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「ちくしょーっ! 降りてきやがれーっっ!」
頭上から降り注ぐブレスの嵐を掻い潜りながら、俺は叫んでいた。
見上げた空には、致命傷こそないものの、割りと満身創痍なドラゴンの姿。
そう、鈴音さえ届けば、ダメージは確実に通る。
ああ、届けばな。
対する俺たちも、結構傷だらけである。
一度ガッツリかじられた左腕は、さっきまで動かなかった。
あまりにも遅い回復。
恐らく神に近い竜、攻撃の格が高すぎるのだ。
しもべの再生能力を上回る、ダメージ性能なのだろう。
それでも、ゆっくりながら、しっかり回復しているあたり、頼もしい話である。
そして、怪我の度合いが証明するように、動きに慣れ始めた俺達は、地上戦でドラゴンを上回り始めた。
攻撃の格は向こうが高くても、切断性能とダメージ能力は、鈴音の方が圧倒的だ。
同じようにぶつかり合っても、太郎丸の守りは固く、鈴音の攻撃は確実に届く。
傷が治りにくく、出血も結構したから、疲労感があるのが、新鮮だった。
肉体的な疲労感を感じるのは、本当に久しぶりだ。
だが、足枷はその程度。
尾を斬り落としたのを皮切りに、手の指や、腕、足にも欠損を抱えたドラゴンの動きは、鈍くなる一方だった。
こうなれば倒すのも時間の問題だな。
そんなフラグを立てたのがいけなかった。
悔しそうに一声吼えたドラゴンは、全く無傷だった巨大な翼を広げ、天に舞う。
あれ?
全く無傷だと?
温存していたというのか?
激闘に見えていて、実は翼をかばう余裕がありました、とでも言うのか?
こいつ、遊んでいるとかじゃないだろうな。
悔しそうな声に聞こえたが、何が悔しいんだ?
手加減したままでは勝ちきれなかった、とかいう悔しさなのか?
もしそうなら、舐められた話だ。
さすがにムカつくぞ。
本気を、見せやがれ。
まあ、そして現在に至るわけだが、やつの本気は、上空からの絨毯爆撃だった。
くそう、届かん。
なんで俺は、鈴音に遠距離攻撃能力を設定しなかったのだろうか?
あいつと、かなり言い争った昔を思い出す。
「いや、だから斬撃が飛ぶんだって。格好いいじゃん、燃えるじゃん!」
「分かるよ、燃えるよ、そりゃ飛ぶなら飛ぶに越したことはないさ。けどな、どうして飛ぶのか理屈が分からん」
「だから、ロマンで飛ぶんだよ。鎌鼬ですー、とか、理由はいくらでもあるじゃん」
「刀で斬って鎌鼬が出来る理屈が分からん。斬撃のあとに、百歩譲って空気の断層が出来たとしても、なんでそれが飛ぶんだよ」
「じゃあ、空間断裂とか」
「それが出来るなら刀は要らない」
「いや、だから、斬るっていう条件付けがあるんだよ」
「それじゃあ、斬撃じゃない。魔法だ。もしくは、引き金引いたら弾が出るとか、そっちと同じだよ。それは刀じゃない。俺は斬れればそれでいい。刃が届けば全てを断つ、俺はその方が燃えるね」
「それもそうか。それもアリだな」
最終的に俺が押しきり、斬撃特化の鈴音が出来上がったわけだが、まあ、そんなわけで、今の俺達に、この場で出せる手がなくなったのも事実だ。
後悔は、していないけれども。
さて、俺、鈴音、太郎丸、第三のしもべ。
これだけ揃った俺達に、何か打てる手はないだろうか?
いや、手ならある。
必要なのはたった一つ、俺の覚悟だけ。
乾坤一擲の一発勝負にはなるが、どうだ、やれるか。
鈴音の返事は聞くまでもない。
返事は出来ないけど、もし答えられるなら、どう答えるかは分かっている。
どうだ、太郎丸。
『御意』
俺は弱いけど、俺たちは強い。
ならば、俺が覚悟を決めれば、俺たちはもっと強くなれる。
俺たちは、無敵だ。
俺の体は第三のしもべに任せた。
よし、いいぞ、覚悟を決めろ、祐。
ジークムントやベルガモン、アルマーン老たち、黙って見送ってくれた男たち。
ただひたすらに、帰りを待ってくれているだろうルクア。
絶対に帰る、と、約束をしたシャナ。
最後、泣かせたままになってしまったリム。
ここは元の世界ではない。
俺を待ってくれる、俺に執着してくれるやつらがこんなにもいる。
こここそが、俺の世界だ。
あの人に誓った俺の決意、俺の願いは、既に叶った。
俺に思い残すことはない。
ならば。
必要なのは、俺が胸を張って、あいつらの元へ帰ること。
この世界の祐として、これからを積み上げていくこと。
昔の自分にはさよならだ。
新しい俺を始めよう。
その為に越えなければならないのがこのドラゴンなら、そうとも、容易く覚悟は決まる。
奇しくもこのドラゴンは言った。
俺を新しい息吹、と。
ああ、吹いてやるさ!
「行くぜ!」
空中のドラゴンに向けて、まず、真っ直ぐ進んで間合いを詰める。
そして。
音速を超えるほどのスピードを叩き出せる太郎丸のパワー、それを横ではなく縦に。
届けっ!
思いきり地を蹴って、飛び上がる。
目の前にはドラゴンの巨体。
だが、少し足りない。
鼻面の先、目の前に無防備に浮かぶ俺は、ドラゴンの真っ正面、ブレスの良い的だろう。
「足りぬぞ、異界の風よ!」
はっ、俺はもう、こっちの風だよ。
鈴音が感じる力の流れが、ドラゴンの首もとに集まるブレスのエネルギーを教えてくれる。
今までにない大きさ。
ああ、あれを食らったら、痛いだろうなあ。
やめないけど。
太郎丸、パージ!
『御意』
跳躍の最高点、太郎丸を脱ぎ捨てる。
俺のすぐ横に、浮かぶ、鎧武者。
ここからが、本番さ。
「投げろっ!」
次の瞬間、俺は太郎丸の全力で、ドラゴン目掛けて投げつけられていた。
刃筋を立てるのに、力は要らない。
鈴音に導かれて体を制御し、ただ真っ直ぐ、かざせばそれでいい。
いや、今までとは違う力を、少し感じる。
鈴音を構える腕が、記憶のものより確かに力強い。
そうか、そういうことか。
この戦いを見守っているだろう子狼に想いを馳せる。俺を待っているやつが、ここにもいたな。
身の内に宿った銀狼の力が、太郎丸から離れた俺を、支えてくれている。
はは、負ける気がしねえ。
突っ込んでくる俺を目の当たりにして、ドラゴンの目が驚愕に見開かれていた。
それでも動きは淀みなく、今までで最大級のブレスが、放たれる。
時代小説で、剣の達人が、刀の後ろに隠れるという描写があった。
どんな攻撃も、俺に届かそうとする前に、まず鈴音が立ち塞がる。俺は剣の腕は全くないが、ただ鈴音を信じて、真っ直ぐ構えるだけだ。
俺の腕では、全身を守ることは出来ない。
だが、最悪、頭と心臓を守れれば、それでいい。
痛いだろうけど。
すぐにも治らないだろうから、長時間、苦しむのだろうなあ。
やめないけど。
いや、今さら、やめられもしないけどな。
風の奔流たるブレスが、ついに届いた。
だが、それを正面から斬り裂いて、俺たちはドラゴンの口の中に飛び込んでいく。
両足がブレスを食らってズタズタに引き裂かれていた。
構うものか、負けてたまるか。
勢いのままに、頭蓋骨の内側に、鈴音を柄まで埋め込む。
さあ、とどめだ。
「来い……太郎丸」
自由落下を始めていた太郎丸が空中で弾け飛び、真っ直ぐ飛んできたパーツが、ズタボロの俺の体を覆っていく。
既に俺の足はないが、そこは太郎丸に支えてもらおう。
最後の力を振り絞り。
太郎丸の全開のパワーを乗せて。
俺たちはドラゴンの頭を、食い破ったのだった。