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「我か? 我は白竜の力の残滓よ。継承された力は予想以上に馴染んでおるが、定着するまでにはまだ間がかかるよってな」
目の前に浮かぶ、人形のような小さな体の翼持つ幼女は、昂然と薄い胸を張り、そう言った。
「なんでそんな姿なんだよ」
「ふむ、力は最早お主のもの、かつての姿は流れに従いうつろうたあとよ。現界に具現化するために、お主のイメージを借りたのじゃ」
俺かよ!
この姿が俺のイメージによるだと?
まあ、そりゃあ、絵に描いたようなロリババアだけどな。
ってことは、俺がイメージすれば、この姿は変えられるのか?
美女になってもらうとか、あるいはマスコットちっくにチビ竜の姿とか。
「変えられんでもないが、幼き姿にも理由があるぞ。新たな風として生まれ変わった我は、未だ幼いよってな。風は形にとらわれぬゆえ、お主の望みも叶うがの」
言いながら、目の前でその姿が変わってゆく。
うむ、このナチュラルに心を読まれる感じは、あの神だか天使だか以来だな。
って、なんて姿に変わっているんだ!
目の前には、大きさは変わらない小さな姿。
だが、そこに浮かんでいるのは凛と立つ、格好いい、綺麗なお姉さんだった。
ちなみにスタイルも抜群だ。
いや、その姿で全裸とか、眼福だけど、眼福なんだけど!
俺のイメージの具現化と思うと、少し複雑な気持ちだ。
「ならば、こんなものか」
全裸だった綺麗なお姉さんは、すぐに甲冑姿に姿を変える。
どことなく中華風の、竜鱗の鎧姿だ。
この姿も、口調も、俺のイメージなのかね。
あ。
その時、気が付いた。そう言えば、今、喋っている言葉、日本語だ。
やっぱり、俺の言葉のベースは、日本語なんだなあ。
「まあ、そんな事よりもな、お主、そろそろ服を着てはどうじゃ」
ああ、そうか。
俺が言うまで全裸だったこいつに突っ込まれるのもどうかとは思うが、確かにいつまでも裸は落ち着かないな。
よし、太郎丸。
鈴音を手にし、太郎丸を重装モードで身にまとう。
途端に広がる感覚。
新しい力を上書きして、慣れ親しんだ圧倒的な力が湧き上がってくる。
うん、いかにドラゴンとはいえ、魔珠一つの身体強化程度では鈴音や太郎丸とはまあ、当然大きな開きがあるよな。
さて、あとどれくらい魔珠を入れたら良いだろうか?
「何を言うておる。お主の中に入っておるのは、魔珠なんてものではないぞ」
え、なにそれ。
「風の根源たるエレメンタルシンボルに神力が結晶化した、神珠とでも言うべきものじゃな」
やべえ、なんという不穏な響き。
「そもそも魔珠などつい先だって発生したばかりの未熟な力に過ぎぬ。我が神珠とは月とスッポン。比べるのも烏滸がましいわ」
なんだ、それは。
こいつはいったい何を知っているんだ?
いや、神に近い竜だったなら、この世界そのものについて、こいつはなんでも知っているのか?
もしそうなら、こいつの知識を活用できれば、すげえアドバンテージじゃね?
「それは無理じゃのう」
一人盛り上がっていたら、いきなり水を差される。ったく、何でだよ。
「先にも言うたが、我は幼いよってな。古き我の知識はほれ、お主が吹っ飛ばしてしまいよったからの。記憶の大半は無いも同然、知っておる事など、たかが知れておるよ」
なんだと?
そりゃあ確かに、俺たちはとどめに頭を吹っ飛ばしたが、それで全てがご破算になったとでも?
いや、そもそも生まれ変わり、か。
継承したのは力と有り様であって、旧世代の知識では無かったということか。
「その通りじゃ。察しが良いものよな」
まあ、大体わかった。
ただいずれにせよ、神珠での強化が大したことがないのも事実。
未熟だろうがなんだろうが、手持ちの札が魔珠しかないなら、魔珠に頼るしかあるまい。
「なんとも不遜な物言いよな。お主の中にあるのは神珠ぞ? 今さら魔珠など幾つ入れたところで、何ほどの違いがあろうか。むしろただのエネルギーとして吸収して終わりじゃろうの。魔珠で強化できるレベルなど疾うに超えておるわ」
なんだって?
いや、ちょっと待て、感覚的なものでしかないが、神珠が入ってもそんなに変化を感じないぞ?
もしかして、親和性が低かったのか?
検証してみないと分からない部分もあるが、鈴音と太郎丸の方が圧倒的じゃないか。
「いやいや、何を言うておる、お主ほど神珠と親和性の高い人間もおらぬだろうて。その証拠に想定以上の急激なスピードで力の定着が始まっておる」
え、そうなのか?
そうか、まだ定着が進んでいないんだな。
さて、ここからどれだけ伸びるのだろうか。
「うむ、神なる竜の継承者じゃぞ。そこらの有象無象らと一緒にするでない。お主の親和性はかなり高いよってな、このあとたった二十年足らずで急激に成長し、百年もせぬ内に定着は完成しよう。我のこの姿とて、定着が始まるまでのほんの泡沫の姿に過ぎぬ。五年と共にはいられぬであろうのう」
……ちょっと待て。
なんだそのタイムスケールは。
百年かけて定着が、早いだって?
「そうじゃのう、千年はかかるかと思うておったからのう」
……失礼ですが、お幾つでらっしゃいますか?
「さて、あまりはっきりとは覚えておらぬが、確か百万を過ぎたあたりで数えるのを止めたと思うぞ」
……参ったね、この神代の獣め。
それからしばらく、俺は新しい力の検証を進めた。
まず、翼など竜の力を具現化するためにはハク、この幼女と一体化せねばならなかった。
身体的な力は、ハクと一緒であろうがなかろうが、あまり違いはなかったが、おおよそ、太郎丸の偽装モードを少し上回る程度だ。
速さに関しては鈴音があまりにも圧倒的なため指標が無く、あまりたいした検証はできなかった。子狼にも追い付けずに振り回されているしな。
元の俺の貧弱な体を思えば物凄い身体強化なんだが、普段、鈴音と太郎丸に支えられている分、目が肥えてしまっていけない。
あともう一つ大きな力が、風を操る能力だった。
風のエレメンタルシンボルを持つ俺は、自分自身の気力や体力を触媒に、風を操ることが出来た。
ハクによると原始魔法ともいうべき能力だそうで、この力を人間が使いこなすために力を制御するためのパワーシンボルを組み合わせ、魔法回路を作り出したらしい。
その知識というか、ノウハウの源は、あの神の加護だそうだ。なるほどね。
ちょっと考えれば、この力がいかに反則かが分かる。
いや、俺にこの力があることが、反則なのだ。
体力すべてを触媒として使えば、普通の人なら一発でダウンだろう。だが、俺なら、一呼吸で回復だ。
全精力を振り絞った大きな魔法を、俺は連発できるわけである。
魔法を使いこなす点にかけては、俺の方は原始魔術だそうだし、現代の魔法回路の方がよほど洗練されていることだろう。
まあ、こちらのアドバンテージは、連発の能力と、籠められる力の大きさ、それくらいかね。
……充分か。
神珠を入れられた直後の飢餓感は、今は影も形もない。
その代わり、竜の骸も、影も形もない。
爪の一本、鱗の一枚すら残さず、完食したらしい。
大抵のゲームだと竜の体はお宝の山みたいなもので、強力な装備の素材となる、というのが定番だが残念だ。
いや、俺と神珠の融合の橋渡しとして、神珠の力が俺に馴染みやすいように、その為に体が欲した、というのがあの飢餓感の正体ではないだろうか。
さて、他に何かしておくことはないかな。
まあ、あとから出てきたら、その時考えればいいか。
それよりも、早く帰ろう。みんな待っているんじゃないか。
「太郎丸、竜を食ってからしばらく、俺は眠っていたみたいだが、あれからどれくらい経ってる?」
「丸二日に御座る」
そうか、ハクのタイムスケールで考えれば、体の変質に一ヶ月経ってました、とか言われることすらあるかも、と覚悟していたが、意外と短くて良かった良かった。
出発して十日ばかりか。
帰るにはちょうど良い頃合いかね。
さて、どうやって帰ろうか。
空を飛んで帰れば早いんだが、太郎丸がまとえないからなあ。
いや、ちょっと待てよ。
「太郎丸、ルーデンスの服を出してくれ」
「御意」
いつもの偽装モード、ルーデンスの古装を取りだし、眺める。
うん、よし、背中に穴を開けよう。
翼用の穴を開け、改めて偽装モードになる。
「よし、ハク、来い」
「うむ」
中華風の甲冑を身にまとった、ちんちくりんの幼女が俺にそっと頬を寄せると、まるで溶け込むかのように重なりあっていく。
背中に開けた穴から、見事に姿を見せた翼。
よしよし、自画自賛できるな、これは。
戻ったら、専用の服でも仕立ててもらおうかな。
帯に鈴音を差し、荷物自体はルクアがくれた魔法の袋に全て収まっているから、身支度はこれでおしまい。
そして、子狼と向かい合う。
「さて、飛んでもお前は大丈夫か? 抱えたままで平気かね」
怪訝そうにこちらを見下ろす子狼。
姿は可愛いのに、縮尺がおかしい。
まあ、なんとかなるかな。
意外と大人しく、子狼は抱えられてくれた。
一度、戦場を見渡し、そして、翼を翻す。
さすがに重たい。全力に近い飛行でようやく動く程度だから、本当なら休み休みの移動になるんだろうな。
俺に疲労はないが。
そして、もう一つ、俺には奥の手がある。
フライの魔法とウィンドプロテクションの組み合わせは、ファンタジーなら鉄板だろう?
風の補助を受け、力強く翼を一うち。
俺たちは、翔んだ。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
話としてはここで一区切り、さしずめ第一部完、といったところでしょうか。
ここで少し充電期間を頂き、二部連載に進みたいと考えています。
連載再開は7月予定。
どうぞ、よろしくお願い致します。