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 宴席は和やかに始まった。

 こちらは白い長ラン姿である。


 対する凛は、淡い桜色の小袖に、若葉色の単衣ひとえを重ねていた。

 長く艶やかな黒髪は高く結い上げ、一つにまとめて背中に流している。

 本当に、絵に描いたような姫君の艶姿だった。


 これと差し向かいとか、照れ臭すぎる。

 凛の動作が鷹揚な感じで、どちらかと言えば男性的なのが救いだ。

 これが、楚楚としたお上品な雰囲気だったなら、俺もいたたまれなくなっていたに違いない。

 仕草が男性的と言っても、その動きはしなやかで、下品なところは欠片もないが。


「さ、まずは一献」

 凛が徳利を差し出してくる。


 この形状、間違いない。

 杯に注がれるのは澄んだ水のような酒。少しばかり黄みがかっているだろうか?

 きっと清酒だ。甘い芳香が立ち上る。

 濁酒じゃないんだなあ。


 杯を干し、返杯。

 いつか時代劇でみたシーンをイメージしてみた。

 凛も鮮やかに杯を干す。

 着物姿は姫そのものなのに、飲み方はさっぱりしていて心地いい。


「うん、うまいな」

 ああ、本当にそう思うよ。

 日本酒を飲んだ経験がほとんどないから、味を比べたりは出来ないけれど、そんなことは関係なしに、旨い酒だった。


 これは凛たちの華桑土産だ。

 そんなに沢山あるわけではないから、全員に行き渡るほどはないけれど、回し飲みで味見する程度には量があった。

 まあ、むさ苦しいおっさん連中に、どの程度酒の味が分かるのかは疑問だが。

 あいつら、強ければ旨いって言ってたもんなあ。


 さらりとした飲み口は正に水の如し、無骨なルーデンス人にはもったいないぞー。

 まあ、偉そうに言う俺は酔えないから、味しか語るものがないのだけれど。

 酔うと陽気になっていく団のみんなを見ていると、酔えないのは実は、お得でも何でもないのかもしれないな、と最近思うようになってきた。


 まあ、それはともかく、凛の土産は酒だけでは終わらなかった。

 焼き肉のバージョンの中に、照り焼きと味噌焼きが加わったのである。


 醤油と味噌。

 醤油と味噌である。

 刺身に生醤油。これも、旨い。


 期待していなかったと言えば、嘘になる。

 けれども、本当に眼前に並んだ和風の料理に、俺は涙を抑えることが出来ていなかったらしい。

 俺自身は食うのに夢中で、全く気付いていなかった訳だが。


 みたらし団子の時と同じだ。

 俺の日本の思い出は、あいつとの思い出と同義なのである。

 焼き肉屋で肉を食いながら、どうしてどこもかしこも味付けが韓国風、というか、ピリ辛焼き肉のタレ風なのか、議論しあったことが思い出される。

 全く不毛な議論ではあったが、味噌や醤油じゃダメなのか、と、ひとしきり、盛り上がっていた。


 まあ、結論としては、日本には肉食文化が無かったからだろう、というところに落ち着いたわけだが。

 マタギの文化ならまた別なのだろうけど、地元の山では、猪とか食ってはいたが、大概鍋だったなあ。


「懐かしんでもらえたようで、なによりだ」

「ああ、本当に久しぶりだ。せ……場所が違うのに同じ味わいと言うのは、不思議でもあり、嬉しくもあり、だよ」

「貴方にそう言ってもらえると、受け継いできた甲斐もある。味を守れていたと、蔵の者も喜ぶだろう」


 会話の合間に、さりげなくシャナが頬を拭ってくれて初めて、俺は自分が泣いていたことに気が付いた。

 食い物は本当に不思議なくらい、色々な思い出とセットになっているんだなあ。


「この場を借りて、改めて礼を言わせて貰いたい」

 ん?

 なんのことだろう?

「私の事ではないんだが……宗助」

「はっ」

 呼ばれて平伏したのは、橘宗助だった。

 なんだ、もういいって言ったじゃないか。


「なんだよ、礼なら聞かんぞ。天命だって言ったろう」

「いえ、違うのです。あなた様のお陰で再び普通に歩けるようになれたのでございまする」

 お?

「どういう意味だ?」

「拙者、かつて未熟の故に、片足を失いましてございまする。足の形こそ残りましたが、全く使えぬ有り様にて、生涯片足と諦めておりました。それが、腹の傷と共に足まで治癒していただき、感謝の言葉もありませぬ」


 なんとまあ、そういうことか。

 腹の傷だけでなく、古傷まで治してしまったのか。

 さすが、しもべ。いい仕事をしている。


 ヤバい。


 後天的な障害全てを治せるなら、病院作れば食うに困らないぞ。というか、権力者に捕まったら一生飼い殺しで兵隊さんの治療係にされてしまいそうだ。

 まあ、俺たちを捕まえておける権力者がいれば、の話だが。


 うーん、人質とか、怖いな。

 竜の力ということにして、俺が認めれば、という条件付きにしたのは正解だったかもしれない。

 今後、権力と対抗するための力を、考えておく必要があるな。


「それが、お前の天命ってことなんだろ。足の古傷なんて知らなかったからな。狙って治したわけではないぞ」

「誠に忝のうござりまする」

「宗助はな、凄いんだ」

 お、凛が誇らしげだ。

「剣で身を立てようと修練していた折に、練気に失敗して足が利かなくなって、一度は全てを失ったんだ。だが、そこから弓の修行を重ねてな、今では右に出る者もいない」


 あらあら、凛さま、ちょっと妬けますわよ。

 なんだかすごく無邪気に誉めているように見える。

 宗助の忠誠の源は、愛なのか?

 それだと西洋の騎士みたいだな。

 これは違うか。


 宗助の方は分からないけれど、凛の方からは色恋というか、浮わついた感じがしない。なんだろう、大事な宝物を自慢しているような感じだろうか?

 凛にとっては華桑のものは全ていとおしむ対象なのかもしれない。華桑の良いところ、素晴らしいところを、本当に大事にしているんだ。


 それが、継承のモチベーションという部分もあるんだろうな。

 誇らしげな凛を見ていると、華桑が本当に素晴らしいものであるように思えてくる。

 すごいな、凛。

 凛を見ていると、華桑を好きになってくるぞ。


「拙者、今一度剣の道に立ち戻る所存にございまする」

「そうか。お前の弓は凄かった。一流を極めた者は、他流にも通ずると聞く。きっと剣でも大成するんだろうな」

「過分なお言葉にございまする」


 うん、本気なんだけどなあ。

 全開であったにも関わらず、あそこまで綺麗に一撃食らったのは、人間相手ではお前が初めてなんだぞ。

 試合なら、完璧に一本負けだったんだ。

 お前が凄いってことにしておいてくれ。

 華桑の武士にはお前みたいなのがゴロゴロしてるとか、想像すると怖すぎる。


 宗助はひとしきり礼を尽くすと、自身の席に戻っていった。

 今の話を見守っていたのだろうか?

 橘父が、俺に向かって深く頭を下げている。うん、もう気にしなくていいぞ。

 なんというか、華桑人、本当に義理堅いんだな。


「さて、少しばかり真面目な話をしたいんだが……」

 凛が表情を改めている。

 なんだろう。

 こちらも、気持ち、いずまいをただす。


「先の話では、貴方はこの地で成したいことがある、と言われていた」

「ああ、そうだな」

「何をしたいんだ? 聞かせてもらって構わないだろうか?」


 なんだ、そんなことか。

 別に畏まらなくても、普通に話してやるのに。

 まあ、これから先のエルメタール団の有り様に直結した話だ。

 知っているのがヴォイドだけ、というのも変な話だろう。

 明言するには、いい機会なのかもしれないな。


縹局ひょうきょくを作りたい、そう思ってるよ」

「縹局? それは何かの制度だろうか?」

「実はな、定義なんてないんだ。昔あったと聞いている結社みたいなものを、真似してみようと思っているだけだから。再現が目的ではないからな」

「ふむ、なるほど。では貴方の作る縹局の目的は?」

「在野の治安維持」


 うん、一言で言えばそうなる。

 凛は呆気にとられた様子だ。


 無理もない。エルメタール団としてファールドンの商人を護衛した時に分かったのだが、組織だった治安維持や、用心棒派遣はなされていなかった。

 力ある商人は私兵団を抱えているし、都市や街道の警備は騎士団の役目。

 ラノベでよく見る冒険者ギルドみたいな組織もない。


 多分、在野でそういうことをやるには、リスクが高すぎるのだ。

 魔獣の脅威が大きすぎて、採算が取れない。

 魔珠は国が買い上げるから、一般に出回ることは少ないし、安定した戦力を維持するコストがかかりすぎる。


 だけど俺なら、初期投資と維持に困ることがない。

 魔珠が欲しければ、山に登れば済む、というのもよく分かった。

 戦力の底上げが済めば、今度はその戦力が狩る側に回ればいい。


 魔珠は、強力な点を作り出す事が出来る。

 ならば、その点をうまく使うことで、より多くの点を生み出すことが出来るだろう。

 強い点になんでもさせるんじゃない。強い点は、呼び水になればいいのだ。


 強い点が魔珠を独占し、より強い点になっていこうとする傾向の強いルーデンスでは、きっと出てきにくい発想なのだろう。

 なにしろ、俺が魔珠を皆に渡そうと言っただけで、一騒動になった位なのだから。

 このような事をつらつらと語ってはみたが、実のところ、一番反応が鈍いのは、肝心のエルメタール団の面々だったりした。


 彼らにしてみれば、あまり先の展望は見えていないのだろう。このまま頑張れば、グリードに成り代わるでっかい縄張りになるかもなあ、くらいの感覚でしかないようだった。

 我がエルメタール団は、良くも悪くもこじんまりとしているようである。

 向こうの方で嘆息しているあたり、趣旨を理解できたのはディルスランくらいではないだろうか?

 俺の一番の理解者、なのかもしれない。立場がなければ友人と呼べるのになあ。


「エルメタール団を強化、拡大して、国の枠にとらわれない縄張りを作りたいんだ」

「国にとらわれない、か。ならばあくまで在野にこだわるということだな? どこにも仕官する気はないのか?」

「ああ、ないよ」

「そうか……」

 ほんのすこし、凛は考え込んだようだった。


 瞑目し、物思いに耽る横顔に、思わず見とれてしまう。畜生、本当に美人だなあ。


 凛の目が、パチリと開いた。

 無言で徳利を傾けてくるので、受ける。


「折り入って頼みがある」

 その言葉は、華桑の言葉だった。


 なんだろう?

 俺も華桑の言葉で応じる。

「なんだ?」

「うん」


 一呼吸、凛は間をおいて。


「結婚してくれ」

 酒噴いた。


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