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 ファールドンでは、大変な騒ぎになっていた。


 あまり一般には詳細まで知らせていなかったものの、大規模な魔獣災害が起きる可能性は周知されていた。

 この辺、最初はピンとこなかった。というか、日本で感じていたイメージでは、こういう時、情報を統制して混乱を防ぐような感覚があったが、こちらではそうではなかった。

 むしろ、ファールドン住民一丸となって魔獣に対する感じだったようだ。

 危機感なのか、なんなのか、この差がどこから来るのかは分からないが、まあ、異世界だしな。いい加減、日本のイメージに引きずられるのもやめた方がいいか。


 ともあれ、街をあげての防衛体制がしかれたにも関わらず、待てど暮らせど魔獣は来ない。

 情報が届いてみれば、最近噂の賞金稼ぎ集団が魔獣を殲滅させたという。


 街を救った英雄だ!


 ということで、ファールドンの拠点には、来訪者が引きも切らない状態だったようだ。

 大部屋にうず高く積まれた挨拶の品、贈り物の山を前に、いくぶん疲れた顔でイーノックが説明してくれた。


 凱旋行列で歓迎を受けているだろうディルスランたちから敢えて離れた甲斐はあった。

 うん、こちらは静かでいい。


「街に入られたら、アルマーン商会に顔を出して欲しい、と言付かっています」

「分かった。すぐに向かうよ」

 深く、深く頭を下げるイーノックに見送られ、俺たち三人、俺、ジークムントとリム、は商会へ向かった。


 偽装モード万歳。

 面が割れていないので、道中は静かなものだ。

 今の俺の姿は、ルーデンスの古装とはいえ周りで着ている戦士はおらず、一人やたら華桑っぽいというか、日本っぽいというか、ともかく異国感満載である。別の意味で目立ちそうではあるな。


 商会へ着くと、すぐに応接室に通された。

 相変わらず、豪華な部屋だな。


 ここに来ると、リムがいつも落ち着かない様子になる。座っていればいいんだぞ。


 ほどなくして、メイドさんらしき少女がやって来た。

 珍しく黒髪黒目である。

 いや、むしろ顔立ちがアジア人というか、日本人に近い感じだった。


 微妙に混血なのか、むしろ、ハーフの可愛い子、って感じである。金髪碧眼の白人さんたちに囲まれ続けたせいか、どこか懐かしさと共に、すごく目に優しい、心惹かれる気がする。

 海外旅行から帰って日本人に囲まれるとホッとする、みたいな話を聞いたことがあるが、なるほど、この感覚かもしれない。


 シャナとかリムとかルクアさんとか、みんな美人は美人なんだが、少し気後れするところもあった。その点、このメイドさんはすごく身近に感じられるなあ。まあ、よそ様のメイドさんだけどな。


「粗茶でございますが」

 流れるような手さばきでお茶の準備をするが、うむ、シャナの方が上手だな。だからどうしたという話でもあるが。


 いや、それよりも、なんだろう。

 なにか凄く懐かしいような。


 不思議な感覚がある。これはなんだ?

 何かの香りか?


「あと、少しばかり珍しい品が手に入りましたもので、是非ともご賞味いただければ、と、主よりの心尽くしにございます」

 続いて準備された茶菓子に、俺は完全に心奪われていた。

 俺の両脇で戸惑ったような顔をしている二人に、気を向ける余裕もない。


 まさかここで出会えるとは。

 この匂い、間違いない。


「みたらし団子か……!」

「はい、左様にございます」

「ということは、醤油があるのか?」

「はい、左様にございます」


 そうか、そうだったのか。

 こんなところで和菓子に出会えるなんて思わなかった。


 醤油の香りが胸に染み込んでくる。

 団子を食ったなんて、あいつと一緒の時以来だ。いったい、いつぶりだろうか?


 脳裏に団子の味わいが甦る。

 それと同時に、団子を食っていた頃の思い出も、鮮やかに甦ってきた。


 俺も、あいつも、割りと和菓子は好きだった。時代小説を読みながら、江戸の料理を夢想したり、よくしていたものだ。

 俺は餅や団子の方が好みだったが、あいつは羊羮が大好物だった。

 分厚い羊羮に渋い緑茶があれば、他に何も要らないとか言っては、爺臭いと笑いあったものだ。


 確かにあいつは、変なところが爺臭かった。

 太郎丸という名前もあいつの趣味だ。

 昔は反対したが、今となっては良い名だと思ってるけどな。


 あいつのことを、こんなにも鮮やかに、俺は覚えている。

 この世界に来て初めて、俺は確かに郷愁、懐かしさを感じていた。


「……泣いてるの?」

 気が付けば、心配げなリムが顔をのぞきこんでいた。手にした布で、俺の頬を拭ってくれている。


 そうか、俺は泣いていたのか。


 元の世界に未練があってのことではない。

 失われた時の、懐かしい思い出に、泣いたのだろう。


「懐かしかったんだ。久しぶりの、故郷の味だから」

 まだ、団子を口にしてはいないが香りだけで十分、これで苦酸っぱいとか、サイケデリックな味がする筈がない、よな?


 そっと団子を口に運ぶ。

 うん、間違いなくみたらし団子だ。


「うまいよ」

「それはようございました」

 とても嬉しそうに頭を下げるメイドさん。


「では、今しばらく、お待ちくださいませ」

 そのまま部屋を退出していく。


 メイドさんを見送り、二本目の団子に手を伸ばしながらふと見やれば、ジークムントたちがまだ団子に手を付けていない。

 せっかく旨いのに。いや、馴染みがないのかな?


 食わんのか、と、勧めようとしてようやく、二人が微妙な表情であることに気が付いた。

 あれ、どうかしたかな。


「なんて、言っていたの?」

 リムの問い。


 やべえ、またやらかしたか。





 ううむ、何か嵌められたかもしれない。


 リムに言われて初めて気が付いたのだが、あのメイドさんとは、リムたちとは別の言葉で会話していた。

 あまりにも自然に理解できていたために、無意識で使い分けていたようだが。


 言語中枢がいじられたというのが、ますます怖くなってくる。

 あの神だか天使だかは、本当に、俺に何をしてくれたんだろうか?

 まあ、問題は俺がどこの言葉で会話していたのか、というところだが、正直皆目見当がつかない。


 いや、たぶん華桑っぽいとは思っているんだが、いったい、何を確認したかったのだろうか。

 アルマーン老は、前にもマキノがどうとか言っていたが、俺の華桑人としての出自を特定しようとしているのだろうか?


 さて、滅びた大陸出身という大嘘が、どこまで通用するだろうか。この大陸の華桑人たちは、どこまで華桑大陸のことを継承しているのだろうか。

 さっきの少女は、外見からいっても、たぶん華桑人、華桑の末裔で間違いないだろう。

 団子に心奪われたとはいえ、不用意だったかもしれないなあ。


 まあ、やってしまったものは仕方がない。

 堂々と、堂々と。

 本当の事は言ってないが、嘘もつかない。

 胸を張って、それでいこう。


 美味しそうに団子を頬張り、淹れてくれた緑茶の渋味に目を白黒させるリムに癒されながら待っていると、アルマーン老がやって来た。

 相変わらずの、天然の威圧感がすごいな。


「戦勝のお祝いを申し上げる。街を救っていただき、感謝の言葉もない」

「降りかかった火の粉を払っただけだよ。過分な言葉、痛み入る。こちらこそ、レミィ救出の為の尽力、感謝する。無事救出できたのは、騎士団を動かしてくださったお陰だ。イーノックとレミィの笑顔を守れて、本当によかった」

「騎士団は騎士団の仕事をしただけのこと。礼の言い合いも不毛だ。本題に移ろう」

 お互いに礼を言い合い、俺たちは改めて、対面に座りあった。


「凱旋報告が終われば、ディルスラン殿もここへ来よう。事情の説明は、ここでまとめてしていただこうかと考えている。官舎まで出頭させるのも忍びない。領主殿が屋敷に招きたいとも言っておられたのだが、受けるかね」

「いや、今すぐは結構だ。断っていただけたのだろう? 感謝する。領主と会うとなると、さすがに心の準備が欲しいな」

「ははは、さしものユウ殿でも、緊張するか」

「まあなあ、気に入らなければ斬ってさよなら、ともいかないだろうからなあ」

「それはその通りだな」

 物騒な冗談を肴に、二人で笑い合う。


 しばらくは他愛ない話で時間を過ごした。

 孫可愛さか、自慢話で意外な好好爺ぶりを見せてもらったりもした。話に終わらず実際に会わせてもらったのだが、よちよち歩きの可愛い赤ちゃんだった。

 いや、よちよちとはいえ、しっかり走り回っていたし、幼稚園児よりも小さいような体格、三歳くらいにしては、動きが力強い気がする。

 幼い頃から魔珠での強化は普通に行われるという。その分しっかりして見えるといったところか。


 最初はおっかなびっくりに見えたリムも、いざ遊び始めてみると手慣れた様子だった。その子も最後にはずっと、リムにまとわりついていたようだ。

 話の合間、お茶や軽めの酒につまみなど、何度か給仕されたりもしたが、あの黒髪のメイドは最初の一度きりで、あのあとは目にしていない。


 なんとなく聞くタイミングを逸してしまい、改めて話題に出すのもなあ、と、躊躇っているうちに、ディルスランが到着、報告会が始まってしまった。

 まあ、別れて動いていた皆が、ここで一堂に会したわけだ。それぞれが何をしていたのか、ここでようやく情報が出揃った。


 ミルズがかなりの手練れとして恐れられていた。

 ……太郎丸に瞬殺されてしまったわけだが。


 まあ、あれは俺を四水剣士と思い込んで、俺に意識を集中した矢先だったし、これ以上無いくらいの完璧な不意討ちだった。実力は発揮できなかったろう。

 人間離れした動きだったし、ちゃんと戦えば、面白い勝負になったのかもしれないな。


 その動きのもとが、軽鉄騎だった。

 魔法回路を編み上げた金属フレームをベースにした鎧で、着用者の能力を倍増させる能力がある。簡単に言えば、パワードスーツみたいなものか。


 ミルズの軽鉄騎は性能が良い方らしく、着用者の能力を三倍にするポテンシャルを持っているそうだ。

 倍化である以上、着用者が強ければ強いほど効果も高いようだ。そういう意味では俺が装備しても、あまり強くはなれなさそうだ。

 通常の三倍速い、とか思っていたら、本当に三倍だったとはね。


 ここまで詳細にわかるのは、目の前に現物があるからだ。

 多少歪んでいたりして、まともに使うためには修復が必要なようだが解析には充分ということらしい。ちなみに解析はアルマーン老がやった。


 ちょくちょく掛けていた片眼鏡は、そういった魔法回路や、魔素の流れなんかを見ることの出来るマジックアイテムらしい。

 ネタばらしされたところによると、シャナが心縛奴隷であることを見抜いたのも、この眼鏡で解析したからだそうだ。

 便利な術式があったものである。

 けっこう魔珠食い虫らしく、ここぞという時にだけ掛けるのだとか。


 しかし、軽鉄騎けいてっきか。重鉄姫じゅうてっきと響きが似ている。関係がないとは考えにくいな。


 これを機会に聞いておくか。

 太郎丸の秘密をばらすのは悩みどころだが、人の口に戸はたてられない。グリードから噂が広がるのも時間の問題だろう。

 腹をくくるか。


 そう思えば、今日は良い機会になる。

 重鉄姫、四水剣、そして、醤油。


 もとい、華桑だ。


 聞きたいことは一杯ある。

 長い一日になりそうだ。


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