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 地に大の字に寝転がり、月を見上げる。

 傍らには、凛が座っていた。

 肉体的な疲れはない。だが、正直、動きたくはなかった。


 まあ、ハクの言った通りである。

 こてんぱんに伸されたのだ。


 唯一、一矢報いる寸前というか、驚かせるのに成功したのは、ミレイアの突きを真似した事だった。


 進退極まっていた俺はグリード戦の時と同じく、見た技の再現で一矢報いる事が出来ないかと考えていたのだ。

 一番印象深いのは派手なディルスランの技だが、あれは四水剣である。その源流だろう水心流に通じるとは思えない。


 ならば、ミレイアの突きしかないだろう。


 そして俺は、踏み込んでいった。

 鈴音の切っ先が、小さな渦を描く。

 その螺旋の力を、鈴音に導かれるままに突きのエネルギーに換えていく。


 その瞬間、確かに、凛の顔は驚愕に彩られた。

 鈴音の切っ先が、まるで凛の刀を絡めとるように円を描く。これは行ったか?


 だが、絡めとられていたのは鈴音の方だった。

 まるで吸い取られるように鈴音に込めた力は失われ、ただ、かざされただけとなった刀身の上を凛の刀が滑ってくる。


 強かな打ち込みは、それまで食らったどの一撃よりも重たかった。


「今のは春水しゅんすい剣の突きだな。どこで知った? 思わず返し技を打ってしまったぞ」

「春水剣?」

「ああ、四水剣の一つ。春を冠した細剣の流派だ」

「そうか。アルマーン老の護衛が、一度使っていたんだ」

「一度見て、それを再現したというのか、貴方は」


 あきれたような凛の声。

 うるさいな。正直心は折れたぞ。


 ミレイアまで四水剣士だったのかよ。もう、残りのリックが四水剣じゃないと言われる方が驚きかもしれん。

 四水剣、根付き過ぎだろう。


 まあ、そんなわけで、力尽きた俺は、こうして寝そべっているわけだ。


「それにしても、凄まじいな、凛は」

「まあ、これだけが取り柄だからな」

 少し寂しそうに凛が答える。


 なに言ってやがる、才色兼備のくせして。

 まあ、口に出したら嫌がるんだろうけど。


「連綿と続く水心剣を継承するのは我が誇りでもあるから、悔いはない。だが、貴方に与えられるものが剣しかないというのは、申し訳ないとも思うよ」

「水心剣、教えてくれるのか?」

「当然だ。いや、お返しすると言った方が良いか」


 ううむ、華桑人にとって、扶桑とは本当に大切なものなんだなあ。

 身体的に純血の扶桑人であるということが、心底申し訳なく感じられる。


 俺に出来る恩返しは、なんだろう?


 華桑が守ってきた、凛が守ってきた大陸の平和、それを乱さないこと、だよな。

 むしろ、華桑の権限を強化する側に回るべきか?

 いや、野心を出してもダメなんだよな。


 いずれにせよ俺には、華桑と一蓮托生で生きるしか、まともな道はないのだろう。


 どこかの国につくわけにもいかない。俺が仕官すれば、大陸中の華桑人もついてくるだろうからな。

 国にとらわれない江湖の縹局を目指すつもりだったが、本当に、国にとらわれるわけにはいかなくなった。


 エルメタール団に続いて華桑か。

 大事にしたい集団の規模が、いきなり膨れ上がったな。


「それにしても、結婚かあ」

 全くの想定外だったなあ。まだ未成年だぞ、俺は。多分だけど。

 我知らず、溜め息が出る。


「やはり嫌か、済まない。だが、槙野家との縁は結んでもらえないか?」


 憂いを帯びた声。

 ああ、またやっちまったか。


「違うよ、嫌なんじゃない。考えていなかっただけだ」

「いや、無理しなくていい。本来なら、私ではなく妹が貴方に嫁ぐべきだったんだ」

「なんの話だ?」


 なんだろう。

 たまに感じるが、凛は自己評価がかなり低くないか?


「妹は国許くにもとでも評判の美姫でな。妹ながら私も鼻が高い。妹ならば貴方にも相応しかろうと思うのだが、昨年、婿をとってしまったんだ」

「へえ、そんなに美人なんだ」


 本当かよ。凛よりもっと美人とか、想像すら出来んぞ。

 というか、あれ?


「あれ、お前、容姿をどうこう言われるの、嫌がっていなかったか?」

「む……」

 凛は、ぐっと、言葉に詰まった。


 なんだ、その悲しげな顔は。なんだろう。何となく見当がついた気がするぞ。


「それは……嫌だ……」

「妹さんはそんなに美人なのか」

「……ああ」

「凛より美人とか、想像も出来んぞ」

「何を言う! そんなおためごかしなど聞きたくない! 貴方には言われたくなかった!」


 怒った顔も美人だなあ。

 分かったぞ。


「凛、お前、自分が不細工だと思っているだろう」


 凛からは、返事すらなかった。傷ついた表情。

 フォローフォロー、急がないとな。


「俺にとっては絶世の美女だぞ、凛は」

「な……聞きたくないと言ったろう!」

「まあ、聞け」

「う……」


 これはあれだ。平安美人は現代でも美人とは限らない、というやつだな。華桑が昔の日本の価値観に近いなら、確かに俺が美人と思う凛の顔は、華桑人にとって美人に見えないんじゃないか?


「妹さん、ほっぺた膨れてるよな」

「ああ、ふっくらした優しげな頬だよ」

「目は結構細くないか?」

「ああ、糸で引いたように美しい」

「唇はちょっと尖ってないか?」

「慎ましやかな可愛らしい唇だよ」

「おでこは狭いよな」

「神山を模したごとく美しい稜線を描いているよ」


 ローザ山のシルエットか。間違いなく富士額だな。

 確定だ。


「妹さんの顔、想像がつくわ」

「それは……絵になるような美姫だからな」

「多分……ハク」

「嫌じゃ」

「おい、まだ何も言ってないだろ」

「うるさいわ。何が悲しゅうておかめにならねばならぬのじゃ、断固拒否する」


 おいおい。

 ハクの姿はイメージ次第で変化が可能なんだから、おかめの面の再現をしてもらおうと思ったのだがなあ。ハクの美意識とは、かけ離れていたらしい。


「じゃあ、衣装を替えてみてくれないか? ほら、ひょっとことかの図柄の法被はっぴとか」

「むう、それくらいなら、仕方ないな。やってやらんでもない」

 どんだけ嫌なのかと。


「なんの話をしているんだ?」

 おっと、凛を置いてきぼりだったな。


「ハクの服の意匠、妹さんに似ていないか?」

 ハクの法被の背には可愛らしく微笑むお多福の顔。

「あ、ああ、よく似ている」


 やっぱりな。

 本当に、伝統を守り抜いてきたんだなあ。


「妹さんはお多福顔、昔の日本の美女だな」

「昔……?」

「ほら、昼にも言ったが、文化とは変わるもの。今の日本の美人の条件は、昔とは大分変わったよ。変わってしまった今の日本では、凛がとんでもない美人なんだ」

「な、何を言うんだ。そんなこと、信じられるものか!」


 ううむ、そうは言ってもなあ。


「まあ、いきなり言われても、価値観が変わるのは難しいよな。俺も、今すぐお多福顔を美人と思え、と言われても無理だし」

「あ……貴方は本当に、妹を美人と思わないのか?」

「まあ、愛嬌とか性格とかで表情の印象は変わるだろうけど、顔の作りを美人とは、思えないだろうな」


 青天の霹靂と言うべきだろうか?

 凛は言葉を失っている。


「私はずっと、自分が醜女しこめだと思ってきた。いや、本当に醜女なんだ」

「華桑の価値観ではな」

「この鋭く尖った頬も、顎も」

「小顔は女の子の憧れだったな」

「品なく腫れぼったい唇も」

「瑞々しく艶やかな唇を目指して、女の子達は化粧していたぞ」

「のっぺりした額も」

「おでこちゃんは可愛さの象徴じゃね?」

「はしたなく膨れた胸も」

「おっぱいは正義だ」

「細く頼りない腰も」

「柳腰は昔から誉め言葉だぞ」

「あと、その……あの……」


 なんだ、よほど言いにくいのか。コンプレックスの芯か?


「化け物が如き大きな抉れた目も……」

 思わず溜め息が出た。凛がビクッとする。


「変われば変わるもんだな。日本では一重瞼を嫌って、整形してまで二重瞼にしようとするのがいるってのに」

「あと……あとは……」

「なあ、凛、無理に探さなくていいぞ。お前が何を言おうとも、俺にとって、現代の日本にとって、お前は本当に美人なんだから」


 その瞬間、沸騰したかのように、凛の顔が真っ赤に染まった。

 ようやく届いたか。


「じゃあ、じゃあ、さっき目の毒だと言ったのは……」

「ま、誉め言葉だな。美しいおみ足、眼福でした」

「うああ……」


 凛がよろめいた。


 頭の中に、澄んだ鈴の音が響く。

 改めて見れば、凛の姿は輝きに包まれていた。

 全身、斬線に覆われている。


 鈴音、お前も容赦ないよな。


「凛、一本とったぞ」


 あまりにも隙だらけな可愛い女。

 その脳天に、俺たちは軽くチョップを打ち込んだのだった。


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