表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/168

54

 朝食後、リムとシャナは連れ立って出ていってしまった。

 なんでも、尻尾穴を開けて服を繕い直すのだそうだ。仲の良いことで。


 二人がいなくなってホッとした気持ちがあるのは否めない。だが、そこで落ち込むと、またハクに蹴られそうだ。

「そうじゃの」

 ハクが、構えていた蹴り足を下ろした。うん、危機一髪だったらしい。


「お前、なんでシャナと一緒にいたんだ?」

「乙女の秘密じゃ」


 そうかよ。

 いや、別にハクが乙女と言ったって、なにも思うところはなかったぞ。それなのに、ポカリとやられた。理不尽だ。


 さて、俺は俺でアルマーン老に会いに行こう。もしくは華桑の面々でもいいんだが。

 銀狼のもうひとつの遺産、あの美しい毛皮を、リムに贈りたい。

 俺と、リムとで身に纏って、常に共にありたいと願っている。


 その為に金を惜しむつもりはない。

 使えるコネを使い尽くして、最高峰の職人に頼むつもりだ。

 そいつが必要と言うならば、何度でもエスト山脈に行ってもいい。


 さて、どうなることやら。

 今の客間の配置はどうなっているのかね。大所帯になっている気がするんだが、誰が何処にいるんだろう?


 っと、その前に、用事を済ませておくか。


 訪ねたのは、砦の片隅、小さな部屋だ。

 それでも、大部屋で雑魚寝がほとんどの中で、個人の部屋を持っているのは珍しい部類に入るだろう。まあ、ほとんど仕事部屋な訳だが。


「ニーア、入るぞ」

「うえ、何しに来たのさ」


 俺が入ると、心底嫌そうな顔をしてみせる部屋の主。


 飾り気の無い黒いローブに、顔の右半面を覆い隠すくすんだ金髪。少し小柄な体格の彼女は、あまり特徴の無い顔立ちをした、ごく普通の女性に見えた。が、露になった左目には、険がある。

 俺に対して遠慮もなく、嫌そうな顔や毒舌をぶつけてくる貴重な人材が、エルメタール団唯一の魔法回路技術者、魔珠使いのニーアだった。


 魔獣狩りに始まり盗賊狩りへと続いたエルメタール団強化の中で、彼女の果たした役割は大きい。その分、負担も大きかったわけだが。

 魔法回路技術者としては、基本的な部分しか知らないらしいが、何より有り難かったのは、魔珠の純化処理が出来たことだった。


 俺たちが積み上げる多くの魔珠を、一人で泣きながら、徹夜で純化してくれた時は、さすがにアルマーン老に頼んで最高級の菓子を差し入れしたものである。

 殺されそうな勢いで睨み付けられたが。


 それ以来、ニーアは俺の訪問を心底警戒しているようだ。

 まあ、正解なんだが。


「頼みがある」

「なんだよう、今度はいくつあるのさ 」

「あー、数えてない」

「はい、やり直し、数えてから来てください」

「まあ、そう言うな。本気で面倒だから」

「いったいいくつ持ってきたのさ!」


 悲鳴をあげるニーアをそのままに、大型の器を探しだし、魔法の収納袋を引っくり返す。

 百は下らないその数。今まで持ってきたことの無いような澄んだ輝き。普通はビー玉程度の大きさなのに、ピンポン玉くらいの大きなものまで混じっているその魔珠の山に、悲鳴は絶えた。

 まあ、まさに絶句、だな。


「……なにこれ」

「なにって、魔珠だろ」

「こんなの、見たことない。どこで狩ってきたのさ」

「だから言ったろ? エスト山脈に行くって」

「ホントに山脈まで行ったんだ。どこまで登ったの?」

「山頂」

「……聞くんじゃなかった。聞いたボクが馬鹿だったよ」


 心底呆れ果てたような声。無茶をした自覚はあるが、ここまで反応してくれると、まあつくづく鈴音と太郎丸の規格外さが際立つというものだ。


「純化、出来るか」

「うーん、正直、分からないなあ。試してみてもいい?」

「ああ、やってくれ」

「相変わらず太っ腹だね。普通は貴重な魔珠を賭けみたいには使わないよ」

「まあ、無くなればまた取りに行くさ」

「……ボクが馬鹿だったのは分かっていたつもりなのになあ」


 ため息ひとつ。


 魔珠の純化処理は、研磨作業に似ている。実際に形を削るわけではないが、魔素を磨くのだそうだ。

 その過程で出てくる削りカスが、いわゆるくず魔珠である。

 そこまでは知っていたのだが。


「それ、くずには見えんな」

「そうみたい。低級だけど、立派な魔珠だよ」


 純化処理の過程で出てきたのは、普通の魔珠だった。

 いくら低級とはいえ、削るだけでポロポロと魔珠が出るとか、どれだけの価値があるんだ、こいつは?

 こいつを市場に流せば、国のパワーバランスが揺れるんじゃないか?


「全部が全部、ここまでの魔素が籠っているとは思えないね。たぶん、一握りの最高位の魔珠なんだと思うけど。でも、人が初めて踏み込んだ領域だと思うよ。こんなの、聞いたこともない。人の身に入れて何が起こるのか、分かったもんじゃないさ」


 リムに入れたけど。

 これ、口に出したら何言われるか分からんな。


「どれくらいの価値があるんだ、こいつは?」

「ボクに分かるわけ無いじゃん。バカじゃない?」

「分からんことは誇れるのかよ」

「人間が初めて手にした魔珠だよ。他に比較がない。値段なんてつけらんないね。エスト山脈の上だなんて、ユウ様以外に取りに行ける筈もなし。独占出来るんだし、言い値以外につけようがないね」

「そんなものか」

「これ一個持って王都まで行ったら、学院に入れるかもしれない。それくらい凄いものだよ」

「いや、学院の凄さを基準にされても、学院が何か分からんぞ」


 一瞬、物凄いジト目で睨まれた。

 え、俺が悪いのか?


「学院はローザ神の神託で建てられた大陸唯一の魔法回路研究機関だよ。常識知らずはこれだから嫌いさ」

「悪かったな、ルーデンス生まれじゃないものでね」


 アッカンベーをして睨まれる。こいつ、幾つだったっけ?

 二十歳は過ぎていたと聞いた気がするんだが。プライベートでの付き合いは全くないからなあ。


 学院か。言葉の響きから察するに、魔法回路技術者たちの憧れの登竜門とか、そんな感じだろうか?


「しかし、価値が分からんか。商談に使おうと思っていたのになあ」

「それもいいんだけど、これ、本当にどうするつもりさ。売るのも使うのも怖いよ?」

「純化すりゃ大丈夫だろ、頼りにしてる」

「くそう、こんな時ばっかり……」

「当面、売るつもりはない。全部強化に使う」

「さっき商談って言ったじゃん」

「頼みごとがあったのでね、その分だけな」


 ううむ、これの市場価値が読めないのは辛いな。迂闊に売っていいものかどうかの判断すらつかん。

 頼みごとついでに、アルマーン老に相談してみるか。


「じゃあ、あとは任せていいか」

「いいけど、でも、ボク一人ってのも無茶だよ。一個純化するのにどれくらいかかるかも分からないのに」

「手伝いがいるか?」

「ううん、悔しいけど、本職の方がいい。ボクの手には余る。むしろボクの方が手伝う側だね」


 そんなにか。


「分かった。考えておく。アルマーン老の部屋は知っているか?」

「うん、北西角の小さい方」

「ああ、いつもの大部屋は譲ったのか」

「当ったり前じゃん。華桑のお偉いさん相手だよ。アルマーン商会なんて吹けば飛んじゃうさ」


 むむう、槙野家、恐るべし。うちに嫁に来るけど。


「助かった、あとは頼む」

「はあい、仕方ないなあ」


 内心は目の色を変えているかもしれないが、表面的にはうんざりした様子のニーアにあとを託し、俺はその足でアルマーン老を訪ねた。

 大きな魔珠を一個、失敬して。

 さて、どんな商談になるかね。


「御無沙汰だ。昨夜はゆっくり話もできず、失礼した」

「槙野家との会談に混ざろうとは思わぬよ。改めて祝おう。山脈よりの無事の帰還、なによりだ」


 相変わらず天然の威圧感が凄いな。


「会談は無事に済んだのかね」

「まあ、会談はな」

「伺っても良いかね」

「ああ、相談もあるしなあ。取り敢えず、凛と結婚することになった」

「そうか」


 察するところがあったのだろうか?

 思ったよりは驚いていなかった。さもありなん、といった風情か。


 みんな、当たり前のように結婚話をすすめてくるなあ。結婚自体が嫌とかではないのに、どうしても憂鬱な感が否めない。

 凛に申し訳ないくらいだ。


 まあ、いい。本題に入ろう。


「二つばかり、頼みがあってきた」

「うかがおう」

「まずはこいつ、こいつを加工できる大陸最高の職人を紹介してほしい」

「なんと、これは……」


 全部出したら部屋が埋まるので、一部だけ見せてみる。

 アルマーン老は毎度お馴染みの片眼鏡姿だ。


「ここまでの品となると、この近辺では無理だの。せめてルドン、大陸最高と言うなら王都まで行かねばなるまいよ。心当たりは一つしかない。創業をルーデンス建国期にまで遡る武具の名門、ジェニングス商会、そこしかない」

「そうか。繋ぎはとれるだろうか?」

「力は尽くそう。ただ、条件がある」

「聞こう」

「シャナを引き取らせてもらいたい」


 なんですと?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ