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 神の加護、便利な言葉だ。


 あの神だか天使だかが、かつて乱発してくれた加護のお陰で、しもべの力はあまり違和感なく受け入れられたようである。

 一年ちょっと前に、神のさよなら宣言があったとはいえ、それまでに与えられた加護が消え失せたわけではなく、多くの加護持ちが今もその力を振るっているらしいから、まあ、俺の力もその類いと納得されたようだ。


 ロズウェルは、再生した足で走り回っているし、ジークムントも、二本の腕で、俺と酒を酌み交わしている。


 今、俺たちは、戦勝祝いの宴席を開いていた。


 負傷者を全快させた俺を待っていたのは、大量の死体の回収作業だった。

 運ぶのもままならぬほどの大型魔獣や、森の広範囲に点在するグリードたちの死体。

 俺のパワーと機動力が頼りである。


 もう割りきって、俺がひたすら集めてくるから、他の全員で解体作業、と完全に分業した。

 だいたい、殺したのは俺か太郎丸である。戦闘地点も、俺たちしか分からないのだ、仕方あるまい。


 大型魔獣は、骨やら皮やら、爪や牙、色々と利用できるようだが、太郎丸に粉砕され、資産価値はかなり目減りしたようである。

 まあ、魔珠だけで一財産ではあるが。


 グリードたちも、出来るだけ集めた。太郎丸と一緒に轢き潰した連中は、ほとんど原型をとどめていなかったが、心珠の回収と一緒に、出来るだけ体も集めてやった。

 まとめて埋葬してやるつもりである。


 グリードの頭の死体も残っていた。

 ヴォイドたちは身一つで逃げ出したようで、場所によっては糧食のつまった背嚢やら、持ち込んだ物資を放棄していった跡も残っている。

 死体を運ぶ余裕はなかったらしい。


 そして、驚いたことに、太郎丸の全力体当たりを食らったミルズの死体が、原型をとどめて残っていた。


 本当に、頑丈だったんだな。

 いや、頑丈なのは鎧の方か?

 革鎧と思っていたが、金属のフレームに、革の表張りを施したものらしい。

 全身の骨が砕けたか、体は鎧の中でぺちゃんこになっていた。


 こいつらに賞金がかかっていないとは思えない。被害も大きかったが、戦利品も多そうだ。


 集めてみて驚いた。

 大型魔獣が十三体もあったのである。中型以下を合わせれば、本当に巨大な群れである。


 どうやって魔獣を操ったのだろうか?

 いや、それ以前に、新進のエルメタール団にぶつけるには、過剰なまでの戦力、オーバーキルもいいところだろう。


 太郎丸がいなければ、きっと砦は跡形もなくなっていた。

 エスト山脈は魔獣の宝庫という話だ。

 これだけ大量の魔獣を簡単に釣ってこれるくらいに、溢れかえっているのだろうか?


 想像すると怖くなってくるな。人外魔境も甚だしい。

 リムの生まれた風の谷とやらに、人が集まるのも頷ける。


 まあ、そんな訳で、夜までかかって全ての回収を終えた俺たちは、そのまま宴会になだれ込んだ。


 解体は中途半端だが、構わないだろう。

 もう疲れた。

 仕事は全部、明日だ、明日!


 ここんところ戦争準備で忙しかったベルガモンが、本来の業務に戻っている。相変わらず、飯が旨い。しかも、滅多に手に入らない大型魔獣の肉が山盛りである。高級肉が食い放題とは、なんとも豪勢な宴だろう。


 俺も久しぶりに全開で食うぞ。

 第三のしもべの力が何を源泉としているのかが、いまいち分からないが、無から有を作れるわけでもあるまい。俺が食ったものが蓄えられているのだと信じて、ひたすらに食べ尽くしてやる。


 シャナ、あんまり俺の世話ばかりしてなくていいんだぞ。一緒に、食べればいいのに。

「あの、もうお腹いっぱいなんです」


 おっと、そうか。

 底無しの俺に付き合える筈もないか。


 そう思えば、ジークムントたちもよく食うよな。魔珠で強化された分、食う量も増えるなら、シャナはもしかしたら世界一少食なのかもしれん。


 それにしても、さっきからチラチラと視線を感じる。

 厨房につながる扉から、こちらを窺っているようだ。来たいなら、来ればいいのに。


「ルクアさん、こっちに来たら?」

 声をかけると、一瞬、嬉しそうな笑みを浮かべ、とてとてと走ってくる。うむ、幾つだ、あんた。

 声に出したら殺されるパターンだろうけど。


 ルクアはそのまま、スカートを広げ、ぺたんと座り込む。

 だが、続かない。

 次第にそわそわしだしたかと思うと、頬を朱に染めて、いきなり立ち上がった。


「あたい、ご飯作ってくるね! 美味しいのこさえてくるから、待ってて!」


 そのまま、脱兎の勢いで逃げ出す。

 逃げ出したように見えた。


 大人の綺麗なお姉さんは、どこへ行ってしまったのだろうか。

 ……血を流しすぎたんじゃあるまいな。


 命の恩人かあ。

 俺が失いたくなかっただけなんだが、向こうにとっては、恩だよな。

 対価が欲しい訳じゃなかったが、今まで通り、も難しい話か。


 まあ、可愛いからよしとしよう。

 よしとしようか。

 ふう。


 興が乗ってきたのか、ジークムントがなんか竪琴っぽいものを弾きながら歌い始めた。


 さすが詩人、見事なものである。

 今日の戦いの即興詩なのかな?

 太郎丸の勇姿を称える歌になっている。


 主を支える意志ある鎧、かつての栄光の重鉄姫、かく甦り、か。


 そう、重鉄姫だ。

 宴が落ち着いたら聞こうと思っていたが、話に出てしまったら気になるじゃないか。


 歌を聞いていると、重鉄姫は先史文明の話なのかな?

 王国歴以前の物語のようだ。

 今がルーデンス王国歴七百年らしいから、まあ遠い昔話である。


 ルーデンスが一度大陸を支配したという話は前に聞いたが、その時を王国歴元年と定めたという話だ。

 神代の時代が終わって人間の時代になったのが王国歴らしいが、加護を貰いまくって人間の時代とは、ちょっと盛りすぎな気もするなあ。

 片腹痛いというか、なんというか。


 と、その時だった。

 砦の外が騒然としている。


 襲撃によって結界機能に不備でも生じたか、集団の接近を許してしまったらしい。

 鈴音が反応していないから、きっと無害なんだろうけど。


 そこに、広間に飛び込んできたのはリムだった。

 ぐるりと広間を見回し、ばっちり、俺と目が合う。数瞬、じっと見つめてくるリム。


 だが、声をかける前に視線は逸らされてしまった。そのまま探すような視線がジークムントに重なり、リムは広間に入ってくる。

「頭領、無事だった」

 ああ、無事だぞ。さっきまで片腕がなかったけどな。


 続くようにどやどやと入ってきたのは、完全武装の騎士達である。ディルスランを先頭に街の騎士団が狐に摘ままれたような顔でリムについてきた。


 うん、大丈夫だ。

 食材は山盛りあるぞ。


「え~っと、魔獣の群れが来なかったかな~」

 無言で肉の山を指差してやる。


「あれ~、意外と小型ばっかりだったとか?」

「外を見なかったのか。大型が十三体ばかりいたぞ」

「……ないわ~」

 目頭を押さえて嘆息するディルスランと、絶句する騎士団の連中。


 まあ、そうだろうな。


「グリードはどうなったのかな~、魔獣を狩られて作戦失敗? それで一旦退いたのかな~」

 心珠をひとつ、投げ渡す。

 受け止めたディルスランは、悟るものがあったようだが。


「グリードの頭だ。名前は聞いてない。ミルズとかいう奴の心珠もそこにあるぞ」

「ないわ~、言葉もないわ~」


 心珠の数は膨大なものだった。

 その数、実に六十七人。


 襲撃が全体で百五十人余りだったから、実に半数近くを、俺と太郎丸が粉砕したことになる。


 そりゃあ、あいつらも及び腰になるよな。

 軍隊の損耗率が三割で全滅だったっけ。


 まあ、その意味ではこちらも四人死んでおり、重傷者を合わせると損耗は余裕で三割を超えてしまう訳だが。


 しかしまあ、本当に膨大な数である。

 エルメタール団の人数よりも多くの数を、殺したわけだな。


 それでも全体の半数に届かぬあたり、やはり、グリードの数が多すぎる。

 ディルスランたち、街の騎士団がここに来ているということは、グリードの襲撃規模を知ったればこそなのだろうが、グリードの本当の狙いはファールドンだったんじゃないか?

 エルメタール団は、片手間で潰すつもりだったとか。

 火事場泥棒どころではない。最初からファールドンを狙っていたとすれば辻褄が合うな。


 まあ、今さらではあるが。


 しばらく頭を抱えて呻いていたディルスランが、長い長い嘆息から立ち直って、俺に向かって姿勢を正す。

「ユウさん、詳しい状況をうかがいたい。事情聴取へのご協力をお願いします」


 間延びしてないディルスランには、何となく違和感がある、が、こちらが仕事モードなのかな。門での事情聴取も立派な仕事中だった筈なんだが。

 まあ、どちらにしろ、俺の答えは決まっている。


「一言だけ、言わせてもらっていいか」

「どうぞ~」

「仕事は全部、明日だ、明日」

 俺は疲れてるんだよ。きっと、な。

 もう、今日はいいじゃないか。

 そして、手近にあった酒瓶を、ディルスランに向ける。

 そつなく、シャナがグラスを手渡していた。

「まあ、飲め」

「う~ん、これは、ありかな~」

 少しだけ笑って、ディルスランは杯を受け取ってくれた。

「じゃ~、乾杯~」


 すまんな、ベルガモン。

 仕事が増えた。

 騎士団六十人、相手にとって不足無し。


 全員、潰してやる。


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