないよ。
「助けてくれるかどうか、交渉は自分でやるんだな」
俺の言葉の意味が分かったのだろう。まとめ役の顔が、絶望に染まった。