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「見事なり、風よ!」

 頭の吹っ飛んだ竜の体と一緒に自由落下している俺は、空間を圧するその声を確かに聞いた。


 まさか、今までのは前座か?

 流石にもう手札はないぞ。


 そんな俺を、優しい風が掬い上げる。

 ドラゴンの体と共に、俺たちはゆっくりと地面まで降りていった。


「風はうつろいゆく。継承は成された」

 俺に相対するように、ドラゴンの骸が立つ。


 いや、鈴音の力を借りれば、はっきりと見えるが、欠損した部分を、風が形作っているぞ。

 風のドラゴンが、俺を覗きこむように、風で出来た顔を寄せてきた。


「そなたに、風の根源、自由の祝福を」


 次の瞬間だった。

 風で出来たドラゴンの爪が、自身の胸を大きく切り開く。


 そしてつかみ出したのは、輝かんばかりに美しい、純白の魔珠。

 その表面には、波打つ三本の平行線が刻まれていた。

 今まで多くの魔獣を狩ってきたが、こんな魔珠は初めてだな。


「受け取れい!」


 え、ちょっと待て。

 魔珠って、普通純化処理をしてから入れるものじゃないのか?

 よほど親和性が合わないと、獣堕ちするとか聞いたぞ?

 ここまで来てドラゴンになってしまいました、じゃ、どんな顔して帰ったらいいんだよ?

 そんな俺の内心の焦りを無視して、ドラゴンは問答無用で魔珠を突き付けてくる。


 かざされた魔珠から噴き出す突風。

 いや、突風なんてものじゃないぞ。これは竜巻か?


 太郎丸が踏ん張っても吹き飛ばされそうなほどの風。

 その風に包まれたその時、何かが俺に重なりあったような気がした。


 リムが魔珠を入れるときには裸の胸に直接魔珠を触れさせていたが、今の俺は太郎丸に包まれたままだ。

 それにも関わらず、何かが俺に重なりあった。


 その途端に、周りを包む風が、俺の中に吸い込まれていく。


 目を開けていられないような風の奔流は、どれ程続いただろうか?

 気がつけば、風はやんでいた。


 目の前にはドラゴンの骸。体を補っていた風は最早無く、ゆっくりと倒れていく。


 どくりと、心臓が脈打ったような気がする。

 いや、確かに脈打っている。

 胸の奥に、新しい息吹、力の核を感じるぞ。


 胸の奥から溢れ出す新しい力が、まるで血が巡るように、身の内を満たしていく。胸を埋めつくし、体幹から末梢へ、指の先まで。

 俺の中が、力で満たされていく。


 何が起こるだろうか?

 俺は、俺のままでいられるのか?

 目の前にはドラゴンの骸。


 ……旨そうだな。

 猛烈な飢餓感。


 何が起こるか分からない。

 色々不安はあるけれど、取り敢えずは食ってから悩もう。

 引き寄せられるようにドラゴンの骸に向かい、まずは一口。


 俺は、何も考えずにかぶりついた。





 頬を撫でる優しい何かに、俺は起こされた。


 もう少し寝たいんだけどな。

 あと五分、ダメかな?


 だが、撫でる何かは納得してくれなかったらしい。

 頬を押す力がどんどん強くなってくる。


 わかったよ、わかったから。

 今、起きるって。


 目を開けたら、目の前には巨大な狼の顔があった。


 おおう、吃驚した。

 なにかと思えば、子狼じゃないか。

 なんだ、起こしてくれたのか。


 身を起こし、周りを見回せば、すぐ側には太郎丸も胡座をかいて控えていた。

 鈴音を捧げ持つ太郎丸は、かなりボロボロだ。

 激闘の記憶が、刻み込まれている。


 第三のしもべの再生能力は、触れさせれば誰でも治せたよな。

 よし、やるか。


 俺は自分の爪で裸の胸を切り裂き、胸の中を露出させる。


「よし、いいぞ、太郎丸」

「御意、忝のう御座る」

 傷が再生してしまわないように、自分の手で押さえ込みながら、心臓に触れさせる。

 みるみる修復されていく太郎丸を見ながら、おかしな事に気が付いた。


 あれ?

 俺は今、何をやった?


 俺の手に爪?

 いや、そりゃあ爪くらいあるだろうけど、少しばかり鋭すぎないか?


 再生が終わり、太郎丸が身を引くのに合わせて傷を閉じれば、すぐに再生し、傷跡もなにも残らない。


 さて、改めて自分の体を見回す。

 何故か全裸だが、特に違和感はないな。


 いや、いつのまにか足が治っている。二本とも、無傷だ。

 足の爪も少し鋭いかなあ。

 特に鱗とかは生えていないようだが。


 手も、足も、取り立てて異常は見当たらない。体も無傷だし、背中の翼も綺麗なものだ。

 頭の角も折れたりはしていないようだな。


 ……え?


 ……翼?

 ……角?


 鏡、鏡はないのか。


 違和感を全く感じないという違和感。

 少し離れたところに雪渓が残っている。


 今いる場所は激闘の後のせいか、風の絨毯爆撃のせいか、岩がむき出しの荒れ地状態だからな。

 あの雪渓なら氷くらいあるだろう。

 鏡がわりに使えないかな。


 翼を一打ちし、俺は空に浮かぶ。

 うん、分かってる。

 おかしいのは分かってるが、当たり前のように使えるこの力、手を伸ばしたいと思えば手を伸ばせるように、呼吸をするように容易く、俺は、空を、翔んだ。


 何が起こったのかは薄々わかっちゃいるけど、分かっちゃいるんだけどな。


 辿り着いた雪渓には、歪な氷の塊。

 手の中に風を集めると、刃に変えて放った。


 ……考えるのはあとだ。

 綺麗な断面を見せる氷に向かい合うと、そこに映ったのは、なかなかに格好良い、半竜半人の俺の姿。

 猫耳だったシャナを思い出させるような、竜の特徴の刻まれた、俺の姿だった。


 あまり大きく姿は変わっていないが、まあ特徴的なのはやっぱり翼だよな。

 あとは耳の上辺りから後ろに向かって伸びる、大小二本ずつ、合計四本の角。

 牙っぽく、八重歯も少し鋭くなっている。


 そして瞳。

 爬虫類みたいなわけではないようだが、なんだろう、虹彩か、瞳孔の中に、なにか紋様のような、たて割れの亀裂のようなものが見える。

 こいつがいわゆる龍眼だろうか。


 なんとも完璧な、半竜半人の姿。

 なんだか、漫画やアニメに出てきそうな、絵に描いたような格好良さだった。


 嘆息しながら、太郎丸たちのところまで戻る。

 あ、翼があると太郎丸がまとえないな。

 翼、しまえないものだろうか?


 考えた時には、答えは分かっていたと言っていい。


 着地と同時に翼をしまう。

 いや、翼だけではない。体に現れている竜の特徴が体の中に沈み込んでいく。

 そして、体の中に収まりきらずに、目の前に飛び出してきた。


 小さな幼女の姿となって。


 ……本当に、何が起こっているんだ。


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