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 旅は順調だった。凄いスピードで有無を言わせぬ全力ダッシュ。

 疲労と無縁の俺は、全力疾走でマラソンできる。

 あっという間にルドンを通り過ぎ、エスト山脈に突入したのは、ファールドンを発って数時間もかかっていない頃だった。


 ルドンの辺りはエスト山脈がなだらかになっているところで、大陸の東西を分ける峻険な山脈の中で比較的東西の往来が容易いところだ。

 そのため、交易が盛んでもあり、また、戦場にもなりやすい場所だった。


 ルドンは巨大都市であるが、軍事拠点として発達した結果なのだろう。

 ルドンの辺りで西に山脈を越え、北に行けばタント、南に行けばサルディニア。

 なるほど、三国が国境を接しているのだ。

 歴史的にも色々あったんだろうなあ。


 素通りするけど。


 ルドンの辺りから山脈を望めば、日本では見ることの出来なさそうな風景が広がっていた。

 テレビで見たヒマラヤとか、そんな感じが近いだろうか。


 取り敢えず、頂が見えない。

 巨大な壁が雲の中に突っ込んでいる。


 耳をすませば微かな遠雷。山の上は荒れ模様だろうか。


 その時だった。


 雲間から光が差し込むように、稜線を覆っていた雲が晴れた。山の天気は変わりやすいというが、本当に目まぐるしく変わるものだなあ。

 その中に、他を圧して聳える、ひときわ高い山が見えた。


 真っ白な頂上は、きっと万年雪だろう。


 写真でしか見たことがないが、マッターホルンとか、槍ヶ岳とかみたいに尖った峰が、天に突き刺さっている。

 麓から見上げる山だし、頂に着けば実はそこは峠で、更なる険しい山がまだ向こうにあるかもしれないが、ここから見える中で一番高いのは、あそこだ。


 よし、あれを目標にしよう。


 道中の魔獣は出来るだけ狩る。

 魔珠だけ抜いて、あとは自然に返すことになるだろうが、食えそうなら、出来るだけ食うことにしよう。

 さあて、行くか!





 あれから三日。

 俺は山の中腹にいた。


 単純な移動速度だけならもっと早く登れるのだろうが、なにしろ魔獣の数が多かった。

 集めた魔珠の数は、もう覚えていない。数えるのも馬鹿馬鹿しいほどだ。


 魔獣が強大だというのも頷ける。

 最初に出会ったあの猪が、まるで子どもだ。

 グリードの連中がつれてきたやつ、皆は大型と言っていたが、ここに来ると、実はあれは中型だったのではないかと思えてくる。


 いや、大きさだけなら、山脈の魔獣でも確かに小ぶりなやつも多い。

 だが、戦闘能力は桁違いなようだった。


 なにしろ、純粋なパワーで太郎丸を上回る魔獣がいたのだ。まあ、鈴音の速さで圧倒して斬ったが。

 こんなやつらが麓に降りたらどうなるんだろうか。


 今のところ、鈴音を超えるスピード型は現れていないが、かなりすばしっこいやつも現れ始めた。

 ついさっきまで死闘を演じていたこいつが、そうだ。


 白銀の毛皮が美しい巨大な狼。

 ゲームに出るなら、名前はきっとフェンリルだろうな。


 戦闘時間そのものは、そんなには掛かっていない筈だ。

 だが、気分的には半日戦った気分だった。


 数頭の巨大狼を率いる群れのリーダー。こいつら、食料はどうしてるんだろう?

 魔獣同士、食い合っているのかね。

 ともかく、こいつらが厄介だった。

 太郎丸も何回かじられただろうか。


 敢えてかじらせて、動きを止めてからの全力体当たりを駆使し、群れを殲滅してからしばらく、俺はこの銀狼と一騎討ちを繰り広げることになった。


 最初は劣勢だった。

 確かに鈴音の方が速く、動きを捉え損なうことはない。しかし、逆に見えてしまうことで、俺自身が幾度も振り回される破目になったのだ。

 フェイントに何回引っ掛かったことか。


 だから、最後は鈴音と太郎丸を信じることにした。

 動き回るのをやめ、仁王立ちに大地を踏みしめる。

 掲げた鈴音は遥か天を指し、その構えは大上段。


 次に来るのがフェイントでも、本命でも、どちらでもいい。

 間合いに入った瞬間に斬る。

 往く間も退く間も与えはしない。


 そして。


 交錯の刹那。

 鈴音が確かに、銀狼の額を割ったのだった。


 よし、やった。

 勝った。

 肉体的な疲労感は相変わらず無いが、思わずその場に座り込む。


 ああ、腹減った。

 ここまでの死闘を演じた、獣とはいえ尊敬すべき好敵手。

 このまま地に朽ちさせるのはあまりに忍びなかった。


 時間的には、少し早いがキャンプにしようか。どうせ、疲労もなく、鈴音がいれば夜の闇とて俺の動きを妨げない。休憩が終われば、いつ動き出してもいいんだからな。

 そうして、俺は銀狼を捌き始めた。


 鈴音で大きく体を切り開き、内蔵だけは抜く。

 残った肉に、俺はそのままかぶりついた。


 不思議なもので、より強い魔獣であればあるほど、肉が旨い気がする。

 袋に一杯スパイスや塩を持ってきてはいるが、ほとんど必要なかった。

 大きすぎて、どうせ焼くこともできないしな。


 毒やらなんやらが心配なところだが、俺の胸には第三のしもべが待機してくれている。

 なにも恐れる必要はない。


 上質な魔獣の肉を食うと、なにか、自分が強くなったような気もする。

 ヨーロッパの神話でも、ドラゴンの血を浴びた英雄が不死身の体を手に入れたとかいう物語があったし、強大な獣の血肉には、何らかのパワーが宿るとか、あるのかもしれない。

 もっとも、これは錯覚なのかも知れないが。


 でもまあ、別にどっちだっていい。パワーを目的に食うのではないのだから。

 尊敬すべき銀狼を、俺は余さずすべて、食わせていただいたのだった。


 あとに残ったのは白銀の毛皮と、蒼銀に輝く巨大な美しい魔珠。


 本当に綺麗だ。

 狼の魔珠、だな。

 これはリムにお土産にしようか。


 別れ際の泣き顔が思い出される。

 とはいえ、色気のある話ではないのだが。


 アルマーン老との話のあと、俺たちは商会を辞し、一度砦に帰った。

 アルマーン老からの依頼もあったのだ。

 それに、砦の皆に何も言わず、エスト山脈に向かうわけにもいかない。


 そんなわけで砦に向かったのだが、その道中、リムは口をきいてくれなかった。


 確かに、今回は色々と申し訳なかったと思う。

 一人だけ別行動をお願いした結果、リムは情報から一人ハブられてしまったのだ。


 心底心配かけたみたいだし、太郎丸のことも伝えず仕舞いだった。

 挙げ句の果てに、武者修行に行くからさよなら、なんて言われた日には、そりゃあ怒るだろう。

 激戦の直後でエルメタール団もまだ落ち着けていないのだから。


 リムからしてみれば、団を放って自分の事だけ考えていると思われても仕方があるまい。

 ヴォイドのことはまだ言えないしなあ。


 針の筵のような道中は最後までそのままだった。

 リムも大概意地っ張りだなあ。

 ごめん、嘘です。俺が悪かった。


 砦に着いたら、真っ先に飛び出してきたのがルクアだった。

「おっ帰り~!」

 飛び付かんばかりの勢いで、ルクアは俺たちを迎えてくれた。いや、俺を、か。


「美味しいのこさえてるよ、ご飯にする? お風呂ならシャナちゃんが準備してるよ。それとも、あたいが背中流したげようか?」


 なんだ、その新婚家庭コンボは。

 でも、上気した頬に感じるのは、この前まで感じていた抗いがたい色香ではなく、むしろ初々しさと言える。


 本当に、綺麗なお姉さんは何処へ行ってしまったんだ。


「助平」

 いささか途方に暮れかけていた俺に、絶対零度の視線と言葉でとどめを刺しながら、リムは先に砦に入ってしまった。


 この間、ジークムントは全くの役立たずである。

 おい、お前の管轄ではないのか?


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