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 翌朝、誰も起き出してこない死屍累々を眺めて、俺は満足感に浸っていた。

 うむ、勝った。


 まあ、また食材の買い出しが必要になったが、どうせ、事情聴取でファールドンに行かねばならないのだろう。そのついでに行けば済む。


 爽やかな朝日を浴びて、気分は晴れ晴れとしていた。戦争の重圧から解放されたのだ。

 俺自身の課題が見える重大な戦いになったが、ルドンを縄張りとする大盗賊団の力量も知れた。残党の動きが気になるが、エルメタール団はしばらく安泰だろう。


 ふと、森の奥に動く影が見えた。

 鈴音の力があればこそ気付けたような、遠く、小さな動き。

 目を凝らせば人影のようだ。


 さて、今さら誰だ?

 周囲に敵の気配は無し。多少砦を離れても心配はあるまい。見に行くか。


 果たして。


 森の奥からゆっくり歩いてきたのは、グリードの幹部、ヴォイドだった。

 一人きり、両手を広げ、全裸で。


 唖然とした、というのが正直なところだ。

 まあ、なんというか、これ以上ないくらい、無害というか、敵意がないことをアピールしている。


 そのヴォイドは、俺を見るや否や、その場に平伏した。

「敵対する意思はありません。話を聞いていただける機会を下さいませ」


 ……そうか。


 そうだったのか。

 ヴォイドは鈴音に触れていた。

 これが、その結果か。


「分かった。取り敢えず、服を着たらどうだ」

「有り難き幸せ」


 これが、ヴォイドの覚悟か。危険な森の中、無防備に、問答無用で殺されても不思議ではない場所へ、それどころか、途中で魔獣に襲われるかもしれないリスクを背負って、俺に会いに来てくれたわけだ。

 ……話を聞く以外の何が出来るだろうか?


「私の名は、ヴォイド・ベルスナーと申します。タント特殊諜報軍第三実験師団所属士官であります。国を違え、一度は敵対した事、まこと痛恨の極みではありますが、故国を捨てる覚悟、とうに出来ております。これより我が忠誠はひとえにユウ様の御為に」


 取り返しのつかない痛みが、俺の胸に疼いていた。


 忠誠は助かるし、悪い気はしない。その根拠があれば、の話だが。

 鈴音の狂信の共有。俺を尊ぶ根拠がそれしかない、それがあまりにも胸に痛い。


 外見だけで惚れ込まれてしまう話とか、アイドルや俳優のように外面や役柄に惚れ込まれてしまう話とか、色々耳にはしたことがあるし、漫画や小説のネタにもなっていた。

 似ていると言えば似ているし、違うと言えば違う。そこに自由意思が存在しないのが、問題だった。

 すべての人が自由意思のもとに生きていけるわけではないのだろうけど、あるのに抑圧されているのと、最初から無いのとでは全然違うように思う。


 価値観が書き換わっている以上、どちらが幸せか、というのは論じる意味もない。

 さりとて、取り返しはつかない。

 だから、俺はこれに甘んじてはならない。


 こうなった以上、ヴォイドが、より価値的な生き方が出来るようにしていく責任が、俺にある。


 これは、俺に対する戒めだ。責任などと言うが、大袈裟に、上から目線で考えても駄目なのだ。

 ジークムントと、ヴォイドを率いて、俺が天に恥じない生き方をしなければならないという、戒めだ。


 そうだ。

 あの人に恥じない生き方をしたい、その思いは既にある。


 それを絶対に忘れないように、ジークムントとヴォイドを見れば、いつでも思い出すように、俺は生きていくのだ。


 ヴォイドが服を脱ぎ捨てた場所へ向かう道すがら、俺は今回の戦の顛末を聞いていた。

 まず始めに聞いたのは、鈴音を投げたことに対する謝罪だったのだが。


 あの時、ヴォイドはすぐに俺に味方しようと考えたらしいのだが、その為にはグリードが邪魔だった。数だけは揃えていたから、どう動くかも読みづらく、俺と二人でグリードを敵に回すよりは、一旦グリードを退かせて仕切り直す方が得策と考えたらしい。

 咄嗟にそこまで考えて、一芝居打つとは、恐るべき頭脳プレイである。


 そして、戦いそのものの顛末といえば、概ね予想通りではあった。


 なんと言うべきか、カルナック商会も思いきった作戦に出たものだ。一度はファールドンを壊滅させる予定だったらしい。

 そして、復旧の立役者としてカルナック商会が名乗りをあげる、と。


 なんという出来レース。


 それもこれも、タントの実験に端を発する話のようだ。

 タントとは、大陸北西部の大国であり、ルーデンスの潜在敵国筆頭でもある。


 厳しい自然環境にさらされた、痩せ細った国。

 森も、魔獣も少なく、その分、魔珠が足りない国。魔珠の保有量が国の力量を示すとするなら、タントは常に大国に抑圧される側にしかなれない。

 それをよしとせず、現状の打開を求めて様々な技術革新に挑む気鋭の国とも言えた。


 その実験部隊のひとつにヴォイドは所属し、魔獣のコントロールを目指していたという。

 もし、コントロール技術が確立すれば、大型魔獣を安全にタント国軍の前に連れてくることが出来る。それはすなわち、資源確保と同義である。


 ただ、暴走の危険は常にあるし、周辺への被害も予測困難だ。

 いざという時に罪を着せられるように、適当な盗賊団に潜り込み、実地試験を続けてきたのだという。

 その相手がグリードであり、その支援者のカルナック商会だった。


 そして、カルナック商会は魔獣災害を引き起こしながら、率先して救援、復旧に当たる英雄として、ファールドンに君臨するつもりだったのだ。

 コントロール出来る筈が無い魔獣災害、この世界の常識で考えれば自作自演がばれる恐れもない。


 まあ、太郎丸が全部粉砕したが。


「ユウ様は盗賊がお嫌いのようですな」

「まあ、好きではないな。どうせ狩らなければならないなら、心の痛まない相手の方がいい」

「では、今後の方針としては、盗賊狩りは継続ですか。エルメタール団の拡大と組織化が急務ですな」


 そうか、そんなものかな。

 確かに、縄張りが広がるほどに、今のままでは手が回らなくなって当然か。

 だが、組織運営なんてやれるのか?

 俺は元より、他に出来そうなやつもいなさそうだぞ。


「今後しばらくは、私はグリードの残党をまとめ、組織の後始末に専念しましょう。繋ぎを送りますので、連携して殲滅戦を仕掛けていただくのも良いですな。拠点と縄張りはルドンへ移す方が得策かと思います」

 なるほど、組織運営に進むなら、ヴォイド、お前こそが適任者ということか。

 立て板に水というか、俺自身ついていくのに一苦労だぞ、これは。

 立ち位置としても、グリードの知恵袋だったようだし、それはうちに来ても変わりそうにない。


 ただ、譲れないものもあるぞ。

「拠点は移さない。少なくとも当分はな。砦が本拠地で、ファールドンを拠点とする。まあ、アルマーン商会がルドンを傘下に納めるなら、その時は考えてもいい」

「分かりました。では、そのように」


 さて、意見に執着がないのか、俺の言葉が最優先なのか、どちらだろうか。

「ファールドンで安定して勢力を拡大するのが、もっとも無難かと思いますよ」

 だが、利便性や、成り上がるためには、ルドンの方が都合がよい、といったところか。


「おそらく、グリードに替わる新興勢力として、エルメタール団の名は一気に高まります。近寄ってくる輩も増えるでしょうな。組織化は、念頭におかれた方がよいかと思います」

「分かった、ありがとう」

「勿体ないお言葉です」

「グリードをまとめるなら、頼みがある」

「はい、なんなりと」

「他の組織のエルメタール団を狙う動きを牽制してほしい。ほら、例えば、グリードの獲物だから、復讐を果たすまで横槍を入れるな、とか」

「なるほど、それは妙案ですな。どうせ聞きはしない輩もいるでしょうし、そちらとの抗争に意識を向けさせれば、エルメタール団から目を逸らさせ、かつ潰し合いで勢力も落とせる、と。なるほど、一石二鳥かと思いますよ」

 うん、深読みありがとう。そこまで具体的に考えた訳じゃないんだが、結果的により悪辣に発展させてくれるなら、それに乗るのに否やはない。


 しかし、組織化、かあ。

 俺のイメージでは、組織というと、まず会社かな。生徒会とかは独立組織とは言えないし、この際置いておこう。

 さて、何をする会社だ?


 今やっていることは賞金稼ぎ、盗賊狩り、用心棒、通商警護、あとは魔獣狩りか。

 アウトローを集めての用心棒稼業といえば、中国の武侠小説で見た、縹局ひょうきょくなんかが近いだろうか?

 日本の時代小説だと、宿場町を支配するやくざものみたいなイメージどまりで、広範囲に活動する気配がない。ここは縹局を目指してみようか。


 国の威光の及ばぬ江湖こうこ、渡世を渡る武装集団。


 うん、いいな。


 まあ、それでも、エルメタール団の拡大は、もう少しあとだな。

 今は、先にやらねばならないことがある。

 その保証を、ヴォイドがしてくれるって訳だ。


「エルメタール団をしばらくそっとしておいて欲しい。しばらく、団を離れるつもりなんだ」

「なるほど、ユウ様が離れるとなると、確かに放っておけば騒がしくなりそうですな」

 ああ、そうなんだよ。

 今のままだと、心配で、遠くまでいけない。

「エスト山脈に、行きたいんだ」

「鍛練でしょうか?」


 その通りだよ。


 俺は俺自身を鍛えなければならない。

 その為に、良質の魔珠が欲しいんだ。


 握力に負けて、二度と鈴音を手放すことの無いように。

 二度と、ヴォイドのような相手を作らないように。


 だから、俺は、俺の魔珠を狩りに行く。


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