30 ファールドンで起きていたこと
ユウに呼ばれて入った部屋には、深刻そうな顔をしたジークとベルガモン、それにイーノックがいた。
なんだろう、ユウがすごく怒ってる気がする。
でも、話を聞いて理由が分かった。
グリードはもう、戦いを仕掛けてきていた。レミィを誘拐してイーノックに言うことを聞かせようとしていたのだ。
そんな連中に従っても、レミィの安全は保証されない。でも、どうしたらいいかは分からない。
「リム、頼みがある」
何、ユウ。
「イーノックと共にファールドンに行ってくれ。そして、イーノックに接触してくる奴を追って、グリードの拠点を探すんだ」
「それから、どうするの」
なるほど、私の鼻を当てにしているのだろう。でも、そのあとが続かない。
私一人でグリードを相手にしろというのだろうか?
そんな筈ないか。
ユウが一緒に来てくれるのだろうか?
「見つけられたらそれでいい。あとは、本業に任せるさ」
どういうことだろう?
ベルガモンが補足してくれる。
「街に入り込んだ盗賊どもは、街の騎士団が相手にするってこった」
……その発想はなかった。
私たちは街に住めなかった人間だ。あいつらはどうしても、別の世界の人間としか思えない。
ファールドンに拠点が出来ても、移りたがる仲間がほとんどいないのはそのせいだ。
街の騎士団が、私たちを助けてくれるんだろうか?
「アルマーン商会も頼れ。支援を約束してくれてるんだから、今こそ働いてもらう。ここで働かないならただの商売相手だ。他の商人達と変わらん。支援者なら、ここで動いてくれる。アルマーン老なら大丈夫だ。騎士団の連中は別だがな。騎士団には自分達の仕事をしてもらうだけ。結果的に俺たちが助かるだけだよ」
なんだろう、ユウがたまに見せるこの悪辣さは。意地が悪いというか、私たちの思いとかをあっさり飛び越えていかれるような。
ああ、そうか。
ユウは大切なもの、優先順位がはっきりしているんだ。
レミィとエルメタール団のためなら、利用できるものはなんでも利用する。その目的がはっきりしているんだ。
「分かった。行ってくる」
「うん、頼む。気をつけてな」
……うん、ありがとう。
街での仕事は、ある意味簡単だった。
グリード達は、騎士団に対する備えしかしていない。
私みたいに鼻が利くものがいるとは、考えていなかったのだろう。そして、イーノックが騎士団に頼るとも、考えなかったと思う。
イーノックは、完全に従った振りをしている。知ってる限りのユウの情報もわざと漏らした。
この戦いが終わればグリードの仲間に入れてもらう口約束も取り付けた。
これで少しはレミィが安全になってくれるといいんだけど。
イーノックはすごい。
普通ならユウを裏切ってグリードに従うか、レミィを諦めてユウに従うか、どちらかで悩むだろう。
それなのに、イーノックは、ユウを頼った。レミィも助けて、ユウに従う第三の道を、選んだのだ。素直に全部話して、頭を下げて、ユウに助けてくれ、と頼み込んだのだ。
ユウなら、全部解決できる道を示してくれる。イーノックはユウを信じたのだ。
そして今、私たちはユウを裏切らずに、レミィを助けようとしている。
思いもつかなかった助っ人と一緒に。
「様子はどうかな~?」
ファールドン騎士団でも一番有名な斬り込み隊長、冷酷で有名なディルスラン様は間延びした口調で問いかけてきた。
イーノックと接触した男を尾行し、見つけ出したグリードの隠れ家。
カルナックというルドンの大商人の別宅が、その隠れ家だった。
アルマーン商会の隆盛を一番嫌っている敵対商人だ。
この時点で、アルマーン様は、グリードの狙いがファールドンそのものであると看破された。
行き掛けの駄賃に、最近目障りなエルメタール団にお灸をすえながら、ファールドン、つまりはアルマーン商会を直接的な手段で潰そうとしているのだという。
私たちにアルマーン商会がついているように、グリードにもカルナック商会がついていた。
なんだろう、商人同士の利権争いに、巻き込まれただけな気がする。これだから、街の人間は嫌いなんだ。
そう思っていたら、アルマーン様は、私に頭を下げてくださった。
私はユウの名代だから、頭を下げたのだろう。けど、こんな小娘に頭を下げてくださるなんて、驚いた。
こんなに立派な人だったなんて知らなかった。
そして、そんなアルマーン様が全力で支援すると言われるユウ、本当に何者なんだろう。
ユウの事を、もっと知りたい。
まあ、全部は砦に帰ってからだけど。
今は目の前の戦いに集中しないと。
「たぶん三十人以上いると思います。聞こえる限り、普通にお喋りしてますから、警戒は薄いかと」
「なるほどね~。まあ、カルナック商会なら治外法権みたいなものだからね~。普通は捜査も出来ない。ここはアルマーン商会の作戦でいこうか。カルナック商会の別宅を占拠した盗賊団を排除、従業員は既に殺されていました、ってことでね~」
明るい顔で言う作戦ではないと思う。
のんびり見えて、本当に冷酷なんだろう。
こんな人と、どうしてユウは普通にお喋り出来るんだろうか。
「こちらはその、レミィさんだっけ? 彼女の顔は分からないから、面通しは任せるよ~」
「は、はい」
今までずっと怯えていた、ファールドンの騎士団。それも盗賊討伐部隊と肩を並べて戦うことになるなんて。
ユウがよく言う言葉を借りれば、どうしてこうなった、って思う。
「じゃ~、行こ~かあ」
六十人の騎士団。
周辺封鎖も完璧、逃げられるやつなどいないだろう。
騎士団相手に女の子一人をかざしても、その剣が止まる筈なんてない。普通はそう考える。
この騎士団が、エルメタール団と連携しているなんて、グリードの連中が考えつくとは思えない。
ならば、レミィは一応、安全な筈だ。
そして、制圧戦が始まった。
騎士団の人たちは化け物ばかりだ。
最初にディルスラン様が一撃で門を粉砕し、口上を述べる。
その裏で、部隊の人たちは、全身鎧を着ているにもかかわらず、次々と塀を飛び越えて侵攻を開始する。
駄目だ。
この人たちが砦に攻めてきたら、勝てっこない。
きっとユウは負けないだろうけど、一人で六十人は止められっこない。
制圧は瞬く間に進んだ。
不意討ちとはいえ、グリードの連中は、全然警戒していなかったんだろうか?
「そうだねえ。今回グリード達は、ファールドンに対しては何もしてきていないからね~。街の外での揉め事に騎士団は関わらないものだし、何もしてない以上、攻撃される筈がない、と思っていたんじゃないかな~」
「では、どうして攻撃して下さってるんですか?」
「何もしてないからといって、放置する訳じゃあないからね~。気づかれたのが、運の尽きってね~」
たぶんグリードなのだろう人たちを殺す片手間に、ディルスラン様が答えてくれる。
失礼な問いにならなかっただろうか。
怖い。
私だって、元盗賊だ。気付かれてしまったら、お仕舞いなんじゃないだろうか。
抵抗する相手は瞬殺しつつ、女性と諦めた人たちとを次々と拘束し、あっさりと制圧は済んだ。
拘束された人たちが次々と引き出されてくる。
あ、いた。
「レミィ」
「リムちゃん! え、なんで?」
「は~い、目標確保~、作戦完了、二段階目に移るよ~」
あまりにも、呆気ない戦いだった。再会を喜ぼうにも、展開が早すぎて、なんだか実感が追い付いてこない。
「さあて、首領の部屋はどこかな~」
生き残った十六人を並べて、端から質問していく。
一人目は、反抗的な目をした男だった。殺されてないあたり、抵抗を諦めたのだろうけど、そのせいか、凄く悔しそうに睨み付けている。
可哀想だな、と、ちょっと思った。
末路が簡単に想像できてしまう。
「よし、知っていることを全部答えろ。まずは所属から行こうか」
一瞬、背筋がぞくりとした。何て冷たい声。
「知らん」
ああ、バカだなあ。
ディルスラン様は無言だった。
ただ、背に負った大剣を持ち上げ、振り下ろす。
しかも、剣身を横にして。
真っ二つになんてならなかった。
反抗的な男は文字通り、叩き潰されていた。
ああ。
さすがにこれはない。
胸の奥から、酸っぱいものがせりあがってくる気がする。
「よし、次だ。まずは所属から行こうか」
全く揺らがない声。
怖い。
もともと抵抗を諦めたものばかり。気概のあるやつはとっくに殺されていた。
ほら、もうみんな震え上がっている。
ちゃんと答えたものを、殺さずに引き立てていったことも大きかったのだろうけど、ほどなくして、情報は全部集まったのだった。
私たちは、ほとんど休憩らしい休憩もせずに、砦に向かって急いでいた。
集まった情報から分かったグリードの狙い、それがあまりにも恐ろしいものだったのだ。
細かい方法までは分からないものの、強力な魔獣を集め、誘導し、ファールドンにぶつけると言うもの。
カルナック商会の別宅にいた連中は、魔獣襲撃に合わせて内部撹乱が目的だったそうで、作戦決行までは大人しくしている予定だったようだ。
魔獣の予定進路上にエルメタール団がいて、行き掛けの駄賃に蹂躙しながら、ファールドンを目指す計画とのこと。
しかも、率いる戦士の中に、ミルズの名前があった。
グリードの頭の息子で、凄く腕の立つ戦士として有名な男だ。
人呼んで閃光剣。
剣速が見えないほど速いという話で、遠く離れたルドンを縄張りにしているのに、私でも名前を知っていた。
「う~ん、軽鉄騎乗りかあ、厄介だね~」
ディルスラン様の表情もちょっと険しい。
軽鉄騎ってなんだろう?
襲撃規模はかなり大きいようで、魔獣も群れで連れてくるようだ。本当にそんなことが出来るんだろうか?
そこからは慌ただしかった。
街を警備する騎士団に召集をかけ、街の防備を固めると共に、戦争準備を開始。
同時に先行部隊としてディルスラン様たちにそのまま出撃命令が下された。
出来るだけ街から離れた場所で迎撃し、頭数を減らすのがその任務。
なんとも乱暴な任務だと思う。
それだけ強力な打撃戦力ってことなのだろうか。
カルナックに襲撃をかけたのが、夕方で、早朝には出陣だから、物凄く早い決断だと思うし、何て身軽な騎士団なんだろう。
街から先行し、布陣して魔獣を迎え撃つ予定で進軍した私たち。
魔獣の気配を探る助けとして、私も働くことになった。
砦に帰る道のりでもある。逸る気持ちを抑えて、同行する。
本当は一人ででもいいから、少しでも早く、帰りたい。
みんな無事だろうか。
こんなにも怖いディルスラン様たちが、難しい顔をしている。それだけ強大な敵、ということだと思う。
森の入り口まで来ても、魔獣の匂いはしなかった。
森自体も静かなものだ。
「う~ん、もう少し、進もうかなあ。森の中での遭遇戦は利点もあるけど難点も多いしな~、悩むねえ」
口では迷うと言いながら、なんの躊躇もなく森に進んでいく。
進軍は継続らしい。遠くでも気配を感じたら、その時点で布陣することにして、森に分け入っていく。
「なかなか魔獣はいないね~、理想的にはこのまま砦まで行きたいね~」
うん、それはそう思う。早くみんなの顔が見たい。着いてみたら砦がなくなっていた、なんて想像するだけで震えがくる。
「あそこは元々、エスト山脈から来る魔獣相手の防衛拠点だからね~、作りはしっかりしてるし、エルメタール団とも共闘出来るなら、だいぶ楽になるんだけどね~」
そうだったのか。知らなかった。とはいえ、かなり昔に放棄されたそうだが。
早朝に出発して、今は日も傾き始めた。
普通なら二日くらいかかる道のりを、ほとんど一日で走破しようとしている。それも完全武装で。
ディルスラン様の部隊は本当におかしいと思う。
その時だった。
空気に、かすかに血の臭いが混じり始めた。
「血臭です」
「は~い、警戒体制に移行~」
距離はまだあると思うけど、かなり強い。
大きな戦いがあったのだろうか。
魔獣の気配はまだない。警戒しながらも、進軍は継続する。
しばらくして、広範囲にわたる血の痕を発見した。
一人なんてものではない、たくさんの血痕だ。
そのわりに、死体とか、誰かのいた跡が見当たらない。
「戦闘後、誰かが回収、したんだろうね~、魔獣に食われたとかじゃあないなあ」
何が起こっているんだろうか。
砦は無事なんだろうか。ユウ、は大丈夫だろうけど、ジークたちは無事だろうか。
血の臭いがどんどん濃くなってきて、細かい情報が分かりにくくなっていく。
本当に大きな戦いがあったんだ。
じきに砦が見えてくるあたりで、不意に肉の焼けるような臭いを感じた。
もしかして。
もしかして!
「なにか焼けています。砦が焼き討ちされたのかも……!」
気が焦る。
怖い。
みんな、待ってて!
砦に近付くほどに強くなっていく臭い。
でも、ディルスラン様は微妙な表情になっていた。
「う~ん、美味しそうな臭いだね~」
え?
その時、ようやく気がついた。
焼けているのは肉だけではない。
香草や香辛料の香りも確かにする。
砦が占拠されてしまったんだろうか?
グリードたちの晩御飯?
日も暮れて、砦に着いた私たちは、絶句せざるを得なかった。
確かに一部崩れていたり、激しい戦いを思わせる傷み方をしているけれど、それ以上に、積み上げられた大型魔獣の死体の山が、私たちの目を奪った。
「ないわ~」
ディルスラン様が呟く。
私もそう思う。
落ち着いてみれば、みんなの楽しそうな声が、中から聞こえてくる。
勝手に走り出した足を、私は止められなかった。いや、止める気もない。
明るい広間に飛び込み、ぐるりと見回す。
いつもと同じ、いつもの上座に、ユウは座っていた。いつもと同じように、隣にシャナを侍らせて。
なんなのだ、あの笑顔は。
なんなのだ、あの楽しそうな笑顔は!
私の気も知らないで!
ううん、違う、ユウは最初から大丈夫って思っていたし、心配なんてしてない。
心配だったのはジークの方だ。
探してみれば、竪琴を奏でている。
ああ、久しぶりにきく、ジークの歌だ。
帰ってきた。
ああ、みんな無事だった。
戦いの顛末はもういいや。
あとで聞けばいいし、どうせ、言うべき言葉は決まってる。
ないわ~、言葉もないわ~、ってね。