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「四水剣を知らないって~?」
驚きの声が応接室に響き渡った。
「確かにね~、技を見せた時の反応が鈍いな~、とは思っていたんだよ。それでも、四水剣を知らない華桑人の剣士なんて、初めてだね~」
四水剣について、聞いた途端にこれである。
うん、もう良いや。
知らないものは知らないのだ。
「そりゃあな、俺はルーデンスだって知らなかったんだ。この大陸の事は、本当になんにも知らないんだよ」
「大陸のことを知らないか~。正直、分を越えるな~。アルマーン殿はどうお考えで?」
「さて、にわかに信じがたいのは間違いないが、全てを空言と言うにも無理がある。知識の重なり方が、確かに異なりすぎるようにも見受けられるよってな」
そんな訳で、俺はもう、洗いざらいぶっちゃけることにした。もちろん、異世界の件は伏せるけども。
ディルスランは、分を越えるということで、早々に退散していったが、これは彼なりの誠意なんだと思う。
彼は、ルーデンス国内での立場がある。いわば公務員みたいなものだ。
知ったことで味方になれるとは限らないのだ。公人としての立場を優先するなら、俺のことを調べて、国益に照らして対応を決めることだろう。
それをせずに、話を聞かない、という選択をして見せることで、俺に対する一定の友宜を示してくれたのだと思う。
洗いざらいぶっちゃけるにしても、全てそのまま言ってしまうと、エルメタール団がアルマーン老の娘夫婦の死に関わっていることが明らかになってしまう。そこはぼかすしかない。
嘘はつかない。ただ、話の順番が多少前後するだけだ。
アルマーン老に対しては、誠意を尽くしたい気持ちはあるが、要らぬ苦しみを負わせることもあるまい。
何かで読んだ覚えがあるが、全部話すというのは、自分が楽になる代わりに相手に苦しみを負わせる無責任な行為、だそうだ。誠意を尽くしたぞ、という自己満足に浸れるだけの。
極論かもしれないし、どちらが正しいのかは正直わからないが、無用のいさかいを起こしたくはない。
だから、俺が頑張ろう。
「俺の故国は日本という。ルーデンスなんて国や大陸は知らなかった。何者かは分からないが、誰かの声を聞いたと思ったら、俺はこの大陸にいたよ。右も左も分からない俺の世話をしてくれたのがここにいるリムで、縁あってジークムントたち、エルメタール団の食客にもなった。ここは、俺の故国とは全く違う国だよ」
「そうであったか。先にも言ったがにわかには信じがたい話だ。しかしながら、槙野を知らず、四水剣も知らぬ華桑人などあり得ぬ。信じるしかあるまいの」
「そういうものか。華桑とはなんなんだ? ジークムントに聞いた古い歌には滅びた大陸とされていたが」
「ふむ、我らが言う華桑とは、遥か昔に華桑大陸から流れてきた異民族の末裔を指す。ルーデンス中央、神山ローザを本拠に、里をあちこちに作ってまとまっておるな。槙野一族を中心に戴き、ファールドン近郊にもリンドウという里がある。大陸中に広がっておるが、その団結は固い。一つの里を侵すと、全ての華桑人を敵に回すと言われるほどにな」
ふうむ、何か日本的というより、チャイニーズマフィアとか、華僑とかを連想するなあ。
黒髪黒目はアジア人的、刀使いは日本的、団結力は中国的?
いや、日本でも、地縁、血縁は大事か。特に時代小説とかだと、凄く重要な感覚として描かれていたなあ。
いやいや、ちょっと待て、いくらあの神だか天使だかが真似をしたといっても、まるっきり同じ文化ではあるまい。
良いとこ取りとかしてても不思議ではないし、あまり地球の感覚に引きずられてはダメだ。さっきも思ったばかりじゃないか。
「華桑人と会う機会があれば、彼らから直接聞いた方が良いとも思うが、四水剣はルーデンスの国技であり、大陸最強の武術といわれておる。剣祖マクナートが大陸全土を武者修行で廻った果てに、華桑の剣技を学び、四つの精霊の啓示を受け、作り上げたと伝わっておる。初代ルーデンス国王は全軍をあげて四水剣を学び、大陸に覇を唱えたのだよ」
なるほど、思わぬ形でルーデンス建国秘話を聞いてしまった。
いや、秘話でもなんでもなく、ジークムントはきっとその辺の詩や歌を山ほど知っているのだろうけど。
しかし、そうか、大陸最大の国ルーデンスが掲げる四水剣、その剣祖が師と仰ぐ華桑か。
なるほど、異民族でありながら、自治と独立を保てるわけだ。
そして、国の正式な武術である四水剣。
そりゃあ、ミルズも警戒するよな。あの時点で、俺は官憲の類いと思われていても不思議ではない。
なんだろう、校舎裏で喧嘩に明け暮れる不良たちの間に突然やって来た転校生は、なんと警視総監の息子だった、みたいな感じか?
まあ、それはそれとして、なるほど、ようやく四水剣の立ち位置が分かった。
武術か。確かに強くなるためには必要な、また、最適な道なんだろうな。
この世界、魔珠での強化が前提である以上、俺はまずそちらに向かうべきだろうけど、武術、いずれ行く道か。
積極的にはなりにくいけれども。
なにしろ、俺は自分が絶対に華桑人ではないことを知っている。
華桑、会いたくもあり、会いたくもなしだな。
四水剣以外になにか良い流派はないものだろうか。
もっとも、醤油は欲しいが。味噌もあるかなあ。
「聞きたいことはもう一つあるんだ。重鉄姫について、だ」
「ふむ、私の知る限りで構わなければ答えられるが、そちらのジークムント殿の方が詳しいのではないかね」
「うん、伝承についてとかなら、俺もそう思う。ただ聞きたいのは、そっちじゃなくてな、今の社会的な認知、扱いについて、知りたいんだ」
言いながら、内心で太郎丸に命じる。
『御意』
するりと、俺の古装がほどけていく。念のため、下に簡素な服を着ていて良かった。ここで全裸はさすがに、ない。
唖然とこちらを見るアルマーン老の目の前で、ほどけた古装は日本の古めかしい鎧兜の姿になる。
ただし、面頬の奥はたゆたう闇で、赤い光が二つ、浮かんでいるだけだが。
うん、やっぱり見た目に怖いな。
と、隣でガタッと音がしたかと思うと、顔面蒼白のリムが飛びすさっていた。
そうか、そう言えば、あの場にリムはいなかった。今が初対面か。
むう、済まん。アルマーン老を驚かせたかっただけなんだが。
「お初にお目にかかる。お館様の甲冑、太郎丸に御座る」
「しゃべった!」
うん、ほんと、ごめん、リム。
しゃべるだけじゃなくて、自分で動けるんだぞー。
……ますます、ビビらせそうだな。
「……なんとも、まあ、驚いたものよ」
素直なアルマーン老の言葉。
いつも威圧されている意趣返しという訳ではないが、なんとなく、アルマーン老を驚かせて、場の空気を掴みたいとか思ってしまう。
今回も狙い通りの効果をあげることが出来たんだが、アルマーン老以上にリムが驚いてしまったので、微妙な空気になってしまった。
いや、ほんと、ごめん。
重装モードの姿も見せ、ようやく納得された。
自分で動く太郎丸が俺の鎧になった。
これを見てグリードの連中は俺を重鉄姫使いと思い込んだのだ。
ジークムントの歌でも、意志持つ鎧と歌われていた。
「ふうむ、ユウ殿の甲冑は、なんと言うのか、男性ではないかな?」
「ああ、そうだな。太郎丸は男だ」
鎧に性別とか、あるのかどうだか分からないが、あいつと決めた設定では、鈴音は女で太郎丸は男だった。
「伝説では、重鉄姫は皆、女性の姿をしておったと聞いておる」
「そうか、姫というくらいだもんな」
「仮に同じ技術で創られたものだとしても、我らの知る重鉄姫とは別なのだろう。しかしながら、そこまでの区別がつく者も少なかろうて。重鉄姫に認められるということは全ての騎士達の夢であり憧れだ。世界の英雄と同義なのだから。ユウ殿にも、同じだけのものを求めてくる輩が増えるだろう事は、予測に容易い」
なるほどなあ。
世界の英雄か。
でもまあ、俺は世界に認められたい訳じゃない。身近な仲間達と仲良くなれれば、それが良いんだ。
取り敢えず、太郎丸が重鉄姫と誤解されやすいことだけは、しっかり覚えておこう。
しかし、七百年も昔の伝説にしては、凄く影響力が強いんだなあ。
平安時代や室町時代の伝説が、現代日本にどれだけの影響力を持っていたろうか?
「しかしこれで、ますますもって、ユウ殿がこの大陸の産ではないことが証明されてしまうの。やはり華桑大陸から来られたか」
「さあ、どうなんだろうなあ。俺たちは、日本の属する大陸をユーラシアと呼んでいたけどな」
「ふうむ、ジークムント殿、聞き覚えはあるかね」
「いえ、寡聞にして存じ上げませぬな。伝承に聞く古き大陸には、トランシスペタ、イスキア、ウィンザー、そして華桑、それくらいしか伝わっておりませぬゆえ」
くらいしかってなあ、そんなにたくさん大陸があるとは驚いた。
全部で五大陸もあれば充分だろう。
意外なほど大陸は多かったが、もっと驚くべきは、神代の時代にルーデンスを除いて皆、滅んでいるということだ。
あの神だか天使だかも言っていたが、うまくいかなかった時代、の話なのかも知れないな。
四つも大陸が滅べば、そりゃあ加護もあげたくなるわ。
さて、聞きたいことはこんなものかな?
「最後に聞いていいかな。醤油は手に入りやすいものなのか?」
「ふむ、リンドウの里との交易で手配できなくもないだろうが」
「そうか、味噌もあるかなあ」
「ミソ、か、調べておこう」
「うん、対価としては、それなりの魔珠を用意できると思う。是非手に入れて欲しい」
「用意できるとな? 今回の戦果とは別にかね」
ちらりと、ジークムント、リムに視線をやってから、俺は頷く。
「今回の戦い、予想外の苦戦があったものでね。少しばかり、武者修行をしてこようと思う」
「我が君の御心のままに」
「聞いてない」
なんだリム、その置いてきぼりにされたような顔は?
大丈夫、ヴォイドのお陰でエルメタール団はしばらく安全だ。多少の魔獣発生なら、今の戦力でも対応できる。
俺だって、すぐに戻ってくるよ。
「今回、砦もそれなりに崩れたからな、しばらくは地場固めに専念するのも良いだろう。砦が直る頃には戻ってくるつもりだ」
「どこに行くの?」
「エスト山脈」
絶句するリム。
確かに、話だけ聞いていると、気軽に行ける場所ではなさそうだ。
だけどな、心配は要らない。
鈴音と太郎丸がいる。
弱いのは俺だけだが、俺たちは、無敵だ。
俺も、強くなるよ。